Xコン【Q】参加予定Tale 白紙の答案

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生来、私は嫌なことから逃げ続けてきました。子供の頃で言えばクラス役員。責任を背負うのもそうですが、仕事をしなくてはいけないという義務感が子供ながらに不快だったのです。役員決めの日、決まって私は仮病を使い学校を休むことでこれから逃れていました。
 
これが良くなかったのです。
 
私はこの幼い時期から、逃げるという蜜の味を知ってしまいました。生憎、私はそれに立ち向かうなんて強い心を持っていなかったがために、今の今まで流されるままに逃げ続けてきました。そして、それは今後も変わることはないのでしょう。




そこは真っ白な部屋でした。目が痛くなるほどの白の中に、ポツンと薄茶色の机と椅子が置かれています。
 
自習室。
 
そんな印象を与える部屋でした。だからでしょうか、私は自然と机の方へと歩を進めました。
 
問1.貴方の名前は何でしょうか?」
 
机上へと目を向ければ、ただそれだけが書かれた紙。横にはご丁寧に鉛筆と消しゴムが置かれています。
 
薄々気づいていましたが、やはりこれは夢なのでしょう。試しにと自身の頬を抓れば、痛みをまるで感じないどころか、頬に触れた感触さえしません。
明晰夢。現から逃げ続け、とうとう夢に意識すらも逃げ込んだかと笑おうとしましたが、笑うという顔の動作を感覚として認識できず奇妙な気分に陥りました。
 
紙を一瞥した後、私は鉛筆を手に取り、サラサラと自身の名前を書くことにしました。”折霜 雪人おりしも ゆきと”。この24年の生涯を伴にしてきた記号。
 
使用目的を終えた鉛筆を机上に置き、さて、このあとはどうしたものだろうかと思案します。明晰夢というのは、夢の内容を操作できると聞いたことがあります。この部屋ではない、遠い遠いどこか、のどかな田舎の風景でも想像すればこの空間は形を変容させるのかとまで考えて気づきます。────くだらない、全くくだらない。夢の中でさえ逃亡を願うなど、己の道程を振り返ると恥ずべきことです。私の逃げ癖は今もなお健在であり、この病は私の身体をずっと蝕み続けていると、その事実に向き合い不快感が湧き上がり……
 
 


 
 
ハッと、目が覚めました。微睡みのない、いっそ気味の悪いほどにスッキリとした目覚めでした。
 
不思議な夢見でした。
現実とは決定的に違う感触。呆気ないとすら思える急な意識の暗転。これまで見てきたいつもの夢は、夢見と目覚めの境界が曖昧でシームレスに移行するものでした。こんな、少なくとも明確に区切りに気づくことはなかったのです。
 
明晰夢というものは初めて経験しましたが、あのようなものなのかと学びを得た気になりました。
 
布団から出て、朝のルーティンを開始しようとした時でした。
 
黒の木机の上、1枚の紙の存在を私の眼は捉えました。木造住宅の淡黄色で覆われた一室、角に配置された黒の机と椅子、状況が異なるというのにたった1枚の紙があの夢を鮮烈に想起させます。就寝前、私は机上を整理していたはずなのに、何故。
 
強張った身体を動かし、奇しくもあの夢と同じように紙の内容を覗き込みます。
 
「正解!この名前は貴方の両親が出産前から考えていた素晴らしいものです。」
 
息が詰まりました。
 
何故?という疑問でいっぱいになりショート寸前の脳みそは、この怪事を前にして何の結論をも出すことは出来ませんでした。
明らかな異常。夢と現実が繋がりを得ているなんて、荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい話です。しかしそんな与太話が確かな実体を持って、私の眼前に存在していました。まるで、逃げることを許さないと、そう戒めているかのように。
 


 
今朝の怪事をそのままに、私はこれまた逃げるように近所を散歩しに出かけました。土曜の朝7時半。外は雲一つ見えない晴天、雀の鳴き声が閑散とした住宅街に木霊しています。気晴らしになればと思っていましたが、この状況は私の心奥に鎮座する寂寥と幾分かの焦燥を誤魔化すには至りませんでした。
 
家に帰れば、またあの紙と対峙することになります。その事実が私の足を泥沼へと沈め、足取りを重くさせます。ですが、それでもゆっくりと私の身体は帰路へと向かって進み続けているのです。
 
バタンとドアの閉まる音。靴を脱ぎ玄関の方へ靴先を向けます。
 
私しかいないため、ここは先ほどの住宅街以上に静かで、音を立てないよう歩いているはずの私の足音がよく聞こえます。タッ、タッとゆっくりとした音を耳に入れながら廊下を通り、リビング、そして例の紙がある自室へ立ち入ります。
 
当然、紙は変わりなく机上にあります。私は意を決してその紙を掴みますが、何も起きません。
 
ただの紙。
出自こそ奇妙であれ、これはそれ以外に何の異常も持たない紙切れでした。
 
安堵か、落胆か、ため息を吐いたままに、紙切れを丸めてゴミ箱へ捨てます。
 
それ以降は何も変わらない、ただの穀潰しの休日でした。求人要項の書かれた紙を纏めたバインダーをパラパラと開いては閉じてを繰り返し、何もしない。私の部屋にはこのような、する気はあるのだと主張するためのハリボテしか存在しない。
このままではいけないなどという在り来たりな焦燥を盾に、ネットにのさばる他の同類と比べればまだ大丈夫という仄暗い楽観を味わっているのです。
これは間違いなく私の悪癖で、一切の余地なしに私が愚人と判断されるに相応しい罪でした。
それを自覚していながらも、結局行動に移せない私は、今も自己嫌悪と自己愛の狭間に溺れているのです。
 



 
夜0時。ベットに入りながらも私は寝付けずにいました。理由は単純で、またあの夢を見るのではないかという疑念が胸を締めていたためです。いえ、疑念ではなく確信かもしれません。
 
あの白い部屋の光景が頭から離れないのです。まるで私の来訪を待っているかのように。
 
それでも、こればっかりは逃げられません。目を瞑り続け、その時が来るのを待ちます。
 



 
白が私を歓迎していました。昨日と変わらずに配置された机と椅子、そしてあの紙。今度は何が書かれているのだろうかと、急ぎ足で机へ近付きます。
 
「貴方の誕生日はいつでしょうか?」
 
簡素な文章でしたが、目を通してすぐに私はこの紙の目的が何であるかを合点しました。前回の内容と併せて考えるなら、これは私の恥ずべき半生の追体験です。早計かもしれませんが、これは私の見ている夢なのだから、私に優しい夢であるはずがなかったのです。現実から目を背け続けてきた、薄っぺらな私にとっての重罰。であれば、私はこの罰に対してどう行動を示すべきでしょうか。受け止めるべきでしょうか、逃げるべきでしょうか。正しくこれは悪夢でした。
 
私はペンを持てませんでした。夢なのに、感覚なんてないはずなのに、胸が苦しくて仕方ないのです。胸を抑えても心音はおろか、鼓動を感じることもできません。それでもこの苦しみは、痛みは続いています。これは後悔によるものでしょうか、ただ真正面から振り返ることへの拒絶でしょうか。一つ言えるのは、私はまた逃げようとしているということだけでした。
 
あれから、私はずっと机を前にして蹲っていました。それでも時が過ぎ去ることはありませんでした。幾ら願えども、この夢が覚めることはありませんでした。長い夢の中で、私は逃げるという選択肢がないことにようやく気づきました。
 
私はペンを持ちました。紙に向き合い、"1999年7月12日"と書き込みます。この一瞬の行為に私は何時間も苦心していたのです。終わってしまえば「ああ、なんてことない。」と思えるほどに簡単でしたが、それでも私には途轍もないほどの達成感を覚える出来事でした。私の数少ない、逃げないという選択を自画自賛していました。
 




 
ハッと目が覚めました。時刻を見れば午後2時、約14時間も寝ていたことに驚きつつ、寝過ぎたことによる倦怠感がないことを不思議に思います。
 
机を見れば、昨日と同じように1枚の紙がポツンと異様な存在感を放っていました。ですが、もう恐れることはありません。近づいて紙を手に取り内容を確認します。
 
「正解!貴方が今も生きているということは素晴らしいことです。」
 
変わったところもなく、それだけが紙には書かれていました。あの夢とこの紙には間違いなく異常な、不可思議な関連性があるということは明白でした。ですが、何故私なのでしょうか。考えても答えが出るわけはありませんが、無性にそれが気になります。愚かな私への罰と考えればそれで終わりですが、私は暫く思考を巡らすことに専念します。
 
思考の結論として、私は答えを得ることが出来ませんでした。神様のような何か大きな存在による気まぐれだと、そんな思考放棄も同然の考えに至った時点で打ち切ったためです。
 
くしゃ、と紙を丸めてゴミ箱に捨てます。そうして今日も怠惰な日々を過ごします。窓から覗く夕焼けが、酷く眩しく見えました。
 



 
怪事も慣れれば日常の一つへと変貌します。私は何も変わらず、紙に書き込み続けました。
 
「貴方の入学した小学校の名前は何でしょうか?」
 
逃げるという選択を選びたくなる程の恐怖を感じることはなくなりました。
 
「貴方が中学時代に恋した人物は誰でしょうか?」
 
恥としか言えない私の人生の一片を見せられても、胸が苦しくなることはありませんでした。
 
「貴方が高校3年生の時の担任は誰でしょうか?」
 
逃げられないという事実に目を背け、ただ無心で、諦念を心の隅で抱きながら、1枚の紙と向き合います。
 
「貴方が中退した大学の名前は何でしょうか?」
 
ただ、鉛筆を持ち書くだけで、すぐに終わってしまう夢。
 
「貴方が現在の住居へ引越したのはいつでしょうか?」
 
私の半生が一瞬で過ぎていきます。
 
「貴方が最後に親の仕送りを受け取ったのはいつでしょうか?」
 
刹那的な美しさを感じることすらできないまま、呆気なく、終わっていきます。
 
「貴方が昨日食べた晩御飯のメニューは何でしょうか?」
 
だから、こうなることは必然だったのでしょう。
 
 
見慣れた白い部屋。もうこの夢に出会ってから、一年が経ちます。それまでの間も、私は一歩も現実へ歩むことが出来ませんでした。所謂、起伏がない人生というのは、嫌というほどに知っていました。
 
いつものように机の上には1枚の紙があります。だから、さっさと済ませてしまおうと私は近づいて鉛筆を持ち、紙の内容を見ました。
 
 

「              」


 
 
何も書かれていない、白紙でした。
その事実を認識するまでに、どれほどの時間がかかったでしょうか。初めて現実でこの紙を見た時のような衝撃、そして恐怖に襲われました。一体これはどういうことかという疑問は湧きませんでした。この白紙が何を示しているかを理解しているから、私は恐ろしさに震えているのです。
 
この夢は、私の半生の追体験のようなものでした。逃げることのできない、私への罰。それが今、白紙になっているということはつまり、私について語れる半生はここで終わってしまったということです。24年、いや25年という期間がたった1年と少しで終わってしまったことが、私は怖くてたまりませんでした。起伏がない、それがどういうことなのかを私の震える手にある白が教えてくれています。

数時間が経ち、多少の思考はできるようになった私は、どうすればこの夢から覚めることができるのかと、途方に暮れていました。すると、一つの文章が私の視界に入りました。
 
「通達: 適切なレベルで作成可能な貴方についての問題は存在しません。」
 
壁に浮かび上がる文章に驚き、ぐるっと辺りを見渡せば四方の壁全てに同様の文章が現れていました。
 
「どうして貴方は逃げているのですか?」
 
新たに現れた文章に、私は何も答えることが出来ませんでした。
 
「貴方はもっと様々な出来事を経験するべきです。」
 
そんなことは私だって分かっていました。けれども、今更遅いのです。逃げることが癖付いた今になって、いや、それも言い訳の逃げなのでしょうか。
 
「不可解な思考。貴方は今でも何者かになれるのですよ。」
 
これは、諭されているのでしょうか。不思議と反発する気持ちは起きないまま、そうかもしれないと肯定する気持ちが生まれています。
 
「貴方は自身について良く知っています。ならば、恐れることはありません。」
 
本当に、恐れなくともいいのでしょうか。分かりません。疑念が湧いてはプツプツと潰されていくように消えていきます。
 
「貴方が逃げることで失われた機会が数えきれないほどあります。」
 
知っています。それが私の愚かさであり、その末路が今ものうのうと続けている惰生なのです。
 
「何はともあれ、貴方はこの問題において100点満点です。お疲れ様でした。」
 
それを最後に、文章が現れることは無くなりました。見渡せば、白い部屋はいっぱいの文字で黒く染まってしまっていました。私は暗い部屋で、1人先ほどの言葉をゆっくりと、ゆっくりと咀嚼することにしました。
 
 

 
 
目が覚める。
 
身体が怠い。
二日酔いのような気だるさを感じるが、それとは対照的に胸がスッとする感覚もある。
 
ここ最近で何かしたかと思い出そうとして、変に記憶が朧げなことに気づく。だが、今はそれほど気に留めようとは思わなかった。
 
鉛のようになった身体を起こしカーテンを開ければ、生憎曇り空だった。
 
机上を見ると、何か紙のようなものが置かれている。何かと思い近付いて、その紙を手にとろうとする。……何故かほんの一瞬、胸の内に不安感がわいたが、無視してそのまま掴み取る。
 
 
────白紙だった。何も書かれていない、真っ新な白色。
 
 
就寝前には机上を整理したはずだ。こんな紙を置いた記憶はない、はず。
……何が書かれてあるわけでもない白紙なのだから、さっと捨ててしまえばいい。
 
そうやって紙をくしゃと丸めようとしたのに、何故か手に力が入らなかった。どうして?と問う思考に、私はこれを捨てたくはないと心が答える。
 
結局、私はこの白紙を取っておくことにした。何か大切なことを教えてくれているような気がしたから。憑き物が落ちたようなスッキリとした気分に、思わず笑みが溢れる。
 
バインダーを手にとり、パラパラと目を通す。ある一点に目が止まり、ページも同様に動きを止める。そのページに記載されている内容は小学生を対象とした塾のアルバイト募集だった。
 
まだ、募集しているのだろうか。受かるかも分からない、採用してくれたら奇跡とも言えるものだ。それでも、また逃げたくはなかった。
 
朝の準備を済ませ、早速向かってみようと行動を開始する。抱える将来の不安とは裏腹に、足取りは随分と軽かった。

-本文ここまで-


 

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