惨状のメリークリスマス

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 2044年の冬は、トウキョウの民にとっていささかすわりの好い季節であった。東京が異常に沈んだあの日を憶えて居る者は一体どれ程生きているのだろうか。異災の陰消えぬこの地に、どれほどの憎しみが沈んだことだろうか。

 ある男が、トウキョウを訪れて涙した。


 2043年12月27日。その日、異災は消えた。地下と地上間で生じていた時空の歪みが消え去り、トウキョウ人の僅かな生存者は地上を目にした。長年夢見たタイヨウの下、狂喜で満ち溢れる人々。脱出者たちは各々、瓦礫を寄せ集めた簡易住居を拵えつつ暮らし、僅かながら復興へと向かっていた。

 それから一年が経とうとしている。

 トウキョウは、"東京"には遠く及ばないながらも道ができ始めていた。財団による復興支援は、このころ始まった。だが、"トウキョウ"復興の陰に隠れてしまった者たちの生活というものは、実に形容し難い見苦しさがあった。或る者は水を、或る者は肉を、或る者は光を求め、かつてはビルであった瓦礫の山を彷徨い歩いた。その瓦礫を踏み越えて、ある若者がトウキョウへと辿り着いた。

「──ここが」

 この地こそがトウキョウ、26年間の異災に曝され続けたかつての大都市の、見るも無残なクリスマス・イヴの姿。あの聖夜の街を歩いた人の数だけ、瓦礫が転がっていた。若者は手にカメラを携えると、既に傾いた陽が写るようシャッターを切った。と同時に、「ナイフを捨てろ!」という咆哮が聞こえ、若者は振り返った。若者の背後に、銃を携えた男が立っていた。

「お前は何者だ」と、その男が言う。
「探京家」
 男は、得も言われぬ表情を浮かべていた。若者はその顔つきから、彼は50代くらいだと予測した。何に使うつもりなのか、大きなバックパックを背負っていた。

「何のつもりだ」
「……ここの事情を話そうか」男は銃を下ろし、懐へしまい込んだ。

「──ここは」
 暫らく間を置いて、男は話し始めた。

「ここの住民の殆どは、26年前に家族を喪っている。その間避難していたが、遺体は勿論、写真の一枚も残らなかった。ここには、そんな人たちが暮らしている。この世界において唯一の安らぎの場でさえ、安全じゃあない。お前のように、ナイフを持った輩が暴れでもしたら敵わねえ、だから誰かが護らねえといけねえんだ」
 どこか含みのある男の表情を、若者は見つめていた。

「なぜ俺を許した?」と若者が訊くと、
「どうも俺と同じにおいがするものでな」と答えた。
「……お前もか」
「ああ。26年前、この地で妻と娘を見殺しにした。俺はあの日、柄にもなく有給をとって、家族で一日過ごす予定だった。午後には街の方へ行って、買い物なんかもするつもりだった。……そんな日に限って、あの事件が起きた。今思えば、そういう運命だったんだな。空に轟音が鳴ったと思えば、突然の衝撃で家諸共吹き飛ばされ、そのまま俺は気絶した。それからのことは何も。気が付いたときには群馬に運ばれていた」
 男の語りは、少しづつ引きつったものとなっていた。

 若者は絶句した。この26年、男はどのような思いで生きてきたのか。それを想像してしまった。自身に想像し得る範囲が、ただ氷山の一角でしかないことはよく理解していた。あの日のようによく澄んだ空を見上げていた男は、再び若者を見つめた。

「探京家よ、──お前は何を取り返しに来た」
「見知らぬ父を。……父は相当のクズ男だったと聞いた。母を孕ませたあとも違う女に手を出して、俺が男か女かも聞いてなかったんだと。……そんなクズがあの日、写真を撮るためにここを訪れた父が死んだと知り、母は父のために幾日も泣いた。その母も、去年死んだ」
「……ふむ」
「俺は伝えなければならない。あの日消えた数多の命を、誰かが憶えておかなければならない。俺が、それになるためにここへ来た。だから、俺はアンタの力になりたい」
「そのカメラが、父のものなのか」
 若者は、目に少しの涙を浮かべている様子だった。相当の覚悟を持ってこの地に来たことは、誰の目にも明白だった。男は溜息をついて、跪いている若者の手を取った。

「なら着いてこい」
 若者を置いて進もうとする男の背を、若者は早歩きで追った。


「あの辺りが、俺の家だ」そう言って指さした先には、ビルの一部と思しき四角柱が未だに横たわっていた。今しがた歩き超えた岩のような瓦礫とは大きく違っており、異災の被害がまだ小さい地域だった。電柱が折れた根本が見え、そこに沿って道があったことがわかった。

男の家であった場所へとたどり着いた。木片や硝子などを踏み、男たちは箪笥などの家具らしき物体をどかした。そして二人は、そこに一個の小さな靴があることを知った。

「これは」
「ああ、娘のものだよ」
 若者には片割れを失ったこの靴が、男の姿と重なって見えていた。

 冷蔵庫をどかしたときに現れた物体を確認し、男は項垂れた。そして、慟哭した。

「入学する娘のために買ったランドセルだよ」

 ……他人がこの場に口を挟むことは無粋であると、そう感じざるを得ない雰囲気がこの場を支配していた。若者は、物音ひとつ立てず男を見つめていた。

カシャッ。

 その音を聞き、男の号哭が已んだ。首から提げた一眼レフが、唸るように鳴いていた。

「──撮ってくれたか」男は、手に写真立てを持っていた。
「……ああ」
「……安心して逝けるだろう」
 男は、あの日以来誰にも見せなかった心からの笑顔を許した。聖夜の東京には、シャッター音だけが幾度もこだました。


 夜明け前、若者は男の家を離れて、瓦礫の山で空を見ていた。朝日の射しかかった東の空は、暗い過去の夜明けにも見えた。突然陽光が射し込み、若者は目を閉じた。そのとき、鈴の音が響いた。そして、老人の乗るそりを引く馴鹿が、昇り始めた太陽を隠した。

「────驚いた」

 こんな街でも、サンタクロースはやってくる。間もなく目を覚ました幼い子らは、枕元に置かれたプレゼントを手に取って歓喜し、その眼は確かにトウキョウの未来を見据えている。

 男は、ただ静かに涙を溢した。


1998 jp tale



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執筆者: Dr_rrrr_2919
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最終更新: 10 Feb 2023 10:54
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