……これで全員集まったようだね。さて諸君、座ってくれ。机上にあるサンドイッチとおにぎり、お茶はここで食べるなり持って帰るなり自由にしていい。コンビニで売っているミックスサンドと鮭、それとツナマヨだ。それで、ここに集まった諸君はある共通点がある。なんだと思うかな? ……少なくとも、君達の内何人かが思うような名誉な事でないのは確かとだけ言っておこう。君達の共通点は一つ。『セキュリティクリアランスに違反した事』だ。今からここで行われるのはオリエンテーション。それも、君達のようなセキュリティ違反者の再教育だ。
私は葦原仁月じんげつ。主な職位は教授だ。ああ、名前は覚えなくていい。どうせ嫌でも耳にする羽目になるだろうからね。もっと言うと、私は稀に、いや毎年だが、君達のような新人の再教育を担当している。私の元に送られるような奴は、大体いつも『セキュリティクリアランスを無視する』ようなタイプで、つまりは君達の事だな。……あー、不満そうだが、ここにいる理由は君達自身にあるという事を忘れてはならない。……言っておこう。財団に勤めて長い者がここに来る事はないし来た事もない。来るのは大概新人だ。
いや、新人である事を責めているわけではないんだ。誰にだって若かりし頃はあるし、誰だって間違える。私だってそうだ。……私の間違いは取り返しがついた。しかし、いつも何とかなるわけではないという事を覚えておいてほしい。君達の中には何人か、「意図的に」セキュリティクリアランスを無視した者がいる。毎年いるからそう珍しい事ではない。大抵の場合は新人特有の正義感みたいなものから来るものだしね。だが、稀に要注意団体のスパイが紛れていたりもする。先程言った通り、セキュリティクリアランスを無視する者は毎年いる。多くは悪意を持っているわけではない。しかし、スパイのような者は悪意を持ってセキュリティに違反する。具体的に言おう、機密情報を要注意団体に流している者がいる。だから内部保安部門がそういう奴をマークするわけで、そうなれば中々疑いは晴れない。私は同部門に対し、オリエンテーションの報告を行っている。だからまあ、気をつけてくれ。
多くの場合、というか全員が勘違いしている事が一つある。セキュリティクリアランスは我々財団職員にとって必要不可欠なもので、かつ命綱でもある。どういう事か、分かる者がいれば手を上げてくれ。……ふむ。最前列の向かって左から三番目の君、自分の精神に影響を及ぼすオブジェクトにはどう対処すればいいと思う? ……そう、その通りだ。ミーム汚染や認識災害を引き起こすようなオブジェクトは、大概は認識しなければいい。それだけで影響から逃れられる。職員の中には、私のように精神干渉を受け付けないような者もいるが、そういった人物は極めて少ない。つまり、君達はそういったオブジェクトに対して精神的に無防備という事になる。対処法が無いわけではないが、我々がすべきは確保・収容・保護であって、可能な限り収容違反の予防を徹底しなければならない。
君達の中に、ミームに曝露した者が紛れ込んでいると仮定しよう。……そうだね、『ねこ』を例にしようか。SCP-040-JPの報告書で言及される存在だ。……あー、言うまでもないと思うが、実際のオブジェクトだ。後、当報告書内に『ねこ』として言及される存在は見当たらないだろうが、それでいい。下手に調べないように。このオブジェクトは先程も言った通りミーム汚染型のオブジェクトだ。とある行動をした人物が曝露し、当該人物の言動によって周囲に拡散する。そう、もしもここにミームの影響を受けた人物がいれば即座に、ここにいる私とイヴ・ホワイト秘書官を除いた全員が曝露するだろう。まあ、安心してくれ。仮にそうなったとしても私と彼女が何とかするさ。不安がらなくていい。
そして、そういったオブジェクトの収容違反を防止し、要注意団体に対する機密防護で有用なのがセキュリティクリアランスとなる。これがないとミーム汚染やら認識災害やらがそこら辺に溢れ、要注意団体は財団サイトに襲撃を仕掛けてくるだろう。GOCに至っては要注意団体に乗じてオブジェクトの破壊を画策すらしかねない。そういった問題への防止策として、セキュリティクリアランスは存在しているわけだ。君達の業務を妨害したいわけではない。君達の仕事は自らの知的好奇心を満足させる事ではなく、オブジェクトの異常性を解明して確保・収容・保護に役立てる事だ。それを勘違いしてはいけない。
機密の保守・維持に関して、我々は常に意識する必要がある。例え家族、友人、恋人、同じ研究室内の同僚や先輩、上司であっても”必要でない”情報は知らせるべきではない。我々は”need to know”の原則に基づいて職務に励んでいる。それは新人職員であっても例外ではないという事だ。クリアランス違反が起きないようにするための要件は、以下の三つとなる。
一つ、職務に”必要な”情報だけを知る。
一つ、職務の都合で通常以上のクリアランスに設定されている情報にアクセスした後、”記憶処理”を受ける。
一つ、何らかの原因で意図せず高位の情報にアクセスした場合、自己申告の後に”記憶処理”を受ける。
……おや君達、メモを取らなくていいのか? 随分と記憶力に自信があるようだな。
セキュリティクリアランスは順守されなければならない。クリアランス順守の上では、記憶処理が肝となる。でなければ……[銃声]こうなる。……ご苦労様。……大丈夫、オリエンテーションに影響はないよ。うん? ああ、安心してくれていい。実弾ではなく空砲だ。ああ、いやね。今彼らに連れ出された三人は前々からマークされていたんだよ。それでこのオリエンテーションで白か黒かを判断したわけだが……まあ、黒だったね。いや、それにしてもあの三人がちゃんと顔を出して安心したよ。念のために「オリエンテーション未参加の者は記憶処理の後に解雇処分」と脅しておいたのは正解だった。ああ、勿論彼らは内部保安部門の職員だよ。後で記憶処理を受けておいてくれ。彼らについては基本的に機密扱いだからね。記憶処理についてはこちらで手配しておこう。
さあ、私の話を聞く気になったかな? 改めて、セキュリティクリアランスのオリエンテーションを行う。あの三人を反面教師にする事だ。終了処分……になるかは私の関知するところではないが、まあ、流石にそれはないだろう。
我々の仕事は秘されたヴェールを守護する事。身近なセキュリティクリアランスすら守れないのに、君達はどうやってヴェールを守護すると言うんだ?
……君達が関わっているのは何も無害で我々を楽しませてくれる存在ではない。殆どの場合有害で、我々を焦らせるような存在だ。どうか、くれぐれもそれを忘れないでくれ──
杉田が指定された部屋に入ると、既に講師らしき男が壇上にいた。男の後方に白髪の女が控えていたが、直ぐに興味を失う。高位の職員は個人秘書とやらを持つ事が多いそうだし、あの女もその類だろうと思ったからだ。
杉田が入室して直ぐに男が声を上げる。
「……これで全員集まったようだね。さて諸君、座ってくれ」
どうやら自分はかなり遅れて来たらしい。空いていた最前列の席に座るが、男は気にしていない様子で話を進める。事前通知の通り、セキュリティクリアランスのオリエンテーションとやらをするらしい。……あまり、興味は引かれない。
「──君達の中には何人か、『意図的に』セキュリティクリアランスを無視した者がいる」
驚いた。こんな職場で意図的に規則を破る奴がいるなんて。まだ新人だが、それでも自分から規則を破りたいなどとは思わない。ここはそういうところだ。
「──どういう事か、分かる者がいれば手を上げてくれ。……ふむ。最前列の向かって左から三番目の君、自分の精神に影響を及ぼすオブジェクトにはどう対処すればいいと思う?」
油断した。あくびが出て思わず手を上げてしまった。講師の男を見るとニヤリと口元を歪ませている。サングラスで表情は見えないが、絶対に笑っている。なんて奴だ、嫌がらせしてきやがった。まあいい、テキトーに間違えて終わりだ。
「認識しなければいい?」
「……そう、その通りだ。ミーム汚染や認識災害を引き起こすようなオブジェクトは、大概は認識しなければいい。それだけで影響から逃れられる──」
また驚いた。間違えるつもりが正解を答えてしまったらしい。自分は己が思うよりも優秀だったのだろうか?
「──要注意団体は財団サイトに襲撃を仕掛けてくるだろう。GOCに至っては要注意団体に乗じてオブジェクトの破壊を画策すらしかねない──」
要注意団体。先程も『稀に要注意団体のスパイが紛れていたり』と言っていた奴だ。自分はエージェントだが、まだあまり実感が湧かない。スパイなんて、本当にいるのか?
「──おや君達、メモを取らなくていいのか? 随分と記憶力に自信があるようだな」
自分はそこまで優秀じゃない。だが、男が言う通り記憶力には自信がある。メモなんて要らない。
「──でなければ……こうなる」
銃声が鳴った。音に反応して男の方を見てみれば、S&W M29を手に持ち、銃口からは白煙が上がっていた。「いきなり何を」と思った矢先、突然ドアが開いて十人程の武装した連中が勢いよく入ってくる。
何事かと思えば、鮮やかな動きで部屋の中にいた三人を拘束しているのが見えた。「あの三人は一体何をやらかした?」、そんな疑問よりもあいつらの動きが気になった。逮捕術の動きだった。警官上がりだからなのか、少し尊敬する。
武装した連中のリーダーらしき男が講師と話している。
「やはり黒でしたね。後はこちらに任せてください」
「ご苦労様」
「いえ、すみませんね。仕事とはいえ邪魔をしてしまって」
「大丈夫、オリエンテーションに影響はないよ」
武装した連中は三人を拘束したまま直ぐに出て行った。だが、今度は他のアホ共が騒ぎ立てる。
「うん? ああ、安心してくれていい。実弾ではなく空砲だ。ああ、いやね。今彼らに連れ出された三人は前々からマークされていたんだよ」
講師はあっけらかんと言ってのけた。それはつまり、あの三人はスパイだったって事になるんじゃないのか?
「さあ、私の話を聞く気になったかな?」
「──我々の仕事は秘されたヴェールを守護する事。身近なセキュリティクリアランスすら守れないのに、君達はどうやってヴェールを守護すると言うんだ?」
……耳が痛い。自分は別に何か理由があって財団に来たわけじゃない。ただ、「スカウトを受けたから」。それだけの理由だ。「世界を守りたい」とか、「大切な人を守りたい」とか、そんな目標は持ち合わせていない。
むしろ壊れればいいと思っていた。自分がまだ警官になったばかりの頃、恋人が事故で死んでから。人が事故で死ぬのなら、きっと世界も事故で死ぬのだろうと、そう思って生きてきた。……だが、それはどうやら違うらしい。
……目的が出来た。財団にいる理由を探す事、そして……ヴェールを守護する事。
ヴェール。何故かその単語が耳に残る。
要注意団体。何故かあの、スパイ達が連れ出されていく光景を思い出す。
何故? どうだっていい。たった今出来た目的。それに比べれば、重要な事じゃない。
──俺に目的とセキュリティクリアランスの重要性を教えた男は、名を葦原仁月と言った。
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- portal:7293953 (08 Mar 2021 02:06)