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流出。彼の方が神性に侵された証として、落とし子は生を受けた。さる堕ちた神の、そのまた不完全な流出の真似事。その結果である落とし子の末路はもはや決まっていた様なものだった。しかしその落とし子は生き延びた。落とし子を産み落としたもの、落とし子の主が心血を、文字通り注いだ結果として。
四肢を、臓物を、五感を。生命を与えられて、落とし子は赤子となる。
子らの学び舎において、舌のない語り手は畏怖すべきクラヴィガルであり、師であった。彼女は思考を、認識を、理解を、叡知を学んだ。
今や娘である落とし子にとって、高貴なる血の救い主は畏怖すべきクラヴィガルであり、母であった。彼女は一致を、快楽を、幸福を学んだ。
少女にとって、イオンの審判や、青ざめし狩人たちは畏怖すべきクラヴィガルであり、仲間であった。彼女は言葉、意思を学んだ。
娘にとって、イオンは全ての始まりであり、娘の主人であった。彼女はは愛徳を学んだ。
娘は幸せであった。
ある日、娘はイオンの瞳となるものの学び舎をこっそりと抜け出した。僻地に存在する彼の方の偉業をその眼に移すために。アディトゥムをのったりと走るロヴァタールの腸に乗り込み、揺れに身をまかす。偉大なるオジルモークに拝謁できる時間は多くの民草にとって限られており、多くの時間で民草は、彼の方に寺院を通して祈ることが普通であった。その中でも彼の方がお造りになった寺院は聖地であり、娘にとって、アディトゥムの中央部の聖地よりも珍かな景色であり、後でお叱りを受けてなお価値のある物であった。
息を飲んだ少女の反応は、その場に置いて珍しいものでは無かった。そのキラークは娘が今まで見てきた寺院の中でいちばん堂々と美しく、アディトゥム中央部の繊細な細工で、オジルモークの存在自体が畏怖の対象となっているキラークとは対照的なものだった。
外つ国との交流がある其処では、もちろんナラカばかりではない。どの国のものも一様に圧倒され、大なり小なり肉に嫌悪感のあるメカニトの行商すら密かにその美しさに瞠目した。
そしてその地で娘は困り果てていた。娘の路銀を咥えていたハルコストの腹は今や空っぽであり、娘の腹もまた空であった。昼頃に出会った、路銀が尽き、郷里に帰ることのできなくなったメカニトらに全財産を差し出し、そういえば自分はどう帰ればいいのだろうかということに考えが向いたときにはメカニトらはその場から去っていた。
赤い日が段々と暗褐色に傾いてきていた。やがて空はオロクの瞳のように黒々と輝き出すであろう。娘がキラークの場所へと戻るとその膿はぼうと柔らかく辺りを照らしていた。オジルモークに祈る人々はキラークに集っており、道に人はほとんどいなくなっていた。娘は祈りを捧げると、その場を後にした。
細い道より中央部へ戻るべくロヴァタールの腸を辿る、娘のその足を声が止めた。何故ここにいらっしゃるのだ、という疑問がその背を見て安堵に代わる。心配していたのだ、と笑んだその声は娘を鉤爪に掛けると人のいない街を飛び去った。
夜街を慈愛の瞳で眺めながら飛ぶ彼の方の手元で、娘は謝罪の思いで満たされており、その身を小さく縮こめていた。崇高なるお方のお背を煩わせてしまったことも、抜け出してしまったことも皆、娘の悔恨の元であった。手酷く叱られることすら今の娘には救いであった。
イオンは笑んだ。
その日の夜を、愛徳を、少女は忘れた事は無い。
その夜から幾度も揺り籠が過ぎ、幾度も墓が終わった。
そして娘が気づいた時には、戦火はアディウムの中枢にまで回っていた。娘に与えられた役割は戦禍に耐えられぬ皆を遠くの地へ逃すことであった。
娘は知っていた。浅ましくも舌のない語り手と崇高なるカルキストの会話を立ち聞いたのである。
娘は知っていた。この戦が何の為に在るのかを。
娘は知っていた。自分が逃れる意味を。我々が負ける為に、死ぬ為に、おぞましき強欲なる天使の封印のためにその身を使う為に戦う事を。
舌のない語り手は民を導き、その身を戦火へと投じて昏き道へと消えた。
高貴なる血の救い主はメカニト達との戦の中でオジルモークを扶け、身に悪きものを孕んで眠りについた。
青ざめし狩人は戦の只中で力を奮い、力尽き頽れた。
イオンの審判は姿を消した。逃れたのか三聖人に付き添ったのか、今ですら分かっていない。
イオンは若きメカニトに身を託した。まだメカニトとの交流のあった頃、娘も何度か目にしたメカニトであった。
娘は命じられたまま、アディトゥムを出た。
幾度もつまづき、幾度も転ぶ人々に肩を貸して、戦火の道を進む。メカニトの硬く燃ゆる死体袋に紛れたことすらあった。死してなお動こうとする彼らをせめてカルマクタマの戦力にすまいと彼らが考えた苦肉の策であった。
見知った顔がずっと目を瞑っていたのは偶然であろうか。
幾つにも分かれた民の歩みの中で、娘は寒々とした土地に生きる事を選んだ。不明な状況に震え、凍えた息で皆は祈りを呟いていた。
娘も祈った。どうか彼と共にあれますようにと。
私は彼らの娘だったのだから。
やがて村を築いた土地で、娘はその身を地に落とした。彼らの生命を保護する、ただそれだけのために。不安に縮こまるいつかの娘のような皆々に、希望となるはずのただ一言だけを残して。
イオンは帰って来るのだと。いずれ来たりてイクナーンへ皆を導くのだと。
やがて子々まで伝わる大いなる虚言を孕んで、母と共に地に眠る。
娘は笑んでいた。
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- portal:7456942 (16 May 2021 05:53)
拝読しました! 追憶のアディトゥムカノンのTaleロヴァタールと玉座のような方向性でしょうか? そういう意味では成功していると思います。JPでは中々見ないタイプのTaleですね。しかし、以下のような点が気になりましたかね。
1. サーキックに詳しくない読者に優しくないかも?
サーキック関係の記事は前提知識が多くなるのは確かですが、それを考慮しても不明な点が多すぎる気がしますかね。ざっと並べただけでも…
全てを明らかにする必要はありませんが、もう少し情報を増やしてもいいかもですね。説明を増やすのではなく、「描写を増やす」ことでサーキックに詳しくない読者にも「イメージはできる」ようにするのがおすすめです。少なくとも「サーキックに詳しくない&想像力のない読者はお断り」にはしない方がいいです。
同じくアディトゥムを舞台にしたTale美食のカルキスト、アディトゥム食べ歩き紀行が参考になるかもしれません。ハチャメチャな内容ですが描写は克明で、アディトゥムの光景がまざまざとイメージできる傑作Taleだと思います。
2. SCP-1903-JP - 祖国と家族と白き山との差別化が必要かも?
この記事にもイオンの子供が登場します。ただ、こちらはより一般的な意味での「子供」なので、落し子という点で差別化は可能だと思います。そのためにも、落し子がどういった存在なのか、もう少し詳しく描写することをおすすめします。あるいは、いっそこの記事のTaleとしてもいいかもですね。
私への返事を急ぐ必要はありませんので、どうかじっくりお取り組み下さいね。好き勝手申しましたが、少しでも参考にして頂ければ幸いです!
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Tech Cap. of SCP-JP