特別な"笑い"をあなたに

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撮影スタジオにて。

合皮でできたソファに足を組んで座る。目の前には観客と僕のファンが大勢いる。彼らは僕の解説を今か今かと待っているんだ。そんなに慌てなくても僕は逃げないし、しっかり解説するさ。心の中で言った後に口を開き、声を出す。

「さて、今回のLaugh is Funはどうだったかな。初の日本上陸にしては上出来だったろう?」

観客が笑顔になる。そうそう、これだよこれ。僕はこれを待っていたんだ。それでもトーンは崩さずに。笑いのためには道化になる必要があるからね。

「日本にサムライやニンジャはいなかったけど、それでもいいものが撮れた。あの日本人の驚きの表情と笑い顔は本当に傑作だったよ!」

口角を上げる。ふふっと思い出し笑いが込み上げてくるフリをして話を続ける。観客の目線は僕に向いている。それを逃さないように手を叩き、オーバーリアクションな笑い声を上げた。

「……いやあ、ごめんごめん。つい思い出しちゃってさ。いやあ本当に面白かった! 理屈で説明できないことに直面した時の表情もそうだけど、この僕、ラフィ・マクラファーソンが登場した時の安堵の顔もそうさ!」

声を張り上げる。観客席から聞こえてくる「確かに」という呟きが僕の演技を更に加速させる。

「やっぱり笑いってのは最っ高のエンターテインメントだ! 口角を上げれば幸せになれる! 幸せは面白くて素敵なものさ!」

そう言って指パッチンをする。何かを思い出したような素振りを演じつつ、僕は今回の仕掛けについての説明をした。観客席のみんなが僕に注目し、期待を抱いている。ならばそれに応えるのが僕の仕事さ。

「そうだそうだ、今回のLaugh is Funはいつものと違うんだよ」

ざわめく観客席。狙い通りの反応だ。やっぱり僕にはこの仕事しかないんだ。笑いはエンドコンテンツなんかじゃない。まだ開拓の余地があるブルーオーシャンさ。

「なんてったって日本上陸記念だ。せっかくだしと思って、とっておきを用意したのさ」

モニターを指さして言うと、観客の視線が僕からモニターの方へと移動した。ここまで来たらもう大丈夫。あとは彼らにネタバラシの札を引かせるだけだ──


例えるならばそれは虚無だった。

イマイチぱっとしない毎日と、減っていくだけの貯金残高。それに完全に失ってしまった信頼。一人として友達のいない底辺大学生にはお似合いだろ、ということしかできない現実を俺は過ごしている。

今日とてそれは例外ではない。なんだかよく分からないブランドの服を着て、値引きされた賞味期限ギリギリのコンビニ弁当を食らい、あまり好きじゃない教授の講義に出る。無論、ガス代なんかで貯金は減り続ける一方だ。このまま一生微妙な人生を歩むのかな、なんて考えながらテレビを見る。

放送されている番組も微妙なものばかり。心の中で「ネットでバズった動画を特集するってテレビとしてどうなんだよ」とか「タレントのリアクションがオーバーすぎるわ」なんてぼやきながら過ごして三時間。テレビを見ることくらいしかやることがないので仕方なくテレビを見てたが、こんななら見ない方がマシだな。そう思いながらリモコンに手を伸ばした時。

ある違和感に気付いた。

画面の右上にある「LIVE」の文字。そして画面に映る俺の顔面。何かがおかしいことは自明だった。そもそもこれは再放送番組のはずだ。しかも自分の顔がテレビに映るなんてことは有り得ない。リモコンを手に取ろうか迷っている最中、ふと後ろからの被視感を感じた。

「……誰だ?」

呼びかけてみたが返事はない。暫く時間が経ったが被視感は消えていない。このままでは埒が明かないな、と思ったので後ろを見てみることにした。素早く首を動かす。視界が被視感の正体を捉えた。

俺を見ていたのは日本刀を持った侍だった。剣はレプリカなのか、それとも真剣なのか。そもそも侍がいるということがイレギュラーなのだが、そんなことはどうでもいい。このままだと日本刀で斬られて死んでしまう。助けを求めるために叫ぼうとする……が声は出ない。立ち上がって逃げようにも腰が抜けてて動けない。

──助けてくれ。

心臓の鼓動が早くなる。背中がスゥと冷えていく。額に浮かんだ冷や汗が頬を伝う。ああ、もうだめだ。と諦めかけたときだった。

「ハーイ!」

どこからともなく陽気な声が聞こえてくる。ふと侍を見ると、口から外国人を吐き出していた。意味がわからない。襲ってきた侍が口から人を吐き出すとかインフルエンザの時に見る夢かよ。クソほどつまらないツッコミを心の中でする。現実から目が離せない。これからどうなってしまうんだ。どこか期待感を感じながら侍を見つめる。

侍が外国人を完全に吐き出す。唾液まみれのそいつは胸ポケットからハンカチを取り出した。でもハンカチまでもが唾液で汚れているので結局意味はなかった。

「ちぇっ、ハンカチも汚れてるし」

唖然。意味不明の現実。もしかしたら虚構かもしれないと思って頬をつねる。普通に痛い。理解が追いつかないし、追いついたら駄目な気がする。それでも一つ分かることがある。それは俺が今、期待感を抱いていることだ。

「Laugh is Funのラフィ・マクラファーソンだ!」
「えっと……誰? てかこれは?」
「まあまあ落ち着いて。焦りたい気持ちも分かるけどさ」

ラフィという男がにっこりと笑う。気が付いたら唾液は乾いていた。さっきの侍はその後ろで正座している。

「僕はラフィ・マクラファーソン。アメリカでドッキリ番組の司会をしてるんだ」
「ドッキリ番組?」
「そうとも! Laugh is Funって言うんだけどね」

ここまで来てようやく理解した。なんだ、そういうことか。

「てことは、さっきのはドッキリ?」
「そうとも! 最っ高のリアクションだったよ! 日本人ターゲット第一号として百点満点のリアクションさ!」
「俺が日本人ターゲット第一号?」

ラフィが首肯する。これもドッキリか、と思ったがどうやら違うらしい。なんだかいつの間にか嬉しくなっている。安堵とネタバラシと記念によってテンションが上がっていく。虚無だったはずの日々が、いつしか満ち足りた時間へと変わっていた。

「さあ、笑おう! 君も、そこのサムライも! ほら、大きな声出してさ、深い笑顔で! 僕と一緒に笑おう! 僕らと一緒に笑おう! 笑おう! 笑おう! 笑おう! 笑って僕らの仲間になろう!」

腹から笑い声が出る。こんなに笑ったのっていつぶりだっけ。腹が痛くなって、息できなくなるほど笑って。ああ、楽しい。なんだか満ち足りた気分だ──。

部屋中に笑いが響き渡る。なんだかスーパースターになったみたいだ。


モニターには依然として映像が映っている。

僕はそれを見ながら笑っているフリをする。みんなも笑ってる。僕に欺かれて笑ってる。彼らの笑顔を横目で見る。涙を流して、幸せそうな笑顔を浮かべている。やっぱり笑顔は素敵だ。

「さて……ここからが『とっておき』だ」

モニターの映像が暗転し、オープニングムービーが流れる。画面の中の僕が「今日はある仕掛けを用意したんだ」と言う。

「その仕掛けがこれさ! 題して『ループ・プレイ』!」

画面の中の僕が手を振る。それに手を振り返す。観客席からのどよめきを聞きながら説明を続ける。

「この記念すべき回を保存するために、映像をループ再生できるようにしたんだ。だからテレビにはずーっとこの映像が映る。僕らもずっと同じことを繰り返し続ける。終わらない円環の中で僕らは踊るんだ! だってそれが僕らの存在意義だから!」

スタジオの正面にあるカメラへと手を振る。そこにいるのも僕だ。カメラマン姿の僕とハイタッチをして、観客席に座る。そして画面の向こうにいる君たちを見つけてサムズアップする。

「どうだい?」

そして……ほら、いつも通り。

「やっぱり笑いは楽しいだろ?」

君達にお決まりのセリフを吐いてやるんだ。



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執筆者: teruteru_5
文字数: 3897
リビジョン数: 46
批評コメント: 3

最終更新: 23 Mar 2024 13:17
最終コメント: 14 Feb 2024 16:37 by teruteru_5
  • 現状の内容に問題がないか
  • 改稿するとしたらどうするべきか
    • ラフィがループしてるという要素は残したいと思ってます

以上の点について意見いただきたいです。

・ラフィのモノローグでその不気味な思想を描写する
・ループ構造を思わせる伏線描写を加える
視聴者を登場させるかメタ的な手法を使って読者をその席に座らせるか、いずれにしてもカロリー高くなりそうかも


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