tale - 普通の客

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食事とは生きがいであり、唯一の楽しみだ。

僕は幼いころから食事という行為が大好きだった。愛のない、辛い現実を無視して、自分の食べたいものを食べられる、という行為に希望を見出していた。

昔は両親は共働きで家にいなくて、学校ではいじめられていた。

誰かと関わることなんて全くなかった。

幸いにも、いじめられていることはばれなかったし、お金だけはあったから経済的に苦しい思いもせずに済んだ。

僕は大人になって、頻繁に食について考えるようになった。

そんな僕が最近行きつけている店がある。

都内某所、おしゃれな街のはずれにポツンと佇む洋風の館――弟の食料品である。

情報筋から教えてもらったこの店で振舞われる料理は全て美味しく、すぐに虜になってしまうほどだった。

勿論、僕もである。この店には今や定期的に訪れるようになっている。


「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

スーツ姿のウェイターが声をかける。

光沢が見えるほどに磨かれたカウンターの前の席に座り、出された食前酒を嗜む。

「本日のメニューは何になさいましょうか」

食前酒を飲み干したタイミングを見計らってウェイターが声をかける。

「そうだな……今日もおすすめで頼む」

「かしこまりました」

僕はいつも弟の食料品を訪れると「おすすめ」を頼む。その時その時で出てくる料理は違うが、どれも美味である。

この前は寿司を食べたな、などと食の思い出に浸っていると、ウェイターが奥からクローシュを乗せた皿を持ってくる。

「お待ちしました。本日のお薦めになります」

そういって、ウェイターはクローシュを取り外す。

そこには、デミグラスソースのかかったハンバーグが乗っていた。ハンバーグからは湯気があふれており、今にも食べて欲しそうに見える。

「ハンバーグ、ですか」

「はい。国産の牛肉を使用したハンバーグになります。当店秘伝のレシピによって作られたデミグラスソースと肉汁あふれるハンバーグが奏でる味わいは唯一無二です。どうぞ、冷めないうちに召し上がってください」

ウェイターが料理の説明を終える。

ハンバーグに備え付けられたフォークを刺し、ナイフでカットする。

カットされた断面からは大量の肉汁があふれ出てくる。焼き加減はまごうことなきレアであるのが見て取れる。

一口大に肉を切り取り、口に運び、咀嚼する。

噛むたびに肉汁があふれ出してくる。触感はジューシーであり、噛むのをやめられない。

名残惜しそうに肉を飲み込む。喉を通って行くときでさえ、旨味が残っていることがわかる。

肉を切り取り、咀嚼し、飲み込む。

気が付いたころにはハンバーグは無くなっていた。

「いかがでしたでしょうか」

ウェイターが問いかけてくる。

「今回もおいしかったです。流石は弟の食料品ですね」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

その後はウェイターと少し話をして会計を済ませ、家に帰るのだった。

次に弟の料理店に行く時がもう楽しみで仕方がなかった。


次に弟の食料品を訪れたとき、店頭に理解できない――したくないことが書かれていた。

閉店のお知らせ


諸事情により、当店舗は今週を持ちまして閉店することとなりました。

他の店舗での営業は続けていきますので、今後ともよろしくお願いします。

今まで当店舗をご愛顧いただきありがとうございました。

弟の食料品
オーナー

思わず、急いでウェイターのもとを訪ねる。

「閉店って……何があったんですか?」

ウェイターは悲しそうな顔をして答える。

「当店にてあらぬ疑いを掛けられ、スタッフで話し合った結果、やむを得ず閉店することとなってしまいました」

「その、疑いって、何ですか?」

「お客様に迷惑をかけるわけにはいかないので、教えることはできません。申し訳ないです」

そういった後、そこには沈黙が残った。

しばらくして、ウェイターが声をかけてくる。

「本日のメニューは何になさいましょうか」

ウェイターは、いつものような笑顔を作って問いかけてくる。ただ、内心、辛いであろうことが言葉の節々から読み取れた。

「……おすすめで、お願いします」

少々、元気のない声で答える。

「畏まりました」

そう言って、ウェイターは厨房の方へと姿を消した。

今になって思えば、この店を見つけて、訪れるようになってから、何故か分からないが少し気が楽になったようにも感じる。食の素晴らしさについて再認識させてくれた店であり、定期的な楽しみになっている店がなくなってしまうからか、目頭が熱くなる。

「お待たせしました。こちら、本日のお薦めになります」

そう言われ、視線を目の前に向ける。そこには、見慣れたものが置かれていた。

「あの、これって」

ウェイターが微笑みながら答える。

「はい。いつもお母様が作っていた玉子焼きです。焼き加減から味付けまで同じように再現しました」

いつも、朝起きると食卓に置かれていた玉子焼き。

懐かしい香りに、涙が出てくる。

「ウェイターさん、僕ね、昔いじめられてたんですよ」

「それは……辛かったでしょう」

「はい。だけど、食事をしている間だけは希望に縋っていられたんです」

「そうだったのですか」

「その食事のすばらしさに気付かせてくれたのは、まぎれもない母なんです。毎日作られた玉子焼きを食べると、心が満たされる感じがして」

「存じ上げています。その上で――これを作ったんですから」

「え」

驚いて、思わず声が出る。

何で知っているのか、という疑問に答えるかのようにウェイターは続ける。

「閉店に際しまして、お客様の"大切な味"について少々調べさせていただきました。その時に、貴方のお母様に出会ったんです」

「そうだったんですか」

そういい、玉子焼きを頬ばった。

懐かしい、大切な思い出の味が、記憶がよみがえってくる。

夜な夜な弁当を作ってくれた母さんの感情が、直に伝わるように心の中が暖まっていくのがわかった。

「どうですか? 大切な思い出の味は」

「その……何というか、心が温まる気がして。とても……おいしいです」

暖かさに包まれながら、玉子焼きを食べつくす。

食べ終わった後、少々雑談をして、会計をし、店を後にする。

今日は珍しくウェイターが見送ってくれた。

「今まで、有難うございました」

そう言って、ウェイターは店の中に戻っていく。

僕は家に帰るべく夜の街に繰り出した。


あれから数日後、散歩がてら弟の食料品があったところを通った。

そこには草が生い茂った空き地があるだけで、店があった面影なんて一切なかった。

でも、気が楽になった理由はわかる気がする。

人と関わることのすばらしさをはじめとして、色んなことを教えてもらったなぁ、と思いながら帰路につく。

帰ったら、母さんに感謝の気持ちを伝えようと思う。


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