ある地下

湿った壁、天井、床、解けたごさに、欠けた茶碗、箱、箱、ハコ。

灯りはほぼなく、常に暗い。でも大丈夫。目はとっくに慣れている。ずっとここに住んでいるから。
ココに居るのは何時からだろう。1日2回、格子の外から人が食事を持ってくる。この人は必ず私に話しかけてくれる。優しいとか言う性格の人。
外には何があるのだろう。あの人はどこから来るのだろう。何故あんなにも明るいのだろう。ずっと考えていた。私は言葉というものを喋れない。声の出し方が分からないから。読み書きとやらもできない。文字を見た事がないから。ただ、外から来る人の声を聞いて理解することは出来た。食事の人が教えてくれた。考えることは出来る。だから、私はこの部屋で、ずっと外を思い描く。私はなぜここにいるのだろう。私は外を見れないのだろうか。私にとっての世界は木枠の内側だけ。食事の人は向こう側で何をしているのだろう。そんなことを考えて、何も無い私の部屋で過ごしている。そうしなければ私は存在できない気がしたから。

ある日、私の世界に1人の女の子が入って来た。私と同じくらいの見た目。痩せて細い。足がない。言葉は喋れる。初め、女の子は私に訴えてきた。
「あんたも、うちと同じ? なぁ、うちらはどうなるんじゃろうな。足ねぇだけじゃのになんでこげな扱い受けんといけんのじゃろ……。あんた、聞いとるか?」
頷いた。
「なんじゃ、話せぬのか。……なるほど、うちは恵まれとる方じゃったか」
そうだろうか。足が歩くものだとしても、ここには何も無いのだから動く必要も無いのだ。しかし、喋れないのは不便だった。私の知りたいことを知っているはずなのに、それを聞けない。
「そうか……話せぬのはつまらぬの。そうじゃな、うちが教えちゃろう。暇の足しにはなるじゃろうて」
渡りに船だった。暫く声を出していなかったから、声も出せなかった。何とか声を出せるようになって発音を覚えた。8回目の食事の人が来る時には、片言には話せることができるようになった。
食事の人に話しかけてみたりもした。
「いつ、も、あり、が、とう」
と。
食事の人は驚いた顔をしていたけど、少し悲しそうな顔で去っていった。
なぜそんな顔をするのか分からなかった。

少女に、拙い言葉で外の世界を聞いた。
外はとてつもなく広いらしい。明るいらしい。土と木と布以外があるらしい。食事の人以外の人が居るらしい。色々な音があるらしい。私たちとは違う子供がいるらしい。私の世界は、家の中にあり、その家は、村という集合体の中で一番高い地位らしい。
驚いた。人がそんなにいるなんて。明るくて、色があるなんて。
「外、の人たち、に、会ってみたい」
「へぇ? 自分をこんなに狭い所に閉じ込め続けた奴らに会ってみたい言うんか」
「? ここ、は、私、の場所。私の、全て。不満、は、無い」
「……何時からここに居るんじゃ?」
「……はじ、め、から」
「……外ん奴らは辞めとけ。あげなモン人じゃのうて物の怪の類じゃけぇの」
そう吐き捨てて、顔を歪めた。
「外が異常な訳じゃなかばってん、此処が異常なんじゃ」
何故? 私にとって、外の人は食事の人だけ。あの人は決して物の怪では無い。でも、あなたは外の物を物の怪と言った。あなたが忌み嫌う外の方が異常ではないの?
それに比べて此処は”何も無い”が有る。それが常識。
私はむしろ、そんな常識の外の人を見てみたい。

私が外を聞いて数日後、彼女は言った。
「……なんでうちがあんたの世界に連れてこられたんか、わかっちょらんじゃろ?」
「なに? 教えて、くれるの?」
「私は……殺される為に此処に来たんじゃ。今や十分育ってしもうたからの」
「ぇ」
「そこのハコ。何時から有るんじゃろうな」
そう言って顔を向ける先には、12個の木箱。私の世界にずっとあった。ただの木箱。開いたことはない。開け方が分からないから。
「あのハコはな……言うたらうちらの最期じゃ」
「最期?」
「外の奴らに、アレにされるんじゃ。うちも、多分あんたも」
「何故?」
「何故も言われても、なにか意味があるんじゃろ。うちら忌み子を使う事にな」
忌み子? 私も忌み子?
でも、なら、育ててくれるのはなんで?
「次の次の食事からうちのは無い。死ぬからな」
さもなんでもない様に言ってのける少女は、どこか諦めたような、憑き物の落ちたような顔をしていた。
なんでもなかったハコ達が、なにか、訴えているように感じた。

「本当に無い」
「ほぅら言うたじゃろ」
「私のあげる」
「……うちは要らん。死ぬんに腹ん中に入ってたら恥ずかしゅうて堪らんたいね。うちかて女じゃけえ」
「……そう」
「しけた顔するもんじゃないよ。うちもどげんなるかは知らんばってん、あんたにゃうちの声、聞こえない様にするけぇね」
「ねえ」
「うちがあれになって戻ってきたときゃ、きっとあんたを見守っちゃるけぇ」
「ねえ、あなたは」
「もう、おやすみな。うちも寝る」
「……」
もう話したくないのかもしれない。私には、明日死ぬ人の気持ちは分からない。

「ほれ、祭りじゃ。飯は抜いとうな?」
男という性別の外の人、数名が外から来た。
「抜いとるよ。ほれ、抱えい。うちは歩けんでの」
男は無言で面をかぶせて、少女を肩に担ぎ上げると戻り始めた。
「またの」
去り際、少女はそう言って消えた。

また、私は1人になった。でも今日ばかりは、静けさは戻らない。外から静かに重い音がなる。一定周期でドォーン、ドォーンと音が鳴る。祭りと言うやつが始まったのだろう。きっとあの子は今に死ぬ。
私はまた1人に戻るだけ。今までは私の世界に異物が入っていただけ。何も変わらない。

✗✗✗

何故? どうして、私は箱を抱えているのだろう。すぅっと鼻の奥を抜ける爽やかな香りの中に、血の匂いが混ざる。男達が持って帰ってきたハコ。13個目のハコ。
少女と約束した訳でもない。でも、持たずにはいられなかった。同時に他のハコにも興味が湧いた。

「食器 草 ……木の枝、小粒の石達、気を彫った何か?」
人は入ってない。死んだらハコになるはずなのに。そう言っていたのに。あの少女の血の匂いもしたのに。
あの爽やかな匂いは、草の匂い? この木は?
他のも見なきゃ。
からくりのようなハコを何とか開ける。同じもの。同じ。同じ。全て同じものが入っている。木の枝のサイズと食器の割れ方が違うだけ。
5個開けても分からない。少女は死んでない? 箱の中に、びっしりと文字が書かれていただけ。
やっぱり、少女のハコを開けなければ分からない。
「ごめんね」
開ける。

血。花、彫り物、食器、石ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー指。
全て血濡れ。紅、紅、紅。匂いが混じり、吐き気を催す。固まりかけのデロンとした紅。中身は、人だった。
ーーーーー寂寥。孤独。恐怖。疑念。当惑。外は、不思議。

半年後、今度は少年が来た。人懐こかった。1人ではなくなった。彼は言葉を知らなかった。少女が私にしてくれたように、私のできる限りで言葉を教えてみた。人と交流したかっただけかもしれない。
結果、少しは覚えてくれた。それだけ。また、ハコになった。少女のハコはもう乾いている。また、あの匂いが漂う。
外は異常。
ハコは14個になった。

さらに半年後、2人目の少女が来た。名前があった。お落というらしい。彼女は外の人のように、喋れたし読めた。ハコを知っていた。ハコの文字を見せると読んでくれたし、字の読みを教えてくれた。
そんな彼女もハコになった。連れていかれる時、泣いていた。結局皆同じ匂いになる。外は苦手。
ハコは15個になった。

1年後、少年と少女、二人来た。初めて3人になった。でも彼らは自分の世界を持っていた。私と、一言も喋らなかった。馴れ合わなかった。私は1人だった。
少女が先に祭られた。彼らの世界は崩壊した。彼は、帰ってきた彼女を抱えて隅で寝た。無理やり縫い直した世界で安心しようとしている様に見えた。
次の日、男の子は死んだ。
少女のハコを抱えて、舌を噛んで死んだ。食事の人に言うと、外から男が来て、雑に掴んで戻っていった。
私は、遠巻きにそれを見ているだけだった。永遠にあの二人は同じ世界に居られなくなった。
また1人。外は嫌い。

1年後、少女が来た。
とても、綺麗な顔立ちだった。冷静だった。私よりも年上。この子もどうせ殺される。話して仲良くなっていいものだろうか。
入ってくる時に、静かに会釈をして入って来た。とても大人びていた。
「ねぇ、こんハコは何じゃ?」
数日過ごしたある日、彼女から話しかけてきた。最初の少女を思い出す。
「あなたや私の成れの果て」
「……そう。あんたん時ゃどげんくらいハコになったんじゃ?」
「4人」
「周期は?」
「半年から、1年」
「……それで4人っちゅうこたぁ、飢饉で子供ば少なかって、あんたが生きた最初の数年は、適齢ん子がおらんかったんじゃろうな。今になって沢山来た言うとこじゃろ」
良く外のことを知っている。
外は嫌い。
「うちは16個目っちゅうことじゃな。はてさて、誰呪う羽目ばなんのじゃろうな」
「呪い?」
「なんじゃ知らんのか。こんハコは周りん村呪うために作っとるんじゃ。祭りと銘打ってここから贄を出す。うちらは周りから疎まれちょるけぇの。呪詛の言挙げまでは知らんのじゃけど……」
他にも村があるの? その為だけに、あの子たちは殺されたの? 疎まれているから報復のために?

その後も、色々な話をしてくれた。
話し方に、私の呼び方に、何処と無く懐かしさを感じる。どうやら、他の村から来た子供だったらしい。村八分と言うやつを受け、こちらの村に逃げてきたということだった。よく分からない。
そして、とうとう彼女に食事が出なくなった。
「とうとうじゃの。立場が変われば思想も変わる。人は集団になればどんな惨いことも出来てしまう。最期に話せたのがあんたでよかった」
「怖くはない?」
「ぶち怖かね。じゃけえ、痛ければ、思い切り泣き叫ぼうかの。あんたにも聞こえるようにな」
そう言ってコロコロ笑った。
「そろそろかの。ほいじゃ、しばしのお別れじゃね。置き土産と言っちゃぁなんじゃが、名前でもつけちゃろうか。……お幸。おさちじゃ。うちの名前はおこう。同じ字じゃね。うちはうちの名前を気に入っとるけぇ。大事にしちょってな」

男達が入って来て、面を被せようとする。
「うちでつけれるけぇ。歩けもする。余計な手ぇ出さんとってぇな」
そう言うと男から面を奪って勝手に歩き始めた。
太鼓の音が鳴る。

太鼓の中に、お幸の悲鳴が混じる。耳を塞ぎたくなるような声。
私のいる村は、周りの村から疎まれた。故に報復をする。疎まれたから報復するのに、村の中で疎んできた物を使う。それが私たち忌み子。自分たちも、結局は更に下のものを作って疎む。何も変わらない。

弱者は、知恵と団結力で強者に打ち勝ってきたらしい。弱者がいま、強者を喰わんとしているなら、そのさらに弱者である我々に喰われるのも道理だろう。
ーーーーー立場が変われば思想も変わる。まさにその通りだと思う。
お幸(おこう)が知らなかった呪詛を、お幸(おさち)は知っている。彼女(おこう)にできなかった事を、私(おさち)はできる。
積まれた箱を見て思う。つまらない争い事の為に殺されたこの子たちを報えるか。
ーーーーーできるだろう。
私は争いの調停なんて出来ない。そもそもそんな表面の解決策が通用するような問題ではないだろう。私が選べるのは、全てなかった事にする事だけ。外の人も、物も、私達も。
覚悟は決めた。

「そりゃぁここに積め。傾けるでねぇぞ。落としなんてしたらおめぇの首も落ちるけぇの」
「次はおめぇじゃ。そろそろええ歳じゃけえな。村んためにたま捧げられんのじゃ。げに名誉なことじゃの」
好き勝手言うものだ。集団は怖い。

男共は去り、1人になった。寂しくはない。外は要らない。私の周りには、あの子たちが居る。まだ中身の新しい、お幸のハコを抱えて、私は思う。

最期まで世話しちょってくれたんにごめんね。
折角教えてくれた声なんにごめんね。
もっと楽しく過ごせんでごめんね。
折角くれた文字なんにごめんね。
二人一緒に助けられんでごめんね。
折角くれた名前じゃけど、死んでまうかもしれん。ごめんねお幸。

全て、こんなことにしか使えなかったけどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
言葉一つを静かに紡ぐ。決して上手くはないけど、噛み締めるように。

『陽は昇り
朝な夕なに咲く命
揺れて踊りて囁くる
常と霞のからせり[辛セリ ドクゼリ]は
我ら村ぞの魂と
一つ孤独は村ども孤独
我ら御魂の安らぎを
我ら悲願は彼方より
虐げ続く黒玉目
周りとに厄の降るように
我らに益の降るように
見果てぬ思ひは魂に込め
縁を綾して廻りけり
気枯れし御魂は身を捧げ
水子蛭子を贄として
怨を導き結ばれと
思ひ請れば確と消え
言霊呼びて結い繋ぐ
言祝ぎ紡ぐは我らの無情
我らと縁に祝福を
此度の怨に祝福を』

ーーーーーーーーーー何処からか悲鳴が聞こえる。あぁ、そうか。怨を結べたのか。
「ごめんなさい」
突如隣から声が聞こえた。
「本当に……ごめんなさい」
木枠にもたれ掛かり苦しそうに呟くのは、食事の人だった。
私は目を向けただけで何も言わない。死んでいない私には、文句を言う資格はない。
見つめていると、食事の人は体を引き摺って、外へ出ていった。
捻じ切れた足を置いて。

ーーーーー最後の悲鳴が消えた。
周りの箱から、何かが出てきて、私の指に、腕に、足に、腰に、首に……巻き付き始める。
指に足に腰に、激痛を感じ始めた。
「これはあなた達の救済? それとも、私の恨んだ人達の苦しみ? 私はどちらに逝けるんじゃろね」
どちらにせよ、これで終わり。
怨結びはもう終わり。

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