(ショートコン予定) - 休息

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梅下にて 匂いて待てり とふみ送り
 
       白下は暮れて 紅下も暮れり
 
 
 
 
富貴草 竹敷屋根の 土壁の
 
     袂に首は ぽとりと一つ
 
 
 
 
秋七つ 青に黄色に 粧えど
 
     萎み燻みて 人も移ろい
 
 
 
 
霜崩し 積もる緋茶梅 はらひらり
 
        想い馳せつつ 春は刻々



 

「この歌は春夏秋冬を詠んだものですか」

 壁掛けの達筆を眺めてそう聞けば、良家の貴婦人然とした容姿の彼女は、人当たりの良い微笑みを浮かべ庭先の方へ目を向けた。つられて其方に目を遣れば、鮮やかな彩が目に飛び込む。私は縁側に腰を落ち着け、先ほどから彼女のもてなしを受けていた。

「綺麗なお庭ですね。全部お一人でご管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」

 柔らかな声で答えを返す彼女は硯に水を少し差し、さりさりと固形墨を磨る。薄幸かつ若い容姿にそぐわない洗練された雰囲気や流麗な動作は、驚くほどに様になっていた。目を奪われるほど見事に花咲き溢れる庭先から望む富士は、日の本の象徴たる所以をひしひしと感じさせる雄大さを湛え、春粧の頃、未だ頂に被る冠雪は白藍の春空に溶けている。

「ここにいると、時間が止まったような、取り残されたような、不思議な気分になりますね」
「確かにこのお庭は、浮世離れして見えるかもしれないわねぇ。貴方があのお花たちを見つめて動かないものだから、思わず声をかけてしまったわ」

 彼女は白い筆先に墨を含ませ、傍らの和紙地の短冊を手に取った。

「余りに綺麗だったものでつい」
「いいのよ。私も時々は誰かと話したくなるものですから」

 彼女はこの富士山麓に構えた家で、ずっと一人この庭を管理してきたのだろうか。聞き込み中の身ではあったが、もう少しばかり彼女の話相手をしてもバチはあたらないだろう。私とて偶には、異常のいの字も存在し得ない平穏そのものの空間で羽を伸ばしたい。

「歌のお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見た物に準えて詠んだのよ」
「歌を詠むのがお好きなんですね」
「えぇ、ここにいるとそれくらいしか娯楽が無いとも言うわね。人とこうして話すのも、もういつぶりかしらねぇ」

 彼女は庭を見つめて少し思案する素振りを見せる。しばらく、彼女は筆を迷いなく動かし始めた。その光景は体験した事はないはずで、しかしどこか懐かしさを誘う。田舎に行った際の根拠のない日本人的郷愁とでも言おうか。現地職員の業務で蓄積された日々の疲れが溶け消えるような、そんな錯覚を覚えた。

「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。先程貴方の言っていた四歌もそうね」
「……すみません。そちらの方面には明るくなくて」
「若いですものねぇ。寂しい年寄りの小さな趣味よ。今はただ、ここで静かに彼女たちの咲き誇るを見るのみで、外のことには疎くなって久しいわ」

 到底私を"若い"と表現するには彼女自身若すぎるはずであるが、その言葉は妙な納得感を持って私の心にすとんと落ちる。彼女が筆を滑らかに走らせる姿は実に愉しそうで、やがて短冊を差し出してきた。

「訪ねてくれて、ありがとうね」
「いえ、そんな」

 私はその言葉にお礼を返そうと、短冊を受け取り顔を上げる。
 

 
 竹敷屋根から空が見え、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、所々に兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ泡沫かと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。





四季巡り あらたまれども 変わりなく
 
         この花咲くや 枯れゆく己



 朧げに、あの貴婦人の名を知った気がした。
 私はおもむろに携帯端末を手に取り、必要なだけ報告を上げる。万事職務を遂行し、踵を返す前に一度、庭に小さく会釈をした。この後ここをどうするのかは私の領分ではない。

 庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の彩が咲き誇っている。


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