火花と煙と健康と

クレジット

タイトル: 火花と煙と健康と。
著者: teruteru_5
作成年: 2023

　
「美味いヤニを吸うために必要なことが何か、分かるか？」

　サイトの隅にある小さな喫煙スペースにて。箱から一本の煙草を取り出しながら、色牧は問いを投げかけた。

「いや……知らないっすね」
「やっぱりなあ、今どきの奴らはどうやったら美味いヤニを吸えるかが分かってないんだよなあ」
「『今どきの』って……随分大きく括るんですね」
「まあな。俺からしたらお前だって『今どきの』奴だし」

　ポケットから安物のライターを取り出し、フリントホイールを回転させて煙草に火をつける。煙草の先端が赤く光って、そこから煙が立ち上る。

　色牧はそれを確認して、煙草を口に含み、息を吸い込んだ。酸素と火が反応しあったことにより、先端の光の赤みが増した。ふう、と口から煙を吐き出して、色牧は話を続けた。

「美味くヤニを吸うために必要なのは、健康的な生活さ」
「健康的な生活？」
「そうだとも」
「煙草を吸ってる時点で健康的とは言えないのに？」

　煙草の灰を灰皿に落としながら、色牧は大きく笑った。そうして一通り笑ったあとに色牧は言った。

「煙草を吸ってるからこそ、健康的である必要があるんだよ」
「まあ、確かにそれはそうですが。でも、それと美味く煙草を吸うことがどう関係するんです？」
「とにかく、黙って聞いててくれよ」

　色牧はそう言って、再度煙草を口に含んで吸い、ふう、と息を吐き出した。火は煙草の半分くらいまで及んでいた。

「当然だが、煙草を吸うためには肉体が必要になる。肉体が無ければ煙草を加えることも、火をつけることもできないからな」
「はあ」
「んでもって、その肉体を維持するためには健康的な生活を送る必要がある。不摂生な生活を送ってると各種疾病になるし、不規則かつストレスフルな生活を送るとメンタルが死ぬ。そして面白いことに、この状態で吸うヤニはクソも美味くねえ」

　ゴム手袋の嵌められた左手で煙草を持ちながら、色牧は言葉を吐き出し続ける。

「美味くねえヤニを吸うのは時間と本数を浪費しているに過ぎない。じゃあ、どうするか。当然だけど健康的に生きるしかない」
「まあ……理にはかなってますね」
「あとは絶対に生き延びることだ。ここ財団だとちょっとの事で死ぬ事がある。でもここで問題がある。死ねば肉体を使えなくなるから、結果的に煙草を吸えなくなるっていう問題だ」

　色牧が天井を見つめる。蛍光灯がチカチカと点灯している。

「まあ、財団だったら多少の大怪我はなんとかなる。両腕両足の欠損なら義体でなんとかなるくらいだしな」
「達磨状態から復帰した職員も結構いるわけですからね」
「となるとやるべきことは一つだ。芋虫みたく這ってでも帰還する。それさえできればまた煙草を吸えるチャンスがやってくるわけさ」

　ふふっ、と色牧が笑う。

「それじゃあ、また今度でも一緒に話しながらヤニ吸おうや。収容任務、頑張ってこいよ」

　灰皿に煙草を押し付けて火を消して、色牧が喫煙所をあとにする。残ったのは煙草の、特徴的な匂いだけだった。

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