Silent clip, Colorless tips, Potato chips.

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 サイトのラウンジは青白い照明に照らされている。白色のリノリウム床やソファを覆う黒革がぼんやりとした輝きを放つ。空調機器が唸り、時計の針がチクタクと進んでいく。窓の外は既に真っ暗で、今が夜中であることを示している。

 それらの要素が均等に配置されたモニター映像を見ながら、首を鳴らす。モニターばかりを見ていたからか首が痛い。軽く身じろぎをし、座りなおすようにして姿勢を変える。軽く伸びをすると、視界の端に何かを咀嚼している先輩の姿が映る。近くには開かれたポテトチップスの袋。まさか、と思い先輩に声を掛ける。

「あの、先輩」

「ん?どうした?」

 先輩はモニターを凝視しながら答える。先輩の右手はポテトチップスの袋の中に突っ込まれている。ガサガサという袋の揺れる音と共にポテトチップスを取り出し、口へと運ぶ。パリパリという咀嚼音が静かなモニタールームに響いた。

「なんでポテチを食べてるんですか? 仕事中ですよね?」

「ああ、これ? これも仕事よ、仕事」

 そう言い、更にポテトチップスを口に運ぶ。先ほどと手の動きや角度は変わっていない。再びパリパリという破砕音が鳴る。モニターを見ながら咀嚼を続ける先輩に対し、少々語気を強めた言葉をぶつける。

「どこが仕事なんですか、さぼってるだけですよね?」

「はぁ……お前、最近雇用されたんだよな?」

 軽くため息をつき、問いかけてくる。急に何の話だ、と思いながら答える。

「そうですけど……それがどうかしたんですか?」

「よし、いい機会だ。俺がモニター監視中にポテチを食べる理由について教えてやる」

 そう言いながら先輩はこちらを向き、手に持ったポテトチップスを僕に向ける。数秒困惑するも、即座に平静を取り戻して相槌を打つ。それを聞いた先輩はポテトチップスを口内に放り込み、話をつづけた。

「まず最初にだが、大真面目に画面を凝視し続けるのは馬鹿のすることだ」

「馬鹿のすること、ですか」

「ああ。お前も分かると思うが、モニターを見続けるってのは想像以上に体力を使う。精神的にも消耗する。そうして疲れ果ててるときに収容違反が発生したらどうする?」

「どうするって──対処に当たるしかないじゃないですか」

「ああ、そうだな。……でもな、疲れ切った脳みそで上手く対処できると思うか? その状態で、今見ている映像が非異常だと断定できるか?」

「……」

 そう言われ、押し黙る。確かに、疲れ切った状態だと正常な判断が出来なくなってしまう。そんな中で上手く対処するのは不可能だろう。そう考えながら、モニターを眺め続ける先輩の方を向く。映し出される映像に変わりはない。いつも通りのラウンジが映し出されている。

「……その様子だと分かったようだな。常に全力を尽くすんじゃない。非常時に全力を尽くすんだ。それ以外は大体80パーセントくらいのパワーにしとけ」

「なるほど、です」

「ま、とは言っても体力は消耗するからな。"補充"するって意味合いを持って俺はポテチを食ってんのさ」

 そう言い、先輩は更にポテトチップスを口に運んだ。しかし、僕の脳内にはある疑問が浮かんでいた。その答えを求め、先輩に疑問をぶつける。

「でもですけど──別に補充するならポテチじゃなくてもいいんじゃないですか? 最近ならゼリー飲料だってありますし、そう言うのでもいいのでは?」

「わかってねえなあ」

 先輩はそう言ってこちらを向いた。その表情は真面目そのものである。

「わかってない、ですか」

「ああ。確かにゼリー飲料もありだろう。ただ、それだと足りないんだよ」

「足りない? 補充する量がですか?」

「まあそれもあるけど──それだけじゃねえ」

 そう言うと、先輩はポテトチップスを取り出した。カラカラという空調機器が唸る音がモニタールームに響いている。モニターの映像は照明に照らされて輝きを放つリノリウムの床を映し出している。映像に変わりはない。

「ポテチを食うってのは異常の発見にもつながるんだよ」

「──というと?」

「ポテチを食べるってのはいくつかの動作に分けられるんだ。袋に手を入れ、ポテチを取り出し、口に運んで、咀嚼する。この動作ってのは癖が出やすいものだ」

「癖が出やすい……」

「ああ。物を取るときや食べるときの動作ってのは深く染みついてるもんだ。これは異常でも起きない限り変わるもんじゃない」

「なるほど、多くの動作を介して異常が起きているかを確かめる、……と」

「そういうことだ。自分や周りが細かな異変に気付けるようにするために俺はポテチを食うことを選んでるんだ」

 そう言い、再度先輩はモニターの方を向いた。空調機器は静かに唸り、時計の針は駆動音と共に進んでいる。タイムスタンプに動きにも異常は見られない。

「細かな異変、ですか」

「ああ。ゼリー飲料だと咀嚼するという動作がない分異常チェックの段階が狭まるだろ? それで異常を見逃したら大変なことになっちまうからな」

「なるほど……」

「俺らに無駄は許されないんだ。日常の全てを合理的にとらえて動かないといけないんだ」

 そう言い、先輩はポテトチップスを咀嚼した。先ほどとは何ら変わりのない動作。咀嚼の回数や、口に運ぶときの癖も同一である。咀嚼を終え、砕かれたポテトチップスを飲み込んだ先輩が告げる。

「無駄を許せば、命を落としかねないからな」

 そう言い、先輩が話を終える。ふと僕もモニター映像に視線を戻す。

 サイトのラウンジは青白い照明に照らされている。白色のリノリウム床やソファを覆う黒革がぼんやりとした輝きを放つ。空調機器が唸り、時計の針がチクタクと進んでいく。

 映像に異常は見られない。


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  1. portal:7178014 (30 Dec 2020 05:31)
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