非蒼天下に咲く一輪
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窓越しの夜空。……星明かりを見たのは数日振りだ。
ここ最近、忙しくてまともに景色を見る暇がなかった。見なければいけないのは籠庭の奴らと銃弾の軌道。……正直に吐いてしまうと、疲れるし退屈。仲間がいなければ続きもしなかったと思う。

そういえば、任務を終えて帰還した時に管理官がこんなことを言った。
「アイリューシアの所在を掴んだ。もうじき2度目の大戦が始まる、覚悟をしておいてくれ。」

アイリューシア・レナフレイン。僕の友人だったその人は、いつしか僕の敵となった。今でも沢山思い出はある。……仕事をこなせる自信が失せそうになるくらいには。



……気分転換にと、コーヒーを飲みに行く。自室から少し廊下を歩けば、職員向けのコーヒーメーカーが置いてある。……ここが端の端であるために大体僕しか使う人間がいない。そうそう中身が切れることは無かった。

コーヒーメーカーを起動させる。ここのはいつでも出来上がりが遅い。暇がなくて買い換えを頼むことすらできていないのだが、誰か気の利く人間は居ないのだろうか。

待っている間に何をしようか。今は書類ものもなく、本当に退屈な時間を過ごせる。静かにも程があるこの場も、することを僕に与えようとしない。

実につまらない。
そんなもの、僕の視界だけで十分足りている。
というのも、僕は皆と見るものが変わってしまった。白と黒、たった2色の混ざり合いだけで全てが表現された薄暗い景色。幸いなのか不幸なのか、濃淡の区別ははっきりと出来て、そのせいで普通なら見えないものも見えるようになった。そう、壁の後ろにいる誰かさんのこととか。
おかげで見たくも無いものさえ見るようになったが、それはそれとして。

……ふと、気配を感じた。

振り返ると壁に半分埋もれたような形で180cmくらいの白髪、細身の男が立っている。服装を見るに財団の人間らしいが……状況の理解に苦しんだ。

どうして壁の中から出てくる?

「誰ですか?」

男はゆっくりと、こちらへ向かってくる。
壁は既に何事も無かったかのように塞がれていた。いや、穴は元より空いていない。
彼はパッと服をはらって体を整えた後、こう言った。

「私は明日山 光真。ここの元管理官ってやつさ。」

元管理官……名前も存在も初めて聞いた。疑わしいが、嘘をつく人間ではないように見える。これがそのままの意味であるならいいのだが。

「はぁ。……どうしてこんな所に?」

「君に会いに来たんだ。…….それ以外に何があるんだろうね。」

彼は僕が答えるのを促すかのように返す。少しの間を空け、僕は返答する。

「……レナの部屋かな。多分。」

「私がそんなところに用があると思うかね。」

「……いや。」

彼は笑いながら「そうだろう。」と返した。

そんな問答をした後、彼は僕が飲むために起動していたコーヒーメーカーに手を添え、中に突っ込んだ。そして1つのカップと液体を取りだした。

彼がこちらを向き、不思議そうに僕を見た。

「君の分は?」

「……あなたが今取った。」

「おっと、そいつは失礼。」

彼は手元のコーヒーを1口啜り、先程手を突っ込んだ機械へと手を伸ばす。

コーヒーメーカーが起動される。

なんとも言えない空気感の中、とりあえずこちらから動いてみる。

「それで、僕に用事ってなんですか?」

斬り込んだ。

数秒の沈黙。

「ここでの働きは前々から評価させてもらっていた。しかしだ、それを加味しても看過できない事実がある。」

鋭く僕を見据える目。刃物のようで、僕の体に強張りが現れる。

「……それは?」
まともに返答できているだろうか。

「君はPoI-509と親しかったんだろう?」

PoI-509。レナのことだ。
そういや、管理官と違ってこの人はPoIで呼ぶのか。……若干気分が悪くなる。プロ意識の話を持ち出すと彼が正しいのだろうけど、レナはそんなことを持ち出せる相手ではない。

……

空気のピリつきを感じた。彼の持つ独特の雰囲気とあの出てき方……一人の人間が目の前にいるだけなのに、僕は呑まれそうになっている。
不安を隠すかのように、僕は返答する。

「えぇ……。それが何か?」

「001-Tiamat領域での反応があってね……解析したら君を呼んでいるみたいなんだ。帰ってこいとね。」

001-Tiamat領域、僕はその名前しか知らないが、この場所……サイト-81Mdとは色々因縁がある。
そう、まずはレナがいた場所。そして、悪魔の住処。

……
不快だな。

「いや……帰るも何も、身に覚えがありませんよ?」

「はは、だろうな。君はずっとここにいた。」

彼はポケットから小さな球状の機械を取りだした。精巧な作りであるということしか、僕にはこの時理解できなかった。
少し後に、この機械が"Laplace”であることを知った。

そして彼は続けてこう言った。
「そう……君はね。犬影 詰束。」

……どういうことだ。

「……何が言いたいんです?」

「鈍いね、君の内側に誰かがいる。」

「まさか。」

「事実であると証明したい。出て来てもらう。」

わけも分からない。僕の中に誰かがいるだって?

「説明くらいしてくださいよ。」

「したら逃げられる。知られた時点でそれは隠れ蓑を失うことになるのだから。」

機械音が頭に突き刺さる。先程の機械によるものか。

「う……。」

気分が悪い。

響く。

視界が揺らぐ。

……

声が聞こえた。ハッキリとはしていないが、理解出来る。

「帰ってこい、犬束。」





……レナじゃない。

「待ってください、明日山さん。」

低くて鈍く、そして心臓を揺さぶるような気持ち悪さを持つ声を何度も頭の中で反復させながら、僕は言を発した。

……彼はゆっくりとこう答えた。

「……何、どうした?」

つくづく気味が悪い。

「レナじゃない。……違う奴の声だった。」

「ほう……。」

彼が不敵な笑みを浮かべる。この状況を楽しんでいるのか?
額に冷や汗が流れ始める。明らかな震えを感じる。
得体の知れないものを相手にしているとき、まさにこんな感じになるが。

「あー君、そいつに関してなにか心当たりは?」

心当たり?

「うあ、えぇと、いや……。」

ない。でも  
「あるとすれば、箱の中身じゃないですか。」

悪魔の存在がこの時よぎった。

ところで箱の中身と言って彼には伝わったのか?
そう思い補足しようとしたが。

「あぁ。成程。」





「ありがとう、全てが繋がった。」

それは唐突だった。
「……は?」

理解が追いつかない。

「それじゃあこれにて。コーヒー、冷める前に飲んでおきたまえよ。」

「え、いや、ちょっと。」

今度は床へと沈んでいき、彼は姿を消した。

「一体なんなんだ……?」

ほとんど分からないまま全てが終わってしまった。

なぜ僕が呼ばれるかは検討がつくが、それがレナではないのはどういうわけだ。

明日山という男は何を知ろうとしていて、何を知っている?
そもそも彼は何者だ。元管理官は本当か?なぜ僕は今までそれを知らなかった?

……

……考えもまとまらない。僕は自室へと戻っていった。そこから現在に至るまで、明日山は僕の前に現れないしその名前を聞くこともなかった。
何人かに聞くが、誰も知らなかった。宮前管理官なら分かるだろうと思っていたが、彼は何も教えられないと言った。





今振り返っても、奇怪な邂逅だったとつくづく思う。


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