SCP-3000-JP - 常世の国

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3/3000-JP LEVEL 3/3000-JP
CLASSIFIED
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Item #: SCP-3000-JP
Neutralized

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SCP-3000-JP発生中の京都市街


特別収容プロトコル: 各種調査の結果、SCP-3000-JPに関与したと考えられている神格群は現在無力化されていると判断されています。

SCP-3000-JP隠匿のため、日本国全域に対する記憶処理剤散布、インターネット及び出版物上における情報操作、カバーストーリー流布などの複数の収容作業が実施されていました。2022年9月19日、収容目標達成が認可され、当該作業の完了が宣言されました。上記内容を受け、SCP-3000-JPは2022年9月19日にNeutralizedに再分類されました。

LoI-3000-JPは神学部門の重要研究対象に指定され、現実性、アキヴァ放射強度、奇跡量等の測定のための各種機器が設置されています。

SCP-3000-JPの一連の経緯に影響を与えた可能性が指摘されていることから、現在PoI-1435に関する網羅的な調査が行われています。

説明: SCP-3000-JPは2017年4月21日18時2分前後から約10分間、基底世界の日本国全域において観察された一連のイベントの総称です。SCP-3000-JP発生中、日本国全域で以下のような現象の観察が記録されましたが、各種状況はSCP-3000-JP終了時に発生前の状態に復帰したと考えられています。

  • 民間人及び財団職員全員の消失。
  • 食料品、車両、日用品など、人間の日常生活に関係の深い物体の消失。
  • 構造物及び国土の大規模な消失。
  • 日本列島の海岸線周辺のヒューム値の大幅な上昇と、それに伴う海外からの通信の途絶。
  • 不明な神格実体の出現。

PoI-3000-JPはSCP-3000-JP発生時に日本国内に所在したにもかかわらず上記の影響を受けなかった5名の人物です。それぞれPoI-3000-JP-1~5に指定されており、以下に示す人物が該当しています。

  1. 高畑 登紀雄(サイト管理官、レベル4、サイト-81K3、神話・民俗学部門)
  2. 八田 進太郎(上席研究員、レベル3、サイト-8104、素粒子物理学部門)
  3. 亀島 大(フィールドエージェント、レベル2、サイト-81K3)
  4. 岩塚 翼(研究補佐、レベル2、サイト-8104、素粒子物理学部門)
  5. 中村 彰吾(民間人)

SCP-3000-JP中の一連のイベントを示す画像、音声、映像及び筆記記録がPoI-3000-JPから提出されており、当該記録は文書3000-JPに指定され、レベル3機密とされています。基底世界での観察記録に反し、提出された記録が示すSCP-3000-JP発生期間は200時間を超過していることから、SCP-3000-JP発生中に日本国内でなんらかの時空間異常が発生したことが示唆されています。現在、各サイトでの観測記録、文書3000-JP及びPoI-3000-JPに対するインタビュー記録の内容に基づき、SCP-3000-JPの内容に関する調査が行われています。


補遺3000-JP.1: 文書3000-JP

SCP-3000-JP中にPoI-3000-JPが獲得した一連の記録が八田研究員によって提出されました。整理の後、当該記録は文書3000-JPに指定され、アーカイブされました。

以下に文書3000-JPの抜粋を時系列に従って記載します。付記があるものを除き、映像記録は中村氏が装備した財団製マルチレコーダーによって記録されたものを記載しています。

中村氏の手記


八田さんに言われたので、俺に起きたことをひとつひとつ書いていこうと思う。

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撮影された画像

今日は5限目が早く終わり、俺は大学のキャンパスを出発して急いで吉田山に向かった。階段を上る時、振り返ると西の空が夕焼けできれいだったので、思わず写真を撮ったのを覚えている。そして吉田神社の大元宮前に着き、そこに立ち始めた。東山さんという女性と6時半にそこで落ち合う約束だったからだ。俺は21年間冴えない生活を営み続けてきたから、待ち合わせに対して気が逸っていた。

俺はそのまま、緊張しながらその場に立ち尽くしていた。

やがて6時半になったが、彼女は来なかった。

そして時計は7時を差した。

妙なことが起こっていた。少し前から、神社境内がやたらと閑散としていた。加えて、空の色が茜色から一切変わらず、暗くなっていく気配が全くなかった。

俺は境内を出て、耳を澄ませた。不気味なほど静かだった。

なんだか胸騒ぎがして、俺は山を下り、自転車を走らせ始めた。

東一条通に出ると、いつもなら講義終わりとサークル始まりの学生でごった返すはずの通りに、人が一人もいなかった。大学構内をのぞき込むと、人影が無かった。くすのきの前にも、それどころか守衛室の中にすら誰もいなかった。

俺は困惑して自転車を走らせたが、その結果はいよいよパニックを深めるものとなった。いつもはあんなにもひっきりなしに車や市バスが走っている東大路通にも今出川通にも、車が一台も走っていなかった。

多分1時間くらい夢中で自転車をこいでいた気がする。四条通にすら誰もいないのを見て、俺はいよいよ大変なことが起こっていることを確信した。

もう一つ妙だったのが、時計はもう十分な夜になっていることを示しているにもかかわらず、空が相変わらず夕暮れの状態のままであることだった。

どうすればいいのかわからなかった俺は、家ではなく、再び大学に向かった。周りがあまりにも静かだったから、せめて喧噪が聞こえるような環境が欲しかった。俺はしばらく、誰もいない時計台前を眺めながら立ち尽くしていた。いつも聞いていた、楠を囲むあのざわめき、にぎやかさは全て幻だったのかと思った。

すると突然、後ろから声をかけられた。振り返ると灰色の作業着を着た屈強そうな壮年の男性が立っていた。それが亀島さんだ。どう声を上げればいいかわからない俺の前で、亀島さんは通信機で誰かと相談した後、名前を名乗り、付いてくるように俺に言った。俺は従った。


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サイト-81K3入り口

亀島さんについていった俺は、いつもは般教の講義を受けている棟の一つに入り、階段を下りた。いくつかの階段を上り下りし、自分が地下にいるのか地上にいるのかすらわからなくなった後、亀島さんは重厚そうな扉を開けて俺を招き入れた。

中には、スーツ姿の眼鏡をかけた若い男性と、ベストを着て白髪を蓄えた温厚そうな初老の男性が立っていた。彼らはそれぞれ八田、高畑と名乗り、俺も困惑しながらも名乗った。どうやらもう一人岩塚という人がいるようだが、今は手が離せない状態らしい。

高畑さんは大変な目にあったねと俺をいたわりながら、この人たちの所属する団体について説明を始めた。

SCP財団。

闇の組織。人類の文明を陰ながら支えるエリート集団。

実際に不可思議な現象を経験した俺にとっては、そのような団体の存在も信じるに足る理由があった。

正直まだ困惑が収まらないが、今は彼らに頼るしかないと思っている。

ここのエントランスホールは事務所のロビーのようになっていて、周りに扉がたくさんある。彼らとはいつもそこで話している。


映像ログ書き起こし


付記: 当映像はサイト-81K3ロビーに設置されていたカメラによって撮影されたものである。


<抜粋開始>

八田研究員: 高畑先生。やはりこのように軽々にセキュリティサイト内に民間人を招き入れることは相応しくないのでは? プロトコルCK-31の適用にはもう少し慎重になるべきかと。

Agt.亀島: この期に及んで何を堅いことを言ってるんだ。人が人っ子一人いなくなったんだぞ。ぐるりとめぐってみたが、京都市街には彼一人しかいなかった。その彼を保護しないでどうするって言うんだ。

八田研究員: しかし。

高畑博士: 八田君。先ほど確認したところ、どうやら日本国全域から人型の生体反応が全て消失したようです。つまり、民間人、財団職員含め、私たち以外で生き残っているのは彼一人です。プロトコルCK-3の適用に十分な条件であると判断します。

Agt.亀島: 日本国全域? ──それは深刻だな。

八田研究員: ──そうですか。

中村氏: い、いったい何の話ですか? 何が起こっているというのですか?

高畑博士: 中村さんと言いましたね。突然こんなことが起こって困惑し通しでしょうが、どうか落ち着いていただきたい。

中村氏: ──はい。

高畑博士: 私はこの施設の管理官を務めております高畑です。各地の説話などを調べております。そしてこちらが──

八田研究員: ──八田です。[顎を軽く引く]

Agt.亀島: 相変わらず不愛想なやつだ。で、俺が亀島。よろしくな。

中村氏: はい。よろしくお願いします。

高畑博士: もう一人、岩塚という者がいるのですが──八田君、岩塚君は?

八田研究員: 現在第2実験室で、全国の観測機器データの解析に当たらせています。

高畑博士: 了解しました。さて、中村さん。あなたも経験したと思いますが、今、この世界では何か良からぬことが起こっています。このような異常な現象から、現代の科学技術を超越した様々な技術を用いて人類を守るのが我々、SCP財団の務めです。しかし──困ったことに、我々の仲間のほとんどもまた連絡がつかないか、他の人々と同様にいなくなってしまいました。

中村氏: ──にわかには信じられないですが、確かにいなくなっていましたね。

高畑博士: はい。加えて、どうやら日本列島を囲うようにして見えない壁ができてしまったようなのです。

中村氏: 壁、ですか?

高畑博士: はい。したがって、海外に対しても連絡がつかない状態であるようです。恥ずかしながら、実際のところ我々も途方に暮れています。

中村氏: それは──[沈黙]

八田研究員: ──まさに、日本はさながら井戸型ポテンシャルのようなものです。現在の日本列島は、「壁」の高エネルギーに囲まれた絶海の孤島になっています。

Agt.亀島: 井戸型──なんだって?

高畑博士: しかし、八田君の表現は正しい。日本は基底世界に浮かぶ、巨大な無人島のようなものになってしまいました。我々は暫定的にこの現象を3000-JP現象と呼称しています。私たちの目下の目標は、この3000-JP現象の原因を究明することです。そして最終的には、この現象の解決を目指します。

中村氏: はい。僕もそう願っています。

高畑博士: つきましては──あなたにも力を貸していただきたい。何しろ、人員がこれでもかというほど不足しているのです。どうかお願いします。

Agt.亀島: 俺からもお願いする。見るからに優秀そうな学生君だからな。

中村氏: いえ、そんなことはありません。僕、2回も浪人したんですよ。

Agt.亀島: そんなことは些細な事だろ。自分のやるべきことをしっかりやって、ちゃんと合格できたんだろ。俺からしたら、胸を張るべきだと思うけどな。

中村氏: でも、僕なんか、周りの現役生とかと比べても全然──

八田研究員: 高畑先生。仮にプロトコルCK-3を適用して彼に臨時クリアランスを与えたとしても、私には彼が財団の異常技術やアノマリーを理解し、使いこなせるとは思えません。

Agt.亀島: 何を失礼なことを。なあ? 失礼だよなあ?[中村氏に顔を向ける]

中村氏: ──ごめんなさい、アノマリーってなんですか?

高畑博士: [咳払い]──とにかく、このような非常事態の中で、彼が生き残っていただけでも奇跡であると考えています。

Agt.亀島: そうだぞ。猫の手も借りたい状況で、君の手を借りない選択肢はないんだ。

八田研究員: [Agt.亀島を一瞥する]それで、中村さん。どうお考えですか?

中村氏: ──ごめんなさい、少し考えさせてください。

高畑博士: もちろん。居住部屋を割り当てますので、ゆっくり考えてください。

中村氏: ありがとうございます。

[中村氏、席を立ち高畑博士に付いて部屋に向かう]

八田研究員: 中村さん。

[八田研究員、中村氏にノートを手渡す]

八田研究員: これに、ここに来るまでの行動やこれからの行動内容、あなたが感じたことについてできるだけ、詳しく記述してください。原因究明の参考になりますし、帰還した場合に報告書としてまとめる必要もありますので。

Agt.亀島: ゆっくり考えてって言ったのに──ああ中村君、まずはゆっくり休めよ。それを書くのは気が向いたらでいいからな。

高畑博士: そうですね。それに、思ったことを書き散らすだけでも気分が落ち着くかもしれません。自由帳のつもりで書いてくださいね。

<抜粋終了>


中村氏の手記


どんなことを書いてもいいと言われたので、思ったことを書き散らそうと思う。

さっきの高畑さんの説明では、SCP財団は現代の科学を超えた技術を駆使して、人知れず人類を守ってきたらしい。つまり、八田さんも高畑さんもとんでもなく優秀な研究者ということだ。亀島さんはエージェントということだが、身体にはたくさんの痛々しい傷跡が垣間見えた。きっと数々の危険な任務をくぐり抜けて、今まで人類を守ってきたのだろう。

それに比べて俺はどうだろうか。

俺には優秀な弟がいる。弟は人間的にもできたやつで、昔から変わらずずっと俺を慕ってくれるが、それでも周りから勉強の出来を比べられることが時々あった。あいつを見ていると、やはり生まれついての才能というものがあることを感じさせられる。

それに俺は浪人時代、辛酸を舐めつくした。自分よりも優秀な人材などごまんといるということを、予備校と受験で嫌というほど思い知らされた。なんとか受験には成功したが、毎日寝腐る生活を送っている。どうせ、周りは俺よりも優秀なやつばかりなんだから、やる気など出ない。

そんな俺に、この緊急事態にできることはあるのだろうか。むしろ、この居室に引きこもっていた方が、あの人たちの邪魔にならずに済むのではないか。


亀島さんが食事に誘いに来てくれたので、彼らと一緒に食事をしてきた。

プロトコルCK-3というものに従い、俺にも彼らが持っている技術の一部が公開されるらしい。食事の後、いろいろな説明を受け、俺のような民間人用のマニュアルを渡された。

どうやらこの施設は除外サイト2というらしく、外でどんなことが起こってもここは影響を受けないらしい。ますますここに引きこもりたいと思った。

岩塚さんは一人で食べるらしい。


ベッドに寝転がり考えてみた。

日本から人間がいなくなったなんて、こんな事態に俺なんかが何かできるとは思えない。彼らの邪魔にならないように、静かに部屋に引きこもることにしようと思う。


映像ログ書き起こし


付記: 当映像はサイト-81K3ロビーに設置されていたカメラによって撮影されたものである。


<抜粋開始>

[中村氏、ロビーに進入する。ロビーには八田研究員と高畑博士が所在している]

高畑博士: 中村さん。少しは休めましたか?

中村氏: はい。お心遣いありがとうございます。

八田研究員: それで、あなたはどうするつもりですか?

中村氏: はい。やはり、僕ができることは限られているので、おとなしくここに留まっていようかなと。

高畑博士: そうですか。

八田研究員: それで結構です。プロトコルCK-3の適用があるといえども、私には民間人が財団の業務に協力して危険にさらされることを好ましく思えません。先ほど説明しましたが、ここ除外サイトは財団の各種防護機能が結集した施設です。ここで待機するのが最善の策かと。

中村氏: 除外サイトというのは、日本でここだけなのですか?

八田研究員: いいえ。日本各地にありますが、ここはこの度派遣された私と岩塚によって新たに適用された、新しい理論に基づいた除外機能を有しています。再構築過程に奇跡論的な作用が寄与する場合──いや、説明する必要はありませんね。

高畑博士: ここサイト-81K3はあなたの通う大学に併設された小規模なセキュリティ施設ですが、重要な役割を担っています。それは、ここ京都市に集中するアノマリー群の統括と、機密書類の保管です。1000年にわたる平安京の存在によって、京都市には大量の異常存在が長い時間をかけてため込まれてきました。それらの機密情報を保管するのがこのサイトの主目的です。そのため、八田君と岩塚君によって、この度さらに強固な再構築除外機能を敷設したのですが、その矢先にこのような事態に陥るとは──

八田研究員: 高畑先生。私たちの理論が正しいことが実証されたという点では、不幸中の幸いと言えるかと。

高畑博士: 確かにそうかもしれませんね。

中村氏: ──あの。

八田研究員: なんでしょうか。

中村氏: じゃあ、なんで僕は助かったのでしょうか。僕、この中にいたわけでもないのに。

八田研究員: 実のところ、それは非常に興味深いファクターです。あなたが助かった原因についても考察しなければ──

[Agt.亀島、サイト-81K3に帰還する]

Agt.亀島: 戻ったぞ。

高畑博士: おかえりなさい。

中村氏: お疲れ様です。

八田研究員: 報告してください。

Agt.亀島: ああ。とりあえず西に向かって歩いてみた。相変わらず人っ子一人いないし、太陽は止まったままだが、鳥や魚はいるようだな。それに雲も流れている。太陽が夕日のままずっと動かないってことで俺はてっきり856-JPかなんかに飛ばされたんじゃと思ってたんだが、少し状況は異なるようだ。それに、見ろ。

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Agt.亀島が提供した画像

[Agt.亀島、端末の画面を提示する]

中村氏: うわ。

Agt.亀島: ただすの森の南で撮った写真だ。真っ黒な人型の不明実体を発見した。ゆっくり歩行していて、害意はないようだ。

八田研究員: ハルトマン3で撮ったものではないようですね。

Agt.亀島: ああ。肉眼で見えた。

八田研究員: カーデック4やカント計数器5は反応しましたか?

Agt.亀島: いや。ただ、PTA6は反応があった。つまりはEVE7を持った──もしかすると、なんらかの神格存在かもしれない。

八田研究員: EVEを持ちながら、肉眼では黒色に観察され、しかもカント計数器が反応しなかった? ふむ──

Agt.亀島: [中村氏に向き合って]驚いただろ? この世の中にはこんなやつもいるんだぜ。

中村氏: 亀島さんは以前もこんな──化け物と会ったりしたんですか?

Agt.亀島: ああ。それこそ俺が中村君くらいのときも──

八田研究員: 不必要な情報の開示はやめてください。いくらいずれクラスCを施すと言っても、情報の開示は少ない方がいいのはわかっているでしょう。

Agt.亀島: もう、相変わらずお堅いな。緊急事態だからこそ、肩に力を入れすぎないことが大事なんじゃないか。

八田研究員: ──相変わらずあなたは気楽ですね。

中村氏: すいません、クラスCってなんですか?

Agt.亀島: ──ああ、君は気にしなくていい。こっちの話だ。それで今度、"Avery"に乗ってあいつの調査に出かけたい。それには傍らで道具を扱ってくれるような人員が欲しいんだが──

八田研究員: 私は岩塚とともにデータの解析を務めることが適任かと。

Agt.亀島: 高畑博士も、唯一のレベル4保持者を危険な目に遭わすわけにはいきませんからね。──となると──[中村氏の方を向く]

八田研究員: [中村氏、次いでAgt.亀島を一瞥する]

中村氏: [沈黙]

Agt.亀島: ──ああ、別に強いているわけではない。最悪、一人でも行けるからな。

<抜粋終了>


中村氏の手記


ベッドの上で改めて考えた。ようやく、この状況に対する実感がわいてきたような気がする。

どうやら、本当に彼らは人手が足りないようだ。

もし、彼らがこの状況を解決することができなかったら、俺たちはあの黒い化け物と一緒に、永遠にこの夕暮れの世界に閉じ込められることになるだろう。

この手記に書くべきではないかもしれないが、東山さんのことが気がかりでならない。

二浪した末に入った大学で、せめて大学生らしいことがしたいと思って八方手を尽くして紹介してもらい、現在はちょっといい雰囲気になっていると思う。すこし変わっているが、すっきりとした性格をしていて、俺と趣味や話のテンポも合う。今日は彼女の吉田神社から平安神宮までの夜のウォーキングに付き合う予定だった。そういうアクティブなところにも惹かれる。

そうやって舞い上がっていた矢先に、このような事態に巻き込まれた。

彼女は無事なのだろうか。もう一度会うことができるだろうか。

このままでは、二度と会えないのではないだろうか。


やはり、俺も彼らに協力したい。

俺なんかに何ができるのかはわからないが、とにかく俺も、できることをやってやりたい。

高畑さんたちに、自分も手助けをしたいということを伝えに行った。

高畑さんと亀島さんは歓迎してくれた。八田さんは笑わずに、耳掛けイヤホンみたいなものを渡してきた。位置情報と音声、映像を常に記録する機械らしい。それで俺の位置としゃべったこと、そして周りの様子を逐一記録するのだという。監視されているようで怖いが、実際監視の意味も含まれているのだろう。


作戦報告3000-JP.1


目的: 黒色の未確認実体(UE-3000-JPに指定)に関する調査。

方法: 財団製汎用四輪駆動車"Avery"を用いてUE-3000-JPに接近し、各種デバイスによる干渉を試みる。参加者はSRA及び対アスペクト放射用クラスC防護服を装備する。

結果: 以下に映像記録の書き起こしの抜粋を示す。


Abir.jpg

財団製汎用四輪駆動車"Avery"


[Agt.亀島、中村氏の肩を抱くようにして叩く]

Agt.亀島: 君の協力、感謝するぞ。これでだいぶできることが多くなった。

中村氏: はい。足手まといにならないように頑張ります。

[両名、車両格納庫前に移動する]

中村氏: 大学にこんな車が隠されていたなんて。

Agt.亀島: ああ。敷地が広いから、こういうモノも隠しやすいんだ。道具の操作方法は覚えたか?

中村氏: 頭に叩き込みました。

Agt.亀島: 運転は俺に任せとけ。今回は割と安全っぽいやつのようだが──油断すると死ぬからな。気をつけろよ。

中村氏: はい。がんばります。

Agt.亀島: ──緊張してるか?

中村氏: 少し。

Agt.亀島: そうだろうな。死ぬのは怖い。死を恐れると尻込みして何もできなくなる。でも安心しろ、何かあったら俺が守ってやるからな。俺、修羅場をくぐってきた回数で言ったら、日本支部では上から数えた方が早いんだぜ。

[Agt.亀島は運転席に、中村氏は荷台に搭乗する。車両は今出川通を西に向かって走行する]

Agt.亀島: カーデック、カント、PTAをよく見てろよ。

中村氏: わかりました。

[車両は京阪電車・出町柳駅前に接近する]

中村氏: PTA、反応しました。

Agt.亀島: 了解。

[車両、減速する]

Agt.亀島: いたぞ。やつだ。

中村氏: ここって、糺の森に近いですよね。

Agt.亀島: ああ。やつは相当ゆっくり動いているようだな。

[車両は後進してUE-3000-JPに接近する。対象の歩行は緩慢であり、容易な追跡が可能である]

中村氏: 気づかないですね。それに、なんだか足を引きずっていて、手足もなんだか形がいびつです。

Agt.亀島: そうだな。──よし、いつでも逃げられるようにしておくから、早速試してみるぞ。まずはメトカーフ8からだ。

中村氏: はい。メトカーフ非実体反射力場発生器、作動します。

[中村氏、メトカーフ非実体反射力場発生器を対象に適用し始める]

Agt.亀島: ──波長合わせ、上手いぞ。そのまま出力を上げていってくれ。

[中村氏、操作を継続する。対象の動きに変化は見られない]

中村氏: 動きに変化はありません。

Agt.亀島: 了解。次はnPDN9とテーザー10、それにエクテシア11を試してみてくれ。

中村氏: 了解しました。

[中村氏、nPDNによる実体化操作の後にテーザー銃及びエクテシア銃を対象に向けて発砲し、拘束を試みる]

中村氏: ダメです。命中したように見えますが、動きに変化はありません。

Agt.亀島: 非実体なのにメトカーフもエクテシアも効かないのか──俺の経験にはない例だな。

中村氏: 亀島さん、どうしましょうか。

Agt.亀島: 攻撃手段は一通り試してしまった。エクテシアですら効かないってことは、一回持ち帰って策を考え直さないといけないかもな。

中村氏: ──ちょっと──

Agt.亀島: ──ん?

中村氏: 待ってください。一回車を止めてください。

20170421.jpg

サンプル採取現場

[車両が停車する]

Agt.亀島: どうした?

中村氏: 今までは残っていなかったはずなのに、さっきから足跡が残っているんです。思うに──さっきnPDNを作動してからだと思います。

[両名が降車し、足跡を調べる。Agt.亀島、防護服ごしに指で足跡に触れる]

Agt.亀島: ──オイルのような黒い液体だな。中村君、nPDNを切ってみてくれ。

[中村氏、nPDNを停止する。黒い液体は霧消する]

中村氏: 消えましたね。

Agt.亀島: ああ。何かの役に立つかもしれない。

[両名、nPDNを併用して液体のサンプルを採取し、サイト-81K3に帰還する]


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

八田研究員: エージェント・亀島。映像を見ていましたが、中村さんと不明実体との距離が近すぎます。彼は民間人なんですよ。

Agt.亀島: 悪かったよ。でもあいつは敵対的ではないし、ある程度は目をつぶってくれ。で、どうだ? 何かわかりそうか?

八田研究員: サンプルを得られたのはうれしいですが──分析する環境があるでしょうか。

高畑博士: ええ。サイト-81K3は霊体工学部門の管轄の一つです。昔、府内で936-JPが発見された際にGRD12の開発が急がれたので、その際に研究室が設置されました。

八田研究員: それはよかったです。分析機器とマニュアルさえあればなんとかなります。

Agt.亀島: 専門じゃないはずなのに──何とかなると言えるのはさすがだな。

[八田研究員、サンプルとnPDNを所持して退出する]

高畑博士: 中村さん、初めての実地調査はどうでしたか?

中村氏: なんとかなりました。亀島さんのおかげで心強かったです。

高畑博士: 映像を見ていましたが、メトカーフ装置のマニュアル操作は少し煩雑であるにもかかわらず、初めてにしてはかなりスムーズな扱い方でしたよ。何か経験でも?

中村氏: 強いて言うなら、弟と一緒にアマチュア無線をしていました。

高畑博士: 弟さんがいらっしゃるのですね。

中村氏: はい。──こんな僕を、昔からずっと慕ってくれるやつです。そいつと一緒に無線をかじったときに知った操作と、ちょっと似通っているところがあって。

高畑博士: そうでしたか。弟さんもあなたに似て優秀なのでしょうね。

中村氏: 持ち上げすぎです。それに──

高畑博士: なんですか?

中村氏: 優秀と言えば、あいつの方がずっと優秀です。あいつはきっと、浪人なんかしないでしょう。

<抜粋終了>


中村氏の手記


彼らは一心不乱に働いている。八田さんは研究室でマニュアル片手にサンプルの分析をしている。亀島さんはサイトにある装備類を物色し、整理している。高畑さんは資料室で文書を渉猟している。

彼らは人類を、世界を救うことには、自分の力こそが必要であると信じている。

世界を元に戻したいとは俺も彼らと同じくらい強く願っているはずだが、彼らの希望の持ち方には驚いてしまう。

彼らのような優秀な人たちは、劣等感というものを知らないのだろうか。あるいは、劣等感を感じても、すぐにエネルギーに変換できるのだろうか。

どちらにせよ、俺にはまぶしい存在だ。

祥太に会って、なぜあれほど俺を兄ちゃんと慕ってくれるのか聞きたくなった。


コーヒーを淹れにロビーに行った。

三人は部屋に戻っていたが、俺よりも年下に見える、白衣を着た女の子がコーヒーを飲んでいた。


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

中村氏: あの──

岩塚研究補佐: あ。

中村氏: あなたが岩塚さんですか?

岩塚研究補佐: うん。

中村氏: 挨拶が遅れてごめんなさい。中村です。お邪魔してます。

岩塚研究補佐: お邪魔って、別にここ、うちの家でも研究室でもないねんけど。

中村氏: それは──失礼しました。

岩塚研究補佐: 謝らんでいいよ。

[岩塚研究補佐、カップを机の上に置いて中村氏に向き直る]

岩塚研究補佐: 大変やね。こんなことに巻き込まれはって。

中村氏: そうですね。でも、俺もなんとかして皆さんの力になれればなって。それで、いつかこの現象を解決できれば──

岩塚研究補佐: いや、厳しいんちゃう?

中村氏: はい?

岩塚研究補佐: 考えてもみなよ。生体反応はヒュームの「壁」の内側にうちら5人以外の人間が一人もいないことを示してる。ヒュームの壁の現実性はあまりにも高すぎて、踏み入れでもしたらうちらは一瞬で木っ端みじんにされる。つまり、うちらはこの広大な日本という監獄に閉じ込められて、あの黒い奴と一緒に永遠に鬼ごっこさせられるはめになってるわけ。

中村氏: はい。

岩塚研究補佐: つまり、この5人──たった5人よ? たった5人で、この3000-JP現象の原因を究明して、解決せなあかんわけ。それにサイト外からはなぜか食べ物とかも消えてる。しかも運の悪いことに、除外機能の設置が終わったばかりで食糧の追加搬入がまだだったせいで、サイト-81K3には1か月分の食糧しかない。1か月というリミット付きで、今言ったことができると思う?

中村氏: それは。

岩塚研究補佐: というわけで、正直うちは絶望視してる。まさにお先真っ暗。

中村氏: ──やはり、そんなに難しい挑戦なのですか。

岩塚研究補佐: うん。難しいと思う。相当難儀するよ、これは。とりあえずCKクラスが起こったことは間違いないから、その大規模な現実改変の原因を探り出さなあかんけど──困ったことに日本のサイトが全部死んでるから、今必死でKant-NETs13の出力を解析して、日本国内のヒューム粗密波の原点位置を解析するプログラムを組んでる。

中村氏: [沈黙]

岩塚研究補佐: でも、日本は大きすぎるし、なんといっても干渉と共鳴があまりにも複雑すぎる。なんとかさっきプログラムらしいものは組めたけど、サイト-81K3のポンコツコンピューターで演算がどこまでできるかって話よ。しかも八田先輩、ヒュームだけじゃなくてアキヴァ放射の解析もしろって──無茶ぶりにもほどがある。ほんまに人使いが荒いよ、あの人。実際にやる身にもなってみろっての。

[岩塚研究補佐、壁を両手の拳で叩く]

岩塚研究補佐: そしたら、案の定計算速度が追い付かなくて。先輩に文句言ったら、大学のコンピューターも使えって。あの先輩、どんだけ横車を押す気? まあ使ったんやけど。

中村氏: ──岩塚さんが今までずっと部屋に引きこもっていたのは──

岩塚研究補佐: ん? ああ、寝る暇もなく画面に向かってたからね。正直厳しいとは思うけど、うちにできるのはそれくらいやし、だったらやれるだけやらんとね。じゃあ、部屋に戻るね。

中村氏: ──わかりました。あ、その──

岩塚研究補佐: うん?

中村氏: ──俺ごときがこんなこと言うのも差し出がましいかもしれませんが、適度に休んだほうがいいと思います。倒れたりしたら元も子もありませんから。

岩塚研究補佐: [沈黙した後、微笑して]──うん。優しいんやね。ありがと。八田先輩にも、たまにはそうやってうちを労ってくれって言ってくれへん?

[岩塚研究補佐、扉に向かうが途中で立ち止まる]

岩塚研究補佐: あ、それと。

中村氏: なんですか?

岩塚研究補佐: 一緒に資料室に来てくれへん? うちの背じゃ全然届かない場所に資料があってね。君の身長なら楽々届くと思うんよ。

中村氏: わかりました、お安い御用です。

<抜粋終了>


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

中村氏: 僕も同席していいのでしょうか。

高畑博士: ええ。一人でも多くの意見が聞きたいのです。

八田研究員: [中村氏を一瞥する]それでは報告会を始めます。岩塚は所用により欠席しています。今回の報告内容は2件です。1件目は、先の探索で採取されたサンプルに関しての報告です。解析の結果、当該黒色物質は全く未知の存在であることが示唆されました。具体的な性質としては、光の完全な吸収によって光学的な観測ができないこと、非実体化抑制下では液体のような流動性を有すること、そして、保有するEVEがとても膨大であることです。

Agt.亀島: EVEが膨大?

八田研究員: そうです。さながら、UE-3000-JPは暗黒物質ダークマターのような存在です。観測することはできないが、莫大なエネルギーを持っていることはわかるという。そして、この物質は適切な操作を受けない場合、すみやかに崩壊して大量のEVEを放出します。

高畑博士: つまり──あれは大量のEVE粒子を、崩壊を抑制しつつ身体に溜め込む機能を有しているのですか。

八田研究員: はい。当該物質にEVE粒子を衝突させる実験を行いましたが、実験では全てのEVE粒子が完全に吸収されました。各種実験結果から、UE-3000-JPは途方もないEVEを貯蔵していることが示唆されると言えます。

Agt.亀島: さながらブラックホールだな。

八田研究員: 続きまして2件目の報告です。岩塚から日本国全域のヒューム値及びアキヴァ放射の解析結果が報告されました。それによると、日本国内の現実性は外縁の「壁」から京都市に向かって急速に流入し、当サイト付近以外の領域では大きな勾配を伴って現実性が増加していることがわかりました。

Agt.亀島: つまり、現実性がすり鉢みたいに外側に向かって高くなっていて、ここがすり鉢の一番底だと? なんでここが底になっているんだ?

八田研究員: 現実流を観察した結果、この地には流れ込んだ水を流し出す排水口のような存在があるようです。また、その「排水口」は二条城の南、神泉苑付近に存在することが示唆されました。加えて、そのような排水口の近傍である京都市の現実性がなぜ安定しているかですが──どうやらこの京都市街の領域、つまり北は貴船神社、東は比叡山、南は城南宮、西は松尾大社、これらで囲まれた領域がいわば滝壺のような役割を示し、流入量と流出量が釣り合うことによって当該領域の現実性が安定していることが示唆されました。どうやらこの領域には現実性を一定に保つ機能があるようです。私はこの領域をAREA-3000-JPと呼称することを提案します。

高畑博士: 了解しました。

八田研究員: そして、アキヴァ放射の解析結果ですが──解析の結果、AREA-3000-JPには多くのアキヴァ放射の存在が示唆されました。しかし、AREA-3000-JP以外の地域では──全く反応がありませんでした。

高畑博士: それはつまり──

[3秒間沈黙が継続]

中村氏: ど、どうしたのですか?

高畑博士: 中村さん。日本には神様が何柱いるか知っていますか?

中村氏: 八百万やおよろず──ですか? つまり、800万?

高畑博士: 八百万というのは厳密な個体数ではなく、数が非常に多いという表現なので、実質無限と言っても過言ではありません。そのような神格が──現在日本から全て消失しているのです。

Agt.亀島: ──待て。さっき、AREA-3000-JP以外の地域って言ったよな。つまりここらへんには神格がいるってことか?

八田研究員: ええ、います。ただ、とても不気味な姿をしていますが。

Agt.亀島: それはつまり──ああ、マジか。いったい何がどうなってやがるんだ?

八田研究員: そこで、私は一つ仮説を立てました。UE-3000-JPは、日本全国の神格を吸収し、EVEを一体化させて溜め込んでいる敵性神格なのではないかと。

高畑博士: ふむ。

八田研究員: 日本全国の神格全体が保有するEVEは、無論相当なものでしょう。ですが──あの物質で構成された当該存在ならば、それくらいのEVEを保有するのも可能かと考えます。これを受け、私は3000-JP現象の解決方法を一つ提案したいと思います。

高畑博士: 聞かせてください。

八田研究員: 日本全国を満たしていたEVEがUE-3000-JPに溜め込まれているのならば──あれを破壊することでEVEが放出され、日本国全体の奇跡量が元に戻り、もしかすると事態の解決につながるのではないかと。

Agt.亀島: そんなにうまくいくかね? だって、あれを破壊してEVEが放出されたとしても、単に放出されるだけだろ? 元に戻るのか?

高畑博士: いや、一理あります。神学的視点から見ると、日本という国は八百万神と呼ばれる神格群に全ての国土が分割されて管理されている非常に珍しい環境です。大気中のアキヴァ放射の値が元に戻るということは、すなわち現在全国で消失している神格群が復活するということです。日本において、人間と神格は切っても切り離せない関係です。人間の選択的な消失というこの3000-JP現象は、もしかしたら全国からの神格の消失と関係があるかもしれません。

中村氏: ──すいません。そうやって復活する場合、ちゃんと同じ神様が復活するのでしょうか。

高畑博士: おそらくは。神格は土地や物品に降臨するもの。それらが無事であれば、性質もまた保存されるでしょう。

Agt.亀島: じゃあ、とりあえずあいつを倒せばいいんだな。でも一つ問題があるぞ。この間の探索で財団の標準的なデバイスは一通り試したけど、結局振り向かせることすらできなかった。

八田研究員: nPDNを用いた非実体化抑制下で破壊的な攻撃をしてみては?

Agt.亀島: どうだろうな。あの時nPDN使用下でもスタンガン一式が通らなかったし、それに──俺の経験から行くと、あいつが反撃に転じた時が厄介そうだ。

八田研究員: 確かに。こちらに対してどのような攻撃をしてくるか未知数なのは不安ですね。何か──あれ自体を弱体化させるような方法が欲しいですが。

[約4秒間沈黙]

高畑博士: いや。そういうことなら──ここにはもう一つ、攻撃手段があります。

[Agt.亀島、八田研究員、中村氏が顔を上げる]

高畑博士: ついてきてください。


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移動中に記録された映像


[4名はサイト-81K3の奥に向かう。途中約100 mの通路を経て4名はエレベーターに乗り、下方へ移動した後に降車する]

Agt.亀島: だいぶ地下まで来たな。

中村氏: ここ、本当に大学なんですよね?

[4名、岩石に囲まれた通路を進行する]

高畑博士: 皆も知っての通り──ここサイト-81K3は京都市中のアノマリーを管轄するためのセキュリティ施設です。そのため、各部門の技術を結集して非常事態に備えています。先ほどの八田君の説明からすると、それら技術のうちの一つがUE-3000-JPには有効ではないかと私には感じられます。

八田研究員: それで、その技術とはいったい?

高畑博士: ──中村さん。聖護院という寺院は知っていますか?

中村氏: ごめんなさい、八つ橋しか知りません。

Agt.亀島: 美味いよな。俺、大好き。

高畑博士: 聖護院とは、このサイトのすぐ南に所在する本山修験宗の総本山です。修験道の祖は誰か知っていますか?

中村氏: ごめんなさい、理系なもので。

高畑博士: えん小角おづぬ──いわゆる役行者えんのぎょうじゃと言われる人物です。『日本霊異記』曰く、役行者は呪法を極め、鬼神を駆使して何でも言うことを聞かせることができた。葛城山の一言主ひとことぬしという神ですら、役行者に仇なしたという理由で呪縛され、いまだに解かれることは無いと言います。

中村氏: すごい人だったんですね。

高畑博士: ええ。あなたの言う通り、すごい人です。そして──ここがその力の一端を伝える場所です。

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「虎の牙」安置所

[4名、「虎の牙」安置所前に到着する]

Agt.亀島: これは驚いた。岩と岩との間に祠があるぞ。

高畑博士: この祠は役行者の験力を保管するために蒐集院時代に設置されたものですが、実際地理的にも聖護院に非常に近く、修験的呪力を集中させるのに都合のいい場所にありました。サイト-81K3は聖護院からの呪具「虎の牙」の移譲に成功し、以来ここでその呪力を高めてきました。当該呪具は役行者の「神を支配する」という性質が付与されています。

八田研究員: はあ。

高畑博士: 八田君にもわかりやすく説明すると、当該呪具がタイプ・ブラックのアスペクト放射に曝露した時、局所的に「人間からの使役や使嗾に対して極度に従順になる」という奇跡論的効果を及ぼします。この効果は対象が通常の神格存在ならば使役の形で発現します。

中村氏: つまり、あの黒い化け物も操れるようになると?

高畑博士: そう願いたいところですが──使役できる神格には例外があります。調査の結果、役行者の「神の使役」という奇跡論行使は、人間と神格との信仰契約状態を逆転させるという操作に依拠することがわかっています。もしUE-3000-JPが人間からの信仰を不要とするような原初的性格を有していた場合、使役の効果は発現しない可能性があります。

中村氏: え、じゃあ──

高畑博士: しかし今回の場合、そのような使役効果は不要であると考えます。当該呪具には副次的効果──つまり、nPDNやメトカーフ装置とは別のアプローチを通じて、対象を奇跡論的に実体化かつ弱体化させるという効果があります。これを用いた実体化及び弱体化が成功すれば、破壊的影響を与えるのも可能なのではないかと私は考えます。

Agt.亀島: 素晴らしい! 早速弾薬を作ってみます。聖護院に感謝だな。解決したら感謝のために八つ橋を食いまくらなきゃ。

八田研究員: 名前の由来、本店が聖護院の近くにあったからというだけですよ。

<抜粋終了>


中村氏の手記


亀島さんは喜び勇んで弾薬を作り始めた。八田さんも普段は言わないような冗談を言ったりして、心なしか明るくなったように見えた。

岩塚さんにも会って話をした。解決策の候補が見つかり、彼女も喜んでいた。自分は観測結果の解析に徹するから精々がんばれと言ってくれた。話ついでに、彼女の地元はここらへんだとか、財団に勤めてもう数年経つとかという雑談をした。彼女が何歳かはわからないが、いったい何歳の時にここで働き始めたのだろうか。

亀島さんによると、弾薬ができ次第再度探査に繰り出すそうだ。

次の探査では皆に朗報を持ち帰りたい。


作戦報告3000-JP.2


目的: UE-3000-JPに対する特殊アスペクトフラッシュグレネード"OZ"の有効性の確認及びUE-3000-JPの破壊・無力化方法の検討。

方法: 財団製汎用四輪駆動車"Avery"を用いてUE-3000-JPに接近し、"OZ"を用いた処理の後に各種装備によって攻撃する。参加者はSRA及び対アスペクト放射用クラスC防護服を装備する。

結果: 以下に映像記録の書き起こしの抜粋を示す。


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作戦実施中に記録された映像


中村氏: オズ、でいいんでしたっけ。

Agt.亀島: ああ。えん小角おづぬの「おづぬ」から連想したんだ。かっこいいだろ。

中村氏: 八田さん、重さの単位のオンスもozと書くって言ってましたけど。

Agt.亀島: あ? いいんだよ。あいつはいちいち面倒なことを気にするからな。

中村氏: お二人は昔からお知り合いなんですか?

Agt.亀島: まあな。──ちなみに、君からしたらあいつはツンツンして冷たいように見えるかもしれないけどな、本当は民間人が危ない目に遭うのが心配なだけだぜ。気にすることはないぞ。

中村氏: そうなんですか。

Agt.亀島: ああ。そういうかわいい面もある。──じゃあ、いくぞ。幸いたくさん作れたけど、そうは言っても限りがあるからちゃんと狙ってあてろよ。ピンを抜いたら、あいつの1 mくらい前に転がすんだぞ。あと、弾頭はあいつ自体にぶつかっても炸裂しない恐れがある。近くの地面とかに当てて、爆風で攻撃するイメージで行こう。

中村氏: 了解です。

[車両は今出川通を西に向かって走行する。その後賀茂大橋に接近する]

中村氏: 橋の上にいますね。橋を東に歩いています。

Agt.亀島: ああ。一旦すれ違ってゆっくりバックで追い越すから、追い越したときに投げ込んでくれ。

[車両はUE-3000-JPとすれ違った後に後方に走行して接近し、UE-3000-JPをゆっくりと追い越す。中村氏、"OZ"のピンを抜いてUE-3000-JPの近傍に転がす]

Agt.亀島: 30 mほど離れるぞ。防護服があるといっても、閃光のバックラッシュがある。爆発の直視はするなよ。

[車両は前方に走行し、30 mほど離れた地点で徐行する。"OZ"が炸裂し、UE-3000-JPがアスペクト放射に曝露する。UE-3000-JPは歩行を停止した後、体をよじり、苦悶しているように観察される]

中村氏: ──すごい音ですね。でも、反応ありました。効いてます。

Agt.亀島: 了解──ん?

[UE-3000-JP、約4秒間黒色物質の散逸と結集を繰り返す。その後、車両に向かって「走るように」接近する]

中村氏: まずい。こっちに来ます!

Agt.亀島: 慌てるな。運転は安心して俺に任せろ。君は迎撃に集中しろ!

中村氏: は、はい!

[中村氏、ランチャーに神聖祈念弾頭を装填する。車両は賀茂大橋上を西方向に走行する]

Agt.亀島: 足元だぞ! 弾はたくさんあるんだ、慌てることはない。

中村氏: ──いきます!

[中村氏、神聖祈念弾頭を発射する。弾頭はUE-3000-JP近傍で炸裂し、約1割の黒色部分が霧消したように見えるが、UE-3000-JPは車両への接近を継続する]

中村氏: ──ダメージありました。でもまだ追ってきます!

Agt.亀島: 了解。ここを右折するから、曲がってきたところに2発目をぶっ放してやってくれ。

[車両は河原町今出川交差点を北方向に右折する。中村氏、弾頭を再装填する]

中村氏: ──2発目、行きます!

[中村氏、神聖祈念弾頭を発射する。弾頭はUE-3000-JP近傍で炸裂する。UE-3000-JP、追跡を中止するとともに動きが緩慢になり、約10秒間かけて空気中に散逸する]

Agt.亀島: ──やったぞ! お手柄だ、中村君!

中村氏: やりました! ──あ、亀島さん。

Agt.亀島: どうした?

中村氏: PTAのメーターが振り切っています。EVEっていうのが相当の量放出されたのでは?

Agt.亀島: それは朗報だ。これで何か変わってくれればいいんだが──

[車両は出町橋を渡り、サイト-81K3に帰還する]


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

八田研究員: 二人とも、お疲れさまでした。

Agt.亀島: ──驚いたな。お前がねぎらいの言葉をかけるとは。

中村氏: 何かあったんですか?

八田研究員: ええ。というのも、仙台市に所在するサイト-81T2の生命反応が──微弱ですが、今しがた復活したのです。

中村氏: え!?

Agt.亀島: つまり──日本が元に戻り始めていると?

八田研究員: はい。加えて、岩手県、山形県の一部のサイトも反応が復活し始めました。なんにせよ、あなた方がUE-3000-JPを攻撃したことと無関係ではないでしょう。

中村氏: 復活したのは宮城県周辺だけ、ということですか?

八田研究員: そうですね。思うに、今回UE-3000-JPが放出したEVEが、サイト-81T2周辺の神格に対応していたのでしょう。

Agt.亀島: でも──なんで全部が復活しないんだ?

八田研究員: ──実は、UE-3000-JPを示すと思われるアキヴァ放射体が、二人との交戦後に別の場所に移動したのです。観測によると、現在UE-3000-JPは河原町三条交差点付近に出現しています。

[Agt.亀島と中村氏、顔を見合わせる]

中村氏: ──つまり、あの黒いやつを追い回し、少しずつ削っていけば──いつかは撃破に成功し、世界が元に戻るかもしれないんですね?

八田研究員: はい。それでは──

[八田研究員、直立する]

八田研究員: レベル3職員として両名に指示をいたします。エージェント・亀島と中村氏は、サイト-81K3が保有する各種装備及び武器を任意に利用し、UE-3000-JPの追跡、及び無力化にあたってください。

[約3秒間沈黙。Agt.亀島と中村氏が顔を見合わせた後、うなずく]

Agt.亀島: 了解した。

中村氏: 任せてください!

[両名、退出しようとする]

八田研究員: エージェント・亀島。

Agt.亀島: ん?

八田研究員: 中村さんが装備しているカメラで、私たちがリアルタイムで映像を確認していることを忘れないでください。

Agt.亀島: なんのこと──ああ、悪かったな、八田研究員。[笑う]

八田研究員: [咳払いする]

<抜粋終了>


作戦報告3000-JP.3


目的: UE-3000-JPの無力化。

方法: 財団製汎用四輪駆動車"Avery"を用いてUE-3000-JPに接近し、特殊アスペクトフラッシュグレネード"OZ"を用いた処理の後に神聖祈念弾頭を用いた攻撃によって撃破する。参加者はSRA及び対アスペクト放射用クラスC防護服を装備する。

結果: 以下に映像記録の書き起こしの抜粋を示す。


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作戦実施中に記録された映像


[車両は川端通を南に走行している]

Agt.亀島: 八田によると、やつは今三条大橋の上にいる。攻撃を受けて警戒状態になっているかもしれない。気を付けるぞ。

中村氏: 了解です。

[車両は三条大橋交差点に接近する。Agt.亀島、京阪電車・三条駅南にUE-3000-JPを発見する]

Agt.亀島: いた。しかし、あの姿は──

[UE-3000-JP、黒色部分が棘のようになりそれぞれが不規則に動いている]

中村氏: ──ウニのようですね。

Agt.亀島: ウニだな。しかし、あれは少し──

[UE-3000-JP、車両に「走るように」接近する]

Agt.亀島: まずい。

[車両は三条通を西に逃走する。UE-3000-JP、車両を追跡する]

中村氏: やばいです。意外と速いです、あいつ。

Agt.亀島: ああ。いったん距離を取るぞ。しっかりつかまっとけよ。

[車両は河原町三条交差点を南に左折する。UE-3000-JP、追跡を継続する]

中村氏: まだ追ってきます!

Agt.亀島: 落ち着け。まずはあいつを"OZ"で処理してくれ。

中村氏: は、はい!

[中村氏、"OZ"のピンを抜いてUE-3000-JPに向かって転がす。"OZ"がUE-3000-JPの近傍で炸裂する]

Agt.亀島: あいつの動きは?

中村氏: 相変わらず速いです。とりあえず弾頭で迎え打ちます。

[中村氏、ランチャーを用いてUE-3000-JPの近傍に向けて弾頭を発射する。UE-3000-JP、素早く横方向に移動することによって弾頭の爆風を回避する]

中村氏: あいつ──

Agt.亀島: 学習してやがるな。しばらく同じところを回るから、じっくり狙ってもう一度かましてみろ。

[中村氏、再度弾頭を発射するが、UE-3000-JPは爆風を回避する]

中村氏: あいつ、器用に避けてます。

Agt.亀島: ふむ──厄介だな。

[車両はUE-3000-JPからの逃避を継続する]

中村氏: ──亀島さん。僕だけ武器を抱えて降りてどこかに待ち伏せして、横から不意打ちすれば当たるのではないですか?

Agt.亀島: ほう。

中村氏: 逃げる相手を追いかける人って、逃げている人しか目に入らないらしいです。亀島さんはあいつを引きつけて、今回っている道をもう一度回ってきてください。──そうですね、僕、次に木屋町通に入るときにランチャーと弾を抱えて降りて、飲み屋の路地に身をひそめます。

Agt.亀島: 降りるって、走っている車からか? ──君、受け身できるか?

中村氏: 大丈夫です、体育で習いました。

Agt.亀島: ──よし、その案乗った。

[車両は四条河原町交差点を東に左折した後、左折して木屋町通に進入する]

中村氏: ──いきます!

[中村氏、武器と共に荷台から降車する。映像は強く振動する。エンジン音が遠ざかる]

中村氏: ──く──防護服が丈夫でよかった──

[中村氏、木屋町通の東の路地に入り、物陰に隠れる。映像から、UE-3000-JPが木屋町通を北に向かって通過したことが示される]

[中村氏、弾頭をランチャーに装填する。エンジン音が遠ざかっていく]

[エンジン音が近づく。車両が河原町通を南に移動していることが示唆される]

[エンジン音がさらに近づく]

[車両が木屋町通を再度北に通過する]

中村氏: ──きた!

[中村氏、弾頭を発射する。弾頭は木屋町通の路上で炸裂する]

[約10 m離れた地点で動きが緩慢になっているUE-3000-JPが観察される。黒色部分はさらに減少し、集合と散逸を繰り返している。車両がブレーキ音を立てて停車する]

中村氏: ──まずい。少し遠かったかも──

[UE-3000-JP、中村氏に接近する]

Agt.亀島: ──中村君!

中村氏: ──はい!

[中村氏、弾頭を再装填する。その後、接近するUE-3000-JPの近傍の建造物に対して発射する]

[弾頭がUE-3000-JPの近傍の壁に当たり炸裂する。映像は強い光で覆われた後、強く振動する。中村氏、路上に倒れる]

Agt.亀島: ──中村君、大丈夫か?

中村氏: は、はい。なんとか。

[UE-3000-JP、約10秒間かけて空気中に散逸する]


映像ログ書き起こし


付記: 当映像はサイト-81K3第2実験室に設置されていたカメラによって撮影されたものである。


<抜粋開始>

高畑博士: お邪魔します。

岩塚研究補佐: ──高畑博士。珍しいですね。

高畑博士: ええ。八田君から話は聞きましたか?

岩塚研究補佐: はい。東北地方に続き、九州の一部でも人型の生体反応が微弱ながら復活したとか。つまり、やはり空気中の奇跡量の枯渇が3000-JP現象の直接的な原因であったということでしょうか。

高畑博士: この結果から考えると、そういうことになるでしょうね。

岩塚研究補佐: なるほど。──こんなこというと怒られますけど、やっぱり奇跡論関係の話は苦手です。科学的に考えようとしても、外部因子があまりにも多すぎて全然結果が予測できない。

高畑博士: [笑って]そうですね。ですが、だからこそ私のように古今東西の文献や伝承、神話や説話を調べ、その「外部因子」になり得るものが何かを提案する役目の者が必要なのです。

岩塚研究補佐: はい。私みたいな物理畑にとって、神話とか伝承とかから世界を解き明かさはるのはとても新鮮です。──それで、このままめでたく解決したら、中村君はクラスC記憶処理をして解放しなはるんでしょうか。

高畑博士: もちろん。プロトコルCK-3ではそう規定されています。あるいは、財団に雇用されるという選択肢もあるかもしれませんが。

岩塚研究補佐: そうですよね。──残念やなあ。どんなに功績を立てても、結局は夢のように忘れてしまうんやから。

高畑博士: ──意外ですね。岩塚君がそういうことを言うとは思いませんでした。

岩塚研究補佐: [口を両手で隠して]ああ、失礼しました。サイト管理官の前で、うかつな発言でした。[咳払い]──それで、この部屋に何か御用ですか?

高畑博士: いえ、亀島君と中村さんの働きによってこの問題が解決するならば言うことは無いのですが──少し引っかかることがありまして。岩塚君、あなたはUE-3000-JPについてどう考えますか?

岩塚研究補佐: そうですね。八田先輩が言わはった「暗黒物質ダークマター」という例えは的を射ているように思えます。観測はできず、そのままでは触れることもできないような物質。それなのに、保有するエネルギーは大きい値を示す。これはまさに、宇宙物理学で言うところの暗黒物質にそっくりですね。

高畑博士: ふむ──専門外なもので知識が浅いのですが、その物質はブラックホールと関連付けて考えられたりはしませんか?

岩塚研究補佐: ええ。暗黒物質とは何かを説明するために様々なモデルが提案されましたが、その中には10の20乗から26乗オーダーグラムの質量を持つ、小規模なブラックホールというモデルもあります。

高畑博士: そのブラックホールについて、特徴的な性質をいくつか私に教えていただけますか?

岩塚研究補佐: は、はい。まず、ブラックホールはその強い重力によって、シュワルツシルト半径よりも近い物質はたとえ光であろうとも脱出できません。この中の重力は光速を超えているため、相対論的効果によって、内部の物体は外から観察すると完全に停止しているように観察されます。

高畑博士: ──完全に停止──ですか。

岩塚研究補佐: どうなさいました?

高畑博士: ああ、失礼。非常に参考になりました。では私はこれで。──ああ、あと「壁」のヒューム値はよく観察しておいてください。少し気になるので。

岩塚研究補佐: わかりました。ごめんなさい、べらべらとしゃべってしまって。

<抜粋終了>


作戦報告3000-JP.4


目的: UE-3000-JPの無力化。

方法: 財団製汎用四輪駆動車"Avery"を用いてUE-3000-JPに接近し、特殊アスペクトフラッシュグレネード"OZ"を用いた処理の後に神聖祈念弾頭を用いた攻撃によって撃破する。参加者はSRA及び対アスペクト放射用クラスC防護服を装備する。

結果: 以下に映像記録の書き起こしの抜粋を示す。


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作戦実施中に記録された映像


[車両は五条通を西に走行している]

中村氏: 誰もいない9号線をかっ飛ばすのは気持ちがいいですね。相変わらずずっと夕暮れですが、この時間の風景が一番きれいです。

Agt.亀島: ああ。もうすでに、近畿地方以外のほとんどの生体反応が復活している。つまり、あいつも相当消耗しているってことだ。──おそらくこれが最後の作戦だ。気を抜くなよ。

中村氏: わかりました。

[車両は西大橋に接近する。橋上に不定形のUE-3000-JPが存在する]

中村氏: うわ、気持ち悪い。スライムみたいですね。

Agt.亀島: でも、あれなら動きも遅いはずだ。落ち着いていくぞ。

[車両が後方に走行してUE-3000-JPに接近する。UE-3000-JPは動かない。中村氏、"OZ"をUE-3000-JPの近傍で炸裂させる]

Agt.亀島: どうだ?

中村氏: 目立った反応はありません。──あ。

Agt.亀島: どうした?

中村氏: 逃げていきます。西の方に。

[UE-3000-JP、身体を伸縮させて車両から離れようとする。動きは緩慢である]

Agt.亀島: 逃げるというのは──初めての動きだな。

中村氏: でも、あいつを倒さなきゃ。弾頭、発射します。

[中村氏、UE-3000-JPの近傍で神聖祈念弾頭を炸裂させる。UE-3000-JP、約4秒間振動した後に霧消する]

Agt.亀島: これで──終わりか。終わりだよな。

中村氏: そう願いたいところです。ひとまず帰還しましょう。

[車両はサイト-81K3に向かう。途中、八田研究員が両名に通話し、車両が停車する]

Agt.亀島: ああ、八田。今、あいつを攻撃したぞ。あいつは消えたが──どうだ?

八田研究員: 交戦しましたか。そうだと思いました。

中村氏: そうだと思った、とは?

八田研究員: はい。たった今、UE-3000-JPと思われる京都市内のアキヴァ放射体の反応が消失して──日本全国のサイトの生体反応が復活しました。

[Agt.亀島と中村氏、顔を見合わせる]

Agt.亀島: ──中村君。

中村氏: はい。やりましたね!

[両名、握手を交わす]


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

八田研究員: お疲れさまでした、2人とも。日本国内で、生体反応が続々と復活し始めました。このまま漸進的に元の状態に戻っていくことを期待します。

中村氏: ありがとうございます。きっと大丈夫ですよ。そのうち皆も戻ってきます。

Agt.亀島: それで──岩塚ちゃんと高畑博士は?

八田研究員: 岩塚は、いまだ現実性が不安定であるということで解析を継続しています。高畑先生は資料室で閲読を行っています。

中村氏: そうですか。皆で祝いたいところですが。

Agt.亀島: そうだぞ。それとも、まだ問題があるのか?

八田研究員: ええ。まず、今言ったように相変わらずAREA-3000-JP──つまり京都市以外の地域の現実性は不安定であり、日本を囲むヒュームの壁は依然存在します。次に、生体反応が復活したとはいえ、現実性が不安定であるせいか、人々の姿が陽炎のようにおぼろげに観察されるのです。まるで、いまだにこの世界に定着していないかのように。

中村氏: それは──待っていればそのうち安定してくれるのではないですか?

八田研究員: そうなることを願いたいですね。どちらにせよ、しばらくは観察が必要でしょう。

Agt.亀島: そうだな。──じゃあ、俺はしばらく骨を休めてくる。中村君、本当によく頑張ったな。

[Agt.亀島、退出する]

中村氏: ──あの、八田さん。岩塚さんに挨拶しても邪魔にならないでしょうか?

八田研究員: まあいいでしょう。理論計算の段階は一段落しているでしょうし。

[中村氏、第2実験室に向かう]

[中村氏、第2実験室に進入する]

中村氏: ──岩塚さん。お邪魔します。

[岩塚研究補佐、モニターに向かって着席し、モニターを注視している]

岩塚研究補佐: お邪魔って、うち、ここを間借りしているだけやねんけど。

中村氏: ごめんなさい。

岩塚研究補佐: 謝らんでいいから。

[岩塚研究補佐、中村氏に向き直る]

岩塚研究補佐: 中村君ってさ、結構背もあってガタイもいいけど、フィールドエージェントとしてのセンスも持ち合わせてはるんやない?

中村氏: そうでしょうか。亀島さんの足手まといになってなかったか心配です。

岩塚研究補佐: とんでもない。映像見たけど、UEが迫ってきても落ち着いて弾頭の再装填をしやはったよね。それで、結果としてUEの討伐に成功しやはったんやし──もしこれで世界が元に戻ったのなら、君は英雄って呼べると思うよ。

中村氏: 英雄──俺がですか。

岩塚研究補佐: うん。間違いない。

中村氏: ──俺、うれしいです。岩塚さんたちのような優秀な人と一緒にこんな働きができて、あまつさえ褒められるなんて。俺、できることなら、皆さんと一緒にこれからも働きたいです。

岩塚研究補佐: [沈黙]

中村氏: ──どうしたんですか?

岩塚研究補佐: もし仮にこのまま3000-JP現象が解決されたなら、おそらく君は功績を大きく評価されて、望むなら財団に雇用されるってことも決してあり得ん話やないと思うよ。でも、それをするってことは──すなわち世を捨てることになるけどいい?

中村氏: [沈黙]

岩塚研究補佐: 3000-JP現象が解決された後、君の取るべき道は2つ。一つは、うちらのもとで働くことを決めて、これまでの生活を全て捨てること。もう一つは──うちらと働いたことをきれいさっぱり忘れて、元の生活に戻ること。

中村氏: 忘れる──とはどういうことですか?

岩塚研究補佐: そのままの意味。うちら財団の得意技。どんな記憶でも、夢幻のように消し去る技術があるの。

中村氏: ──そうですか。皆さんのポリシーとして、そうしなくちゃいけないんですね。

岩塚研究補佐: そう。まあ、よう考えておいて。

中村氏: ──わかりました。

[中村氏、扉に向かう]

岩塚研究補佐: ああ、そういえば。

[中村氏、足を止めて振り返る。岩塚研究補佐、微笑する]

岩塚研究補佐: 言いそびれていたけど──任務、お疲れさまでした。

中村氏: ──はい。ありがとうございます。

[中村氏、ロビーに戻る。ロビーには八田研究員のみが所在する]

八田研究員: 中村さん。

中村氏: は、はい?

八田研究員: 岩塚の様子はどうでしたか?

中村氏: ど、どうとは?

八田研究員: 失礼、些末なことかもしれませんが──あなたがこのサイトに訪れてから、どうも岩塚の雰囲気がいつもよりも明るくなったような気がするので、何かあったのかと思いまして。

中村氏: いえ、僕は別に──ああ、先日彼女を労ったとき、八田さんにもそうしてもらいたいとこぼしていました。

八田研究員: そうでしたか、覚えておきます。──他に、彼女に関してあなたが気づいたことはありますか?

中村氏: そうですね──優秀で、尊敬できる方だと思います。その、何か?

八田研究員: わかりました。妙なことを聞いてしまい申し訳ない。

<抜粋終了>


中村氏の手記


岩塚さんの話を聞いて、俺は考えている。

高畑さん、八田さん、亀島さん、岩塚さんと一緒にこの難題に立ち向かった記憶を、そうやすやすと消してしまってもいいものなのだろうか。

でも、彼らと同じ道を進む場合、世を捨てて人類の陰に潜むことになるという。

東山さんとも、二度と会うことはできない。

それは嫌だと思う。

やはり、元の生活に戻らなければいけない。

例え俺の功績が忘却の中に消え、俺の日常生活から跡形もなく消えようとも、世界のどこかにいる彼らは俺のことを覚えてくれている。それで満足だ。


黒い化け物を倒してからしばらく経つが、彼らは忙しそうに歩き回っている。

特に、八田さんと高畑さんが話し込んでいるのをよく見かける。

何かあったのかもしれないが、とりあえず俺は部屋で待機をしている。


高畑博士の手記


神話・民俗学部門に所属する研究員として、もう少しUE-3000-JPに関する考察を行いたい。

まず気になるのは、あの存在が人間や動物のように意志を持って動いているように見えることだ。さらにEVEを大量に保有し、アキヴァ放射も観測されるという。つまり、やはりなんらかの神格存在に由来する存在であることは容易に連想される。

加えて、UE-3000-JPが保有していたEVEの総計は日本国神格群全体に匹敵するほどの大きさであることが示された。

すなわち、UE-3000-JPは日本の国土上において生活を営んでいる国民自体、あるいは「日本という国家」そのものを神体にする──それくらいの規模を有する神格であることが示唆される。まるで岩塚君が言っていたブラックホールのように、巨大な神学的質量と規模、そしてそれらに伴うエネルギーを有するのだ。

このように大規模かつ根本的な性質を持つ神格はいよいよ限られてくる。天地開闢から順を追っていくと、まず思いつくのは別天神ことあまつかみだが──この5柱は日本国というより、宇宙や世界の成り立ちに関連するように感じる。

次に思いつくのが神世七代かみよななよの神々だ。この中で最後に位置するのがイザナギ・イザナミで、この2柱が大八島を生んだ。やはりこの2柱に注目すべきだろう。

イザナミは大八島国、つまりこの国土を生む前に、2回国生みに失敗している。最初にヒルコを、次にアハシマを生み、どちらも不具であるという理由で放逐している。

この2柱はどこへ行ったのかというのは疑問だ。一説によると、ヒルコはある程度成長してから、アハシマは赤ん坊の状態で放逐されたという。そして、ヒルコはやがて不老不死の別世界にたどり着き、その国で大切にされたのだという。

不老不死の国。──不老。時間が進まない。

岩塚君の話では、ブラックホールに取り込まれた人間は外から見ると止まっているように見えるという。この3000-JP現象では逆で、日本の内側にいる私たちは外の世界が止まっているように見える。

ヒルコとアハシマは日本という国の兄。どちらも行方は不明。

これらは大八島に先んじて誕生した神格だ。その原初的性質から、規模は巨大である可能性がある。

ということは、UE-3000-JPはこれら2柱のどちらかである可能性があるかもしれない。


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[高畑博士、八田研究員、Agt.亀島、中村氏がロビーに着席している]

高畑博士: お集まりいただきありがとう。

Agt.亀島: どうかしたんですか? このまま世界は元に戻っていくんじゃ?

八田研究員: それについてですが──私と岩塚は、観測結果からとある仮説を導出しました。今回はそれを報告します。

高畑博士: お願いします。

八田研究員: はい。仮説というのは──UE-3000-JPが、日本国神格群全体のEVEを吸収して利用することで日本列島全体に奇跡論行使を行ったというものです。

中村氏: ──奇跡論とは?

八田研究員: 平たく言うと魔法です。そして、UE-3000-JPが行使した内容は2つ存在すると考えております。一つ目は、日本全体の時間の進行を極度に速めることです。

中村氏: 時間を速めた? 夕日の位置は止まっていますが──

八田研究員: それは私たち側から日本列島の外側を観察したときにそう見えるだけです。宇宙や海外から見れば、私たちは目にも止まらないほど速く動いているように観察されるでしょう。この仮説によって、太陽の位置が変化しないことについては説明できます。

Agt.亀島: それで、二つ目は?

八田研究員: 二つ目は、人々を一時的かつ現実的に隠匿するという内容です。中村さんにもわかりやすく表現すれば、現在の状況は「姿隠しの魔法が解けかけている」というところでしょう。

Agt.亀島: ふむ──人が乗っていた乗り物とか、店で売られていた食料とかにもそれが適用されているってことか。

高畑博士: 当該奇跡論の対象が「人間の生活」という包括的な内容であったと私は考えます。

八田研究員: これらの奇跡論行使はUE-3000-JPの存在が要であり、加えて「壁」の高ヒュームが不可欠だったのだと、私と岩塚は結論付けています。おそらく、このまま時間が経って「壁」のヒューム値が減少し続ければ、当該奇跡論操作は無力化し、日本列島は元のように運行を再開するものと思われます。

中村氏: え、「壁」のヒューム値は下がっているんですか?

八田研究員: はい。急速に下がっています。また観測の結果、これまで停止していた太陽の位置が、少しずつですが動き始めていることがわかりました。

中村氏: ──つまり、元の世界に戻りかけていると? よかった。これで万事解決じゃないですか。

高畑博士: いや、まだ問題があります。

[Agt.亀島と中村氏、高畑博士に注目する]

高畑博士: 問題は、なぜUE-3000-JPがそのようなことを行ったかということです。

Agt.亀島: ──確かに。なんでわざわざそんなことしたんだ? さっきの八田の話では、あいつは日本の神全てを吸収してそんなことをやってのけたんだろ。そんな大層なことをして、いったい何が目的だったんだろうな。

高畑博士: はい。それに、私としてはそのような──八百万神を一身に溜め込むほどの神威、権能を有する神格が何者なのかにも興味があります。

中村氏: そうですね。よっぽどえらい神様なんでしょうか。

高畑博士: 単純に考えるならば──そのような神威を有するのは、神話の中でも最初期に登場した神である可能性が高いと考えます。そして考察の結果、私はUE-3000-JPに該当する神格の候補を発見しました。

中村氏: ──それは誰ですか?

高畑博士: それは、国生み神話において、イザナギ・イザナミという原初の夫婦神によって、大八島国に先駆けて最初に産み落とされた──

[ロビーの扉が勢いよく開け放たれる]

岩塚研究補佐: 八田先輩! すぐ来てください! ──あ、博士とお二人も! 早く!

Agt.亀島: 岩塚ちゃん?

中村氏: ど、どうしたんですか?

awajishima-2.jpg

当時の近畿地方周辺のアキヴァ放射強度マッピング

[4名がサイト-81K3第2実験室に移動する。岩塚研究補佐、4名にモニターを見るように促す]

八田研究員: これは──

岩塚研究補佐: 兵庫県淡路市東部を中心に、アキヴァ放射強度が急激に上昇しています。現在最も高い値で50を超過しています。

八田研究員: 現実性は?

岩塚研究補佐: 極めて不安定です。観測では最大で60.5 Hmまで上昇し、その後は下降して現在は15 Hmから30 Hmまでの範囲を上下しています。

[約4秒間沈黙]

Agt.亀島: いったい何が──

岩塚研究補佐: 顕現したのです。おそらくレベル7以上の神格実体が。

<抜粋終了>


中村氏の手記


何がどうなっている?

red_akashikaikyo.jpg

現地の映像

現地の映像は非常に禍々しい雰囲気を放っていた。断続的な地震や地鳴りも観測されているようだった。

いよいよこの世の風景とは思えなかった。

皆で固唾を飲んで映像を見つめていると、淡路島の海岸の地形が見る見るうちに大きく隆起していくのがわかった。亀島さんがスクランブル・デバイス14というゴーグルのような装置を持ってきて、急いで装着するように言った。

隆起は水面を押し上げ、やがて大きな水しぶきを上げて、それの姿を現した。

それは、身体は岩石のような質感で、人型だがとても大きな頭と、短い手足を持っていた。身長は、もしかしたら以前東京で見たスカイツリーよりも高いかもしれない。

そのシルエットや顔の造形を見るに、それは人間の赤ん坊そっくりだった。

赤ん坊は、ゆっくりと歩を進め始めた。

俺たちはその光景を黙って見ていたが、おもむろに高畑さんがつぶやいた。

あわしまだ」と。


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[高畑博士、八田研究員、Agt.亀島、中村氏がロビーに着席している]

八田研究員: 先生、アハシマとはなんですか?

高畑博士: アハシマとは、イザナギ・イザナミによる国生み神話において生まれた2柱目の神である淡島神あわしまのかみのことです。最初に生まれたヒルコとともに、両神の子としては数えないのが通例です。『古事記』では、不完全な身体であるとして船に載せられ、ヒルコと同様に海の彼方に追放されたとされています。

Agt.亀島: なんで──あれがアハシマだと結論付けたんですか?

高畑博士: 一つ目は、神格が淡路島に所在していたことです。淡路島は様々な点で国生み神話に関係が深い島であり、追放後にそのすぐ近くに留まったとしてもおかしくない。二つ目は、姿が赤ん坊であることです。「三歳まで育てた」と明言されているヒルコと違い、アハシマに関しては神話における記述が少ない。この理由としては、出産の直後に身体に欠陥があることが判明した結果、生まれてすぐに追放されたから、というものが考えられます。そして三つ目は──[中村氏を一瞥する]

中村氏: な、なんですか?

高畑博士: これは私の仮説ですが──亀島君と中村さんが撃破に成功したUE-3000-JP、あれはヒルコ神ではないか、と思うのです。

八田研究員: それは──

中村氏: なんですって? ヒルコという神様はあんなに真っ黒なのですか? どう見ても邪悪な──

高畑博士: ──考えてみてください。大八島国、つまりこの日本列島もまた、ヒルコとアハシマのあとにイザナミの母胎から生まれた子です。イザナミの母胎から生まれ、成長の結果この広大な国土が形成されたというなら──大八島の兄であるヒルコやアハシマもまた、出産の後の成長の過程で劇的な変化が起こっても不思議ではないのでは?

中村氏: [沈黙]

高畑博士: ヒルコの「ヒル」はひる、つまり手足が不完全である表現として理解されますが──一説にはひるに当て、日女ひるめと呼ばれる天照大神と対になる男性の太陽神であると考えられることもあります。それに、なんといってもヒルコは大八島よりも先に誕生しました。したがって、日本の国土自体を覆い隠すほどの神威があってもおかしくないのですが、これまでヒルコ神自身の実態については判明していなかった。よってこれはあくまでも私の仮説だったのですが──あの幼児のような実体がアハシマであるとしたら、話はつながると考えます。

八田研究員: ──関係の深いヒルコとアハシマという2柱の神格が、同時期に顕現したということですか。

高畑博士: ある説話によると、ヒルコは親神たちに追放された後、不老不死の楽園にたどり着き、そこで幸福に暮らしたといいます。そしてその楽園は、伝承では常世国とこよのくにと呼ばれます。言うなれば、UE-3000-JPは奇跡論行使を通じて、常世の国によってこの日本国を塗りつぶしていたと言えるでしょう。

[約4秒間沈黙。その後岩塚研究補佐がロビーに進入する]

岩塚研究補佐: 高畑博士、解析終わりました。現在のこの世界の多元宇宙論的虚数方向の位相は0、基底世界と同一です。そして、「壁」のヒュームが1.5 Hm以下になるまで──あと約2時間です。

高畑博士: ──2時間、ですか。

八田研究員: つまり──あと2時間ほどで、高畑先生の言っていた「常世の国」によって塗りつぶされていたペンキがはがれ始め、元の日本に完全に戻るということですか。

中村氏: それは──

[中村氏、モニターに目線を移す]


an-yogajouzu.jpg

現地の映像(ミーム汚染効果除去済み)


[モニターには実体が明石海峡を歩行している様子が示される]

Agt.亀島: このまま日本が元に戻ってしまったら──あのデカブツが日本を破壊しつくすことになるぞ。

八田研究員: しかも──スクランブル・デバイスの反応が尋常ではありません。かなり高レベルのミーム汚染効果を持っているようです。それに──さっきよりも身体が大きくなっていますね。

中村氏: ──まさに、今も成長しているということですか。

[約5秒間沈黙]

高畑博士: ──目標を変更します。このまま現実性が低下していった場合、基底世界の日本国を中心としたXKクラス: 世界終焉シナリオ、CKクラス: 世界再構築シナリオ、SKクラス: 支配シフトシナリオ、LKクラス: “捲られたヴェール”シナリオを含めた複数のKクラスシナリオの開始が危惧されます。したがって我々は、現実性が元に戻る前に当該神格実体──UE-3000-JP-2の無力化、あるいは民間に対する被害の最小化を目指します。

[沈黙]

<抜粋終了>


中村氏の手記


あと2時間。

あと2時間で世界が元に戻る。とんでもないヤツを連れて。

八田さんはペンキに例えていたが、ペンキでコーティングされることによって、外部からの攻撃を防ぐことができるという考え方もできる。

つまり、あの黒い神がいた状態の方が、元々の日本にとっては安全だったのだ。

もしかして、俺は余計なことを[乱雑な線で塗りつぶされている]


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[Agt.亀島、廊下に立ち、ポケットに手を入れて壁に寄りかかっている]

中村氏: 亀島さん。

Agt.亀島: ──ああ、中村君。

中村氏: ──あいつを倒すには、どうしたらいいと思いますか?

Agt.亀島: ──ああ、そうだな。どうすりゃいいだろうな。今考えていたんだわ。

[Agt.亀島、苦笑して天井を向く]

中村氏: やはり、UEと同じく、弾薬を打ち込むべきでしょうか。「虎の牙」をありったけ使って、なんとか集中砲火すれば──

Agt.亀島: ──そうさなぁ。

[約5秒間沈黙]

Agt.亀島: ──中村君。死ぬのは怖いか?

中村氏: ど、どうしたんですか? 急に。

Agt.亀島: 中村君。こんな緊急事態に悠長かもしれんが──おじさんの昔話を聞いてくれるか?

中村氏: ──はい。

Agt.亀島: 俺な、身寄りがなかったのよ。そのくせ正義感だけは人一倍強くて、しなくてもいいおせっかいを焼いて、片っ端から首を突っ込むもんだから、行く先々で煙たがられて友達もできなかった。そんな俺が、財団という人類を守る正義の秘密組織に流れ着いて、機動部隊に入って、初めて友達ができた。

中村氏: [首肯]

Agt.亀島: 本陣っていう聞きなれない苗字だったんだけどな。そいつとは妙に馬が合って、作戦中もプライベートもずっとつるんでた。危険極まりない職場だけど、人類を守る先鋒としてずっとそいつと一緒に働くんだと、根拠もなく思っていた。でも──

中村氏: その人は──

Agt.亀島: ああ。相手は2879-JP-2っていう、巨大なイモムシの怪物だった。そういえばそいつも常世のなんとかとか呼ばれていたような気がするな。あれはな、地獄だった。なんにもないのにヘリが爆発して墜落し、地面に落ちることもなく掻き消える。毒ガスは撒かれ、あいつの糸は財団の重装をティッシュのように切り裂いた。そして突然──俺の隣で、本陣の身体が燃え出したんだ。

中村氏: [沈黙]

Agt.亀島: 身体が燃える苦しみなんて、想像も及ばない。俺も何回も怪我を負ったが、その全てを合わせたって、おそらくあいつの苦しみには届かないだろう。あいつの苦悶に満ちた絶叫は、今も耳の奥にはっきりと残っている。しかも──あの不安定な現実性と奇跡論のせいで、あいつは1時間も、身体中が燃えているにもかかわらず命を長らえたんだ。あいつはずっと叫び続けていた。俺は介錯しようとしたが、なぜか攻撃が届かなかったんだ。俺は結局、叫びのたうち回るあいつを傍観することしかできなかった。

中村氏: [沈黙]

Agt.亀島: 結局イモムシは偶発的な要因で無力化されたが、俺は機動部隊として戦えなくなり、フィールドエージェントへの転属願いを出した。すまんな、こんな話をしてしまって。

中村氏: ──そのイモムシの怪物と比べて、あのアハシマという怪物はどうでしょうか。

Agt.亀島: 正直、比にならない。

中村氏: ──それは──

Agt.亀島: ──情けないことに、俺はここに来て恐怖している。本当、情けねえなあ。そろそろ乗り越えたと思ったのに、またあの恐怖が蘇ってしまうとは思わなかった。

中村氏: ──無理もありません。あんな怪物なんか見たら──なんというか、根源的な恐怖を感じてしまいます。

Agt.亀島: そういう恐怖から逃げないっていうのが、俺たち財団の理念なんだけどな。──ああ、ダメだ。あいつの絶叫が、また耳の裏に張り付いてきやがった。

中村氏: [沈黙]

Agt.亀島: 中村君。俺は残りの「虎の牙」を全て使って、30分以内に特大のグレネードを作る。そうだな、名前は"OZ-2"とでもしておこうか。それであいつを大阪湾で迎撃する。間に合うかどうかわからないが──やるだけやるしかない。

中村氏: ──わかりました。そのときはぜひ、同行させてください。

<抜粋終了>


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[中村氏、ロビーに進入する。ロビーでは高畑博士と八田研究員が立って会話をしている]

[中村氏、沈黙したまま着席する]

八田研究員: ──中村さん。亀島から何か言われましたか?

中村氏: はい。「虎の牙」をありったけ使ってグレネードを作り、UE-2を大阪湾で迎撃すると。

高畑博士: ──そうですか。今のところ、それが一番有効かもしれませんね。

八田研究員: [俯いて目を閉じ沈黙]──UE-3000-JP-2の進行経路を予測します。

[八田研究員、退出する]

中村氏: 八田さん──

高畑博士: 中村さん。我々は最後まで足掻きます。たとえ対処が間に合わず、あれが基底世界に影響を及ぼしたとしても──胸を張って、我々は最後まで抗ったと言えるように。

<抜粋終了>


中村氏の手記


八田さんはとても悲痛な面持ちをしていた。亀島さんも高畑さんもそうだった。

改めて、あの黒い神について考える。

八田さんの話では、あの黒い神は日本全国の神を吸収して、その力をふるって日本の時間を独立させ、その一方で人々を隠したのだという。

また、あの黒い神はあの赤ん坊の兄であるともいう。

もし、俺があの黒い神だとしたら、何を思って日本に対してそんなことをするだろうか。

弟が眠りから覚め、日本が、世界が危機に陥る。そんなとき、兄として何をしようと思うだろうか。


もしかすると、あの黒い神は、日本を守るために現れたのかもしれない。

あの赤ん坊が生まれることを察知したあの神は、日本に現れ、日本をシェルターで覆い、人々に難を逃れさせようとしたのかもしれない。

あの黒い神は、赤ん坊の弟と同様に、親に捨てられて海をさまよった。

やがて兄は楽園に着き、幸せに暮らした。弟は近くの海に沈み、誰にも気づかれずに眠った。

そんな弟が、もうすぐ眠りから覚めると知ったとき、そして弟が目覚めることで人々が危機に陥るということを知ったとき、あの黒い神は、兄として責任をもって弟の面倒を見ようとするのではないだろうか。

小1のころにガラス越しに見た、新生児室の中で寝かされていた祥太の寝顔が目に浮かぶ。

そういえば、祥太が小さいとき、車にひかれそうになったところを助けたことがあった。それ以来、あいつは俺を積極的に慕うようになったような気がする。

俺は、あの黒い神側の人間だったのかもしれない。


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[八田研究員、高畑博士、中村氏がロビーに着席している]

八田研究員: 現在判明したことを整理します。まず、UE-3000-JP-2の由来です。データベースにおいて、淡路島・妙見山の地下に所在する未解明領域・UE-0925が報告されていることを発見しました。当該領域に関して「侵入した者は帰還することが不可能である」という性質が報告されていますが、観測結果と照らし合わせた結果、ここにUE-3000-JP-2の前身となる実体があったのではないかという仮説を提唱します。

[約2秒間沈黙]

八田研究員: 次に、UE-3000-JP-2の進行経路についてです。現在までUE-3000-JP-2がたどっている経路は、AREA-3000-JPに向かって流れている現実流と一致しています。したがって、UE-3000-JP-2はここ、京都市に向かって進行していると考えられます。

高畑博士: ──ここに──

中村氏: それは──水の流れに従って流されている、という感じなのでしょうか。

八田研究員: 現実流と水の流れとを単純に比較することはできませんが──直感的には合っています。重力ポテンシャルが高い方から低い方へと物体が引き寄せられていくように、UE-3000-JP-2もまた現実性の勾配に従っています。これは、UE-3000-JP-2の自我がまだ確立しておらず、依然として自然物のようなふるまいをしているからであることが考えられます。

中村氏: ──すいません。

八田研究員: どうしました?

中村氏: あの黒い神様が京都にいたのって、UE-2がここに来ることを予見していたから、というのは考えられませんか?

八田研究員: どういうことですか?

中村氏: 僕、考えてみたんです。なんであの黒い神様がこんな大掛かりなことをしたのかって。──これって、UE-2が誕生することを察知したあの黒い神様が、できるだけ人間に迷惑をかけないように、自分の力でなんとか抑え込もうとしたんじゃないかなって思ったんです。でも、UE-2がどこで眠っているのかはわからない。それで、日本の中でその現実性っていうのが変動しない、つまり一番小さくなる京都で、UE-2が来るのを待ち構えていたんじゃないかと。

[約2秒間沈黙]

中村氏: あの黒い神様、EVE?っていうエネルギーを八百万神全員から集めてたんでしょう? それくらいのエネルギーを持っていたんだったら、あの赤ん坊もなんとかできるんじゃないかなって。

高畑博士: ──なるほど。動機としては、最も納得できるかもしれません。

八田研究員: ──つまり──UE-3000-JP-2が誕生し、両者が対面するまで、UE-3000-JPを放置することが最適解だったということですか。

高畑博士: 八田君。

[八田研究員、項垂れて眼鏡を押さえる]

高畑博士: 八田君。気にすることはない。実際UE-3000-JPを攻撃したことで事態が好転したように見えたんだ。そこから君がそのように判断したことはなんらおかしくない。それに、私もまた君の意見を支持した。

八田研究員: ──いえ──先生。もっとあの現象を慎重に観察するべきでした。尚早に答えを出すべきではなかった。

[約5秒間沈黙]

[岩塚研究補佐、ドアを開ける]

岩塚研究補佐: 八田先輩、ちょっと。──いや、皆さんも来てください。

[八田研究員、高畑博士、中村氏、岩塚研究補佐に連れられて第2実験室に向かう]

[4名が第2実験室に進入する。岩塚研究補佐、モニターを見るように促す]

岩塚研究補佐: モニターは現在のUE-3000-JP-2の位置を示しています。ご覧の通り──当該実体は既に淀川の河口にたどり着いています。

八田研究員: ──速すぎる。時速80 kmほどじゃないか。

岩塚研究補佐: ええ。確かに歩行はそこまで速いようには見えませんが、何しろ図体が図体なので。加えて、どうやら当該実体は不定期に空間転移をするようです。そして、明確にこの京都市を目指しています。ここが影響下に入るのも時間の問題かと。

[約2秒間沈黙]

岩塚研究補佐: ──そして、申し訳ありませんが、もう一つ悪いニュースがあります。「壁」のヒューム値の減少の仕方が予測に反しました。日本列島に対する奇跡論的効果が消失するまで──現在の試算では、あと約45分です。

[約5秒間沈黙]

[Agt.亀島、第2実験室に進入する]

Agt.亀島: ここにいたのか。"OZ-2"ができた。──皆集まって、何か起こったのか?

中村氏: ──亀島さん。UE-2を迎撃する準備が整うまで、あとどれくらいかかりますか?

Agt.亀島: ──そうだな。最低限の火力をあいつに集中させるためには──最低でも1時間は必要だな。

[約3秒間沈黙]

岩塚研究補佐: ──先輩──

八田研究員: ──万事休す、だ。

<抜粋終了>


中村氏の手記


万策が尽きた。

世界が元に戻る前に、あの赤ん坊を倒すなんて不可能だ。それどころか、足止めすることすらままならない。

俺のせいだ。

俺が、あの黒い神を、弟と人間思いの神様を倒してしまったから。

いや、俺が優秀な彼らに協力しようと出しゃばったのが間違いだった。

俺がむやみに勇んで、あの黒い神を追い回そうとしなければ、八田さんや高畑さんは黒い神の本質に気づき、それ以上手出しはしなかっただろう。

結局、俺のするべきことなんてなかったんだ。

俺は結局、何もできない。


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[中村氏、居室の机の前に座り、机の上で腕を組み頭を伏せている]

[ノック音が響く。中村氏、顔を上げて扉の方を向く]

[扉がゆっくりと開く]

[岩塚研究補佐が顔をのぞかせる]

岩塚研究補佐: 中村君。

中村氏: ──なんですか?

[岩塚研究補佐、微笑する]

岩塚研究補佐: 一緒に来てほしいところがあるんやけど。

[岩塚研究補佐、中村氏とともにサイト-81K3を出発し、自転車で西に移動する]

[岩塚研究補佐、京阪電車・出町柳駅付近で降車する。中村氏、岩塚研究補佐の後に続く]

[両名、鴨川の東岸に向かって歩いて下っていく]

[岩塚研究補佐、鴨川デルタに向かう飛び石上を跳び移り始める]

中村氏: 岩塚さん──

岩塚研究補佐: ほら、ついてきて。

[中村氏と岩塚研究補佐、飛び石上を西方向に跳び移っている]

岩塚研究補佐: 世界が滅びかけているっていうのに、鴨川の流れはいつもと変わらないねえ。うち、この時間の鴨川が一番好きなんよ。ごめんね、付き合わせてしもうて。これが最後だ、もう見れないと思うと、なんだか無性に見たくなって。

中村氏: [沈黙しながら岩塚研究補佐の跡を追う]

岩塚研究補佐: 懐かしいなあ。昔、死んだ両親と一緒にこの鴨川デルタで五山の送り火を見たんやっけ。ほら、見て。ここからちょうど東に大文字だいもんじが見えるんよ。父親の肩車の上で見たなあ。昨日のことのように思い出してまうわ。中村君、京都で下宿生活なんやろ? 京都にいるうちに見やはった方が──あ、そうか。もう見れへんのやっけ。[笑う]

中村氏: [沈黙しながら岩塚研究補佐の跡を追う]

岩塚研究補佐: そうだ、吉田神社には行ったことある? 大学にめっちゃ近いよね。あそこの節分にやるお祭り、毎年すごい人が来やはるんよ。吉田神社と言えば、大元宮っていうお社も有名なんやけど、知ってる? 社殿が八角形なんよ。なんか他の神社とは明らかに違う形してて、境内のつくりも独特でね。社殿を囲むようにして、日本全国の神様の名前がずらっと並んではるの。何しろ、日本の神様の全員をそこでお祀りしてはるって言うんやから驚きよね。節分祭は本宮とそこでお祭りをしやはってから、鬼の仮装をした人と神職の格好で松明を持った子供たちが──

中村氏: ──いいんですか? サイトを離れて。

[約3秒間沈黙]

岩塚研究補佐: ──ごめん。なんだかめっちゃしゃべりたい気持ちになって、しゃべりすぎてしもうた。まあもちろんよくはないけど──これくらいは許されるんちゃう? うちら、結構頑張ったよ。だって5人よ? 5人にしては結構やった方やないの?

中村氏: [沈黙]

[両名、鴨川デルタに到着した後、出町橋上に移動する]


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記録された映像


岩塚研究補佐: ほら、見て。西の空がだんだん、朱鷺色を経て、紫になっていく。これの意味わかる?

中村氏: 時間が──動き始めているということですか?

[岩塚研究員、出町橋の欄干の上で腕を組み、鴨川の水面を見つめる]

岩塚研究補佐: うん。正確に言うと「壁」内の時間が遅くなり始めているんやけど──つまりは「常世の国」の絵の具がだんだん薄くなっていって、元の世界の様子に戻っていってる。あはは、戻ってきた皆、さぞかし驚かはるやろうなあ。あんな怪獣が突然目の前に現れるんやから。

中村氏: 岩塚さんは──

岩塚研究補佐: [沈黙。鴨川の水面を見ている]

中村氏: もう、あきらめてしまっているんですか?

岩塚研究補佐: [沈黙]

中村氏: 岩塚さん?

[岩塚研究補佐、顔を腕に伏せる]

中村氏: だ、大丈夫ですか?

[岩塚研究補佐、顔を上げて袖で目を拭う]

岩塚研究補佐: あはは──ごめんね、心配かけて。でもうち、やっぱり悔しいな。大好きな両親に昔から神童ってめっちゃ褒めてもらって、うちなら何でもできる、きっと世界も救って見せるって思ってた。財団に入る時もそう誓ったはずなのに──結局、うちには世界を救うことができひんかった。うちは何にもできひんのやなって、そう考えると、情けないよね。

[約5秒間沈黙]

中村氏: 岩塚さん、それは絶対に違います。あなたほど優秀な方はいません。

岩塚研究補佐: ありがとう、励ましてくれて。

中村氏: 本心です。俺は──今までずっと必死に勉強してきました。浪人して周りから追い抜かされようと、歯を食いしばってなんとかここまで周りに食らいついてきました。でも結局は、どんなにがんばっても上には上がいるってことを知るだけだった。財団の皆さんを知って、ますますそう思うこともありました。でも──皆さんの働きを見て、自分の考えが間違っていることを知りました。自分が劣っているとか周りが優れているとかどうだっていい、自分がすべきことを必死でやっていればそれでいいんだと。

岩塚研究補佐: [沈黙]

中村氏: 今の状況は確かに絶望的かもしれません。ですが高畑さんも言っていました。自分たちは最後まで世界を救おうとしたと、元の世界の人たちに胸を張って言えるようにがんばると。

岩塚研究補佐: [首肯]

中村氏: ──俺、高畑さんや八田さん、亀島さん、そして岩塚さん、あなたたちからそういうことを学べて、本当によかったと思ってます。まだ時間が無くなったわけではありません。最後まで前を向きましょう。

岩塚研究補佐: [約3秒間沈黙後、笑って]──そやね。中村君の言う通りやと思う。

[両名、サイトへの帰還を始める]

岩塚研究補佐: 中村君。

中村氏: はい。

岩塚研究補佐: うちも、中村君に会えてよかったと思ってるよ。

中村氏: ──ありがとうございます。


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記録された映像


[両名、サイト入り口の近傍に到着する。西方向の空が変色する]

[岩塚研究補佐、振り返って西方向を見る]

岩塚研究補佐: あ。

中村氏: ──いよいよですか。

岩塚研究補佐: うん。終末のラッパが響き始めた。

[中村氏、西方向の空の観察を継続する]

岩塚研究補佐: ──すごいね。こんな状況でも、そんな表情ができるんやね。

中村氏: ただでさえあの黒い神様を倒してしまったのに、ここで逃げるようじゃ、あの神様に申し訳が立ちません。

岩塚研究補佐: ──そやね。

<抜粋終了>


中村氏の手記


タイムリミットまで残り15分。

この手記を書くのも最後になるかもしれない。今一度情報を整理しようと思う。

結局、今の今までわからなかったことがある。

なんで、俺だけが「常世の国」の塗りつぶしから免れたか、ということだ。

そういえば、あの日の夕暮れ時、俺は何をしていたんだったか。

5限目の認知言語学を受けて、急いで吉田山に登って、大元宮の境内に入った。岩塚さんも言っていたところだ。

大元宮というのは確かに妙だった。社殿が八角形で、周りに全国の神様の名前がずらずらと書いてあった。いったいどう参拝すればいいのかわからなかった。

あの場所が何か、俺が助かった理由と関係があるのだろうか?

でも、今となってはもうどうでもいい話かもしれない。


あの赤ん坊を止めるには、やはり黒い神並みのエネルギーが必要なのだろうか。

これまでの考察に従うならば、黒い神は八百万神全員のエネルギーをため込んでいた。そして、あの赤ん坊を迎えようとしていた。

つまり、八百万神全員分のエネルギーがあれば、赤ん坊をなんとかできる可能性があるわけだ。

もし、そんなにたくさんいる神様が全員、タイミングよくあいつに攻撃したりしたら、一矢報いることができないだろうか。

そういえば、亀島さんの作ったあのOZ、人に信仰されている神様に使うと自由に使役することができるらしい。

だったら、八百万神がひとまとまりに集まっているところにあれをぶちこめば、そういうことも達成できるのかもしれない。

なんてこと、そんな簡単にできるわけが


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[中村氏、ロビーのドアを勢い良く開ける。ロビーには高畑博士、八田研究員、Agt.亀島が所在する]

中村氏: 高畑さん!

高畑博士: どうしたんですか?

中村氏: 吉田神社に、大元宮という社がありましたよね。あそこの祭神は何ですか?

高畑博士: 虚無太元尊神そらなきおおもとみことかみですが──

中村氏: それって、日本全国の全ての神だと説明していませんでしたか?

高畑博士: ええ──確かに財団もかつてはそこに注目し、神学部門、秘儀術部門などが調査を行いました。しかし、財団による調査では神学的な物品や痕跡は発見されませんでした。したがって、吉田兼俱かねともが吉田神道の権威づけのために用いた方便であると財団においては結論付けておりましたが──

中村氏: あの日、僕はちょうど大元宮の境内にいたんです。UEの魔法が人間たちのシェルターだとするならば、あの境内は八百万神のシェルターなのではないですか? それで、この現象が起こっている最中、神様は全員あそこに集まって難を逃れていた──それで、僕はそのシェルターの近くにいたから──

高畑博士: それは──

中村氏: 亀島さん、"OZ"をいただきます!

20170614.jpg

記録された映像

[中村氏、"OZ-2"を獲得する]

Agt.亀島: 待て! もう外は危ない! もうここも奴の影響範囲に──

[中村氏、Agt.亀島を黙殺してロビーを退出する]

八田研究員: 中村さん!

[中村氏、サイト-81K3を出発する]

[階段の駆け下り、駆け上りを繰り返した後、外に出る]

[中村氏、激しく咳き込んでしゃがみ込む。屋外は黒色の砂塵が舞っている]

中村氏: う──

[中村氏、足元に嘔吐する。その後激しく咳き込む]

八田研究員: ──中村さん!

[八田研究員、中村氏に追いつく]

中村氏: 八田さん──

八田研究員: [激しく呼吸]──SRAです。[呼吸]──こういう状況では必ず携帯しなければなりません。もうすでに──霊障的効果は伝わっているようですが──あと10分程度なら、SRAの現実性固定でカバーできるかと──

中村氏: ──ありがとうございます。

[中村氏、八田研究員からポータブルSRAを受け取り、装備する]

[袖で口を押さえながら東方向に駆ける]

[映像から、光源不明の赤色の光と音源不明の重低音が確認される。ミーム部門から、重低音には信仰操作的な軽度のミーム汚染効果が含まれていることが指摘されている]


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記録された映像


[中村氏、吉田神社の鳥居前にたどり着く]

[鳥居をくぐった後、階段を駆け上がる。途中転倒し、映像が大きくぶれる]

[ゆっくりと上体を起こし、強く咳き込む]

[息を整え、大きく深呼吸をする]


20170420.jpg

記録された映像


[中村氏、再び駆け出す。映像の動きから、中村氏が酩酊に類似した精神影響を受けていることが示唆される]

[階段の中腹に到着する]

[立ち止まり、背後を振り向く]

[約5秒間立ち尽くし、市街を観望する]


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記録された映像


[中村氏、再び駆けだす]

[大元宮の境内に進入する]

[息を整えた後、"OZ-2"のピンを抜く]

[不明な文言をつぶやき、"OZ-2"を大元宮本殿に向かって投擲する]

[映像が閃光に覆われる]

<抜粋終了>


映像ログ書き起こし


<抜粋開始>

[中村氏、ゆっくりと上体を起こし、両手を用いて起き上がる]

[立ち上がってあたりを見回す。損壊した大元宮本殿が映される]

中村氏: 空が──もとに──

[中村氏、境内上空の空を観察する]

女性: 中村君!

[中村氏、声が発された方向に向き直る。一般女性が立っている]

中村氏: ──東山さん──

女性: 早めに来てみたら、どうしたのこれ? お社ボロボロじゃん! ここだけ地震でも起こったの? それとも、もしかして中村君が壊したとか?

中村氏: それは──

女性: それに、なんか砂だらけじゃない? 転んだ? 大丈夫?

中村氏: ──ああ、大丈夫。ありがとう。

女性: [笑って]いいね。あたし、こういう非日常的なことに憧れて、毎日いろんな場所を歩き回ってる節があるから。とりあえず社務所に知らせる必要あるよね。早速行こっか。今日は結構楽しみにしてたんだけど、いきなりこんなハプニングが起こるとは思わなかったよ。

中村氏: ──そうだね。でも──

女性: ん?


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記録された映像


中村氏: ちょっと、最初に寄り道したいところがあるんだ。

[中村氏、女性を連れてサイト-81K3に向かう。中村氏はサイト-81K3に保護され、女性はクラスA記憶処理及びカバーストーリー適用の後に解放された]

<抜粋終了>


補遺3000-JP.2: SCP-3000-JPの結果と影響に関する報告

PoI-3000-JPへのインタビュー、心理学的調査及び各サイトでの観察記録から、文書3000-JPに記録された内容は事実であると判断されています。現地の映像記録から、文書3000-JP内で報告された不明な神格実体であるUE-3000-JP-2は「白色の閃光に包まれた後に消失した」と観察されますが、消失の詳細な過程に関しては不明です。

SCP-3000-JPを観察・経験したPoI-3000-JP以外の民間人・財団職員のほとんどが健忘症に類似した症状を発現していたこと、SCP-3000-JPの発生が観察された期間が基底世界においてごく短期間(約10分間)であったことなどの要素はSCP-3000-JPに関する記憶処理・カバーストーリー流布に利用されました。現在、SCP-3000-JPに関する収容体制の構築は問題なく完了したと判断されており、各種収容作業が進行しています。

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斎場所・大元宮

吉田神社境内に所在する斎場所・大元宮(LoI-3000-JPに指定)は、SCP-3000-JP終了後、本殿の大部分が損壊した状態で発見されました。その後、記憶処理及びカバーストーリー流布を用いた標準的な収容作業を通じた修復が完了しました。当該社殿に祀られていた神格「虚無太元尊神」は、吉田兼俱15(PoI-1435に指定)が吉田神道における汎神教的世界観を構築するために独自に設定した架空の神格であることが蒐集院及び財団において認識されていました。しかしながら、文書3000-JPの内容を受け、当該神格の性質及びPoI-1435の活動に関して蒐集院及び財団が把握していない重要な内容が存在する可能性が指摘されています。蒐集院が提供した資料を含め、各文書に対して現在網羅的な調査が行われています。また、LoI-3000-JPの閉門時刻はカバーストーリー適用の上で午後8時から午後4時に変更され、閉門時間中に担当職員による各種測定・研究作業が実施されています。

SCP-3000-JP終了後、高畑博士、岩塚研究補佐はサイト-81K3内で、八田研究員、Agt.亀島は京都市左京区の路上で発見されました。中村氏の転倒による軽症を除き、PoI-3000-JP全員における負傷は発見されませんでした。また、PoI-3000-JPには軽度の精神影響及びミーム汚染が発見されましたが、治療を通じた汚染の完全な除去が確認されました。

以下に中村氏と岩塚研究補佐による会話記録の書き起こしを抜粋して示します。

会話記録3000-JP.1

日付: 2017/04/25


<抜粋開始>

岩塚研究補佐: これは高畑博士がこっそり漏らさはった噂やけど、うちらは皆出世できるみたい。うちも念願の研究員の肩書が得られるんやって。

中村氏: 岩塚さんほどの人がまだ研究補佐だとは思いもよりませんでした。

岩塚研究補佐: うん。ずっともどかしかったんよ。でももしかしたら、一足飛びで上席研究員にまでいけるかも。それはちょっと高望みかな。

中村氏: よかったです。これからもその才能を遺憾なく発揮してください。

岩塚研究補佐: うん。──あ、言伝やけど。亀島さん、後悔して恥ずかしがってはったよ。あの時君を追っかけなかったことを謝っておいてくれって言わはった。今後はもうあんな醜態は晒さないって。

中村氏: ──本陣さんのこともありますし、無理もないと思います。でもその代わり、八田さんが追いかけてくれて助かりました。

岩塚研究補佐: うん。先輩が走るところ、本当に初めて見たよ。びっくりした、君が走り去ったらすぐに跡を追っかけていかはったんやから。いつもはうちに無理難題を押し付けるばかりやったけど、ああいう果断なところもあるんやなって、意外やった。

[中村氏、約3秒間俯いた後に岩塚研究補佐に向き合う]

中村氏: ──どうか、皆さんによろしくお伝えください。本当にお世話になりました。

[沈黙]

岩塚研究補佐: ──彼女は──あの後、別段変わったことはないみたいね。

中村氏: 俺は入院してるっていう話になってるんですよね。

岩塚研究補佐: うん。君のことを結構心配してはるみたいよ。

中村氏: そうですか。[俯く]

[沈黙]

岩塚研究補佐: ──気持ちは変わらない? 君の能力ならきっと──

中村氏: はい。ごめんなさい。

岩塚研究補佐: ──そっか。──うん。世界を守るために世を捨てるなんて、なかなか決心できることやないよね。彼女さん、大事にしてあげてね。

中村氏: まだお付き合いにオーケーが出たわけではないですけどね。

岩塚研究補佐: ふふ、話に聞いた分だと心配はいらんと思うよ。胸を張っていけばいいと思う。

[岩塚研究補佐、シリンジを手に持ち、それを見つめる]

岩塚研究補佐: これ、Y-909っていう財団が開発した化合物。こういう時、とっても便利な代物なんよ。

中村氏: それが──記憶を消すという薬なのですか?

岩塚研究補佐: あはは。まさに財団にとって救世主のような薬品。これさえ使えば、君はうちらとこれまで経験したことは夢のように忘れて、すっきりと日常生活に戻れるわけ。

中村氏: [首肯]

岩塚研究補佐: ──君に助けてもらって、こんなこと言える立場とちゃうかもやけど──後はもう何にも心配せんでいいよ。うちら財団が、中村君たちの平和な日常を人知れず守ってあげるから。君も、もう「俺なんか」なんて言って卑屈にならんでよね。

中村氏: 岩塚さんこそ、また無理して睡眠を削ったりしないでくださいよ。自分の健康が一番大事なんですから。

[岩塚研究補佐、俯く。約5秒間沈黙]

[岩塚研究補佐、顔を上げて中村氏に向き合う]

岩塚研究補佐: うん。肝に銘じるよ。じゃあ──元気でね。

中村氏: 頼みますよ。では、お元気で。

<抜粋終了>


中村氏はクラスC記憶処理の後に解放されました。


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