【Tale】ミエズトモ、マエニユケ。

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 今は昼なのか、夜なのか、私にはわからない。ただ森の空に広がる満点の星空に埋もれて、自分の姿さえ、もはやその星にかき消されていく。消えゆく姉の姿を、もう捉えることが出来ない。この森はどこなのだろう。自分を囲う美しい大木は、もはや私をあざ笑うかのようにペンキで塗りたくったかのような景色をずっと私に見せてくる。まどろみ、崩れゆく自分の足をただ一つの思いが引っ張ってゆく。上から時々目に映る目障りな星々は私を応援しているのか邪魔しているのか、もう見たくなくなってくる。
 あれからどれほど歩いただろう、あれから何時間歩いただろう。もう足の感覚すらないし、空は全く変わらない景色を私に見せている。ふと、遠くに何かが見えた気がした。気のせいでも良かった。ただ少し休める場所がほしかった。今思えば、木の下で横になっても良かったのかもしれない。でもきっとそれだったら、これから起こる出来事は全て起こらなかっただろう。


 目の前に何かが見えてきた。それは、果たして本物なのか、それとも幻なのか。もはや考える余裕すらない。足を引きずって唯一の希望へと歩いていく。先程まで遠くに見えていた建物はもう目の前にあった。もう誰も住んでいないようだ。中に入ると、そこには蜘蛛の巣とただ使い古されたものばかり。ここで何かがあったのだろうか。いや、私はとにかくこの場に来れたことに感謝していた。外に見えていたあの星々はこの中にいてもなお私を見てくる。窓だ。そこから見る景色はもはや地球に存在するのかと疑問になるほどだった。周りには先程同様木々があり、その奥は、また木々だ。近くに何も無いのに、こんな辺境の地に誰がこの施設を作ったのだろう。そして私は、ふと思ったのだ。私は誰だと。今覚えば、どうしてここに来たのか、…それは姉を追ってだ。でも、肝心の私がわからない。年齢、性別…はわかるが。そして名前。なぜか思い出せない。目の前にある記憶はすぐに濃い霧の中へと逃げていく。頭が痛い。なにか肝心なものが離れなていく感覚だ。ふと、私の目の前を誰かが通った気がした。「お姉ちゃん!」私はすぐにその姿が自分の姉だとわかった。急いで追いかけていく。そして、姉は私にこういったのだ。「またいつか山菜を取りに行きたいね。」と。その瞬間、全てを思い出したのだ。名前も、年齢もそして何より私と姉は山菜を取るために山梨県南アルプス市に来たこと。「見えずとも、空を見よ。そして前に行け。そうすればいずれまた山菜を取りにいけるよ。きっといつか。」姉の言葉が頭を通っていった。そして、空にあった星々が一つ光った。


 機械音が聞こえる。ここは、どこ。「…….!」誰かの声が聞こえる。「….さん!….さん!」だんだんはっきり聞こえるようになってきた。目をうっすらと開ける。そこには見覚えのない人がいる。ナース…?どうして。「裕子さん!よかった。目が覚めたのね。先生!せんせーい!」走っていってしまった。私はわけもわからないまま目を丸くしていただろう。しばらくして来た医者にこう言われたのだ。「よかった。無事だったんですね。山の小屋の中で倒れているところを保護されたんですよ。」え…?私は先程まで見ていた景色を再び思い出す。そしてあれを思い出した。「お姉ちゃんは?!お姉ちゃんはどこ?!」私はまるで小さいこどもが駄々をこねるように言っていたかもしれない。医者は少し戸惑いながらもこういった。「裕子さんのお姉さんですが、見つかりませんでした。」「え。」私は、ショックで言葉が出なかった。姉は私を救うために救急車を読んだものの、その後行方がわからなくなってしまったのだ。私は泣き続けた、病室でただ一人受け入れられない現実に背を向けたかった。多分朝からずっと泣いていたのだろうが、気がつけばもう夜になっていた。私はふと顔を上げた。そこには大きな窓があり、その奥に星々が輝いていた。そして私は悟ったのだ。姉は星になったのだ。夜に輝ける星になったのだ。昼は決して見えないけれど、夜になると必ず出会える。そして胸にこの言葉を抱いた。「見えずとも、空を見よ。そして前に行け。」

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