光 保留[要改稿]
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音沙汰の無い通信端末を握りしめる。
用事で来ただけだったのに。なぜ私は地下鉄駅内に閉じ込められているの? よりによって千代田線国会議事堂前。東京メトロの最深部。


時は2017年12月17日
日本の首都、東京。
ヴェールが捲られた1998年以降、急速な技術革新によって自然を制し、支配した人類を体現するかのように、一昔前の常識を嘲笑うかのような摩天楼が所狭しとそびえ立つ東京。災害大国の名を克服した日本。
東京は今も、世界有数の巨大都市だった。横への広がりが限界を迎え、今や縦に縦に、と生活範囲は広がり続けた。
しかし、災害の恐怖と無縁になって人々は慢心していた。
1998年以前からエージェントとして財団に所属している私も、異常現象を手に負えない脅威として認識していた私もきっと、この数年間のうちに慢心していたのだろう。
幸か不幸か、長い間SCPに対処してきた経験から、巻き込まれる前に素早く地下には逃げ込めたのだが、なぜよりによってここなのか。まぁ、上の惨状を想像してみたら地下深くの方が安全ではあるけれど。今頃地表は鉄の豪雨でボコボコだろうし。
私は自分の不運を恨みながら、先ほどの光景に思いを巡らせてみる。

電気が溶ける。ビルが捩れて崩れ、1地区丸ごと空から降ってくる。人が松明になって、地面になる。その地面からは鉄骨やら車やらが生えてくる。
一瞬の光景。でも全て記憶に焼き付いた。
幸運にも近くの地下鉄駅に滑り込めて、最下層まで降り、所属サイトに連絡を入れようとしても応答なし。
それでも、財団職員として、異常から人を守る仕事として、混乱した秩序を正して一応の統率を執った。


「まだサイトから連絡つきませんか? ののさん」

横に立っていた女性が、半ば諦めた口調で聞いてきた。駅内で知り合った他サイトの財団エージェント・柱だった。私の苗字は野々田だが、この人は初対面のくせにののさんと呼ぶ。

「えぇ……そうね。この分だと通信系統から何から寸断されてるみたい」

事が起こってから1時間経っている。
有線電話も試したが駄目だったので、本格的に隔絶した空間という事か。

「って事は籠城みたいなもんですよね。……水はなぜか出ますけど、食料が無いですよ。一般人全員分の食料もままなりません」
「駅ナカの食料は全て確認したけど、明日すら持つか怪しいわね。要人用シェルター替わりになる駅とかいう都市伝説を言ったやつはどこの誰よ。食料スッカスカじゃない」

乾パンぐらい用意していてもいいのに。
どうやら備蓄は地上部分で全て飛んだらしい。

「守るべき要人は上で蒸発しましたしね。……ていうか、財団職員が3人もいたのは奇跡なんじゃないですか?」
「他の駅でもここと同じような状況でしょうけど、いるといないとじゃ大違いなのは確かね。しかも男手」
「私達も、あそこまでタフにはなれないですしね……」

しみじみと柱が呟きながら見つめる先には、きびきびと一般人に指示を出している壮年の男性。エージェント・守永というらしい。

今、私達は、一般人の居住区の割り当てをしていた。案内と指示は守永に任せ、私と柱は居住区指定と区割り。いくら財団職員といえど、所詮肩書がついて少し心得のある一般人。何かしていなければ不安なのだ。

無論、外に出る試みもあったが、私たちは早々に断念した。私達が止めても外に出た人は、何らかの奇跡論的現象で蒸発したり、燃えたり、影になったりしているだろう。地表からの衝撃が大きすぎて早々にみんな引き返していたし。
それもあってか、今は皆大人しくしている。……それでも、あと何日持つか。

「ここに籠るのも無理なら、どうにかして異常現象の範囲外に出なきゃならないんだけど、なんか方法ある?」

何度目になるかわからない問い。

「線路に沿って安全なところまで行くくらいしかないです。まぁ、一般人全員で、定期的に電車の走るトンネルを歩けるかは別として、ですけど」

そう。問題はそこなのだ。エージェント3人であればおそらくその問題はどうとでもなる。……うん。何とかなるはず。
しかし、SCP財団が公の組織となった今、一般人を見捨てていくのはまずい。単純に私が見捨てたくないというのもあるが。
それでもこの現状を、サイト及び財団本部に伝えるためには早く異常範囲外に出なければならないのも確かだった。

「人が多すぎる……。溜池山王からの流入も合わせて200人は超えるわ」

 実にならない会話を幾度となく交わしていると、居住区割り振りをし終わった守永が戻ってくる。

「大体、なんで地下鉄は影響を受けてないんでしょうか。奇跡論に基づいて設計されているんです。何らかの干渉はあって然るべきでは? 現に携帯端末はおしゃかです」

確かに。なぜか地下はそこまで現実性が崩壊していない。何故か走り続ける電車は、停車する癖に何故かドアが開かないのか、地上に出ているはずなのに影響を受けない理由など、謎が多い。
ならば、とばかりに車両をよじ登って運ばれていった人の行方は知れない。

「車両が走ってるんじゃ、ろくに線路も歩けません。避けるべき時に避けられる保証が無いですよ。遅かれ早かれ決断しなければ。野々田さん」

守永が決断を迫る。

「不本意ですけど、生還率と上層部への状況報告の優先度から考えれば、一般人がこの場にいない今が最適です」

 柱も控えめに、見切りをつけろ、と促してきた。

分かっている。無理な事を、希望的観測すら持ちえない事を、いつまでも考えて迷っている暇など無い事は。

……暫く思案して、手元に広げた路線図やら工事設計図やらに目を通す。
……これは?
書類の一つに目が止まった。

「2人で行って。私は残るわ」
「……正気ですか!? ここに残っても何にもなりませんよ?」
「大量の一般人は残る」
「……で、でも」
「私はね、昔の財団の理念を大事にしてるの。『人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』ってね」

2人は真剣な顔で聞いてくれた。

「私たちは、財団が暗闇で働いていた頃の人間だから、こういう役回りの方が身に合ってるのよ。でもあなたたちは違う。光の下に正常性維持を担う財団に就職したのだから、貴方達は地上に光明を齎してあげて」

……まぁ、私が残りたいのは、わがままだけど。どうしても私は一般人を見捨てられないみたいだ。救出が絶望的なことへの責任の所在も作らなければならないしね。

「……あなたの言い分はわかりました。ですが、まだはっきりしない異常範囲や、外の状況、生還率を上げるためには数は多い方が良い」

答えずに話を続ける。

「……これからいう事を頭に叩き込んで」
「野々田さん! 話はまだ」
「いい? 私がここに潜る前に見た光景ではね、そこまで遠くの建造物は崩壊してなかったように見えたわ。……異常範囲がまだ都内のみと仮定した場合の話よ。今も広がり続けているかもしれないし」

守永が口をつぐんだのを見て話を再開する。

「都内地下鉄圏で都外に出られる駅は、東西線の浦安から西船橋。都営新宿線の本八幡。有楽町線、副都心線和光市駅の八駅だけ。ここまで行けば助かるかもしれないわ」
「でもののさん。地下鉄って言っても、地上に出る路線がほとんどですよ? 地上には出られないんじゃ」
「そうね。東西線は、南砂町から露出しているからダメ。都営新宿線は東大島から船堀が露出してる。でも、有楽町線だけは地下鉄成増と和光市駅の間から地上に露出するの」
「ダメじゃないですか、ののさんの案」
「ちなみに和光ら辺はまだ戸建住宅外とかが多いから……都心よりはマシでしょう。多分」
「地上露出地点と、都外までの距離は?」
「流石、守永さん。ちなみに200メートル何秒?」
「昔とはいろいろ違いますからね。補助具が正常に働けば16秒程度、働かなければ20秒程度でしょうか」
「うわっ。補助無くても早……」
「運ね……分かった。柱さんもできる限り頑張る方向でね」
「……善処します」

顔は引きつっていたが、そんな表情が出来るのは、心に余裕のある証拠だろう。

「我ながら、なんの捻りも無くて、ドラマチックさやインパクトの欠けらも無いつまらない脱出案ね。でも現状これしか思いつかないわ」

こんな不確定要素だらけの案でも彼らがここで死ぬよりは価値がある。
本題に入ろう。

「じゃあまずは─────────。


「守永さん、ののさんを置いていって良かったんですか?」

トンネルの空洞に、私の声が反響する。
冷たい壁を頼りにして、電気の消えたトンネル内を歩いた。守永は時々止まって壁を見回す。

「自分が残る選択をしたんです。あの人はきっと、てこでも動きませんでしたよ。……昔の財団は、あんな人のいた組織でしたかね」

守永が呟くように行った。
強い人だった。あのまま、暗闇に埋もれるには惜しいほどに。

「そういえば、この前電車によじ登って運ばれていった人はどうなったんでしょうか?」
「さぁ? 私には分かりかねます。ただ、私たちが無事に歩けているということは、もしかしたら助かっているかもしれませんね。もしくは案外、霞ヶ関辺りに居るかもしれませんよ」
「……そろそろ霞ヶ関ですかね」
「……えぇ。そのようです。私は天道の会呪殺騒動以来ですが……」

異臭。鉄? 違う。血の匂いだ。なにやら大勢が言い争う声もする。

「柱さん、慎重に。別に私たちがホームに行く必要は無いはずです」
「そ、そうね。えぇ、気にしないことにする」

暫くあたりを見回していた守永は、奥を見つめて呟いた。

「あそこですか」

一番奥のレールが暗い穴に続いている。


─────────いい? あなた達は霞ヶ関駅に向かって」

広げた路線図を指さしながら、ののさんはルートを伝えた。

「それでどうするんです? 和光とは逆方向ですよ」
「霞ヶ関駅から、桜田門駅に移動して。」
「「……はい?」」

間抜けな声がハモる。ののさんは弧を描くように、霞ヶ関駅から桜田門駅の何も無い空間に指を滑らせた。

「いや、地下乗り換え出来ないですよそれ」

私が思わず突っ込むと、ニコッと笑ってののさんは続けた。

「ここにね、8、9号連絡側線ってのがあるのよ。どうやら電車が電気で走っていた頃の名残みたいね。検査工場へ有楽町線から車両を引き込む路線だったらしいわ」


これが、ののさんの言っていた短縮路。

いざそちら側に行こうとした時トンネルが振動し始めた。奥から光が迫る。

「伏せましょう」

頭上を何本目かの轟音が通過した。ホームから停車音が響く。それに悲鳴と歓声も。

「行きましょうか」

何でも無いように、守永は淡々と歩みを進めた。
私はホームが見えなくなった頃に口を開く。
不思議なことに、霞ヶ関の人々の声はもう聞こえない。

「……守永さん」
「なんでしょう」
「……ののさんの……野々田さんの護ろうとしていた人達がアレですか」
「……人種面で言えばそうですね」
「ののさんは無事でしょうか。隣駅がこうなら、議事堂前も……」
「どうなろうと、死ぬ日が早まるだけでしょう。あの人はどうせあそこで死ぬつもりですよ。全員救えないから、と。彼らを救えない罪の意識でしょうかね」
「それでも」
「ののさんが居なければもっと早くああなっていたかもしれません」

守永は、語気を強めて会話を遮る。
そして静かに話し出した。

「私だって思うところが無いわけじゃないです。あの人はそれこそ今の財団にも必要な存在ですから。でも、私もあの人の信念に口を出す権利も義務もないですからね」

寂しそうに呟いた。

「暗闇に生きたあの人は、暗闇に死ぬ道を選んだんです。なら、光に生きていた貴方は、光の元で死ななければならないでしょう?」

守永がそう言い終わった頃、私達はとうとう有楽町駅に合流した。ホームドアの向こうにはおそらくそれなりの人がいるはずだ。

「左ですね。永田町駅は、ホーム下を通りましょうか」
「そうですね。見つからないのが最優先です。面倒なことになりそうですし」

だから、ののさんはホームに上がらないで路線を跨げる道を提示したのだろうし。

段々と会話が少なくなってくるころ、駅のホームが見えてきた。
私達は再び屈んでホーム下、退避スペースを通る。どうやらここでは、自治のようなものが取られ始めているようだった。

麹町は静かで、市ヶ谷も似たり寄ったり。飯田橋は、人は多く居そうなものの、沈んだ空気が漂っていた。食料が乏しいだとか聞こえてくる。

江戸川橋、護国寺、東池袋の治安もそこまで荒れてはおらず、難なく通過。

問題は、池袋だった。治安は最悪。人が多すぎるのだ。人が多ければ意見も割れる。人種も様々。AFCらしき人達もいるようだった。極めつけには線路上の血。先程1名突き落とされて目の前で轢かれた名残。

一部始終を、息を殺して見ていた。バレる訳にはいかなかった。被害者はおそらく財団職員。集団を纏めあげようとしてヘイトを買ったようだった。ホーム上からは職員に対する罵声。地獄だった。


何とか池袋を抜け、小竹向原を過ぎたときだった。

「……は?」

守永の間抜けな声が聞こえて横を見る。
後ろを見詰めて動かない守永。
私も後ろに視線をやった。

ついさっき通り過ぎた小竹向原は、はるか後方にあった。

「不味いです……。時空が引き延ばされたらしい」
「つまり……?」
「上の異常範囲がここまで迫っているか、若しくは異常性が活発化してきている可能性があります」

暫く歩きながら思案していた守永が、私に提案してきた。

「駅に停車した車両の屋根に乗って行きましょう。氷川台駅に停車した車両の最後尾から乗ります。タイミングを逃さないでください」

私は頷くしか無かった。この後の展開は分からない。歩いて行けば、地上に出る前に立ち止まれるが、乗ったらなすがままだ。

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数分後、ダイヤぴったりに車両が到着。私たちの乗車は危なげなく完了した。上に上がってきてからというもの、衝撃音や異音は小さく絶え間なく続いている。

「……あぁ、最期に1つだけ。私はGOCの人間です。それもヴェール崩壊以前からの」

走る車両の上で守永が言った。

「そうなんですか」
「私も暗闇を生きてきたわけですから、もしかしたらそろそろお別れかもしれませんね。そう相場は決まってるんですよ。闇は闇らしく、あなたの支援に徹しようと思います。まぁそうなったらこの経験と光明はあなたに託しますよ。今の財団にね」

前を見続けて森永が言う。

「……今の?」
「昔はライバル関係だったんで、あまりそりが合わなかったんですよ。ついでにGOCに私の功績と如何にして死んだかを伝えておいてくれたら有難いですね。誇張をお願いしますよ!」

あぁ、なるほど。この人もののさんと同じか。

「分かりました。それはもう、未来永劫名が残るくらいもりもりに盛ってあげます」

生きて出れたら。という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
後ろの方で何かが蠢く音もする。車体も揺れるようになってきた。

地下鉄成増を過ぎる。
上の衝撃音が大きくなり、走行音の反響が変わる。そろそろだ。私たちの運命が決まるのは。

光が近づく。



東京事変。
地下でそれぞれの役割を全うする職員達の物語。暗闇あっての光。影の支えがあっての明るい今を、その一幕を。


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