予感と言うのは当たるものだ、といつか誰かが言っていた。病は気からという言葉があるように、現実改変なんか使わなくても未来は変わってしまう。それが事実なら、恐らく今日はろくなことがない。
「痛った…」
布団を体に纏うようにしてベッドから転げ落ちた。目覚めからしてこれである。ベッドから落ちること自体は割とあるのかもしれないが、自分は寝相も良い方だと自認していたしこんな事は初めてだ。何となくは嫌な予感がしていたが、そんな理由で財団が休ませてくれるはずもない。たとえ新米の一補助員であろうとも。
いっそ朝に卵を焼くときに火傷でもして「実験の手伝いが出来ませんね!」とでもなってくれた方がマシなのかもしれないが昔から料理はしていたおかげでしっかり美味しそうな目玉焼きが出来上がった。実際美味かった。
そこでさっきの言葉を思い出したのだ。そうだ、俺は今日も何もなく財団の中で運良く平和な一日を過ごすのだ。しかし全くと言っていい程頭から離れない。定められた運命とでも言いたいのだろうか。エージェントでもない職員の部屋には記憶処理剤なんざ常備されていないしそもそもこんな短時間の記憶だけをピンポイントで消せる処理剤など恐らく無い。
小さな溜息と共に諦めとも言う覚悟を決める。俺がサイトの無駄に硬い机の角に足をぶつけるくらいなら良いのだが…やはり良くない。
「少し失礼するよ。」
白衣の上司は靴音をやけに大きく響かせて遠ざかって行く。早めに昼飯を済ませた俺が代わりに監視カメラ越しに収容チャンパーの中を直視する。今日はこの監視以外に特段普段と異なる仕事はなく、だからこそ余計に不安だった。目の前のオブジェクトは収容違反を起こしそうな姿には見えないが、見た目に騙されてはいけない様なオブジェクトなど星の数ほど存在する。気を引き締めて目を開け直した。
その時、オブジェクトの見た目が揺らぎ始めた。オブジェクトの性質だと知っていればどうと言うことはない、変化が終わったのを確認し次第記録しよう。
変化した後の形はキャラクターの様な形で、財団で無ければ着ぐるみだと認識される様な姿だった。特に脅威になりそうでも無く、先程あれほど見た目で判断するなと自分に言っていたのに安堵する。気持ちの余裕は大切だ。レポートにメモを始める。
次の瞬間、オブジェクトはケージを開けていた。正確には開けるまでには少し時間があったが、状況を理解出来ず一瞬の様に感じただけだった。カメラ越しだが目の前でオブジェクトが脱走しようとしているのは事実である。
理解が追いついていない。まずは状況を理解して、記録をして、いや先に誰かを呼んで
そんなことを考えているうちにオブジェクトはケージどころかチャンパーからも脱出している。取り敢えず博士に連絡をする事にした。
「どうかしたのかい?」
若干声が詰まっているあたり昼食の最中なのだろう。博士には悪いが今は緊急なのだ、事の重大さは理解してくれるだろう。
「収容違反です。オブジェクトが脱走しました。
「すぐ向かう、今オブジェクトは?」
「チャンパーの出入り口とは反対側の壁に穴を開けて逃走しました。」
「了解、そっちに向かってくれ。」
「はい。」
開けられた穴に向かって走り出す。事務仕事のせいで昔より足が遅くなっているのが悔しい。オブジェクトの姿はもうどこにも見えない。弁明のしようもない、完全な収容違反である。扉にたどり着いた時そこにあったのはただの四角の穴だったが、それが俺のミスの産物であるような気がして見ていられなかった。
博士の食堂から扉へ来るまでの道はこっちの一本。扉も見たくは無いし、早く状況を伝えられた方が良いだろう。もはや早く動け、と念じる元気も無いが足を精一杯動かす。少し走るとすぐに博士が見えてきた。
「状況は?」
「オブジェクトが壁に穴を開け脱走、見失いました。」
博士は少し頭を掻くといきなり「出来ること無えな。」と言い捨てた。
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- portal:6856613 (20 Sep 2020 02:05)