Tale-JP - ケーキを作って

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 弟と妹が死んだ。

 目の前に居座る現実が、その事実を伝えてくる。二人の死因は事故死。学校から帰る途中で、信号無視をしたトラックに正面から突っ込まれたのだという。死体は損壊が激しくて、昨日まで元気に動き回っていた影はどこにも見えなくなっていた。

 その事実が、心に深く突き刺さる。受けたショックは想像よりも大きくて、思わず崩れ落ちてしまうほどだった。でも、何故だろうか。心の中は悲しさで一杯なのに、涙の一つも出てはくれなかった。

 人の死というものは、こうも呆気ないものなのだろうか。






「それじゃあ、双雨さん。事故のことについて教えてくれますか?」
「あ、えっと……」

 弟妹の死から数日後。都内某所にあるビルの一角にて。机を挟んで目の前に座る男――名を波瀬という――が、優しい口調で問いかけてくる。その問いかけに対して答えようとするも、口から出てくる言葉は場繋ぎの言葉だけだった。

「……やっぱりつらいですよね。まだ気持ちの整理も出来てないでしょうし。ちょっと違った話にしましょうか」
「……はい」
「そうですね、普段の生活のこととか。甘いもの、お好きなんです?」
「……え?」

 驚き混じりの声が漏れる。困惑が脳内を包んでいく。わたしはどちらかと言うとスナック菓子の方が好きで。そう言おうとした時、ふと弟妹とのやりとりを思い出した。






「ねえ、お姉ちゃん。お菓子作りしようよ」
「お菓子作りねえ……」

 弟の呼びかけに対して、雑誌のページを捲りながら答える。手元には開封済みのスナック菓子の袋。億劫だなあ、そう心の中で呟いていると、妹がわたしに向けて言葉を発した。

「ねえ、いいでしょ? 一緒にケーキ作ろうよ」
「はいはい、今度ね」

 弟妹の発言を軽くあしらう。上げた目線を雑誌に戻す中、視界の端に喜ぶ二人の姿が映った。






 そうだ。菓子作りのための材料を買い置きしていたんだ。だからきっと、それでわたしが甘味好きだと思ったんだろう。

 でもそれは自分のための買い置きじゃなかった。わたしがいつも食べているのはスナック菓子で。あれは駄々をこねる弟妹を宥めるために買ったもので。

「……わたしのじゃ、ないんです」
「はい?」

 波瀬が不思議そうにこちらを見つめてくる。疑問を浮かべる彼に対して、わたしは言葉を発した。

「あの材料は……日翔と、星香ので」

 机の下で両手を強く握りしめる。手の内に感じる布の感触が、わたしの心を締め上げていく。二人とした約束を果たせなかったという罪悪感が心の中に募っていく。


 結局のところ、わたしは「アノマラス相当」らしかった。その意味は分からなかったし、この施設が「財団」というところであることも、わたしが知ったのは何ヶ月か後のことだった。






 目の前に居座る現実から目を背けようとして下を向く。無機質な白い床には、そんな自分の姿が影として映し出されていた。視界の両端で揺れる茶髪が、いつもよりも鬱陶しく感じた。

 そうして暫く経った頃。自分の前に、何かものが落ちていることに気が付いた。一体なんだろうか。心の中で呟きながら視線を上げる。そんなわたしの目に映ったものは、二つのてるてる坊主だった。

「てるてる坊主……?」

 思わず声が漏れる。何故ここにてるてる坊主が落ちているのかは分からなかった。それでも、確証は無いのに、わたしにはどうにもそれが弟妹によるものだと思えて仕方がなかった。


 この一件以来、二つのてるてる坊主がわたしの周りをついてくるようになった。その様子はまるで、わたしの後を追う弟妹の姿のようだった。







 弟妹の死から数か月が経った頃。収容下から解放され、財団に雇用されることが決定したわたしは、物品整理を兼ねて自宅を訪れていた。

「久しぶりに帰ってきたなあ」

 荷物を整理しながら呟く。懐かしい光景を目の当たりにして、ノスタルジックな気持ちが心の中を包んでいく。そうして物品整理をしていると、赤色のマーカーペンで印のつけられたカレンダーが目に留まった。

「そういえば、今日は日翔と星香の誕生日だったなあ……」

 ふと思い立ったわたしは、足早にキッチンへと向かった。


 二人との約束を守れなかったわたしに、何ができるだろうか。

 キッチンにて、ホールケーキを作りながら考える。そうして暫く考えて、頭の中に浮かんだ答えは「二人を弔ってあげること」だった。約束を守れなかった分、せめて弔ってあげたい。その一心で、わたしは今、キッチンに立っている。

 出来上がったケーキを切り分けて皿に乗せる。生クリームの甘い匂いが鼻をつく。普段ならなんとも思わないはずなのに、何故か今日は喪失感を強く感じていた。心の中でそう呟いて、ケーキを口に運ぶ。優しい甘味が味蕾を刺激していく。

「甘いものって、美味しいんだなあ……」

 ぽつりと呟く。強い後悔の念が身体の内から込み上げてくる。心の中は弟妹に対する申し訳なさで一杯になっていた。

「本当に……ごめん、なさい……」

 声が震える。溢れた感情が涙として表出していく。流れた涙がテーブルの上に落ちる様子を見ながら、わたしはただ静かに泣いていた。


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執筆者: teruteru_5
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最終更新: 08 Jun 2024 05:21
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