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企画案2024-009
名前: エヴァリン・キャッツキル
タイトル: 青ざめた羽根を散らして
必要素材:
- 青銅製の鳥かご (50×48×70 cm、自作)
- ムラサキツバメ 1羽
- イエスズメ 1羽
- シジュウカラ 1羽
- “画壇の大家”として名高い、オールデン・ゼラス氏の1/8スケール複製体 1体
- 万国展覧会での受賞歴が無い異常芸術家から採取した血液に由来する、プルシアン・ブルーの顔料を混ぜ合わせた飼い鳥用のペレット (自作)
要旨: “青ざめた羽根を散らして”は、我々の属する異常芸術コミュニティにその矛先を向けた内輪向けのパフォーマンス・アートです。前提として私のブースは会場の中央付近に配置する必要があります。それが無理なら、本当に残念ですが、今回の展覧会への出展は見送ることになるかもしれません。私は常日頃から生まれもった才能に自惚れているので、私の不参加はしがない守銭奴の貴方たちにとってあまり好ましくないファクターであると確信しています。尚のこと、良い返事を期待していますね。
それでは、ここからは私の要求が無事に審査委員会の承認を得られたものと仮定して、当日に行うパフォーマンスの流れを説明していきます。
① 主催者から2024年AWCY万国展覧会の終了が告げられると同時に、鳥かご内の餌入れに特製のペレットが自動給餌されます。
② オールデン・ゼラス氏の複製体以外の、鳥かご内に囚われた小鳥たちがペレットを啄みます。この間、ゼラス氏はペレットの顔料となった異常芸術家たちの氏名を順に呼び上げ、彼らの代表作を取り上げながら公然と手厳しい批評を繰り広げます。
③ 小鳥たちが食餌を終えると、その羽根が青く染まっていきます。同時に彼らは、どうにか鳥かごを脱出しようとして暴れ出します。身体は傷付き、青ざめた羽根が散乱します。
④ 大声で批評を捲し立てるゼラス氏の怒りは頂点に達し、「もはや君たちに居場所はない」と宣言して、鳥かごの鍵を内側から解錠します。小鳥たちは鳥かごから解放されて、展覧会場の中を飛び回り始めます。
⑤ 小鳥たちは会場内に居合わせたアナーティスト及び彼らの作品群に向けて、人語を用いて止めどない批評と改善案を提示します。それらの内容に担保された創作論はオールデン・ゼラス氏の思想からは最もかけ離れており、それとは打って変わってペレットの顔料となる異常芸術家たちの思想に近しいものとなります。
表彰式の最中、誉れ多き受賞者たちの生み出したマグヌム・オプスを称える歓声は、卑小な青い鳥たちの忌憚なき囀りによって瞬く間に掻き消されていくでしょう。誰もが耳を痛める羽ばたきはやがて、長きに渡って我々の芸術に影を落としてきた展覧会場の天井をすり抜けて、どこにも境界なんて存在しない大空へと旅立っていきます。そうすることで、“青ざめた羽根を散らして”のパフォーマンスは終了します。
意図: 本作の製作意図については、別紙の資料にて解説する予定です。
「あれ、別紙の資料は付いていないんですね? 」
アーレン・スラウは訝しげに首を傾げる。黒ぶちのロイド眼鏡を取り外して、今しがた読み終わった企画案の紙束を留め置くようにテーブルの上へと置いてしまった。彼は仕事を終えた帰路の途中に突然、旧知の仲であるエヴァリンからアトリエに来るよう呼び出されていた。また、彼女の良からぬ企みに付き合わされるのではないかと心中穏やかではなかった。
「当たり前じゃない、これから考えるんだもの」
エヴァリン・キャッツキルはアーレンに背を向けたまま、手に持ったケトルを使って2人分のコーヒーカップに湯を注ぎながら答えた。彼女のアトリエにはアーレン以外に人は居ない。壁掛けの振り子時計は16時を指していて、窓辺からは茜色に染まった夕日がエヴァリンの横顔をふわりと包んでいた。
「本当に? 僕たちの初めには意図があり、アナートはそれらを制限されずに表現する為の魔法の手段です。詩先と曲先の関係とは訳が違うんですよ」
「だったら、私が異端だってことね。身に余る光栄だわ。“批評家”の振るう手槌で均されてしまったアナーティストの連中にとっては、最も得がたい称号の1つでしょう? 」
アーレンは彼女からコーヒーカップを受け取ると1口だけ飲み込んで、それからは黙りこくってしまった。
「ちょっと、何か言い返してくれないと。私のせいで気まずい空気になったみたいじゃない」
「いえ……互いに実りの少ない創作論の押し付けあいを続けるよりも、さっさと貴女の要件を済ませてしまった方が良いと思います」
「そうね、建設的な意見をありがとう」
コーヒーカップをテーブルに置き、代わりに外していたロイド眼鏡を掛け直す。アーレンは再び、1人の芸術家としてエヴァリンに向き合った。
「企画案を読ませてもらいましたが、あの作品には異常芸術家の血液が必要なんですよね」
「ええ、だから君を呼んだの」
「分かりました、協力はしましょう。ですが、これだけは貴女に訊いておきます。血液の素材条件にあった“受賞歴が無い”という部分ですが、あれって本当に必要なんですか? 」
「もちろん! だって、君は1度だって芸術家として調子に乗ったことがないでしょ。土砂降りの名声に溺れてるゼラスとのコントラストが本作の肝だからね」
「ああ、エヴァリン。まるで僕が、自分の作品を生け贄に捧げて名声が降ってこないか雨乞いをする哀れな男みたいじゃないですか 」
「あはは! じゃあ早速、始めようか! 」
「全く」
エヴァリンは何処から取り出したのか注射器を片手にして、付き合いたての恋人のようにアーレンと腕を組む。彼の呆れた表情とは裏腹に、内心では満更でもないといった赤裸々な心情が見てとれた。そういった純粋さを以てして、彼の血液がエヴァリンの求めるペレットの顔料に選ばれたのは言うまでもない。
「サロンに不満が? 」
「あら、ご名答」
「ゼラス先生のサロンには気鋭の異常芸術家が揃っていると巷じゃ評判ですよ。貴女だって、10年前の万国展覧会で表彰を受けた実績のあるメンバーの1人じゃないですか」
「まあね」
アーレンの問い掛けには空返事だけで、エヴァリンはただ採血スピッツを振ることに集中しているようだった。彼女がそれを一振する度、波打った血液は特殊な薬剤と混和して青みがかった色彩に変化する。まだ透き通るような群青からは程遠い、どちらかと言えば毒々しい青紫に近い色味ではあったのだが。
「でもそれは、私が望んだ作品ではなかったから。あの男に歪められて。好きなように固められて。気付いたら私は、知らない外面に成り果てた絵画の作者としてギャラリーの喝采を浴びてた。『赤の色使いから本物の暖かみを感じるぞ』『まるで絵画の中の子供たちが脈動しているようだ』……鋭いですね、正解です! ゼラス先生の言う通りに企画案を改稿して良かった! 」
「……あの時を思い返すだけで、今でも反吐が出る」
「どうして、そこまで? 」
エヴァリンは2本目のスピッツを握り締めていたが、彼女の動きはそこで止まった。テーブル越しに向かい合うアーレンにも、彼女は苦痛に歪んだ胸の内を隠そうとはしなかった。そして、それこそが“青ざめた羽根を散らして”の意図に繋がる話なのだろうということも。
「ゼラスは確かに名を刻んだ“ 画家 ”ペインターだったけれど、同時に“アディトゥムの目覚め”のメンバーでもあった。あいつの頬に飛び散った絵の具には、文字通り子供たちの全てが込められてた」
「何も珍しい話ではないでしょう、エヴァリン。僕たちは思い描いた傑作を形にする為なら、自身の生き死にすら歯牙にも掛けない殉教者の集まりだ」
「知ったような口を利くのね、アーレン? 」
「これは客観的な事実に過ぎませんよ。1974年の万国展覧会をご存知でしょう? 彼は未だに偉大な“ 彫刻師 ”スカルプターだ。御身の大理石を雨風に浚われて跡形もなくなる時が訪れるまでは」
「だからこそ、彼は偉大な存在なのだと思うわ。有終の美を飾って、後年はサロンの“指導者”になる約束された未来を自ら閉ざしてしまった。対してゼラスの犯した罪は、“ 彫刻師 ”とは反対に彼自身が芸術にその身を捧げなかったことなのよ」
「……貴女は、名の売れた異常芸術家が後進を育てようと働き掛ける行いこそ、彼らの罪だとでも言いたいのですか? 」
「どうだろ。ヴェールの内側では無名の癖に、たかが箱庭の主ってだけで偉そうに振る舞っているのが気に入らなかったのかもしれないわ」
エヴァリンは目を合わせないように呟いた。アーレンは、それ以上何も言わなかった。スタンドに立て掛けられたスピッツの血液は、いつの間にか鮮やかな青の色に変わっていた。
「美しい発色ですね」
「君も調子に乗っちゃいそうな程に? 」
「僕の考えた作品ではないので……残念ながら」
「それなら、今からでも合作にしちゃいましょうか」
「まさか、悪い冗談でしょう」
アーレンは立ち上がって、エヴァリンに貼ってもらった右腕の絆創膏を押さえながら彼女を見下ろす。
「僕が芸術家として貴女に勝っている点があるとすれば、独学で作品を残していることぐらいですから」
それでは、と彼女に軽く会釈をして、アーレンはアトリエを後にした。怒っている様子ではなかったが、彼なりの矜持があったのだろう。水掛け論の続きをするには、もう遅い時間になっていた。他に引き止める理由も見付からない。
「やっぱり、君は青いのよね」
すっかり冷め切ったコーヒーを啜りながら、エヴァリンは揺蕩う彼の血液を独り静かに眺めていた。
「さてと!」
誰に言うでもなく、エヴァリンはすくりと席を立って辺りを見回した。さながら、彼女のブースに集まった鑑賞者たちがそこに居るかのように。芝居がかった立ち振舞いは、静まり返ったアトリエの中にあって酷く滑稽に見えた。
「思い付きで始めたにしては、かなり上手くいったんじゃない? それにアーレンの本音が知れたのは、願ってもない収穫だったしね」
「私だって、他人に頼らずとも作品を完成させた経験ぐらいはあるのよ。けれど、これまで発表の場で“批評家”から高い評価を受けたのはサロンに参加した後の作品だけだった」
「貴方たちは展覧会で表彰されるような、多くの意見を募って完成させた作品こそがアナートのあるべき姿だと思う? 」
「もしかしたら、真の芸術に正解はないのかもしれない。だったら、“批評家”や“指導者”の率いるサロンに付き従うだけ無駄なのかもしれないって」
「それなら鳥かごから抜け出して、何にも縛られずに空を飛んだ方がいい。例え、遥か遠くの太陽に紛い物の翼を焼かれることになっても。結局のところ、芸術家は皆、生まれついての傲慢な生き物なんだから」
エヴァリンは歩き出した。見据える先には、観葉植物の木陰に隠しておいた1台のビデオカメラがあった。アーレンがアトリエを訪ねてくる前から、彼とのやり取りの一部始終を撮る為にカメラを回していた。その目的は明快で、彼女の企画案に欠けていたピースは、今にも完成の時を迎えようとしている。
「これこそが、“青ざめた羽根を散らして”の製作意図になります。ご満足頂けたかしら? 」
エヴァリンは彼女自身を映し出すレンズに微笑みかけた後、優しげな動きでカメラの録画停止スイッチに指を掛けた。それは芸術家が会心の作品を仕上げる為の最後の一筆にも似ていて、我が子の頭を撫でるかのような淡い幸福に満たされていた。
窓の外では、いよいよ巣立ちを迎えた小鳥たちが枯れ木の枝を踏み出して、沈みかけの夕日を追いかけるように飛び立っていくのだった。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:7270672 (13 Feb 2021 23:26)
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