緑に魅せられて

現在このページの批評は中断しています。

評価: 0+x
blank.png

1945年10月12日
戦争は終わった。しかし俺たちは数多の消費に疲弊しきっていた。いつになったら満足食えるようになるんだろうと考えていた。そんなある日のことだった。いつものように瓦礫にまみれた道を歩いていると、俺は軍服姿の若い男を見た。どこかの戦場から戻ってきたんだと思う。俺は足が悪くて戦地へ赴くことはなかった。なのに青年は地獄の中を生き延び、この祖国へと戻ってきた。青年は俺の方を見る。その若草のような穢れのない緑の瞳は今まで見たことないくらい鮮烈だった。俺はあの男を永遠に忘れないし、そんなことできない。

先日、祖父が亡くなりました。サイト管理者にそう告げる。お悔やみの言葉が返ってくるが、私が欲しいものはそんなものではない。私にとっていま最も重要なのはその祖父の日記の中に残っていた"異常存在"と思われるものへの言及だ。日記自体に異常性がないのは既に確認している。私は前置きを済ませたので、その本題へと入った。

1951年6月27日
今日はアンナと買い物に行った。彼女がアップルパイを作りたいというので、新鮮なリンゴをたんと買っていくことにした。彼女の作るアップルパイはとても美味しい。こういうささやかな幸せが、俺に生きる気力をくれている。それに今日は少し珍しいものを見た。終戦の数か月後に見た軍服に緑の目の青年、俺はその人と再び相まみえた。流石に今回は軍服姿ではなかったが、上等そうな真っ白なシャツを身に着けていた。貴族とかの出かもしれない。彼の眼はやはり印象的であった。見るものを異様に惹きつける、美しい緑。その輝きは、六年前と変わりなかった。

この前の長期休暇のことだ。私は祖父の家で遺品生理を行っていた。家族が大半は済ませてくれていたので、私は何か欲しいものをもらっていけばいいというだけだったが。

またこの男か。私はため息をつきそうになる。日記内にめったに他人は出てこない。しかしながらこの人物は何度もこの日記に登場している。だが、祖父の家の遺品整理をしていたら日記が出てきたと勝手に読む孫の私も私であると思う。それにしても六年前にちらりと見ただけの男をよくも覚えていたものだ。私であれば出会ったという記憶すら覚えていないかもしれない。それがどんなイケメンでもだ。これだけならまだ祖父が異様に記憶力のある男なのだなと思っておしまいだ。しかし、私もこの"緑眼の男"を無視できなくなったのは、装丁がこれまでのものと日記に目を通してからだ。

1965年3月14日
世の中ではベトナムにアメリカが本格的に介入したという話で持ち切りだ。戦争が終わって今年は二十年目の節目、しかし世の中は何も変わっちゃいない。去年はオリンピックの年というのに、平和は遠のくばかりだ。それはともかく、今日は子ども達とアンナと共に近所の公園付近を散歩した。街路樹の枯葉の舞う、冷たい風の肌に刺さる感触も悪くない。にしても、子供というのは元気なもので、まだ寒さも残るこの季節でも元気に走りまわっていた。通行人の方にぶつかってしまうくらいに。私とアンナも急いで謝ったが、その相手は、件の緑色の印象的な目の男だった。もう初めて彼を見た時から二十年が経過しようとしている。私もそれなりに年をとった。別に後悔はしていない。だが私の目の前の男は、二十年前から何一つ変わっていなかった。子ども達の心配もしてくれて、彼らにキャンディをくれたが、私の中の疑問はおさまりを見せない。

ここで正常性バイアスがかかれば、普通に人違いや、最初に見た男の兄弟や息子ではないかという可能性を一番に考えるのだろう。しかし私も、やはり彼の孫なのだろう、彼と同じことを考えてしまった。おそらくこの男は少なくともこの日記の二十年間、歳をとってはいない。きっと何世紀も前からだ、そうに決まっている。確たる証拠はないが、祖父が言うのだからそうでない筈がない。それに祖父はオカルトなんて一切信じなかった。子供たちの間ではやっている怪談話を教えても、ありえないと一蹴するほどに。それもあって、私は"件の男"に関連する箇所を徹底的に探した。祖父はその生を終えるまでに何度その強烈な緑に魅せられたのか。好奇心はそのこと一色に支配された。

1988年2月1日
アンナは私との結婚を経て、幸せになってくれたのだろうか。もう彼女がこの世を去って一年になろうというのに、未だに分からない。最後に病室で握った彼女の手。あのぬくもりは病院のやきつくような消毒の匂いと共に今でも鮮明に思い出せる。また彼女の作ったアップルパイはとても美味しかった。自分でも作れはしないかといろいろ試してみたが、何度彼女の書いたレシピ通りに作っても、何かが足りない。独身時代に料理の経験はあったから、料理が苦手ではない筈なのに。今日一人で林檎を買いに行くと、件の男を久しぶりに見たよ。老いて亡くなったアンナや、彼女を失い失意のままに生きる私とは裏腹に、まさに赤く艶のある林檎のように若い青年のままの彼が。彼も何か甘いものでも作るのか、砂糖を買っているのが見えた。今までの中で、彼に嫉妬したことはない。しかし、今日は初めて、彼を恨みそうになってしまった。

アンナ、私の祖母が亡くなった日、私も鮮明に覚えている。いつも優しくて、笑顔を絶やさない人だった。確かに彼女の作るアップルパイはすっごく甘いけど、ほんの少し酸っぱさも含んだ、特別な味だった。お菓子作りは私も好きだが、あの味を再現できる気がしない。にしてもこの頃だっただろうか。まだ少女だった私と祖父の間に埋まらなかった軋轢が生まれたのは。

一旦日記から目を離して、祖父がまだ少年だった私の父を連れてよく訪れていたという公園に来てみた。このあたりでもあの男を見たらしい。まだ木枯らしの寒い季節だ。思わず吐いた息も白く色づいている。雪でも降ってくるかもしれない。冬、生命のない季節。おばあちゃんが死んだのも、そんな季節、祖父が抜け殻のようになって私や父に冷たく接するようになったのもそんな季節だ。でも祖父は緑のジェラシーでいっぱいだったんだろうな、なんて思える。燃えるような炎は熱すぎて、私たちには近づけなかったんだと思う。それに、その炎は人には見えない、透明なんだ。それだから、私たちには祖父が冷たく見えた。たったそれだけのことだったのさ。

ひゅう、と冷たい風がコートの隙間に食い込んでくる。一人思考にふけっているなという自然からのお達しだろうか?なんて考えて、私は祖父の暮らしていた家へと駆けこんだ。

1995年9月6日
本日はロンドンまで出かけてみることにした。とても久しぶりの訪問だ。アンナが生きていたころは買い物に出かけたり、時には子ども達を連れて行ったりしたこともあった。孫と一緒に行きたい思いもあるが、一度冷たく接してしまった彼らにどう話したらいいのか分からない。臆病風に吹かれて、今日も一人だ。と、風に吹かれるままに歩いていると、残念ながら道に迷ってしまった。うろたえるばかりであった私に声をかけてきたのが、緑眼の男だった。私は声を上げそうになるのを必死で抑え込んだよ。だが、改めて間近でその眼を見てみると、どんなエメラルドでも敵わないほどに美しい緑だった。それに彼は紳士的で、教養に富んでいる。楽しいロンドン観光になったし、目的地までたどり着くこともできた。彼には感謝しかない。七年前の嫉妬なんて嘘のようだ。

おお、と思わず声をあげてしまった。毛布を肩から掛け、暖かいストーブにあたりながら、私は祖父と男の交流を祝福した。子どもがぶつかったときに話したことはあろうと、男の方が祖父を認識したのはこの瞬間に限るだろう。彼と祖父はここから交流はあったのだろうか。その答えを得るべくして、私は日記をぱらぱらとめくっていった。

2000年1月28日、そう書かれた日記が目に留まる。祖父が入院することになる一か月前だ。例の男の記述があったのもそうだが、半ば好奇心から、私は日記を読み進めた。

2000年1月28日
冬は好きかもしれない。静かで、どこか寂しげな風たちが、心を落ち着かせてくれる。他の季節も美しいが、あの輝きは今の私にはすでに強すぎる。特に用事もないのに訪れる公園。アンナや子ども達との日々を思い出させてくれるその場所に、今日は先客がいた。もう何度その姿を見たことか、あの男だ。彼は私を覚えていたらしく、ロンドンの、なんて驚いていた。話を聞くと、かつてはこのあたりで暮らしていたが、今は別荘として冬の時期に訪れているらしい。肝心なことは聞けなかったが、久しぶりに楽しい時間だった。そうして、彼と私は違うのだと理解した。もう何も執着はない。

"違う"という言葉は一体何を意味しているのだろうか?祖父と彼は異なる人間であるというのは当たり前でも、他人と自分との違いというものを忘れてしまう、なんてことは私にもよくある。普通この意味で使われることが他人との関係における違うだと思っているが、私にはこの違うは別の使い方をされているように見えた。"人間と緑眼の男が生物学的に違う生き物である"そう物語っているように。それに日記に書かれている情報からしても彼に何らかの異常性があるのは明らかな話である、そう考え、私はサイト管理者にこの話を持ち込むことを決心したのだ。

「話の内容は分かったけれど、それだけで何らかの異常存在であると考えるのは時期尚早じゃないか?その男が同一人物である保証はないだろう。家族や兄弟ならよく似ると思うし、緑色の目の人はそうそういない、単に印象にのこっているだけで実際見かけたのは毎回他人かもしれない。日記の内容は見せてもらったけど、唯一同一人物と確認できるのは一九九五年と二〇〇〇年の人物。しかし五年で人は簡単に変わらない。変わってないように見えても仕方ないんじゃあないか?少なくとも、その男の同一性が確認できなければ、なんとも言えないな」

サイト管理者の男はそう言って祖父の日記を丁寧に紙袋に入れて返却してくる。祖父の人生にここまで大きな影響を与え続けた男だ。同一性とかそういう話じゃない、そんな風に父と同じくらいの年齢のサイト管理者に言ってやりたいが、感情的になるのは吉ではない。それでも悔しさから唇をちぎる勢いで噛みつけてしまう。

「セラ・ローレンス研究員、君が優秀なのは承知しているし、この日記の件も無視できないと思ったから提出してくれたのも分かっている。だがね、私には君が疲れているように見えるよ。亡くなられたご祖父様のこともあるし、少し休暇をとったらどうだ。一応目撃情報に基づいてその人を探せないか考えてもいいし、君も一度休んでくれ」

私は短く返事をする。ここは一旦引いた方が得策だ。あのサイト管理官も絶対に思い直すだろうし、少なくとも彼の眼だけでも何らかの異常性を含んでいる可能性があることは、分かってくださるに違いない。すまないね、と管理官の砂の表面を軽くなぞるよな、うわべだけの声がした。

ロンドンの街中を通り過ぎる。バスが行き交い、多くの人々が歩いている様子は、さすが首都だと思い知らされてしまう。片田舎の小娘には少しばかり騒々しい。

「いてっ」

景色を見渡そうと立ち止まると、後ろから誰かに追突される。いきなり止まるのは都会ではマナー違反のようだ。

「すまない、ケガはないか」

振り向くと、私とあまり歳の変わらない男性が、心配そうに私を見ていた。成人しているはずなのに珍しい、色素の濃くついていない金色の髪に、この国の自然を写し取ったかのような鮮やかさもあり、思慮深さも同時に兼ね備えた何かの宝石の原石のような瞳、その眼に、私はこの世のものではない何かと感じざるを得なかった。息をのむほどに、美しい。

「おーい、大丈夫か?もしかして、具合とか悪いんじゃ……」

つい言葉を発することを忘れていた。相手に無駄な心配をかけてしまっている。

「お気になさらず、こちらこそいきなり止まってしまってすみません、良い一日を!」

私は相手へと微笑んで、再び通りを歩いていく。動揺を悟られないように、冷静に。同時に思考する。サイト管理者にもこの話をしてみれば分かるはずだ。何らかの異常性をはらんでいる。あれは人とは異なる生き物だと、そして、魅せられるほどに、美しいと。


ロンドン市内の喫茶店で、美味しそうなケーキが運ばれてくるとともにため息をついてしまう。別にケーキが不味そうなわけではない。件の男が見つからないのが気に障るのだ。

真っ赤なイチゴのショートケーキを一口かじる。甘い、甘ったるい。昨日彼と遭遇した時間帯に同じ場所に行ってみたが、あの男はいなかった。人間は大体同じようなルーティンで毎日動いている。なので昨日と同じ場所へ行けば、なんていう安易な考えだ。

「よくよく考えると、別荘持ってるような人物が働いている保障ってないんだよなあ」

ケーキの甘さを中和するように紅茶を口の中へと流し込む。あの男が貴族ならば、毎日同じようなルーティンで動いているとは限らない、と考えられる。そうなると広いロンドン市内でたった一人を見つけられるとは思えない。

「本格的に調査してもらわない限り難しいってところか。一応休暇中だし、話は取り合ってもらえないだろうし」

うーん、と考え込んでしまう。こういう時に都合よく現れてはくれないものなのだろうか。少なくとも60年近く若いままでいられるのならそれくらいの奇跡は気軽に起こしてもらいたい。ケーキのイチゴに生クリームをたっぷりとつけて酸味の中和を試みる。しかしイチゴの酸っぱさとは手ごわいもので、それほど生クリームをつけても目をぎゅっとつむってしまうほどの刺激が走る。そんな厳しい現実を前に、私はこの後発生する運命を想像してもいなかった。

「お客様、よろしいでしょうか?」

ふと、店員にそう声をかけられ、口の中に残り続ける酸味をこらえながら、何ですか?と聞き返す。

「混雑しているため、他のお客様と相席でもよろしいでしょうか」

めんどくさそうに問いかけてくる店員に、拒否をしてしまえば印象を悪くしそうだ。明日以降もこの喫茶店を利用したいと考えると、ここで相席を受け入れるのも悪くはない。場合によっては男についての話も聞けるかもと考えればなおさらだ。

「構いませんよ」

優雅に紅茶を飲みながらそう答える。少し気取った私を気にすることなく店員は店を訪れた客を案内していた。となると相手は既に相席を了承済みらしい。

「せっかくの休息中にすまないな、まずは相席を了承してくれてありがとう。……いや、あなた、昨日の……?」

顔をあげると、目の前にいたのは、まさに私の探している相手であった。思わず叫び声をあげそうになるが、それこそ喫茶店は出禁、加えて異常存在の可能性がある相手を刺激するわけにはいかない。深く息を吸って、体の力を抜くように吐き出すと、相手の問いへ答える。

「昨日は失礼しました。それにしても、偶然ですね。奇跡が本当にあるなんて思いませんでした」

男はそうだな、と同意しながら、席について店員に慣れた様子で注文をしていく。

「この喫茶店にはよく来るんですか?」

この男のルーティンの把握のためにも、確認しておきたい、という思考がそのまま言葉となって表れる。男はそんな意図に気付くこともなく

「そうだな、その時によりけりだな。でも、この辺りを訪れるときは必ず立ち寄ることにしているよ」

「良いですね。私はあまり外出しないので、この店を訪れるのも今日が初めてなんです」

にっこり、という表現の似合いそうな笑みを作る。すると、彼はそうなのかと答えて、この店のことを話しだす。

「最近は家で過ごす方が好きって人も多いらしいからな。ここのアップルパイは特に美味いし、良ければまた来てくれよ。きっとオーナーも喜ぶ」

「そうなんですね、それは……」

言葉に詰まってしまう。アップルパイは別に嫌いではない。イチゴのように酸っぱくはないし、シナモンの香りに林檎の甘みが味覚と嗅覚をそっと支配してくる。しかし、大好きなアップルパイの味はもう味わえない、その事実を、アップルパイを味わうたびに突き付けられるのだ。

「すまない、無理に食べてくれとは言わない。自分が食べたいって思うものを食べるのが一番だ。特に今は飢えることも滅多にないからな」

「すみません、アップルパイは、食べられそうにないです」

「誰にだって苦手なものくらいあるさ。ところで、今日はどうしてこの喫茶店に?最近は流行りのチェーン店の方が入りやすいという方も多いのに」

あなたと昨日会った歩道が近いからです。というのが本心だが、流石にそう答えるわけにもいくまい。

「こういう雰囲気が好きなんですよ。かつて訪れていた祖父母の家を思い出します」

適当を言って誤魔化す。嘘をつき続けるのは調子が乗らないが、流石に腹の内は明かせまい。

「俺の別荘も、確かにこんな雰囲気だな。どこか落ち着くんだよな。都会の喧騒を、少しばかり忘れられてさ」

男は悲しげに微笑む。まるで、失ってしまった何かを思い出すように。改めてその眼を見てみる。やはり綺麗だ。永遠に眺めていられる。鮮やかであり、どこか悲しげな表情に共鳴するかのように深い緑を落とす様子は、常緑樹の永遠に枯れないさまにも見えて、美しかった。彼はそんな私の視線に気づいてか、話を再開した。

「ぼーっとしてしまったみたいだな。ともかく、なんか落ち着くんだよな」

運ばれてきたタルトと紅茶を店員から受け取った男は、そう答えながらフォークでサクサクとした食感を想像できるタルトを、一口大に切る。そして軽くそれを眺めたのちに、口へと運ぶ。その様子は人間そのものだった。寧ろ異常存在には見えない。紅茶を飲むその様子も同様だ。視線に気づかれないように、一番の難関であったイチゴのいないケーキを食べ、紅茶で時に甘さを中和していく。そうしてケーキの味を考える間もなく食べていくうちに、私たちは食事を終えていた。

「俺はそろそろ帰るよ。せっかくの休憩を邪魔してしまっただろう」

男は立ち上がる。私はここで彼を逃がすわけにはいかない、と思った。

「いえ、楽しい時間でした。良ければ、名前を教えてください、あと、またこうして一緒にお茶でもしませんか」

2000年9月13日
祖父の言っていた件の男と一緒にお茶をした。話をした感じだと、普通の人間にも思えたが、会話内容と年齢が一致していないように見えたところもある。眼を見ないように話せば、何も問題なく会話は可能であった。アーサー・イザードと名乗っていたがそれが本名なのかは不明だ。すごく素敵な方だった。また会いたいと心が望んで堪らない。

祖父の使っていた日記にそう書き加える。これで証拠を増やしてサイト管理者に持ち込めば、本格的に調査を行ってもらえるだろう。それに、彼について個人的に書き残したいとも思った。

「よし、記録完了。明日も楽しみだな」

イザード氏とまた明日も時間があるしお茶をしようと約束を取り付けるところまで成功した。気持ちの高揚が止まらない。

「こんにちは、急だったのに約束してくださりありがとうございます」

「俺の方こそ、話し相手もろくにいないし、誰かと話したいって思ってたんだ」

喫茶店の前で待ち合わせていた私たちは、一緒に店の中へと入っていく。今日は何を頼もうかと楽しみだ。

2000年9月14日
イザード氏は国家公務員らしい。私と同じように新年度早々休暇を取っていて、ロンドンを散策していると話していた。私はというと、企業で研究員をしていると答えた。今日はタルトを食べてみた。嫌いなイチゴが入っていなかったので、美味しかった。

2000年9月15日
今日は紅茶のミルクは先に入れるか後に入れるかという話をした。イザード氏はミルクから入れるらしい。私は紅茶にミルクを入れる方が好きだ。その方が熱いまま楽しめる。イザード氏はそんなことも知らないのだろうか。

2000年9月16日
今日はイザード氏といつも通りお茶をして、少し市内を散策した。彼は歴史にとても詳しく、教科書にも載っていなさそうなことをたくさん説明してくださった。元々大学で歴史を専攻していたのだろうか。博識っていいなと少し思った。

2000年9月17日
チョコレートケーキも美味しかった。トップにイチゴさえ乗っていなければもっと美味しかったと思う。このことをイザード氏に話したら思い切り笑われた。苦手なら食べなければいいのに、と。しかしケーキは好きだから食べたいし、残すのはもったいないと答えた。

2000年9月18日
思い切ってイザード氏は何歳なのか尋ねてみた。25歳と話していた。であれば祖父と会っていた時に対して辻褄が合わないですよね、と抗議したかったが、ここで異常を暴露させてしまうわけにはいかない。それよりも歳の近い彼のことがもっと気になってしまう。私より年上のはずなのに。

2000年9月19日
イザード氏はケーキだとタルトが好きらしい。たくさんのフルーツの味が楽しめて良いかもしれない。私はアップルパイだと答えた。しかし、忘れられないアップルパイがある、とも。イザード氏は忘れられない味は大切にするべきだと教えてくださった。本当に25歳なのだろうか。

2000年9月20日
あと二日で休暇が終わってしまう。イザード氏は良い人だけれど、まだ彼の正体の核心へは迫れそうにもない。紅茶も今日食べたモンブランも相変わらず美味しいものだけれど、そろそろ一般的な会話のみの自分たちに焦りを覚えるようになってきている。

2000年9月21日
イザード氏に明日、家に来てもらうようにお願いすることが出来た。驚いているようであったが、来てもらえることにはなった。だが、彼は優しいのだろう、昼間の短い時間なら構わない、と言ってくれた。嬉しいし、楽しみだ。しかし、本来の目的を忘れてはいけない。彼の正体を聞き出さねばならないのだ。

2000年9月22日、午前11時、いつもの喫茶店の前で待っていると、イザード氏は現れた。

「ゆっくりお話ししたいな、と思って。なんか家に来てほしいっていきなりでごめんなさい」

「確かに驚いたけど、ローレンスが悪い人間には思えないし、信じようって思ったんだ」

「なんかそう言っていただけると嬉しいですね、私の家、結構この近くなんですよ」

騙している感覚になっていたたまれない気持ちもあるが、この異常存在への調査の為だ。割り切らなければならない。

電車に乗り、住宅街で降り、特に広さもない集合住宅の一室に彼を招くと、ダイニングの椅子に座るように指示する。少し待ってもらって、あらかじめ用意しておいたミルクから先に入れる方のミルクティーを差し出す。当然だけれど、怪しい薬とかはいれていない。

「おお、ありがとう。それで、いきなり家に呼ぶなんて何が知りたい。友人になる以外の目的を君が持っているのは予想がついていたが、何のつもりだ。目玉でも抉り取って売る気か?」

私が反対側に座ると彼はすぐに私へと問いかけてきた。流石に単に仲良くしたいではないことは見抜かれていたらしい。こういうのはエージェントの仕事だ。私には向いていない。

「勘違いかもしれませんが、確認したいことがあります。あなたは何歳ですか?」

「前も言った通り、25だよ。そんなに老けて見えるか?」

彼は笑う、しかしここで引くわけにはいかない。

「嘘です。あなたは少なくとも1945年から生きている、違いますか?」

「そんな歳に見えるか?」

「見えませんよ、もちろん。しかし、あなたを見た人はいます。1945年から55年間にわたって。同一人物かの確認はとれていません。それでも、私にはあなたに見えます。正直にお答えください」

私は彼の眼を見てそう話す。ここで眼に異常性があれば問題だが、祖父の日記を読み返してみてもそうには思えない。彼はそんな私を見てため息をつくと、半ばあきれた様子で話し出す。

「そんなことの為に俺に近づいたのか?その人物にはすまないが、きっと見間違いだ。俺は正真正銘25歳だし、55年前には流石に生まれてはいない。ローレンスさん、一度冷静になってくれないか」

否定されてしまえば証拠もない。祖父と会ったことがありますよね、と聞くことは可能でも1995年からの5年間では人はそう変わらない。でも本当に彼は25歳なのか?確かめる術は一つだけ存在している。

「それが本当なら、身分証明書を出してください。生年月日以外特に見ませんから、安心してください」

「それで信じてくれるなら安いもんだよ」

イザード氏はそう言って財布から免許証を取り出す。B8サイズのプラスチック製のカードが机の上へと置かれる。

「ありがとうございます。なるほど……」

思いの外手ごわいのかもしれない。しかし免許証はおそらく本物、生年も1975年生まれと25歳なのは記録上本当のようだ。そうなるとあのサイト管理者の言うように見間違いなのだろうか。そうとは思いたくないが、そう思うしかないのだろう。

「これで信じてもらえるか?いつの間にか得体のしれない生き物扱いは良い気分とはいえない。別に分かってくれれば特に今の関係を壊したいとも思わないし、どうだろう」

「いえ、すみません。冷静さを失っていました。迷惑をかけてしまいましたが、もう一つだけ聞かせてください。どうして、今の関係性を壊したくないんですか」

「俺、社会人になってから、人に馴染めなくて、学生時代の友人も結婚したりでなかなか連絡を取る機会も失ってたんだ。それで、初めて気軽に話せる人だったから、かな」

それはつらいですね、と予想外に声にしてしまう。

「でも少し安心した。もしかしたら嫌われているんじゃないかって心配だったからさ。君の休暇は今日までだったか?仕事も楽なことばかりじゃないと思うけれど、俺も頑張るから職種は違えど、一緒に頑張ろう。また休みにはあの喫茶店にも行こう」

私は彼に免許証を返すと、やさしく微笑む彼へと目をやる。その優しさが、柔らかい光に照らされた明るい緑が、突き刺すような痛みにしか思えなかった。

それから彼は一応ミルクティーを飲み終えると、また今度と、何事もなかったかのように帰っていった。なぜだか悪いことをしてしまったように思える。あの男こそが異常存在なのは間違いない筈なのに。だがああも冷静に身分証明書まで見せられてしまうと納得するしかなくなってしまう。いや、待てよ。いくら親しい人がいないとはいえ、喫茶店で軽く話す程度の関係の人間に身分証明書など見せるだろうか。偽造されたり盗まれたらどうする。と、なると彼は身分証明書を失っても構わないということなのだろうか。

2000年9月22日
依然としてあの男の正体は不明だ。普通の人間と言われてしまえばそうであるし、人間以外に見えると言われればそうである。しかし、彼は疑うのが失礼なほどに素晴らしい人物だ。イザードさんと祖父、私はどちらを信じればいいのだろうか。


1983年、私が10歳の頃の話だ。例年通り、私は父の実家を訪ねていた。来てくれてありがとう、セラに会えて嬉しいよ、なんて祖父母は迎えてくれる。私もそれにニコニコと対応していたと思う。

父と母が近況とか、今後の話を祖父としている間に、私は祖母の作ってくれたアップルパイを食べるのが毎年恒例の行事だった。

「セラちゃん、今年も来てくれてありがとう」

祖母であるアンナは、毎年この台詞と共に彼女のお手製のアップルパイを用意してくれていた。私はこれが大好きだった。

「やったー!これ食べたかったの!」

母がちゃんとお礼をするように私を叱る。とってつけたようにありがとうと加える私と、子どもなんだから元気なくらいが丁度良いのだと母に落ち着くように促す祖母。私は綺麗な断面を見せる大きな林檎の乗ったアップルパイがカットされて皿の上に盛り付けられる様子を眺めていた。塗りたくられた卵黄がテラテラと輝いているのが、夜空の星を眺めているかのように思えて、私は好きだった。

「セラちゃん、美味しい?」

「うん!」

少しばかり使い方を覚えてきたフォークを使って、大きな音をたてないように食べる、ということを実践していた記憶がある。パイ生地をこぼしていたり、二分の一成人だった私には、まだ至らぬところもあっただろうが。そうして私がアップルパイの虜になっていると、私の両親と話を終えた祖父が、祖母のアップルパイを一切れ貰って食べ始めるのだ。

味について祖母に聞かれた祖父は、いつも美味しいと答えていたし、私もそれに同意していた。そして私が10歳だったこの年に、私は祖父にこう尋ねたこと、それに対し彼がどう答えたのかを、鮮明に覚えている。

「ねーねー、おじいちゃん」

「どうした?セラ」

祖父は紅茶を飲もうとしてた手を止め、ティーカップをソーサーに置くと、私の方を見る。

「最近ね、学校で魔術やろうってのが流行ってるの。本の手順通りにやっても、上手くいかないんだ。おじいちゃんはそういうのって信じてる?」

魔術、などと言っても、子供向けのオカルト本だ。異常性も何もないような、それこそ成功してしまったら財団が間違いなく本の収容を試みるような、子供だましのお遊びだ。子供に嫌われたくなければ、信じてる、と答えるのかもしれないが、正直者の祖父が残してくれた答えは、小学5年生には難しいものだった。

「信じないな。科学的にあり得ない。しかし、魔術はなくとも科学で証明できない存在は確実にいるよ。いつかは、セラの元に現れるかもしれないね」

私はその言葉の意味が分からなかったが、今となれば容易に理解できる。こんなところで祖父の予言が当たっていたことにも驚きだ。それよりも今は一体どっちを信用するべきなのかを考えてしまう。

祖父の半世紀にわたる男への探求と、1975年の身分証明書。私の心はその二つにがんじがらめにされていた。


10日ぶりの仕事は、死んだ脳を生き返らせてくれるかのようだった。解明するべき多くのことに、私のことを心配してくれていた同僚たち。満たされた毎日の中では、イザード氏のことを想起する時間もなかった。休み明けというのもあり、少し早く帰宅させてもらえた私に、見知らぬ電話番号からの電話がかかってきたのは、夜の星が輝き始める頃である。

「はい」

コードに繋がれた受話器を取ると、電話の相手は、年上の男性なのが分かった。

「セラ・ローレンスさん、で間違いないでしょうか」

はい、と口に出す。誰だろうか?両親の知り合いくらいしか思いつかないが、そうだとしたら私に何の用になる。などと受話器の向こうを邪推していると、電話の主は予想外の相手であった。

「私、アーサー・イザードの兄のカイ・イザードです。本日はアーサーについて話があり、お電話させていただきました」

再びはい、と答える。昨日のことだろうか。そうに決まっている。一度、家に出向いて謝罪するべきなのかもしれない。電話口の向こうでは、カイ・イザード氏が言葉を詰まらせながらも、話をはじめる。

「アーサーが、本日……亡くなりました。葬式は家族のみで行います。短い間だったそうですが、アーサーと仲良くしてくださり、ありがとうございます。都会に出て寂しそうだった彼が、楽しそうに語ったのはあなたが初めてでした。本当に、ありがとうございます」

電話から無機質で、一定の音が鳴り響く。しばらく現実を受け入れられなかった。勿論イザード氏が亡くなったという事実が、私を窒息させようとしてくる。しかし、それよりも、55年間老いを知らずに生きていたのだろう彼がこうもあっけなく死ぬという事実に、呆然とするしかなかった。

「お兄さんもいたのか……イザードさんにも家族がいて、大人になって、都会に出て……そんな風に生きてたのかな」

そんな思考が脳裏を通り過ぎる。祖父の日記から見た彼も、私から見た彼も独り身で若くして優雅な暮らしをできる立ち位置の謎の人物、であったが実際は一人で都会に出て、一生懸命優雅な暮らしをする若い人間を演じていたのかもしれない。背後に、そうしなければならない事情があったとか。

死人についてこれ以上変に思考を重ねるのは失礼だ。私は受話器を置くと、テレビをつける。子供向けの派手な色遣いのアニメの流れる中、無理やりキッチンの方へと移動する。無理やり動いた方が確実に気が紛れる。

軽く温めたミルクの入ったティーカップに、熱い紅茶を注いでいく。紅茶の香りよりもミルクのまろやかさが全面的に現れるミルクティーは嫌いなのに、今日は何故か許容できてしまった。

その後、私が彼の死を再認識することとなったのは二週間後の休みの日のことであった。私はカイ・イザード氏から連絡を受けてアーサー氏の眠る墓地に案内されていた。話によると、彼は火葬された後、その灰を自身の墓の周りにまく、ということを選んだらしい。

「ローレンスさん、弟はどんな様子でしたか、あなたの前では」

前を歩くカイ・イザード氏は私にそう尋ねてきた。その色素の薄い髪が風に揺られる様子は、彼の弟に似ているような気がする。

「すごく良い人でした。好きな食べ物の話をしたり、どんな仕事をしているか話したり、何気ない話を気軽にできる方でしたね」

カイ・イザード氏は、そうですか、とだけ答える。家族の前での彼はどのような人物だったのだろう。なんて考えていると、彼の方から話し出す。

「僕の前での彼は、いつも暗くてどこか寂しげでした。それこそ、好きな食べ物の話すらしないような」

ここです、と言って、カイ・イザード氏は立ち止まる。墓石にはアーサー・イザード、1975~2000と書かれている。最初は彼の死が偽装ではないかと疑ってしまったが、こうしてお墓を立ててもらって眠っていると考えると、そんな疑いもどこかへ消えてしまったように思える。

「アーサー……さん」

生前一度も呼ぶことのなかったファーストネームを口に出す。眼を閉じれば今にも彼を思い出す。綺麗な眼の人だった。普段はあまり意識しなくとも、あのいろんな面を見せてくれるような緑は、誰一人持たない、彼だけの財産だったように思える。灰に帰してしまうのは、勿体なく感じる。

「眼の綺麗な方でしたね、ああにも惹きつけられるような眼は、今までに見たことなかったです」

失礼なことを口走ってしまった、とすぐに謝る。しかし、カイ・イザード氏は怒る様子もなく、むしろ笑っていた。

「そうですね。私もそう思っていますよ。家族に緑の眼の人はいなかったので、誰に似たんだか、とよく話していましたから」

確かに、そう話すカイ・イザード氏の眼は明るい青だ。恐らく彼の眼の色素はブルーが強く出ている。それにブラウン系の色素が多く入っているわけでもなさそうなので、緑の眼の人物がイザード氏の家系に現れることは容易に推測できる。が、家族がそうでないとなると、祖父が見ていた緑の眼の男は誰だったのか。全てが振り出しに戻ってしまったかのようだ。

「ローレンスさん?大丈夫ですか?」

「すみません……改めて亡くなったと思うと、少し……」

ぼうっと思考にふけってしまっていたのを、そう誤魔化す。カイ・イザード氏は分かります、と同意し、少し休憩をしようと私を誘った。

「弟が亡くなったのは交通事故でした。横断歩道のないところを渡ろうとして、乗用車にはねられたと聞いています。私はマンチェスターでその知らせを聞きましたが、確かに現実感は感じられませんでした。どこかの誰かの作り話を聞いているような心地すらした。未だに、悪夢の中にいるのではないかと思っています」

ベンチに座ると、カイ・イザード氏はそう切り出す。きっと彼も気持ちの整理がついていないのだ。

「少し、分かります。この前、私は彼に失礼なことを言ってしまったんです。彼は笑ってくださいましたが、ちゃんと謝れていません。これが夢だったらいいのにな、って仕事しててもたまに思うので」

この一週間、仕事はもちろん真剣だが、休憩や食事のたびに思い出すのはアーサー・イザードのことであった。彼が祖父の日記に残る緑の眼の男と同一なのか、仮にそうでないならば緑の眼の男とは一体誰なのか。最初は、長命すぎた彼にも寿命が訪れたと思っていたが、生年からするにそれもあり得ない。アーサー・イザード氏が何の異常性もない人間であったなら、失礼なことばかり考えていた自分に後悔も覚える。なんの気持ちの整理もついていない。

「……今日は、ありがとうございました。ここまで呼んでいただいて。改めて、アーサーさんにお別れを言えた気がします」

「私の方こそ、お会いしてお話しできて良かったです。これは私個人の願いですが、またアーサーに、会ってやってください」

全てが終わった、なぜかそう感じた。それもそうだ、全てが振り出しへと戻ってしまったのだから。

2000年10月7日
イザード氏に、ちゃんと別れが言えたと思っている。短い期間であったが、彼と出会えてよかったと思っている。まだ腑に落ちていないところはあるけれど、それはこれから折り合いをつけていけばいいと思っている。明日は日曜だが、異常は日曜だろうと関係なく我々の世界への干渉を試みる。仕事を投げ出すわけにはいかない。

なんて思っていたのもつかの間、日曜の昼食の時間にはやはりアーサー・イザードはどこかおかしい、という考えに頭は戻っていた。

「マシュー、どう思う?」

「君の偏見まみれで判断に困るよ」

食堂で、私は同僚のマシューに一連の出来事を話してみた。マシューは興味があるのかないのか、食事を終えると私物の雑誌を広げながら私の話を聞いていた。

「私の一連の経験とそれによる私見だからね。偏見と言ったらそうかもしれないけど、本当にアーサー・イザードは死亡したのか、祖父の日記に登場し続けた緑の眼の男と同一人物なのか、他にも疑問が多すぎて頭の中で片付けきれないよ」

マシューは、雑誌のページをめくると、でもさ、と話を始める。

「なんかおかしいよね、アーサー・イザードが交通事故でってのは新聞の端の方で見たよ。で、まあ日記の男と同一人物なら、世界を行きかう情報を捻じ曲げられるような人物なのかもね」

「でもお墓も、イザード氏の兄も見ちゃったんだ。何が真実なのかさっぱりだよ」

「そうみたいだね、似てたの?アーサー・イザードとその兄って」

「えー……どうだろう」

アーサー・イザード氏はどんな顔をしている人物だっただろうか。思い出そうとしてみる。まずは20代、本人曰く25歳で、眼は若草のようにも新緑のようにも、エメラルドのようにも翡翠のようにも見える、幻想的の一言で言い表して許されるのか分からないほどの美しさを兼ね備えた色で、鼻筋は……どうだっただろうか、髪は金髪だったのは確かだがどんな髪型をしていた?どうだろう、眼の色以外何も思い出せない。

「思い出せない……」

「何を?あー、似てたかどうか?」

「アーサー・イザードって……どんな顔してたっけ……」

俺に聞かれても、と呟くマシューの前で、私はただ混乱するしかできなかった。

2000年10月9日
明日は仕事が休みだ。もう一度情報の整理をしなければならないと思っている。アーサー・イザードとはどんな外見の男だっただろうか。思い出せない、それでも覚えている、あの緑だけは忘れられない。こうにも緑に魅せられるのはなぜだろう。彼は何者なのだろう。やはり同族には思わない。

少し、今得ている情報を整理しようと思う。

アーサー・イザード

  • 1975年生、免許証から確認
  • 家族構成不明、兄がいることのみ判明している
  • ロンドン市内在住
  • 職業は国家公務員、詳細不明
  • 今まで異常存在に接触した痕跡はないように思われる
  • 犯罪歴は不明、なさそうだけどな

緑の眼の男

  • 生年不明、1945年以前と推測される
  • 職業不明、第二次世界大戦時に軍属であった可能性が高い
  • 1965年時点まではコッツウォルズに在住、その後ロンドンに移住しているが、詳細な時期は不明
  • 2000年時点まで老化の傾向は確認されていない
  • この人物を同一人物とみなしている理由だが、祖父は間近でこの男を見ているため、見間違えるということは起こりにくいのではないかという点からである
  • 私が彼の顔を思い出せなかったように、祖父もこの人物の顔を覚えていたかは不明

何度不明と書いただろうか、というほどに分からないことだらけだ。マシューからアーサー・イザード氏の事故を掲載した新聞からロンドン市内在住であることしか分からなかった。どちらかというと加害者がこれで三度目の逮捕という話で持ち切りにされていたように思える。

「まるで情報がないな……」

口に出すと改めてその事実を認識してしまい、頭を抱えるばかりだ。時計を見ると、もう深夜3時を回っている。ここは眠って、難しいことは明日考えたほうが良いかもしれない。


緑は、結構好きかもしれない。ここでの緑は、自然のことだ。思い返してみると、祖父の家には出窓があって、そこに様々な花で飾られたプランターが置かれていたように思える。綺麗だね、なんて言って窓際に広がる景色に感動していると、祖父が、私が置いたものだと話始める。

「緑が好きなんだ、どこか活気をもらえる気がしてね」

「活気?どうして活気なの?緑は癒し効果があるって友達は言ってたけど」

何の根拠も持たない友達の発言を引用して、中学に上がったばかりの私は祖父にそう反論する。科学しか信じない人間なのはこの頃から分かり始めていたので、祖父がどう出るのか、優秀と勘違いしきっていた私は反応を伺っていた。

「確かに、植物から発生するマイナスイオンは人間にそういった作用をもたらすらしい。でも、私には生き生きと毎日日光を浴びて生き続けるその様子に、活気をもらっているんだろうな。加えて、緑が好きなんだ」

「ロマンチックだけど、らしくないんじゃないかな。それじゃあ緑の悪い魔法にでもかかっていると同義じゃないかな。脳がアルファ波を出してない、研究所のサンプルにされちゃうよ」

勘違いの甚だしい中学生の言葉に、祖父は笑うこともなく、魔法か、復唱していた。植物を見るとリラックス効果があり、それが転じてストレスを解消させて対象の気持ちを明るくしているという可能性に気付いていなかったのだ。

「確かに、緑の悪い魔法は存在しているのかもしれないな。セラは優秀だね、いつか、研究者にでもなって、緑の持つ力を解明していくのも、面白いんじゃないか?」

「それで、私が世界を変えたら、面白いかもね」


「ローレンス研究員に続いて君もか」

サイト管理者がそう言葉に出すのを、彼のもとに話をしに来た青年は無視する形で本題に入る。

「そのローレンス研究員についての相談です。彼女、何らかの異常に暴露しているのではないか、と考えています」

「具体的に言うと?」

「色に関するものです。特定の色に対して精神影響でも受けている可能性が高いと思われます。明確な証拠はありませんが、彼女のここ数日間の様子を見るに、一回検査するのも悪くないと思っています」

「ご祖父様の死で精神的な疲れが出ているとずっと思っているが、そうでもなさそうなのか?今のところ勤務態度に問題は生じていないと聞いている」

それはそうなんですけど、と男は納得しない様子を見せる。

「彼女も財団の研究員です。公私混同はしないと信じています。ですが、このまま今の彼女を放置すればいつか仕事にも支障をきたしていくんではないかと心配です」

「検討しよう。しばらくは彼女の動向を注視するよ。情報提供に感謝する。マシュー・ウィリアムズ」

マシューはとんでもないです。と定型文を読み上げるかのように答えた。


「いい加減諦めたら?流石に数十年生きてる線はないと思うし」

「そろそろ適当に答えてるだけだよね」

「いや、昼飯のたびにその話ばっか聞かされてたらいい加減飽きが来るよ。もう何日してるの、その話」

マシューめ、と私は思わず歯ぎしりをしてしまう。彼はあの男を見たことがないから興味がないなんて言えるのだ。絶対に彼に会えば分かってくれたはずだ。とはいえ無暗に感情をさらけ出すのは良いとは言えない。

「もう一か月くらいかもね。アーサーさんが亡くなってもうか……。なんか早く感じる。他にあそこまで美しい緑の眼の人物、というか緑の眼の人も見つけられないし、やっぱりアーサーさんだったんだと思うよ」

「でも亡くなられたんでしょ、多分だけど趣味とかに打ち込んで忘れる方が良いって」

「絶対にあきらめるつもりはないよ、マシュー。私はあの人を知りたい、祖父がずっと気にしていたからってのもそうだけど、あの輝きを永遠に維持していたという神秘を、本気で解き明かしたいと思うんだ。いつも話聞いてくれてありがとう、私頑張るよ」

マシューにそう宣言して席を立つ。コーヒーの中につかるマドラーをかきまぜるマシューは、私の早すぎる離席に驚いていたが、これ以上彼に迷惑はかけられない。こうしてマシューと話す時間も楽しいものであったが、まずは仕事を早く終わらせて、使えるかは分からないけれど、財団のデータベースで彼のことを調べてみよう。もう手段は選んでられない。


「嘘だろ……」

そう言うしかない状況に、俺は焦りを感じている。マシュー・ウィリアムズ28歳、人生初の大ピンチ、と言っては過言かもしれないが、それくらいに焦燥感が沸き上がっているのもまた事実。

セラ・ローレンスが狂っている、俺の見解はそうだ。

彼女の探す男が不老不死でも眼で相手を魅了しててもアノマリーでも何でもいい、それよりもセラの男への異常な執着が気になる。最初はアーサー・イザードに片思いしていた彼女が、彼の突然の死に悲しみを抑えられないのだろう、と思っていたが話を聞いていたらそういうことではなさそうだ。

しかし、俺が調べたところで、アーサー・イザードに異常存在への関与は発見されなかった。どうせセラの方が真面目に調べているのだろうが、俺からすればアーサー・イザードは眼が緑の普通の男で、祖父の日記かなんかに出てきたとかいう存在は別人、としか思えない。

「もうマジでサイト管理者案件じゃん……上司と話すの苦手なのにー」

黙っていればいいじゃないか、なんていう愚か者もいるかもしれないが、この先の未来でセラ・ローレンスが何かをやらかして咎められたとき、やばくなっているのを知っていたのに黙っていた俺という存在が降格処分になるかもしれない。そうしたら給料も下がる。それでは趣味に使える金がなくなる。

何もやらかさないでいてくれ、セラ・ローレンス。

なんて思いは、翌日には打ち砕かれることとなる。

「おはようございます」

実験着に着替えると、研究室へと入る。俺を待つ同僚の表情は、曇り空そのものと言っても良いほどに、濁っていた。俺の出勤を確認すると、グループリーダーは何やら重々しい様子で要件を話し出す。

「おはようございます。マシュー・ウィリアムズ研究員。セラ・ローレンス研究員ですが、本日より一週間の自宅謹慎となりました。加えて、暴走行為防止のため、彼女の自宅付近への接近は禁止となっています」

「謹慎……?」

いきなりすぎて脳が追い付かない。いつかはこうなることは想像できていたはずなのに。そんな俺を置いて、グループリーダーは話を続けていく。

「無断で財団のデータベースにアクセスし、個人情報を取得しようと試みた、とサイト管理者より聞いています。ウィリアムズ研究員、あなたはローレンス研究員について話を聞かせてもらいたいとのことです。エージェントが来ると思うので、そうしたらそちらの指示に従ってください」

外の方から俺の名前を呼ぶ声がする。こんなに緊張するのは学生時代に授業をさぼった後以来、といったところだった。

「これより、セラ・ローレンス研究員の件について話を聞かせてもらいます。マシュー・ウィリアムズ研究員。エージェント・ジョナサン・ヴァルカです。よろしくお願いします」

エージェントの男は無機質さすら感じてしまいそうな声でそう前置きを済ませると、本題へと入る。

「セラ・ローレンス研究員について、様子がおかしいという話は一か月ほど前にあなたから聞いています。特にここ数日、彼女はどうでしたか」

「ずっと緑の眼の男のことばかり考えてるみたいでしたね。本人は異常性を調査しているつもりなんでしょうが、俺からすると単に恋愛感情の暴走にしか……」

「突出した異常行動はなかった、ということでよろしいですか?」

「はい、なかったです」

話を遮られるし、事実の念押しまでされる。オブジェクトのインタビューとかもこんな感じなのだろうか。

「セラ・ローレンス研究員が、あなたの言う緑の眼の男に興味を持ちだしたのはいつ頃ですか?」

「9月の終わり、休暇明けくらいですかね」

「なるほど。あなたはどう思いますか?緑の眼の男という存在について」

「それは好奇心ですか?」

「質問に答えてください」

何となく察しがついた。このエージェントは、いやもっと上の存在は、俺もセラ・ローレンスの仲間ではないかと疑っているのだ。同時に、言葉で何らかの異常が伝染しないのか調べている。

「ただの眼が緑の人間ではないかなと思います。実際交通事故で死んでいますし」

「死んでいる?」

「少なくとも、セラ・ローレンス研究員が追っていた緑の眼の男、アーサー・イザード氏は9月23日の交通事故で死亡しています。セラ・ローレンス研究員は墓地まで赴いたとか」

セラからこういった話は聞いているものと思っていたが、ジョナサン・ヴァルカとかいう男の反応を見るにそうではないらしい。

「他に、彼女は何と言っていましたか?引っかかるような内容があれば、お願いします」

紙にペンで書きなぐっている。肉を手に入れた獣のようだ。

「俺が気になったというだけですが、彼女はアーサー・イザード氏の顔を思い出せないようでした。眼が緑で、金髪の20代としか覚えていなかったようです。休暇の間毎日顔を合わせていたならかっこよかったかとか、背格好とか、なんかもうちょっと覚えていてもおかしくないんじゃないか、と感じられましたね」

インタビューから解放されると、昼時になっていたので飯にすることにした。一人での食事は久しぶりなのでなんだか新鮮だ。

「戻って来いよ、セラ」

向かい側にいないセラ・ローレンスへとそう呟く。セラがアーサー・イザードに魅せられているなら今の俺はセラ・ローレンスに魅せられているかのようだ。

カレーをスプーンですくって口の中に含む。特に変わりのない、いつもと同じ味がする。しかしどこか寂しい。

「あいつの話に適当に返事するの、意外と飽きないのになー」

一応知っていることはすべて話した。これでセラ・ローレンスが戻ってこれるのかは分からない。しかし同僚を一人失うのは心が痛みそうだ。

「帰ったら電話でもしてやろうかな」

独り言ばかり呟いている変なヤツ、と思われそうだったので、俺は食事に没頭しておくことにした。

夜、セラ・ローレンスに電話をしてみると、疲れ切った声が聞こえてきた。

「こんばんは、マシュー。私おかしくなってたのかもね」

「そうだと思うよ」

「それでも諦められないんだ。私の祖父が求めて、彼はきっとイザードさんが何者たるかに辿り着いたんだ。私もまた、それを知りたいって思う。仕事に支障はきたさないようにするつもり」

「もう勝手にデータベース見てるんじゃん。何か知っちゃったの?」

「いや、新しい情報は得られなかったよ。9月に死亡した25歳の若い青年だった」

「じゃあもう人違いとしか思えないよ」

「そうだよね、また調べなおしとなると難しいね」

「アーサー・イザードさんの兄がいるとか言ってたじゃん、彼に頼るのは?日記の話でもすれば協力してくれるかもよ。親戚とかに一人はいるんじゃない?緑の眼の人」

しまった、と我ながら思うが、セラ・ローレンスの明るい声が電話口から聞こえてきて、手遅れであることを悟るしかなかった。

「それはいいね、失礼のない範囲でやってみる。やっぱ持つべき友人は君だね!」

「お褒めに遣わし光栄ですよ、イギリスのローレンス。じゃ、おやすみ」

半ば強引に電話を切ってやる。何を協力するような言葉を口走っているのだろうか。自宅謹慎を命じられた彼女に、同情でもしているのか?俺も謹慎になるんなら、それこそ人生最悪と言える出来事が完成する。

それは何よりも恐ろしい、俺はまだ正気のようだ。


「よーし、一週間で作戦を立てよう。決めた、まずはアーサー・イザードと祖父の日記に出ていた緑の眼の男を同一人物と証明する。すべてやりきって証明できないなら、その時に次の手を考えればいい」

そうと決まれば、と私は紙を取り出し、この二人、または一人の人物の共通点をもう一度まとめなおしていく。

アーサー・イザード

  • 1975年生、免許証から確認 正式には1975年5月14日
  • 家族構成不明、兄がいることのみ判明している
  • ロンドン市内在住
  • 職業は国家公務員、詳細不明 データベースによると環境食料農村地域省職員
  • 今まで異常存在に接触した痕跡はないように思われる
  • 犯罪歴は不明、なさそうだけどな なかった
  • 別荘があると言っていた、どこにあるのかカイ・イザードに確認

緑の眼の男

  • 生年不明、1945年以前と推測される
  • 職業不明、第二次世界大戦時に軍属であった可能性が高い
  • 1965年時点まではコッツウォルズに在住、その後ロンドンに移住しているが、詳細な時期は不明
  • 2000年時点まで老化の傾向は確認されていない
  • この人物を同一人物とみなしている理由だが、祖父は間近でこの男を見ているため、見間違えるということは起こりにくいのではないかという点からである
  • 私が彼の顔を思い出せなかったように、祖父もこの人物の顔を覚えていたかは不明

赤いボールペンで新たな判明箇所を書き足していく。データベースを閲覧できたのは短時間だったのであまり細かいところまでは分からなかった。とはいえ、職場が判明したのは進歩かもしれない。警察官ではないので同僚に話を聞くなどは厳しそうだが、彼が異常性を有していると判明すれば、きっとできる。それにまだ確認できていない点もある。

「別荘、この位置が確認できればアーサー・イザードと緑の眼の男の同一性の確認の一助になるかもしれない」

2000年10月11日
自宅謹慎は納得できない点もあるけれど、幸いなことに家の中までは監視されていない。謹慎がとけたら一番にやることを見つけた。マシューには感謝しかない。
親愛なる祖父へ
晩年はほとんど話もしなかったのにおこがましいとは思っていますが、どうか私を緑の眼の男のもとに導いてください。私は世界を変えてみせます。緑の力を、暴いてみせます。
セラ・ローレンス

いまさら何を、と天で祖父は思っているかもしれない。私は日記を閉じると、藍色の表紙に金色の字で刻まれた2000という字をそっと撫でた。

翌朝、私の計画に予想外が介入してきた。

「おはようございます」

急に朝から家に押しかけてきた監視のエージェントに挨拶する。

「方針が変更になりました。あなたの持っているモラン・ローレンス氏の日記を、調査の為預からせてもらいます。ご祖父様の遺品であることはこちらも理解しているので、調査が完了次第返却します」

祖父の日記を渡せと言うエージェントの男に、私が覚えたのは敵意だった。今の財団は私がおかしいと信じ込んでいる。私から情報を奪い取るに違いない。だが私に拒否権はない。今はお願いというていで話しているこのエージェントも、私が断れば即座に強制的に日記を奪う。最悪謹慎期間も伸びかねない。

「分かりました。持ってくるので待っていてください」

私は扉を閉めると、祖父の日記をしまっている段ボールの中に、今年の日記をいれる。その金色の字が家の電灯に一瞬反射してきらめく。なんだか祖父に応援されているような気がした。そして予想通り、エージェントが数人、扉を開けて侵入してくる。

「これです、重いので気を付けてください」

エージェントの青年は、日記が大量に入った段ボールを私から受け取ると、他のエージェントに何か話し、簡素な礼を残して部屋を出ていく。私から何もかも奪おうとしているように思えて、財団を恨みそうになる。しかし財団もそういった目的があるわけでは決してない。これも世界の明日を作っているのだ。と、なると財団は緑の眼の男を本格的に調査しようとしてくれているのかもしれない。或いはそう思わせることに成功したのかもしれない。

「祖父よ、ありがとうございます。いつか、私もそちらに行きます。その時には、沢山話しましょうね」

なんて考えていると、家の中に女性のエージェントが入ってくる。鴉の羽のような髪色の女性だ。

「何の用でしょう」

「あなたの代わりに外出などをするように、と指示されました。エージェント・トア・サクラです。私のことはいないと認識してもらって構いません」

「ずっと家の中にいるつもりですか」

「迷惑なのは承知ですが、それが私の任務です。普段通り生活をおくっていただいて構いません。それとも、力づくで退けますか?」

「良いですが、あなたの部屋は用意できません。それと料理をするので今からお伝えするものを買ってきていただけますか」

ここは彼女を利用するべきだろう。監視が増えて面倒だが、謹慎期間をこれ以上伸ばしたくない。そう考えながら私はエージェント・サクラに簡単な朝食を用意できそうな食材を伝えていく。サクラはメモを取ると、行ってきます、と文句ひとつ言うことなく告げた。

「スーパーの位置は分かりますか。道くらいはお伝えします」

「この周辺の地図はもらっています。どの店で買ってきてほしい、というのはありますか?」

ありません、短く答えると、私はサクラに財布を渡す。

「予算はないですが、これで買える金額におさえてください」

サクラは短く返事をすると、スーパーへと出かけて行った。

邪魔が増えた。とりあえず家から追い出すことには成功したが、こうすることくらい財団も予想がついているだろう。

「今のうちにやれることだけやっておこう」

そう判断して、私はカイ・イザード氏の電話番号を固定電話へと打ち込んだ。呼び出し音が鳴る。

「おはようございます、ローレンスさん。どうなさいましたか」

「アーサーさんについて、一つだけお聞きしたいことがあります」

カイ・イザード氏はこちらが何を言うか待っているようだった。

「彼が別荘があり、そこは自然豊かでのどかな場所と話していました。ぜひ訪れてほしいと言っており、差し支えなければ、おおまかな場所だけでも教えていただけますか」

「アーサーがそんなこと言ったんですか?あなた、よっぽど信頼されていたんですね。コッツウォルズです。綺麗なところですよ」

カイ・イザード氏の笑う声が聞こえてくる。私も一緒に笑いそうになってしまった。これでビンゴだ。緑の眼の男の情報と一致する。これで同一人物とはみなせないが、その確率が少し高まったように思える。

「今度、時間のある時に行ってみます。では、そろそろ出勤なので失礼します」

良い一日を、と電話を切る。扉をノックする音が聞こえてくる。サクラが戻ってきたようだ。

「ありがとうございます。朝食を用意するので、よろしければ一緒にどうですか」

扉を開けて、買ってきてもらったものを受け取る。

「結構です。仕事中ですので」

トーストにスクランブルエッグを載せて食べる。その向かい側でサクラは栄養ブロックのようなものを食べていた。

「それ美味しいですか」

「食べられない味ではないですね」

「本当に食べなくて大丈夫ですか?トーストもスープもありますよ」

「結構です。……それにしても大人しいですね。事前に聞いていた話とまるで違う」

サクラはそう口走る。それは私の前で言っても良いのだろうか。しかし、この女と親しくなったふりをして、警戒心を解かせるのも悪くないかもしれない。

「どんなふうに聞いていたんですか。私はずっとこんなんですよ。つまんなくて、愛想もない」

トーストをかじる。焼きすぎてしまったか、固くなったパンの耳が歯に抗う。

「冷静さを失っているので、まともに話が通じるかも怪しいと聞いていました。なので拍子抜けしてますね。データベースに無断でアクセスし、そこから戸籍情報を調べたのだから、どんな狂人かと思っていたら、私の前に現れたのは何の変哲もない女性研究員だったのですから」

サクラは彼女の持ち物であるペットボトルの水を飲む。髪を耳にかけ、水を喉へと流し込む様子は、美人で仕事ができる女性、といった感じだ。

「そんなに稀有な存在なのですか、緑の眼の男は」

不意に、彼女はそう問いかけてくる。財団のエージェントが発する言葉としては意外過ぎたので、思わずえ、と声を漏らすばかりになってしまった。

「セラ・ローレンス研究員。セキュリティクリアランスレベル3、Cクラス研究員、現在一週間の自宅謹慎中。ここ一か月ほど、緑の眼の男という存在に執着し、精神的に錯乱状態にある可能性も示唆されていた。それがあなたについて私の知っていることです」

よくもまあ覚えたものだ。錯乱状態、口の中で呟く。誰がこんなことを言ったのかは察しがついている。サイト管理者かマシューだ。別にそんなことはどうでもいい。求めたいものにはまっすぐ突き進むのが私だから。それよりも目の前の女エージェントは何が目的だ。単に緑の眼の男に興味を持っているわけではあるまい。

「緑眼の方は少ないですが、全く存在しないわけでもありませんよ」

そう答えて、コーンスープを一口飲む。クリームの優しい味が、猜疑でいっぱいの心を少し癒してくれる。

「質問の意図はお判りでしょう。アーサー・イザード、あれはどんな男なのですか」

スープカップを置こうとした手を止めてしまう。流石財団、といったところだ。とっくに調べられていた。私の精神的問題にしか焦点をあてていないと思いきや、とっくに私の調査対象も把握済みだ。

「彼は……良い人です。頭もよくて、優しい。それに綺麗な眼を持っていました。様々な緑を内包していて、そうですね……でも植物の緑に近かったような気もします。時にはエメラルドのようでもありましたが、基本的にコッツウォルズの湖水地方のような、のどかな緑でしたね」

思わず笑みを浮かべてしまう。やはり彼の話をするのは楽しい。もう一度だけ、彼を見たかった。あの眼を、そして彼の優しさを。

「なるほど、聞いていた通りです。話だけ聞いていれば、確かに人柄の良い人物ですね。家にあげたこともあるとか」

「そうです、あの時初めてミルクに紅茶を注ぐって方法でミルクティーを作ったんです。あの人に美味しいって言ってもらえたのは、嬉しかったですね」

トーストをかじる。柔らかいパンに、胡椒の味が聞いた卵が舌を刺激する。朝食には丁度いい。

「あなたって一途なんですね。こんな事態になった理由が、少しだけ理解できたような気がします」

「彼が一体何者だったのか……異常存在なのか否か、調べてみたいという思いはまだあります。この世界にとって脅威でもそうでなくても。私は彼に興味があるんですよ」

サクラは、乾燥していそうな栄養ブロックを食べ終えると、水を飲んで喉を潤す。そして私に尋ねてきた。

「彼は今どこに。サイト管理者に話を通すには十分なように感じています」

笑ってしまいそうになる。彼女は、どうやら一番重要な部分を知らないらしい。

「亡くなりました。9月23日、ロンドン市内で車にはねられて」

「失礼しました。……外と連絡を取ってまいります。ローレンス研究員は、普段通りの生活を送っていてください。急用の場合は、こちらに」

サクラはメモ用紙をちぎったものを渡してきた。電話番号のようだ、それも携帯電話のだ。

「ありがとうございます。できれば、一緒に食事が可能かも確認しておいてくださいね」

サクラが、その問いに答えることはなかった。


祖母の墓参りに、コッツウォルズの墓地を訪れる機会は、何度もあった。その後祖父の家へ立ち寄る機会もあったが、幼少期に感じていたわくわくとしたものは、とっくに失っていた。

「おじゃまします」

そう言って立ち入る祖父の家からは、冷気を感じた。換気でもしているのかと思えば、そういうわけでもなさそうだ。ただ失意のどん底にいる祖父と、ストーブもついていない部屋が、氷のように冷たい空間を作り上げているだけであった。父はいつものように祖父と論争、18歳の私は持ってきていた友人からの手紙を読み返したり、特に興味もない本を読んだりして、時間が過ぎるのを待っていた。

本の白い紙に、太陽光が反射し多少のまぶしさを覚える。窓の方へと目を向けると、相変わらず出窓の植物は太陽の光を受けて緑に輝いていた。とても綺麗で、魅了されてしまいそうなほどに。

出窓に近づく、植物の葉が太陽光に照らされて、明るい緑に輝いて、細い葉脈の一本一本が繊細に感じ取れる。私は葉に触れようと手を伸ばす。

「何をするつもりだ」

冷たい言葉が突き刺さる。振り向くと、祖父が私をにらみつけていた。寒気を感じる。何もしていない筈なのに、この世の禁忌に触れてしまったかのごとき罪の意識が、私の中を支配する。

「ごめんなさい、綺麗だったから、触ろうとしてしまいました」

消え入りそうな声になってしまったが、そう答える。

「少しでも触られるとそこから枯れることもあり得る。一切触らないでくれ。それと、」

祖父は両親の方へと矛先を向ける。

「お前たちも、いい加減私に構わないでくれ。ここを離れるつもりは一切ない。帰ってくれないか」

いきなりそれはないだろう、と反論する父を、母が落ち着いてと宥める。こうして私たちは祖父の家から追い出される結果となった。それ以来訪ねても居留守を決められるばかり。病気になって入院したという話も病院で看護師から聞いた。見舞いに行っても帰るように促されるだけで、私たちの話すら耳を傾けてくれなかった。それでも、今は思うことがある。本当は祖父も、私たちと仲直りしたかったのではないだろうか。なのに、その方法を失っていた。日記の内容からするに、そう思える。


「戻りました」

「どうでしたか。財団が動くとは思えません」

「最低限の調査はしてもらえるそうですよ。まずはあなたからだそうです」

「本当ですか!?どうやって……」

「それはお伝え出来ません。あくまでもあなたは監視対象ですので」

私に運がまわってきている。そう実感することが出来た。祖父がどこかで力を貸してくれているのかもしれない。10年の時を経て、私は祖父と仲直りすることが出来たと言っても良いと思う。

「明日、他のエージェントがインタビューに参ります。その時は、質問に正直にお答えください」

「分かっています。それと、食事の件はどうなりましたか」

サクラは微笑を浮かべ、首を横に振った。

サクラの話通り、翌日になると、私やマシューと同世代に見える男性のエージェントが家へ来て、インタビューが始まった。ジョナサン・ヴァルカを名乗るエージェントは、私と目が合うのを避けるようにして、話を始める。

「アーサー・イザードとはどんな人物だったか、思い出せるだけお願いします」

サクラに聞かれたことと同じ内容だ。エージェント同士で情報共有すればいいものを、と思いながらも指示に従うことを選んでおく。サクラに話したことと同じ内容をヴァルカに伝えると、彼はうんうんとうなずき

「覚えている範囲で構わないので、彼の顔を描いてもらえませんか」

ヴァルカは紙と鉛筆を渡してくる。絵は下手ではない筈だ。まずは眼から描くのが描きやすい。

「眼はこんな感じで、髪は金髪で、伸ばしてはなかったですけど……」

やはり記憶が曖昧だ。何も見なくても同僚のマシューやグループリーダー、あまり顔を見ないサイト管理者や、昨日初めて顔を見たサクラは描けそうなのに、どうしても彼だけは思い出せない。記憶にもやがかかって、私が彼を追憶するのを妨害しているかのようだ。モザイクをかけられているかのよう。

「すみません……思い出せそうにありません。記憶にもやがかかっているのかのようで」

ヴァルカは私から紙を受け取ると、何も書かれていない紙をもう一枚渡してくる。

「では対象を変えます。覚えている範囲で構いませんので、カイ・イザードを描いていただけますか」

「任せてください」

数回あっただけだが、何となく顔は覚えている筈だ。

「眼はつり目って感じではなかったですね……それで、輪郭はシャープっていうんですか?ああいうの。髪型は帽子をかぶってて正確に覚えてないんですけど、後ろ髪が揺れていたので少し長かったような」

線を何本か引いて、髪の長さを調整する。髪が長い、と思った記憶はないので背中に届くほどではなかった可能性が高い。

「眼鏡をかけていて、鼻は高くも低くもなくって感じで……優しそうって思ったのでこんな感じですかね」

私は紙をヴァルカに渡す。彼は私の描いたカイ・イザード氏をじっと見ていた。

「なるほど……この人物は、アーサー・イザードと血縁者に見えますか?」

「分からないんです。アーサーさんの顔を思い出せないので、彼を見ても似ているとも似ていないとも感じられなくて……」

マシューに聞かれた時と回答は変わらない。ヴァルカはまるで私の答えが分かっていたかのように、やはりか、と呟く。

「アーサー・イザードと会話をしていて、おかしな点や異常存在との関係性を示唆するようなものはありましたか」

「異常存在……とですか?」

基本紅茶やケーキの話しかしなかったように思える。後は都会は住みにくいなんて盛り上がった記憶もある。あのささやかな時間が、今では懐かしく、愛おしい。あの10日間が永遠に続いてくれていれば良かったのに。また会いたい、私の心の中で甘くて苦いものが、融解をはじめる。それは体中を血と駆け巡り、頬を濡らす。

「セラ・ローレンス研究員?」

ヴァルカが心配そうに私の顔を覗き込む。インタビュー中に泣くわけにはいかないのに、涙を抑えることが出来なかった。

「ごめんなさい……アーサーさんのことを思い出していたら……」

目の前のエージェントはため息をつくと、インタビューを終了します、とぶっきらぼうに口言い放った。

夕暮れは深海のような青い空をもたらしてくる。夕方と夜の境界線。そんな時間に、自宅謹慎の私をなぜか心配しているマシューが、電話をかけてくる。

「話は聞いたよ、監視強化されたって」

「まあね、でも財団が彼のこと調べてくれてるらしいんだ。彼が何者か暴くチャンスを得た。それなら監視くらいいくらでも受けられるよ」

「元気そうで何より。仕事もしっかりできそうだな」

「当たり前だよ。謹慎終わったら、真面目に働くつもり。マシューも寝坊しないようにね」

「分かってるよ。出勤してきたら謹慎中の生活聞かせてな、おやすみ」

私はマシューとの話を終えると、サクラに電話の相手を告げる。サクラは了解しました。と短く答えるだけであった。

「夕食、一緒にどうです?」

「同じものは食べれませんが、向かい側に座って食事をするだけ良いんですか?」

「構いません。孤独が紛れます」

サクラが微笑む。私も思わず笑ってしまう。警戒を解いてはならないのに。相手はエージェントで、私を監視している。それだけは忘れないようにしなければ。


電話を切ると、俺は大きくため息をつく。セラが楽しそうに今の状況を語るたびに良心が締めつけられるんだ。実際に調べられているのはセラ・ローレンス。彼女がまともな精神状態であるかを量られている。とはいえ彼女の錯乱状態が異常性に起因しているのかも一応調べてはいるらしい。俺としてはアーサー・イザードは何もしてないと思うが。

「財団もさすがにセラ・ローレンスに操られたりはしない。でも、仮にアーサー・イザードがセラ・ローレンスを操っているとしたら……」

それはない、そう言い切れる。あくまで財団が調べているのはセラ・ローレンスなのだから。疑っても無意味だ。

「明日も給料の為に働くぞー!」

誰もいない部屋に俺の言葉がこだまする。お隣さんに聞こえていないことを願っておこう。

マシュー・ウィリアムズ28歳、何も分からないまま時は過ぎていった。

翌日からも変わらず、セラ・ローレンスのいない日常が続いていく。実験の計画を立てて、グループリーダーに提出する。他の職員が器具の準備をしている間に工程を頭の中でシミュレーションする。収容違反も何も起こらない、平和な日常。世界を守る組織とは思えないほどに。

「あー、なんかうまくいかねえ」

実験結果の数値を紙に記入していく。無機質な機械が出す光でできた数字が、きっと世界を救ったり、破滅への道を教えてくれたり、そんなん何だと思う。でもそれがなんかどうでもいいことのようにも思える。セラ・ローレンスの方が世界の核心へ歩いて行ってるようにも錯覚する。俺も自宅謹慎が近づいてきたらしい。

「ウィリアムズ研究員、記入!」

「す、すみません」

いつの間にか機械は次の数値を出していた。頭がぼーっとするなんて珍しい。指定された位置に結果を記入して、他の研究員の指示に耳を傾ける。いつ結果が出るか予測して、ペンをしっかりと握って、正確な結果を記入する。俺はマシュー・ウィリアムズ研究員なのだから。セラ・ローレンスの同僚のマシューじゃない。

実験終了後、手洗い場の冷水で顔を洗う。緩みきった心が締め付けられるようだった。同時に自覚した。俺は仕事以上にセラ・ローレンスを重視してしまっていたと。公私混同というやつかもしれない。

肌になじまない冷たい水のような声が、俺を呼ぶ。声のする方に目をやると、数日前のエージェントがそこにはいた。ジョナサンみたいな名前だった気がする。彼は俺が気づいたことを確認したからか要件を話していく。

「ついてきてください。セラ・ローレンスの件です」

懐かしい。人に連れられて廊下を歩くのはまさに同級生を殴った犯人が判明して先生に連行されていく時だ。同時に緊張感もある。今は俺じゃなくてセラ・ローレンスの今後がかかっている。同僚として、友人としてほっておけない。

通されたのは、応接室のような狭い部屋だった。まさに呼び出しだ。ジョナサン・ヴァルカに促されてソファに座る。柔らかくて緊張感が増してくる。ソファのリラックスしてくださいと呼びかけてくるような柔らかさが、俺にとっては逆に恐ろしい。

「我々がセラ・ローレンスについて結論を出しました。彼女の証言にあるアーサー・イザードですが、何らかの異常存在、またはそれとかかわりのあった人物とみて間違いないでしょう。セラ・ローレンス本人の方ですが、こちらもなんらかの精神異常を抱えているようですね。これがアーサー・イザードによるものかは調べてみないと分かりません」

「それなら、最初にサイト管理者に話持ち込んだ時から調べれば、こんな風にはならなかったのではないですか。実害が出てから調べ始めるってのはどうなんですかね」

逆に財団がセラ・ローレンスの話術に騙されてはいないか、と俺は思っている。別に彼女が話術に特別長けているとは思っていない。それでも精神を崩壊させた者の持つ残された強い意志のようなものは、どこか特別な力があると思っている。

「確かに彼女の所持していた日記の男との同一性は証明されていません。が、アーサー・イザードの件のみであれば調べるに値するという結論になりました。日記の件は必要であれば」

「どうして俺にこんな話をするんですか?エージェントなんですし、無暗に任務の内容は話すべきではないのでは……ないですか?」

エージェント・ヴァルカは俺の言葉を待っていたかのようにそうです、と言葉にする。

「あなたには今回の件の特別協力者になっていただきたいのです。セラ・ローレンスは自宅謹慎が解除された後、監視の上で業務への復帰を認められます。その時、あなたはセラ・ローレンスの監視として彼女からアーサー・イザードの情報を聞き出した場合、その情報をこちらに報告していただきたい。お願いします」

「俺も彼女のことは気になりますし、協力させてくださるなら、喜んで引き受けますよ」

どうせ断っても、正式な手続きを経て命令されるだけだ。元から拒否権はない。それらしい言葉でそれらしく承諾すると、ヴァルカは微笑んでお礼を言う。

「ありがとうございます。報告は書類にまとめて、私に提出してください」

時間は業務終了後で、ジョナサン・ヴァルカはご丁寧にこの部屋で待っているらしい。

「分かりました。……あなたの眼、暗い茶色とばかり思っていましたが、緑なんですね」

「ローレンス研究員は特に反応を示しませんでした。そのこともアーサー・イザードが異常性を有しているという可能性を高めています」

「ちゃんと眼が見える状態にして、セラ・ローレンスと話したらどうですか」

こんなことを言っては立場が悪くなる。なのに止まらない。検討します、と言うジョナサンの眼は、栗毛色の髪の向こうからでもはっきりとわかるほど、怒りの色を見せていた。

きっとセラ・ローレンスに一番近い俺もまた監視対象だ、脳はそう判断を下す。監視させるというていで自分たちの方へと引き込み、俺がどれほどセラ・ローレンスに影響を受けているのか調べるつもりだ。そうとしか考えられない。

「給料減らないといいなぁ」

心から漏れだすのは、こんな時でも趣味への欲望だけだった。

次の週になると、セラ・ローレンスは職場に復帰し、昼食の時間には他愛ない話をし、仕事終わりにも軽く別れの挨拶をする日々が戻ってきた。しかし俺にはエージェントのもとに報告書を届けるというルーティンが追加された、一歩進んだ日々であったが、書類一枚渡しておしまいなので、なんてことはない。俺の知らないところできっと内容を精査され、異常なものとの関連性が調べられているにしても、アーサー・イザードという存在を知るために民間人が呼ばれていたとしても、俺にとっては関係ないで片付けられるものに過ぎない。

2000年10月18日
セラ・ローレンス研究員が本日より復帰。謹慎期間中にエージェント・サクラと呼称される人物との会話における記憶を話す。大半が料理に関係することであり、アーサー・イザードはじめ異常存在に関係するものはなし。
私の主観では、彼女は意図してアーサー・イザードへの言及を避けているように思われる。財団からのマークを外すことが目的か。

記入者である俺の名前や、記入対象の名や立場、なぜか俺の上司の名も記入し、記述欄に本日のセラ・ローレンスを書いていく。書き方は指定されていないので、実験記録の報告を思い出しながらボールペンを白い紙に走らせる。

一週間の謹慎期間で何があったのかというほど親交を深めたとかいうサクラという女性といつか料理をしたいという話を散々聞かされた。セラが料理を得意としていることは知っているが他人と料理するのは楽しいのか、なんて思考がよぎったがそれは書かないことにした。しかし、ずっと料理の話ばかりをして、沈黙の時間を作らないという彼女の様子は違和感を覚えるものだった。まるで思い出さないようにしているようだ、アーサー・イザードを。気になった点として一応書いておく。こういうのが要らないなら、エージェント・ヴァルカがなんか言ってくるだろう。

俺は報告書を書き終えると、ヴァルカの元へ紙を提出に向かう。彼はいつものように無表情で感謝の言葉だけ述べると、俺よりも先に部屋から出てしまった。応接室のような雰囲気は、彼も得意ではないのかもしれない。

翌日からも変わらずに報告書を提出していく毎日が過ぎていく。表ではセラ・ローレンスと仲のいい同僚をやり、裏では彼女の様子を観察する。さながら監視社会だが俺とセラの様子自体も俺の知らないところで監視されているのだろう。俺が休みでセラが仕事の日だって当たり前に存在しているのだから。この監視生活も半月になるというある日、いつものように報告を受け取ったヴァルカはこう話した。

「カイ・イザードに事故の調査を装いインタビューを行った」

世間話にしては内容が重すぎる。普通に機密事項でもおかしくない。でも俺に伝えるということは何か意図があるのだろう。セラ・ローレンスについての俺の立ち位置は不明瞭なままだ。

「それは特別協力者に話して大丈夫な内容なんですかね。あなたが処分されるのは喜ばしいことではないですし」

「構わない。あなたとセラ・ローレンスに確認する事項がある。インタビューは明日の午後1:00からだ。上に話は通してある。この部屋に来るように」

用件だけを伝えて、いつも通り書類一枚と去っていく。その姿は仕事熱心なエージェントそのものだ。感じ悪い、という感情のほうが俺の中では勝っているけれど。

翌日になり、やけに落ち着かない上質なソファに座り、インタビューが始まった。録音機器に何のインタビューか残すため、エージェント・ヴァルカが誰と誰のインタビューか、その目的を告げると、インタビューが始まる。

「まず、お伝えできる範囲でカイ・イザードから得られた情報をお伝えしますが、彼はセラ・ローレンスについて何も知らないと答えました。嘘ではないことは確認済みです。セラ・ローレンスは本当は誰と会っていたのですか」

「それは俺じゃなくてセラ・ローレンスに聞いてください。俺も知りませんよ」

エージェント・ヴァルカはもちろん、セラ・ローレンスにもお聞きします、と返して次の質問を投げかけてくる。

「心当たりのある人物などはいますか。あなたの主観で結構です」

「分かりません。俺からも質問があります。セラ・ローレンスがカイ・イザードを名乗る第三者に騙されている、というのは考えられないのですか。俺が話を聞いている感じだと、アーサー・イザードについて詳しい人間ならなりすませそうでしたし。セラが俺の前でも接触した人間の名を偽るなんて考えにくいでしょう」

何故か熱くなり反論に近いことを始めてしまった。このままでは俺も仲間と思われてしまう。セラのことは嫌いではないが俺もアーサー・イザードに魅せられている一人とは思われたくない。

「もちろんその可能性も考えられますが、アーサー・イザードとセラ・ローレンスに共通の知り合いはおらず、アーサー・イザードの兄を装って友好関係を築く理由もありません」

「じゃあさ、セラ・ローレンスはアーサー・イザードの兄の名前をどこで知ったのかって話になりませんかね。それにこうして財団に調べられたら暴かれてしまうよな嘘をでっちあげるほど、彼女は愚者じゃない」

反射的に目の前のエージェントをにらみつける。相手もそれは同じであった。灰色じみた緑の眼が俺のことを射抜くかのように見ている。眼に軽くかかるエージェント・ヴァルカの髪の向こうからでも分かるほどだ。

「……言い過ぎました。しかし、セラ・ローレンスが会っていた相手と俺は面識がありません」

そうですか。とエージェント・ヴァルカは答えると、何やら考え込んでいるようだ。まさか質問事項を決めてこなかったのか、俺から情報が得られないなんてありえない、といったところなのか。

「お答えします。セラ・ローレンスがアーサー・イザードから兄の話を聞いた可能性があるため、セラ・ローレンスがカイ・イザードを知っているという点に関しては違和感を覚えませんでした。質問を変えましょう。あなたが信じるのは我々ですか?それとも、セラ・ローレンスですか?」

「場合によるな。アーサー・イザードに関しては財団、でもセラ・ローレンスが誰と会っていたのかについてならセラ・ローレンスを信じるよ」

俺のインタビューが終わると、次はセラ・ローレンスが呼び出されていた。廊下で彼女とすれ違うと、なぜだかどっと安心感に襲われる。学校の面談後みたいだな、なんて思った。


「これよりセラ・ローレンス研究員へのインタビューを開始します」

前回のインタビューと同じように、互いの名前が確認されて、インタビューが始まる。まるで私がおかしいかのような扱われぶりだが、せっかく回ってきたチャンスを逃すわけにはいかない。

「詳細は伏せますが、カイ・イザード氏へのインタビューの結果、あなたと面識はないと証言しており、あなたが彼と墓地で接触したと仰っている日も、カイ・イザード氏は墓地に行かなかったことなどが確認されています。その上で質問します。あなたは一体誰とアーサー・イザードの埋葬されている墓地で接触したのですか?」

「私……は……」

頭が真っ白になってしまう。まさかアーサーさんの兄に成りすましている人間がいたなんて想像できなかった。ならば彼もまた緑に魅せられていたのだろうか。確かにあの眼の美しさは勝るものがない。それでも、彼を知っているかのように振舞って騙すなんて考えられない。

「私には、少なくともカイ・イザードと名乗っており、身分証明書などの確認も行わなかったため、私が接触した人物の身元は不明です。しかし、彼の連絡先は存じているので、接触を行う場合は全面的に協力しましょう」

深呼吸を経て、はっきりとそう言い切ってやる。あの男が誰なのかは分からないけれど、もしかしたらアーサーさんのことを永遠にするために、彼を灰に見せかけた可能性もある。私にとっては到底許せることではない。

「それはまたいずれ。セラ・ローレンス研究員、我々はカイ・イザード氏の協力を得てアーサー・イザード氏のお写真を拝借しました。あなたが彼の顔を見れば思い出すのではないかと考えました。見ていただけますか」

はい、答える。またあの美しい緑を見ることが出来るんだと思うと、心臓の鼓動は速度を上げた。息もどんどん荒くなり、一か月以上ぶりの彼との再会を体中が渇望していたんだろうとすぐに分かった。しかし、全身の高揚感はすぐに収まってしまう。私がアーサー・イザードという人物の生前を写したものを目にしたからだ。

「セラ・ローレンス研究員、あなたが接触していたのはこの男で間違いないですか?」

「いいえ、この人ではありません」

冷静さを取り戻し、そう返答する。写真の中の人物も、確かに金髪に緑色の眼をしており、柔らかく微笑む姿は彼の人柄の良さを伝えてくれている。幾度と行われてきたインタビューで伝えてきたアーサー・イザードのイメージとも合致している。だからこそ写真を見せるに至ったのだと思うが、残念ながら人違いだ。

「本当にこの人物ではないのですか?」

「違います。断言できます」

眼の色だ。確かに緑で綺麗とは思うが、彼の眼のようなこの世の全ての緑を内包しているような、時によって全く異なる緑を見せているような、彼の眼にしかなかった特有の色ではない。

「そうですか。ご協力ありがとうございます」

私は座ったまま軽く礼をし、エージェント・ヴァルカと眼を合わせる。私の視線に気づくとすぐに彼は眼をそらしてしまったが、ヘーゼルに近い緑をしている眼が揺れる髪の向こうに確かに見えた。久しぶりに間近で緑眼が見れたのは、少し嬉しい。

「綺麗な眼ですね」

彼はその私の言葉に答えることなく、私へ退室だけを促した。

セラ、セラ、誰かが私を呼んでいる。仕事を終えて家に帰って、眠りについたというのに誰が私を呼ぶのだろう。

「起きろ、セラ・ローレンス!」

若い男性の声にそう呼ばれ、私は目を覚ます。時刻はまだ午前2時。眠い目をこすり、声の主を見ると、私の眠気は全て吹き飛んでしまった。

「イザードさん!?どうしてここにいるんですか、亡くなったとばかり……」

「死んだ?俺が?そんなわけないだろう。積もる話はダイニングで話そう、ミルクティーとアップルパイも用意している」

これは夢だ。そう自覚する。ここで彼を拒絶すれば夢から強制的に抜けられるが、なぜだかそうする気にはなれなかった。彼と共にダイニングに移動すると、灯が付けられており、なぜか亡くなったはずの祖父と祖母もいた。

「連れてきたよ、アフタヌーンティーの時間にしよう」

今は深夜の2時だと指摘しようとした私のもとに、急に午後の日差しが入り込んでくる。光の発生源であるリビングの方を見ると、私の家にはない筈の出窓に、小さな植物の育てられているプランターが飾られている。驚きの余り辺りを見回すと、クリーム色の壁にダークブラウンの木製のフローリング。ここは祖父と祖母の家だ。間違いない。うろたえている私に祖父が声をかけてくる。

「セラ、何をぼーっとしている。アンナがアップルパイを作ったんだ。いつもならすぐに喜んで席につくじゃないか。具合でも悪いのか?」

祖母も無理しなくていいと言ってくる。この状況は呑み込めないが、この世界を壊したくもなかった。

「ああ、ちょっとぼうっとしてたみたい。アップルパイだーやったー」

わざとらしい演技と共に、席について皿の上に切り分けられたアップルパイを一口食べる。

「美味いか?」

隣に座るアーサーさんがそう尋ねてくる。林檎の甘みの中にシナモンの良い香りが流れていく。サクサクとしたパイ生地の香ばしさとそれがよくマッチするのだ。間違いなく、祖母のアップルパイだ。

「とても、美味しいですよ。それに、なんかとても懐かしい」

頬に暖かい液体がつたっていく。もう二度と味わえないアップルパイに、感極まったようだ。隣でアーサーさんが確かに美味いなと答えたのが聞こえる。

「セラちゃんが泣くほど美味しいと思ってくれているなんて、なんだか嬉しいね」

祖母がそう言って笑う。祖父が君の作るアップルパイが一番だ、と素直に褒めたたえる。

「アンナさん、これ、何か隠し味が入っているだろう、先程見せてもらったレシピだけではこの味は再現できない筈だ。何を入れているのかぜひとも知りたいな」

紅茶の味を殺さないミルクの配分は素晴らしい、なんて思いながらミルクティーを飲んでいた私に、ふとそう尋ねるアーサーさんの声が耳に入る。レシピ通りに作ってもあの味が再現できなかったのはそれが原因だったのか。アーサーさんのアップルパイはまだ半分以上残っている。少し食べただけで良く気付いたものだ。

「何が入ってると思う?」

祖母はアーサーさんにそう返す。忘れかけていたがこれは夢だ。私の知らない知識など出るまい。

「そうだな……お酒の類じゃなさそうだな。でもカスタードとかじゃない。それならもっと甘みが出る筈だ。そうなれば加えられそうなものは……ハチミツか?どうだ、合ってるだろう」

なるほど、と同時に納得した私の耳に聞こえたのは、祖母が残念、はずれ、という声だった。

「ハチミツじゃないの。あなたも知らないものが入っているかもね」

「教えてくれてもいいじゃないか、アンナさん。モランもきっと知りたいよ、セラだって同じだ」

祖父はアンナが言いたくないなら追求しないと言い張る。私は久しぶりに祖母に甘えたかったのか、この夢を現実にしたかったのか、教えてよーと言ってみた。そんな私に、祖母はくすくすと笑って

「それはまた今度にしましょう。次来た時の楽しみにね」

次来た時?そもそも次など存在しない。ここは夢だ。

「次があるの?次会えるならいつなの?」

毎日同じような夢を見る、なんて人もいるらしいが私はそのタイプではない。一度見た夢に、続きはない。

「来年もここに遊びに来てくれるでしょう?」

来たくないのか、と祖父まで尋ねてくる。祖母が亡くなるまでは冬になると毎年訪ねていたが、ここ十年はそうでもない。しかし祖父はその事実を知らないようだ。

「良ければ俺もぜひ呼んでくれ。アンナとモランと、もっと仲良くなりたいからな」

アーサーさんも紅茶を飲みながらそう二人に話す。私もアーサーさんが来てほしいとは思うが、これは夢だ。きっと二度と会えない。その時、現実に戻ってもアーサーさんに会うことは叶わないという事実を再認識した。聞きたい事実があるならすぐに聞かなければならない。同じ夢も二度は見れないのだから。

「イザードさん、お聞きしたいことがあります」

「またか?いいぞ」

アーサーさんは優しい笑みを浮かべて私が何を言うのかを待っていた。

「あなたは、誰なんですか?アーサー・イザードではないと思います」

アーサーさんは眼を見開き、私の発した言葉に動揺しているように見えた。それと同時に祖父母の家だった空間は淀んだ灰色の空間へと変わり、食べていたはずのアップルパイも、にこやかに私を迎えてくれた祖父母も姿を消していた。それでも、上も下もないような単一の景色の中でアーサーさんは祖父母の家の木の温かみ溢れる椅子に座って、その美しい緑の眼を震わせて、私を捉えていた。

「アーサー・イザードの生前の写真を見せてもらう機会がありました。あなたに似た方でしたが、あなたではありませんでした。聞かせてください、あなたはどこの誰なんですか?どうしてアーサー・イザードに成りすましていたんですか?」

「何言ってるんだセラ。俺はアーサー・イザードだよ、見せられたのは昔の写真かもな、俺何年も写真に撮られてないし」

予想通り平然を装っている。核心に迫られても全く焦りを見せないあたり、かなりこういう状況に慣れているのだろう。ここで情報を得られれば、彼にもう一度会えるかもしれない。私はここが夢であることも忘れて質問を続ける。

「嘘です。眼を見ればあなただって必ず分かります。仮に幼少期のあなたの写真を見せられたとしても。私はもう誤魔化されません。答えなさい、あなたは誰なのか、そして人間以外の何なのか」

彼は良いよ、と立ち上がる。そして私に近づくと、私の顎に軽く手を添えて、彼の顔の方へ私の顔を向けさせる。背景がこんな灰色の空間でなければ、さながら少女漫画のワンシーンだ。

「この世界には科学で説明できないものがまだ数多く存在している。まだ説明できないものでいっぱいなんだ。だから待っててくれ、セラ」

彼の眼が一瞬だけ、緑に輝いたように見えた。同時に私は彼から視線を外せなくなる。やはり美しい緑だ。全ての緑が、まがいものに見えるようになってしまう。吸い込まれるほど美しく、息を吸うことも忘れてしまう。私の心は、高純度の緑におちた」

目を覚ます。やけにすっきりした寝覚めに対し、心は夢の中で大事な何かを落としてしまったかのように晴れないままでいた。毛布をめくって、洗面台に行く頃には、夢の記憶はおぼろげになっていき、朝食を食べるころには祖父母とアーサーさんとアップルパイを食べたこと、彼の眼はやはり美しかったこと、この世界には科学で証明できないことでいっぱいだから待ってほしいと言われたことくらいしか記憶に残っていなかった。

夢の中の彼の言葉を信じると、彼はまだ科学では解き明かすことのできない存在なので、科学の進歩を待てということになる。しかしあくまでも夢、私の記憶の集合体だ。とはいえ、一応エージェント・サクラくらいには報告しておこう、と結論付けた。

出勤後サイト内の公衆電話でサクラに夢の話を簡単に報告すると、私は研究室へと入る。実験の計画や必要な器具を、今回の実験を担当するマシューの説明からしっかりと頭の中に閉じ込めた。

昼の休憩になると、私はマシューに昼食を一緒にとらないか、と誘われたので承諾して、持ってきていたサンドイッチを食べる。最近やけに昼食に誘われるような気がするが、好意の類ではないのは確かだ。今も私の向かい側でカレーを食べながら私が話すのを待っている。

「今日見た夢の話でも聞く?」

「一応」

やけに赤い気がするカレーを食べながらも、マシューは私の話を相槌を打ちながら聞いていた。一通り覚えている範囲を話し終えると、良かったじゃん、と話を始める。

「亡くなった家族に会えるって縁起が良さそうだな。どうしてアーサー・イザードが登場するのかは知らないけど。てかそんなに好き?」

「まあね。好きなんだと思うよ。この夢がもしかしたらアーサーさんを名乗るあの人を追う手掛かりにもなるんじゃないかって思ってエージェントにも話はした。私は彼のことが好き、だからこそもし彼が何らかの異常性を持っていて、この世界の秩序を壊すなら、財団職員のセラ・ローレンスとして収容を試みるつもり。私で力になれるかは分からないけどね」

そう言って笑ってみせると、マシューが珍しく真面目な様子で

「絶対できる、セラ・ローレンスなら確実にあいつの正体だって見つけられる。俺もいるし、何なら協力だってするよ。信じてくれ」

食事の手も止めてそう熱弁してくる。気持ちは嬉しいが端っこの方とはいえ共同利用のスペースであり、その中でいつも大人しいマシューがここまで言っているということに対しての驚きの方が隠せなかった。

「えーっと、いきなりどうしたの?気持ちは嬉しいけれど、君がそんなこと言う人には思えない。ここ最近昼食だけは一緒にとりたがるし、何が目的?」

反射的に突き返すような言葉が出てしまう。しまったと思った時にはすでに遅く、マシューはスプーンを半分ほどカレーの残る皿に置くと、ごめん、と呟いた。セラミックに金属がぶつかり、特有のカランという音を響かせる。

「俺はセラが頭おかしくなってるんじゃないか、ともアーサー・イザードを名乗ってたやつはただの人間なんじゃないか、とも思ってるし、エージェントにもセラがおかしいだけだって言い続けてきた。だけど、そうだな……自宅謹慎になろうが一生懸命真実を追い求めてるセラのことをおかしいって言い続けるのも違うと思ったんだ。俺の考えは変わらないけれど、セラが一生懸命取り組んでいることに力を貸したいって思えた。ただそれだけだよ」

「ありがとう、疑うようなことを言ってごめんなさい。一つ提案があってさ」

私はマシューに作戦内容を伝える。マシューは分かったと承諾すると、半分ほど残っていたカレーを一気に平らげ、実験前の最終確認へ研究室に戻っていった。


研究室に逃げるように戻った俺は、誰もいない研究室で息を吐きだす。どうしてセラにあんなことを言ったのだろうか、そんな後悔しか頭の中には存在しなかった。そのうえ作戦とやらの協力者にされ、待っている未来に希望もない。

「でも大丈夫だ、この件を報告すれば……」

俺は優秀な財団職員として特別協力者でありながらセラ・ローレンスの暴走行為を止めた。ならばセラ・ローレンスはどうなる?きっと自宅謹慎では済まされない。俺は減給も嫌、その上解雇なんてまっぴらごめん、それでも真実に向かって突き進むセラ・ローレンスを止めるなんてできるのだろうか。そこまで仕事熱心で、セラから見れば血の通っていない人間のように見られることが可能なのだろうか。ここまで来て論理と倫理が抗争をはじめる。

「でも作戦内容的には、人数が多い方が有利か……それに成功すれば俺の立場もセラの立場も少し上がる……?」

俺にデメリットばかりではないとも思える。一か八か賭けてみるのも悪くないだろう。

「久しぶりに面白い、どこまでも突き進んでやる!」

そう高らかに宣言した直後、研究室に戻ってきた同僚が、若干俺から目をそらしているように見えた。

その後、セラ・ローレンスの作戦を伝えた俺に対するヴァルカの反応はひどいとしか言えないものだった。

「普通に危険すぎます。我々もセラ・ローレンスを通じてカイ・イザードを名乗った人物への接触を試みましたが、相手の素性が不明な以上、下手に接触を行えばセラ・ローレンスに危険が及ぶと判断しています。いくら彼女が要求しようと、接触は推奨できません」

なんでお前までセラ・ローレンスの仲間になってんだよと言いたげな眼をしている。表面上は丁寧に話していても、脳内ではなぜという気持ちを捨てきれていないのだろう。

「そうです。俺とセラでは相手に非異常的な攻撃を加えられたとしても確実に死にます。だからこそあなた達の手を借りたいのです。それに、俺らとセラ・ローレンスの繋がりが相手に判明しなければ、セラ・ローレンスに危険が及ぶことだってないのではありませんか」

セラ・ローレンスの協力者として、俺は申し出る。特別協力者を降ろされたり、監視対象になったりはしない。俺がこの部屋を出るときは目の前のエージェントを納得させた時だけだ。

「監視対象が二人に増えるとは。例の緑の眼の男の持つ異常性は、伝染する可能性もありますね」

ヴァルカはため息をつく。不利な立場に追い込まれてはいるが、恐怖はない。

「そうですよ。俺もあの男に魅せられたのかもしれない。早く調べなければ、次に伝染するのはきっとあなただ」

我ながら馬鹿なことを言っているとは思った。しかし、笑い出すことはないだろう。声をあげて笑うヴァルカを眺めていると、特にそう思う。彼はひとしきり笑うと、深呼吸をし

「あなたの様子を見ているとその可能性も十分に考慮できます。カイ・イザードを名乗り、セラ・ローレンスの前に現れた人物の調査、及びアーサー・イザードを名乗った人物は今も生存しているのか、そうであるならどこにいるのか。調べる価値はあるでしょう。セラ・ローレンスに危険の及ばない範囲で出来ることを考えましょう」

「ありがとうございます。セラ・ローレンス及び緑眼異常実体調査部隊リーダー、ジョナサン・ヴァルカ」

正式名称を口に出してやる。ずっと一介のエージェントのふりをしていたのかもしれないが、お前の立場は分かっているぞ、と教えてやらないと気が済まない。

「ご存じでしたか。では、詳細な作戦が決定次第お伝えします」

決戦前夜、という感じが、なぜか俺をわくわくさせていた。世界の命運がかかっているかもしれないのに。だからこそ、かもしれない。子供の頃憧れていたような、冒険小説の主人公にでもなった気分が俺をそうさせているのだろう。

それから一週間、作戦は着々とリアリティを帯びていき、セラ・ローレンスは作戦の最重要人物に抜擢されている。俺は作戦内容は聞かされたものの特に役割を与えられなかった。強いて言えば作戦後のセラ・ローレンスの観察くらいだ。今の俺はセラ・ローレンスに続く危険人物なのは理解しているとはいえ、意気消沈してしまいそうになる。俺は脇役、主人公になれやしない。

決行日に場所、各メンバーの配置など、大量の情報の詰まった作戦書類をエージェント・ヴァルカはサイト管理者に提出し、作戦が承認されたことを告げる。

「必ず緑の眼の男を収容し、正体を追求します。世界を守るために。共に頑張りましょう」

そう言うヴァルカの声は、いつもと同じはずなのに、どこか熱を帯びているように俺には感じられた。


2000年11月18日、今日が運命の日だ。マシューが喜びそうな言葉だけれど、今の私の状況にぴったりの言葉だと思っている。作戦の日だ。私たちはアーサー・イザードを名乗る男の正体を掴む。その為に彼に一番近い人物であるカイ・イザードを問いただすのだ。

財団のフロント企業の経営する喫茶店の一店舗を貸し切り、カイ・イザードと私、セラ・ローレンスが対話し、情報を掴む。仮にカイ・イザードも何らかの異常存在であったなら、彼もまた収容し、緑の眼の男を追う。最初から財団に敵対的な人物だった場合、彼が何をするか分からない、加えてアーサー・イザードの件として警察を装ったところで、彼は偽物なおだから警戒されてしまっておしまい、それを考慮して私がアーサー・イザードの思い出を語りたいというていで誘い出すことになった。

用意されているアイスコーヒーでのどを潤しておく。あまりにも不審な動きをすれば、何かを隠していることは分かってしまうに違いない。なんて考えながら心臓の鼓動を感じていると、店の中にクリーム色のベレー帽に、紺色のストールを巻いたおしゃれな青年が入ってきた。お客さんとして店内にいる人々の中から、私を探しているようだったので、手を振って彼の名として私が知っている者を呼ぶ。

「カイさん!こっちです」

私が手を振ると、彼も私に気付いたようで、テーブルの向かい側にある椅子に腰を下ろす。

「お久しぶりですね。ローレンスさん。アーサーと、本当に仲良くしてくださってたようで嬉しい限りです。私も仕事疲れが最近ひどいので、たまには何か話したいなって思っていたんです」

彼はそう言い終わると、店員に注文を伝える。その様子は、なぜかアーサーさんに似ていた。

「アーサーさんはすごく良い人でした。優しくて、様々な面白い話を聞かせてくださって、私が良い人ではないことを知っていてもなお、そうしてくださっていたのですから」

アーサーを名乗る彼との10日間が思い出される。もし私が財団職員でなかったら、彼に告白していたかもしれない。そこで振られてしまえば吹っ切れて新たな道を進めたのではないか、なんて考えてしまう。

「ローレンスさんは良い人だと思いますよ。アーサーがそこまで心を開いていたのですから。どうか自信を持ってください。そういえば、アーサーも自分は善人じゃないと言い張っていました。似ているなって思います」

よくもまあそんなすぐに嘘が出る。軽蔑したくなる心を抑えて、会話を続ける。まずは何気ない会話で相手の警戒心を解くのだ。

「そうですかね、彼、本当に良い人なのに。特に仕事でミスして叱られた後どんな気持ちになるか、なんてとても盛り上がったんですよ。済んだこととはいえ落ち込みますよねって」

「確かに、アーサーも同じタイプです。新人のころ、上司にきつく言われたってだけで俺に電話してきたんですよ、社会人にもなってお前なあってついからかっちゃいましたけど」

ははは、とカイ・イザードは笑う。その表情や話しぶりから、警戒心は解いてもらえたかもしれない。

「室内ですし、帽子は外したらどうですか?」

早速気になったことを口にしてみる。確かにファッションとしては悪くないが、室内で帽子をかぶったままというのは少し気になってしまった。最近は室内でも帽子を脱がないのが流行りなのだろうか。

「そうですね、……緊張しているのかもしれません」

そのまま緊張していればいい、そう言いたいのを抑えつつ、いきなり呼び出してしまいましたからね、とあたり触りのないことを口にする。アーサーさんを名乗った人物にも、こうして接触したのを覚えている。あの時は一人であったが、今ここには仲間がいる。それにカイ・イザードはおそらく人間だ。大した脅威じゃない。

「まあ、本題に入りましょう。あなたは、誰ですか」

店内の空気感が変わる。皆が私たちを警戒している。カイ・イザードはそういうことだったんですね、と呟いた。そして私を見るその目は、敵意に満ちていた。

「カイ・イザードですよ、といったところで、あなたはそうでないことをつかんでいるのでしょう。そしてあらかた、弟の居場所を聞こうというわけですか。弟は死にましたよ。あの日の交通事故で」

「あそこで亡くなられたのはアーサー・イザードさんです。私の会っていたアーサー・イザードを名乗る別人ではありません。私は彼が好きでした。それが彼にとっては重荷になったのでしょう。彼が生きているのか、そうでないのか、それだけでも教えてください。会いに行ったりはしません。ただ、あの人が生きていると分かれば、私はそれでいいのです」

「それならしばらく待ってみるべきですね。彼の生死が分かる時が来ます。科学がそうするのかもしれない、あるいはもっと大人になった君が彼と再会するのかもしれない。今答えを出すことはできませんよ」

ふと、この前見た夢の内容を思い出す。アーサー・イザードを名乗る彼が言っていたのと同じだ。

「この世界には科学で説明できないものがまだ数多く存在している。まだ説明できないものでいっぱいなんだ。だから待っててくれ、セラ」

私はそう言葉に出す。目の前の青年はその言葉を発する私に驚きを見せ、どうしてそれをと呟く。

「忘れたと思いましたか。あの緑に魅せられた理由が、今わかったかもしれません。あれは私の精神に何らかの干渉をしていた。それも効く人間と効かない人間がいるから、効く人間を選別して。そして自分に都合の悪い行動をすれば姿を消して影響力が薄まるのを待つ。そうなのでしょう」

「仮にそうだとして、あなたに何ができるんでしょう?通報したところで取り合ってもらえない。そんな空想めいた話、誰が信じるのか」

「信じますよ、そうでなければこんな話しませんから」

何かを察したように目の前の相手はここは払いますと言い席を立つ。

その瞬間を狙い、喫茶店の客を装っていたエージェントが彼を拘束しようとする。しかし、彼はそれにいち早く気付き、ひらりと交わす。どうやら身体能力はこちらの想像以上だ。このままでは鎮静剤で無力化するか、それも効かなければ逃げられてしまう。私は、心の片隅に存在するほんの小さな可能性にかけることにした。

「行かないでください、せっかく会えたのに……アーサーさん」

作戦内容にないことだ。全体の空気が凍り付く。とっさに立つ上がった私の足も、根が張ったようにその場から動かないことを選んだ。それは、カイ・イザードを名乗っていた男も同じだ。

「いつから知っていた、セラ・ローレンス」

懐かしい声がそう尋ねる。思わず涙が流れそうになるのをこらえて、私は二か月ぶりくらいの彼との会話に集中する。

「つい先ほどまで、私にも分かりませんでした。きっと、顔を覚えていれば分かったのかもしれませんが。でも、いつか時代がアーサー・イザードを解き明かしてくれるっておっしゃられたときに、可能性の一つとしてあなたがアーサー・イザードを名乗って私に接触した人物なのではないか、と。だってあんな言葉、自分が何者なのか認識していないと出ない言葉でしょう。貴方の名前を教えてください」

懐かしい声が笑う。全てが止まったような時間に、私の眼だけが熱くなる。

「名前……か。俺に名前はない。時間の中で失ってしまった」

彼はそう言って私の方を向く。そしてかけていた眼鏡と、コンタクトをしていたようでそれを外す。その眼の色は、私が永遠ともいえるほどの長い二か月の間渇望した、あらゆる緑を秘めたそれだった。

「騙していたことは悪かったと思っている。でも、ここまで俺のことを想っていてくれたことは嬉しかった。俺のことなんて嫌いになったかもしれない。それでも俺はセラのこと意外と好きだな。だからさ、俺を助け出してくれ、セラ・ローレンス」

凍り付いていた体が急に熱を帯び、気づいたときには彼の腕をつかみ、店外へと走り出していた。

「私、公言出来ない職業なんですけれど、あなたを閉じ込めることが世界の為だと思っていました。しかし、きっとそれは違ったんですね。私がいますし、あなたがどこにいてもあなたが何者かを知っていくことはできると思います。だって、理屈抜きに私は……」

続きを言おうとしたが、私の手は彼から離れてしまい、地面に体ごと押し付けられる。

「アーサーさん、逃げて!」

そう叫ぶ私に、相手が針のようなものを刺したのが分かった。鎮静剤だ。同時に思考が回復する。アーサー・イザードは異常であり戦わなければならない相手、なのにどうしてあんなことしたんだろう。刹那の思考はすぐに途切れた。


2000年11月20日、緑の眼の男にミーム汚染の類のないことが判明し、俺、マシュー・ウィリアムズも監視対象から外してもらえることになった。その代わり例の緑の眼の男を追う一員に異動となってしまったが。

「結局、セラ・ローレンスは解雇になるんですか」

インタビュー記録を俺に見せてくれると言い出したトア・サクラという女性のエージェントに聞いてみる。俺の権限では教えてもらえないのではないかとも思ったが、彼女は案外簡単に話しだし

「ならないです。記憶処理を経て通常業務に戻ってもらうことになりましたので。ウィリアムズ研究員はこちらに異動で彼女との接触は控えてもらいます」

「俺が役に立つんですかね、異常実体と戦うのは無理ですよ」

「あなたの専門はなんでしたっけ」

「……動物行動学ですが」

サクラは面白そうですね、と微笑を浮かべた。大人、というのはこういうものなのかもしれない。俺もとっくに大人なのに、彼女はより大人に見える。

「結局、どうやってあれだけのエージェントの中をあの男は逃げ出したんですか?」

その問いに、彼女は顔を曇らせる。流石に自分たちの失態を指摘されたくはないのだろう。

「異常性に数名のエージェントが暴露し、作戦の妨害を行いました。セラ・ローレンスをはじめとする彼らを鎮圧し終わるころには、あれは姿をくらませていました」

「単に相手を魅了するだけだと思ってましたが、そうでもなかったんですね」

「流石に予想外でした。結局正体も分からずじまいですし」

資料の保管室に到着すると、サクラが一本のCDを再生装置に入れる。ディスクの回る独特な音に続き、セラ・ローレンスの声が聞こえ始めた。

「この度は大変申し訳ありませんでした。あの人を目にすると、体が勝手に動いてしまったんです」

「あの人物の眼には精神影響を及ぼす異常性が含まれている可能性が高いです。解明のためにも、当時の状況を教えてください」

エージェント・ヴァルカの声も聞こえてくる。彼に対し、セラがアーサー・イザードを名乗っていた彼を見ると、心が大きく揺さぶられるような感情を持ったこと、助けてほしいと言われ自分はそうするしかないと思ってしまったこと、今でも彼のことが好きなこと、を語っていた。その声は失恋した少女のものを思わせるところもあり、なんとも複雑な気分だった。

そんなぐちゃぐちゃの心の俺に、サクラが言うには、彼の異常性に暴露した者は皆同じ事を言っており、その中でもセラ・ローレンスが一番強く精神に影響をきたしているらしい。

大変ですね、と誰に向けてなのかもわからない言葉をつぶやくと、サクラはここからの彼女の話をよく聞いてと強く促してくる。耳をしっかりと傾けると、昨日のセラの声が話し出す。

「彼が私と逃げている時に言った言葉なんですけどね、ある日宇宙から行き止まりの世界から降りてきたものがいて、それは永遠だったそうです。彼はその永遠を分けてもらっただけでなく、人を使って生き延びる術ももらったそうです。彼にとっては私もまた、彼がこの世界で人間であるための道具なのでしょう。こんなこと思うのは間違いかもしれませんが、残念に思います」

付与予定タグ: tale jp


ページコンソール

批評ステータス

カテゴリ

SCP-JP

本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

GoIF-JP

本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

Tale-JP

本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

翻訳

翻訳作品の下書きが該当します。

その他

他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。

コンテンツマーカー

ジョーク

本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。

アダルト

本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。

既存記事改稿

本投稿済みの下書きが該当します。

イベント

イベント参加予定の下書きが該当します。

フィーチャー

短編

構文を除き数千字以下の短編・掌編の下書きが該当します。

中編

短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。

長編

構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。

事前知識不要

特定の事前知識を求めない下書きが該当します。

フォーマットスクリュー

SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。


シリーズ-JP所属

JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。

シリーズ-Other所属

JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。

世界観用語-JP登場

JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

世界観用語-Other登場

JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

ジャンル

アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史

任意

任意A任意B任意C
    • _


    コメント投稿フォームへ

    新たなコメントを追加

    批評コメントTopへ

ERROR

The Tobisiro's portal does not exist.


エラー: Tobisiroのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:6759215 (21 Aug 2020 09:12)
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License