Tale下書き

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あの日から────もう2年。

今でも思い出す。サイト-██が強襲されたあの日のことを。


あの日は雨だった気がする。薄暗い深い森の中に私たち機動部隊ゐ-5("花麟")は呼び出されたのだが、人の気配が無い。呼び出した張本人の██研究員すらいなかった。

ただのいたずらかと思ったその時、仲間の1人が言葉にならない悲鳴を吐いた。
何事かと思い仲間の方を見ると、そこには収容されているはずのオブジェクトが。

"なんでここにこいつが…!"
と、誰もがそう思ったことだろう。

それからまもなく、他のオブジェクトが次々に私たちの前に出現した。

私は手も足も震え、何も出来なくなり、ただただ立っているだけの屍と化したも同然だった。
歴戦の先輩たちが銃やナイフを持ってしても、そいつらには効きやしない。
応戦すればするほど味方は減っていったような気がする。

壊滅的な状態になり、ついに指揮官すら犠牲に。
結局、その事案は後発の部隊が加わって押さえ込めたのだが、私たちの殆どは心的外傷後ストレス障害PTSDを発症したり、鬱になったりと、精神疾患を発症したり、記憶処理を受けて社会へと脱する同期もいた。

事案の3日後に、私の育成に関わってくれた、仲のいい先輩も命を落としたとの報せが届いた。


普段から明るいと言われる私でさえ、当時は落ち込んでいた。
まだ殆ど何も経験していない新米で、出鼻をくじかれたような初陣だったというのも加味されていたかもしれない。

"せめてあの先輩が生きていたなら。私はこれから頑張れたことだろうな。"

そんな取り留めのない気持ちが脳内を巡る。
そんなことを思っても、先輩が帰ってくる訳では無い。

そういえば、私が訓練から抜け出したくなったときに、先輩から貰った言葉がある。

人はね、ときに絶望し、悲しみの果てにくれて何もかも投げ出したくなるときだってある。死にたくなるときだってあるんだ。

でもね、それを乗り越えなきゃ、成長することは出来ないんだ。

経験が人を強くする。努力は必ず実を結ぶ。

偽善者ぶった戯言かもしれないが、これが現実なんだ。

これから、頑張るんだよ。

この一声で、何もかも全て吹っ飛んだ気がする。
苦しい訓練だって耐え抜いてきた。
銃や手榴弾の使い方。特別収容プロトコルの扱い方。
そして、社交辞令すら知らなかった私にも丁寧に教えてくれた。

そんな中の、あの一報である。

私の心は得体の知れない何かに抉られ、壊され、今にも消えるか、溶けだしていくかと思う日々。

早く私もそっちへ行こうかと、手首を切りつけて死のうかと思ったこともあった。
ただ、恐怖心なのか、もしくは先輩の言伝なのか、どうにも私にそんなことをする勇気はなかった。


今こそ、経験も積み、心の面でも強くなった気はする。

後輩すらできた頃なのに。
月日が経った今ですら、あの先輩が忘れられない。


"██さん、 ██さん!"

後輩からの声で我に返る。
もう昔の事なのに、こんなに深く考え込んでしまっているのか。
自分が情けない。

何故、私はこんなに無能なのか。あの時に動けなかったのは何故か。
何故だ。
"もうどうでもいい。"
そんな感情が頭を過ったりする。

"うん、今行く。"
そう声を出したものの、実際に届いたかどうかは分からない。

私の何処が弱いのか。心か。

"どうしたんですか?何か考え事でも?"

"いや、なんでもないよ。"

"そうですか。なら、この出来事についてちょっと教えてくれませんかね?"

後輩が持っていたA4の冊子。受け取って中を見ると、それは2年前のあの事案だった。

"なんでこれがここに…"

"…?今何かお話に…?"

頭の中に留めたつもりだったが、自然と漏れていたらしい。

"いや…なんでもないよ。"

ページをめくる。そこには細かい字と共に1枚の写真があった。
文字をざっと読み、写真へと目を移す。

その写真は、体を抉られていたあの先輩を写していた。
私は言葉を失い、呆然と立ち尽くす。吐き気がしてならないが、それよりも無惨な姿の先輩を見て逃げ出したくなった。

"ごめん、ちょっと外させて。この事案の事は…いつかまた話す。"

"…分かりました。大事になさってください。"


その後の事は覚えていない。ポケットにはずぶ濡れになったハンドタオル。恐らく泣きじゃくっていたのだろう。

また昔に後戻りしてしまうのか。
何もかも辛かった、あの頃へ。


"ごめん、あの資料…私にくれないかな?"

"ああ、あの事案のですか?いいですよ。"

受け取った時、何故か私は違和感を覚えた。
"重い"のだ。前に見せてもらった時より。
紙の枚数も増えている気がする。いや、明らかに増えている。

"…増やした?"

"…何をですか?"

"いや…これに何か付け加えた?"

"いやいや、私にそんなこと出来るクリアランスレベルでもあると思いますか?
せめて先輩くらいあるなら何か付け足すかも知れませんけどね。[苦笑]"

"…。そうか、ありがとう。多分1週間くらいで返すよ。"

"別にそんな急がなくてもいいですよ。私暇なんで。"


家に帰ると、すぐにベットに倒れた。

"明日は休みだしいいか…。"

預った資料だけ鞄から出して、その日は寝た。


朝、目覚まし時計の音と共に目を覚ます。

資料の"増えた"ページに目を移す。
そこには、事案の後の事が詳細に書かれており、主に機動部隊ゐ-5("花麟")の生存者へのインタビュー記録と思われる物もあった。

私はインタビューを受けた訳では無い。仲間が受けていたのは見たことがあるが、あたかも私が話したかのような文面があった。

"記憶処理でも受けたっけ…"

そんな訳はないが、何故私の事について書かれているのか考えると、どうにも頭が狂いそうで、思い込みプラシーボでやり過ごそうとしたのだろう。声が自然に漏れる。

ページをめくる。

最後のページは、"未来"について書かれていた。

文字は赤色で、汚い。ざっと見ただけで、字の原型を留めていないような物もかなりある。
日付は今から凡そ1ヶ月後。

私は絶句した。
内容が、再びサイト-██が襲撃されたという物だったからだ。

2年前の事案のページへと戻る。
襲撃時刻、場所、被害まで、全て一緒。

一番下には、かつて私が先輩に言ってもらった言葉。
しかし滲んでおり、気味が悪くなっていた。

私は怖くなり、目を離す。

"先輩の伝言…?"

そうは思っていないが、否定しきれない自分がいる。

再び自分のインタビュー記録へと戻る。

詳しく見てみると、インタビュアーからかなり失礼な質問があった。

その質問には言葉を濁していて、明言は避けている様な答え方をしていた。

何故か私の記録は他の人のよりも長く、質問の中身も心做しか悪い気がする。

気を害し、見るのをやめた。

現実でもないのに。


"ありがとう、これ。"

"あれ、2日だけでしたけど。もういいんですか?"

"ああ、もう大丈夫。それより、一番最後のページを見てくれないか?"

"一番最後ですか?えーと…"

後輩がページをめくる。

"…白紙じゃないですか。どうしたんですか?これ。"

"…え?白紙…?"

身を乗り出して覗く。

しかし、確かに昨日見たあの汚い文字は見える。

"嘘つかないでよ。ちゃんと書いてあるじゃん。"

"え?どこをどう見たら書いてあるんですか。書いてあるというなら音読してみてくださいよ。"

"えーと…『23 Aug 2021 12:48、サイ…ト-██に…おいて襲…撃事件…が発…生。█体のオ…ブジェクトが収…容違反。』と、最初はこんなものか?"

"…そんなこと一切書いてないんですけどね…。"

"ええ?…んじゃ、スマホでこの画面撮って私に見せてくれる?"

"…はい、分かりましたけど…。"

閃光が走る。

"はい、どうぞ。何も写ってないでしょう?"

"…たしかにそのようだな…。"

後輩が指し示す画面の中には、確かに何も書かれていないA4の紙が写っていた。

"ごめん、私がなんか変だったわ。忘れといていいよ。[微笑]"

"は、はぁ…。分かりました。何があったかは私には分かりませんけど…。"

その時だった。
ベルが鳴り響く。収容違反を通達する、今まで何回聞いたか分からない音だ。

"…とりあえず、指揮官の判断を待とう。話はそれからだ。"


結局、以前のように機動部隊ゐ-5("花麟")が派遣されることが決まった。
最後のページに書かれていることが現実になるのだろうか。
そんなことは無いと、首を横に振る。


雨の中現場に着いたものの、人の気配が矢張りない。
既視感しかない。2年前と全く同じだ。

"そろそろ誰かが襲われててもおかしくない…"

その時だった。

背中に激痛が走る。

"ぐ…かはっ…。"

口は血の味。声が出ない。

後輩が叫び、ようやく周りの隊員がこちらに目を向けた。

背中を抉られているのだろうか、感じたことの無い痛みが私を襲う。

恐らく背中や首の付け根あたりからかなりの量の血が出ているはずだが、まだ動ける。いや、動き回ると障るはずだが、意思に背くかのように体が勝手動く。

"ぐ…あっ…"

左の腿には既に力が入らない。

"逃…げろ…。戦う…な…"

声になっているのかは分からない。
ただただ隊員には、逃げていて欲しかった。

眼中には次々と倒されていく隊員たち。

その無惨な姿から、かつての先輩の姿を思い出す。

"私もこんな状態か…。"

ふと、あの書類の中身を思い出す。

先輩の言葉が何故書かれていたのか。
なぜ血のようなグロテスクな色をしていたか。





私に出来ることは、なんだ。



胸ポケットを探る。
しかし、そこには職員証しか無い。

ズボンのポケットに手を突っ込むと、スマホがあった。

"誰の…?"

私は持っていない。邪魔だと思って、買ってすらいなかったのだ。

だが、この際そんなことに気を散らしている暇は無い。

メモが出来るアプリを必死に探す。

しかし手も血だらけで、画面が見づらい。

今度は下肢部に激痛が。

"がぁっ…。"

怖いながら身体の後ろを見る。

その瞬間、血が引いていくような気がした。

左脚が、"無い"。

千切られたか。

泣きたい。

叫びたい。

ここから早く、逃げ出したい。

またしても、先輩の言葉が甦る。


"逃げてはいけない。"

"何が'逃げてはいけない。'だ。"

"うるさい!黙れ!"

"今のお前に何が出来る?"

"黙れ!あああああああああああ!!!!"

"感情に任せた単純な動き。だからお前は弱いんだろ?"

"うるさい!うるさい!ああ…もう、やめてよ…。"

"そこで這いつくばっておけ。所詮お前如き…役には立たんな。"


今のは…何だ?

幻覚…か?

幻覚にしては出来すぎている気がする。

我に返り、スマホのメモアプリを必死に探す。

"見つけた…!"


しかし、もう遅かった。

その瞬間、頭を突き刺された。

オブジェクトの爪は貫通し、脳味噌を抉る。

"ああ…死ぬの…か…。"

力を振り絞り、周りを見渡す。

誰も、いない。

私しか、いない。


"おっ、目、覚めたか。良かったな。"

"アンタ、15日間ずーっと、寝てたのよ?"

"…へっ?"

状況が読み込めない。

話を聞くと、どうやら私はサイト-███で倒れていたらしい。

"っ、皆、皆は!?"

"皆って…誰?"

"だから、機動部隊ゐ-5("花麟")は!?サイト-██は、どうなったの!?"

"…何言ってんの…アンタ…?サイト-██なんてのは存在しないし、'花麟'なんて部隊も無いわよ。"

"……は?"

"どうした?夢か?…ハハッ、そんな事ないよな?"

"ごめん、寝る。"

"…えっ、ちょっと待──"

"ご飯もいい。"

気味が悪い。

あれは…全て妄想?私の中の、"せかい"?

今までの出来事は…全て夢?

何故そんな夢を見たか。考えれば考えるほど頭が捩れる。

心臓の音が大きく、強く、速くなる。

裂けそうだ。心理的にやられたか、身体が限界か。

"あれ…。身体が軽い…。"

力が抜けていく。天に浮かんで行くかのように。

今まで感じたことのない感触。

"これは…。"

1人の命が、今、旅立った。





同期が見つけてくれた時は、もう私は冷たかったそう。

そういえば、死んだはずなのに、"音"が"ある"。

"光"も"ある"。

ここは研究室…いや、解剖室か。

どうやら私は司法解剖されているらしい。

医者、いや、違う。研究員か。
研究員達の会話が聞こえる。

"何だこれ…。ほら、前頭葉のあたり。"

"…穴が、穴が空いてるぞ…。"

"足も見ろよ、千切れかけてるぞ…。"

"全く、よくこんな状態で生きてたなこいつ。[愍笑]"

"2週間ちょっとずっと寝てたんだろ?なんでこんな傷が…?"

"まあまあ、細かいことは無かったことにしとこうぜ。めんどくさいし。[微笑]"

どこかで聞いたことのある会話。

思い出した。これは──。

これはインタビュー記録だ。

失礼な質問。気だるそうな会話。

そして、今、全てが繋がった。

この研究員は、あの先輩。

私の事を、気にかけてくれた、あの先輩。

あの言葉をくれた、あの先輩。

"巡り会えた。この'せかい'は…現実だ!"


──本文ここまで──


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ページ情報

執筆者: Poyatann
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最終更新: 31 Aug 2021 03:05
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