花盛り
梅下にて 匂いて待てりと ふみ送り
白下は暮れて 紅下も暮れり
富貴草 竹敷屋根の 土壁の
袂に首は ぽとりと一つ
秋七つ 桃に黄色に 粧えど
萎み燻みて 人も移ろい
霜崩し 積もる緋茶梅 はらひらり
想い馳せつつ 春は刻々
「この歌は春夏秋冬を詠んだものですね」
壁掛けの達筆を眺めてそう聞けば、老婆は人の良い微笑みを浮かべ庭先に目を向けた。それに釣られて其方を見やれば、鮮やかな彩りが目に飛び込む。
「綺麗なお庭ですよね。全部ご自身で管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」
彼女は答えながら水を差し、硯に固形墨を磨る。旅先に出会ったこの老婆は、富士の麓のこの家でどうやらずっと一人らしい。
「私の歌に出るお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見たものごとに準えて詠んでいるんです」
白い筆先に墨を含ませ、和紙地の短冊を手に取った。
「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。今は一人、ここで静かに彼女たちの咲き誇るを見るのみだけれど」
筆を滑らかに走らせる姿は実に愉しそうで、やがて短冊を差し出してくる。
「訪ねてくれて、ありがとうね」
その言葉にお礼を返そうと、短冊を受け取り顔を上げる。
竹敷屋根からは空を望め、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、ところどころに兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ夢だったかと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。
四季巡り あらたまれども 変わりなく
この花咲くや 枯れゆく己
庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の色が咲き誇っている。
梅下にて匂いて待てりとふみ送り
白下は暮れて紅下も暮れり
富貴草竹敷屋根の土壁の
袂に首はぽとりと一つ
秋七つ桃に黄色に粧えど
萎み燻みて人も移ろい
霜崩し積もる緋茶梅はらひらり
想い馳せつつ春は刻々
「この歌は春夏秋冬を詠んだものですね」
壁掛けの達筆を眺めてそう聞けば、老婆は人の良い微笑みを浮かべ庭先に目を向けた。それに釣られて其方を見やれば、鮮やかな彩りが目に飛び込む。
「綺麗なお庭ですよね。全部ご自身で管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」
彼女は答えながら水を差し、硯に固形墨を磨る。旅先に出会ったこの老婆は、富士の麓のこの家でどうやらずっと一人らしい。
「私の歌に出るお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見たものごとに準えて詠んでいるんです」
白い筆先に墨を含ませ、和紙地の短冊を手に取った。
「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。今は一人、ここで静かに彼女たちの咲き誇るを見るのみだけれど」
筆を滑らかに走らせる姿は実に愉しそうで、やがて短冊を差し出してくる。
「訪ねてくれて、ありがとうね」
その言葉にお礼を返そうと、短冊を受け取り顔を上げる。
竹敷屋根からは空を望め、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、ところどころに兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ夢だったかと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。
四季巡りあらたまれども変わりなく
この花咲くや枯れゆく己
庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の色が咲き誇っている。
梅下にて匂いて待てりとふみ送り
白下は暮れて紅下も暮れり
富貴草竹敷屋根の土壁の
袂に首はぽとりと一つ
秋七つ桃に黄色に粧えど
萎み燻みて人も移ろい
霜崩し積もる緋茶梅はらひらり
想い馳せつつ春は刻々
「この歌は春夏秋冬を詠んだものですね」
壁掛けの達筆を眺めてそう問えば、老婆は柔和な笑みを浮かべ庭先を見た。それに釣られて目をやれば、鮮やかな彩が目に飛び込む。
「綺麗なお庭ですね。全部お一人で管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」
老婆は硯に水を差して固形墨を磨る。
「歌のお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見たものに準えて詠んでいるのよ」
白い筆先に墨を含ませ、和紙地の短冊を手に取った。
「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。今はもう、彼女たちの咲き誇るを見るのみね」
筆が走る様子は実に愉しげで、やがて短冊を渡される。
「訪ねてくれて、ありがとうね」
「いえ、そんな」
短冊を受け取り顔を上げた。
竹敷屋根から空が見え、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、所々に兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ泡沫かと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。
四季巡り あらたまれども 変わりなく
この花咲くや 枯れゆく己
庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の色が咲き誇っている。
花盛り
梅下にて匂いて待てりとふみ送り
白下は暮れて紅下も暮れり
富貴草竹敷屋根の土壁の
袂に首はぽとりと一つ
秋七つ桃に黄色に粧えど
萎み燻みて人も移ろい
霜崩し積もる緋茶梅はらひらり
想い馳せつつ春は刻々
「この歌は春夏秋冬を詠んだものですね」
老婆は頷き、柔和な笑みで庭先を見る。つられて其方に目をやれば、鮮やかな彩が目に飛び込んだ。
「綺麗なお庭ですね。全部お一人で管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」
老婆は硯に水を差して墨を磨る。
「歌のお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見た物に準えて詠んだのよ」
白い筆先に墨を含ませ、和紙地の短冊を手に取った。
「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。今はもう、彼女たちの咲き誇るを見るのみね」
筆が走る様は実に愉しげで、やがて短冊を渡される。
「訪ねてくれて、ありがとうね」
「いえ、そんな」
短冊を受け取り顔を上げた。
竹敷屋根から空が見え、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、所々に兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ泡沫かと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。
四季巡りあらたまれども変わりなく
この花咲くや枯れゆく己
庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の色が咲き誇っている。
花盛り
梅下にて 匂いて待てり とふみ送り
白下は暮れて 紅下も暮れり
富貴草 竹敷屋根の 土壁の
袂に首は ぽとりと一つ
秋七つ 青に黄色に 粧えど
萎み燻みて 人も移ろい
霜崩し 積もる緋茶梅 はらひらり
想い馳せつつ 春は刻々
「この歌は春夏秋冬を詠んだものですね」
壁掛けの達筆を眺めてそう聞けば、老婆は人の良い微笑みを浮かべ庭先に目を向けた。つられて其方に目を遣れば、鮮やかな彩が目に飛び込む。
「綺麗なお庭ですね。全部お一人で管理を?」
「えぇ。随分前から、ずっとですねぇ」
老婆は硯に水を差し、さりさりと固形墨を磨る。
「歌のお花は全部お庭に咲くけれど、どれも私が昔見た物に準えて詠んだのよ」
白い筆先に墨を含ませ、和紙地の短冊を手に取った。
「人の死に様は幾度となく、すれ違う悲愛も見てきたわ。今はもう、ここで静かに彼女たちの咲き誇るを見るのみだけれどね」
筆が走る様は実に愉しげで、やがて短冊を渡された。
「訪ねてくれて、ありがとうね」
「いえ、そんな」
短冊を受け取り顔を上げる。
竹敷屋根から空が見え、座る縁側は私のみ。小さな古屋の土壁は、所々に兎穴。墨も硯も白筆も、姿形はつゆと消え、すわ泡沫かと手元を見れば、そこには確かに短冊があった。
四季巡り あらたまれども 変わりなく
この花咲くや 枯れゆく己
庭先は、先刻と何ら変わりなく、数多の彩が咲き誇っている。
——あの雲は消えんさ。これからも増えるだけだ
度重なる死線を潜った歴戦のエースは、春先の飛行場でそう言った。春霞の淡く、温かい、雲一つない晴天だった。
冬の海上。私たちは深緑の翼を並べ、分厚く曇った防弾ガラスの中からはるか上、宇宙の透けた空を見つめている。薄碧い一筋の雲が、鱗のように時折キラキラ煌めいていた。
ひどく煩雑な操縦席の向こうで、風貌を開けた彼が人差し指を下に向ける。了解のハンドサインを返せば、彼はその手を開いて手を振って機体を翻した。
慌てて姿を追いかけると、同時に降下した数機が遥か下で舞っている。周りに咲く炸裂弾。油を吹く機体。小さく望む船団。高く飛沫を上げて、彼らは海に堕ちる。
冬の高度5000m。底冷えする冷気で手先が冷える。
——靖国なんか行きゃしねえよ。
彼のぶっきらぼうな言葉を思い出す。その時は、なかなかどうして捻くれた男だと感じた。
彼の後を追うように、残りの機体にハンドサインを送ろうとガタついた風防を開く。感覚がない。もたついた。
瞬間、目下、飛沫が上がる。緑に日の丸。白飛びした海面から、次々飛び出すのは無傷の機体。
勢いそのままに、一様に急上昇した彼らは、ついに私の横にまで並ぶ。
——彼だ。
私が声も出せぬうちに、彼は翼を数度振って天高く昇っていく。呆然としながら視線だけが追い縋る。
ふと、合点が言った。彼は過去にあれを見ていたのだ。
あれは、あの雲は。
——全て飛行機
あの日の、春先の飛行場で感じたあの温かさを感じた気がした。この極寒の機上においても。
私の手は終ぞ指示を結ばず、静かに下る。彼らが一筋の雲に溶けるのを、ひたすらに眺めていた。
指先に通う、血潮の温かさを握り込んで。
コメント投稿フォームへ
注意: 批評して欲しいポイントやスポイラー(ネタバレを含んだ作品解説)、改稿内容についてはコメントではなく下書き本文に直接書き入れて下さい。初めての下書きであっても投稿報告は不要です。批評内容に対する返答以外で自身の下書きにコメントしないようお願いします。
批評コメントTopへ