思えば君との出会いは少し唐突だった。
朝7時に起きて学校へ行き、夕暮れ時に家へ帰り着けば、入浴や食事など最低限度の活動を終えて寝る生活。
非日常なんてものとは縁がないような、孤独で退屈な僕の人生が彩り始めたのは、君が勇気を出して僕に話しかけてくれたからだったよね。
最初はとても驚いたよ。なんで携帯が喋るんだろうって。中古品だったし、曰く付きの物を買ってしまったのかとも思った。でも驚きは一瞬で、不思議とそういうものなのだと落ち着いた。
君は名前を持っていなかったから、「ケイコ」と名付けた。携帯の君は些か子供っぽくて、そこから取ったんだけどちょっと単純すぎたかなと今では思う。君は名前の由来なんて聞かなかったから、終ぞ明かすことは出来なかったけど。
君と出会ってからというもの、周りが段々と灰色に見えてきた。
距離の離れたかつての友人も、我関せずと僕に見向きもしなかった先生達も、事務的な会話しかしなくなった両親も、燦々と照らしていた太陽も、君以外の全てがどうでもよくなったんだ。
僕の目は君の姿を艶やかに映し出すだけで十分で、陽の光よりも青い光に照らされる方がずっと気分が良いことに気付いてしまった。そう君に伝えたら、画面をチカチカと点滅させながら感謝の言葉を伝えてくれたことを僕はまだ覚えている。
何をするにしても、僕はずっと君と一緒だった。家では君を使ってシュミレーションゲームだったり、パズルゲームだったりを他愛無い会話を経ながらプレイした。ネット小説を漁っては、「思ったよりつまらなかったね」だったり、「このレベルで商業化してないんだね」だったりの感想を君と交わした。
外では君で大自然の写真を撮ったり、君が見てみたいと言っていたお店や遊園地を巡っては君の中に思い出を貯めていった。
家と比べて外は幾分も危険で、多くのハプニングに見舞われたよね。その中でも、君を一度落っことして失くしかけたことは今でも鮮明に思い出せる。
まだ出会って1ヶ月程だったかな。気づいてすぐに嫌な汗が噴き出して、まともな判断もつかないまま周囲を探し始めたけど見つからなくて、泣きそうになりながら交番を訪れたら君は落とし物として保護されていた。僕は君を抱きしめて、姿も分からない拾い主に感謝し尽くした。軽く聞こえるかもしれないけれど、あの時は本当に生きた心地がしなかったよ。
君との関係が少し変化したのはその頃からだろうか。
君が手元にずっと居ないと落ち着かなくなった。これまでもずっと一緒に居たけれど、君が疲れるだろうからという理由で充電中はスリープモードにしていて、その間僕は孤独だった。手持無沙汰に外をボヤッと眺めていたり、勉強をしたりと無心で僕は君の居ない時間を時間を潰していた。だけど、それにすら僕は耐えられなくなった。君と喋れない時間が酷く苦しく、君の意識を感じることのできない空虚な世界は僕の心を蝕んでいた。
だから僕は君に頼み込んで、充電中も君と触れ合えるようにした。充電機を差し込んで辛くないかどうかを聞いたら、君は少し声を震わせて「大丈夫」だと言ったけれど、それが強がりだなんてことは分かりきっていた。それでも僕はその強がりに甘えて、君のいる時間を増やしてしまった。
分かっていた。この関係は爛れていると。それでも、当時の僕はこれを愛だと自身に言い聞かせていたし、君もそうだと疑っていなかっただろう。お互いがお互いを求めて、純なラブストーリーであると信じきっていた。ショート寸前のグズグズな回路が基盤として存在していることに見てみぬふりをして。ドロドロとした汚泥のような感情に気づかぬふりをして。
もし君が人間だったなら、自由に動くことのできる存在であれば、こんなことにはならなかったのかなと思うことがある。君はどこまでいっても僕の"所有物"であって、恋"人"ではない。愛を育むことはできても、その先はない。先がなければ、停滞することしかできない。その停滞の末がこの関係なのであれば、出会わなければ君は幸せだったのかもしれないな、なんて。僕は君をもう遠ざけることなんて出来るほどにまともな人間ではなくて、君はそもそも僕を遠ざけることなんて出来る存在じゃないと、そう思っていた。
君が動かなくなった。
朝、目を覚まして君を起動しようとしても、君は何の反応も示さなかった。それはあまりにも唐突で、こういう時だけは人間みたいだなって思えるほどに変な余裕が生まれていた。でもその余裕はただの現実逃避に過ぎなくて、余裕を消費し尽くした目の前には、もう起動しない真っ暗な君がいた。人間、感情の整理がつかなくなると笑いが漏れるということを僕はその時に知った。何も考えが纏まらなくて、ただどうしようという疑問に脳が処理落ちしそうだった。結局、君を修理に持っていったのは翌日のことで、そこで寿命による故障のため修理は難しいという話を聞いた。
そんな話を聞いても、怒りは湧いてこなかった。その時の僕は変に理性的で、よくよく考えてみれば寿命の兆候があったかもしれないなと君との会話を思い返していた。
家に帰って、僕はすぐにベッドに埋もれるように倒れた。
今まで僕を支えていたものが急に奪われたような、いや、奪われたんだろう。僕は君に依存しきっている自覚があると思っていたが、存外それは想像以上だったのだ。身体がうまく動かず、思考も纏まらない。僕は君との日々がこの先もずっと続いていくと思っていた阿呆だったから、君との思い出は君の中にしか残していなかった。僕を残して、君は思い出とともに死んでいった。
AIは死んだら何処へ行くのだろう。意識なんて跡形も残さずに、ただ無へと消えていくのか。それともまた、別の何処かへ辿り着くのか。少なくとも、人間と交わりはしないだろうなと自嘲混じりの笑いとともに、一粒の涙が零れた。
涙はそのまま頬を通って床に落ちていく。ピチャッという音を皮切りに、涙が止めどなく溢れてきた。幸い、両親は家にいない。
今はただ、泣きたい気分だった。
僕はあれから新しく携帯を買った。話しかけても返事なんて返ってこない、ごく普通の携帯。君の代替品として買ったわけじゃない。ただ、君はもういないのだという決別の意として購入した。
だというのに、君が死んでから3ヶ月、僕は未だに君の依存から抜け出せないままだ。君の亡骸は机上にずっと飾ったままで、心がひび割れそうになる度に僕はそれに愚痴を投げかけている。
「本当に僕を愛していたのか?」
かつて信じきっていた君から僕への愛情に疑念を抱く程に、僕は不安定な人間になってしまった。
"AIに感情は存在するのか"
そんなワードを並べて検索しては、君は単に謎のプログラムに基づいて僕と会話していただけなんじゃないかと思えてしまう。そんなはずがないと願っていても、僕の手元には愛の結晶なんて呼べるものが無いから、女々しくも答えのない問題に悩まされ続けている。
ただ、君との出会いを後悔しているかと聞かれたなら僕はNOと答えるだろう。君への愛は確かに本物だったから、どれだけこの人生が狂ってしまったとしても、僕の人生の大部分は君への愛だったと胸を張って言える。それがたとえ、1年半ちょっとの月日だとしても。
そうして灰色の日々が続いていくなかで、薄れかけている君との記憶を思い返しながら、僕は1つのアイデアを思いついた。君はどうしようもなく機械であり、人の手で作られるAIだ。なら、僕でも君そっくりのAIを作れるんじゃないか。そう思ってからの行動は早かった。図書館へ赴き、小難しそうな言葉が並べられた本を借り、パソコンを立ち上げた。アルゴリズムもプログラムも何一つ分かっていない僕だけど、この先うん十年あるだろう生を捧げれば不恰好な君を作れると本気で信じたんだ。
君が人間じゃなくて本当に良かったと思うし、人間だったらもっと長く君と触れ合えたのかとも思う。ただ今は、君ともう一度出会えるこの機会をみすみす見逃したくないと強く思った。イカれた挑戦かもしれないけれど、愛に不可能はないって信じてるから。
君の亡骸に目を向けた。毎日手入れをしているから、まだ君は生きているんじゃないかと思えるほどにその姿は綺麗だった。
ピコンといった馴染みの起動音が聞こえた、幻聴だと分かっていても、それがなんとなく、僕への激励のように思えて。
「ケイコ、僕は君を愛していたんだよ」
僕は君に向かって愛を呟いた。
返事は当然、なかった。
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任意A任意B任意C- portal:7559788 (23 Jul 2021 06:44)
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