死者は二度死なず バックアップ用
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丘を越えて
もう一度
大切な人と出会い
再び生きよう
闇の中で刃を振るい
光の中で死す
丘を越えて
もう一度だけ

アシュリンは両手を合わせて祈りの言葉を唱えた。彼女は剣を引き抜くと目の前に置き、緩慢な動作で自身の手のひらを一直線に切り裂いた。死神へと祈る心は棄てられた地の中では役に立ったが、そうした者はその事に気付くほどに明晰な心を持っているという訳ではなかったのだ。

彼女の主であるヒュブリス卿は、そのような恥ずべき信仰の表現を見下していた。彼は殆どの神を憎んでいたが、特にアビルトに対しては憤りの念を持っていた。アシュリンはその理由まで詳しく知らなかったが、それがヒュブリス卿に尋ねてはならない事だというのは誰よりもよく知っていた。それでも、彼女は母の教えを決して忘れたりはしない。それに、ヒュブリス卿が知らない事で彼を傷つけてしまうような事もない。

ポーツマンから徒歩で二日もかからない砂丘の上で、アシュリンはヒュブリス卿がこのサイトュに何を求めているのかについてを考えていた。彼は古の不思議の一つに興味を持っていた。四角くて、金属でできた、黒と白の顔のあるものだ。

彼女は、肩掛けの鞄に十分なスペースがあることを期待していた。


どこか遠くでは、アンデッド達が砂上を闊歩していた、彼らの古巣であるサイトュは半分が埋もれていた。その白い壁は、棄てられた地を覆い隠すベージュ色の砂漠の砂とは反対であった。仮にアンデッドに良識があったのならば、棄てられた地へとご親切に帰郷してくださるだろう。

だが、新しき人は非常に粗野でいらっしゃるのだ。

彼らの行動は、賢明な旅人を遠ざけるのには十分すぎるほどだった。何らかの理由で近づこうと考えても、棄てられた地には圧倒的な数、彼らがいるので大半の人は躊躇ってしまうだろう。

大半の人は、だが。

アシュリンは砂塵をすり抜けると、風に運ばれる砂と同じ方へと動くように努めた。アンデッドは視力が良くない故に、こうにも複雑な警戒をする必要なんてないのかもしれないが、用心しても、しすぎるなんて事はない。

彼女は音を立てないように注意しながら、先程入手した円形になった刃でサイトュの扉を切り裂いた。アンデッドは彼女から遠く離れたところにいたが、音は砂の風へと乗って遠くまで届く。人の大きさくらいの穴が空いたところで、アシュリンはサイトュの中へと入っていった。

アシュリンはこのようなサイトュへ訪れる事は初めてではなかったが、ここだけは他と違っていた。彼女は壁の中から、旧世界の亡霊達がお互いに話し合っているのが聞こえて来るような気がした。恐怖で胃の中が膨張するのを感じ、アシュリンは暗闇の中でも少しは良く見えるようにと目を細めた。迷子にならないように扉へ印をつけ、五感を研ぎ澄まし、サイトュの探索をした。

ホール内は死臭を放っていた。飛散した古代の血痕が金属製の壁を錆びたような色へと染め上げ、その近くに亡霊の大声で話す声がした。アシュリンの処理能力は、彼女が下へ行けばいくほど多くの死体を目にすることとなり、迷いを見せ始めた。確かに、彼らの世界の終焉の頃、古き者のいくつかは殺されたのちに、新たなる者としての再復活を果たしたのだが、彼らの全てがそのような運命にあったわけではなかった。ここにホール内を徘徊するそれがいないことを願うばかりである。

アシュリンは気を引き締める。ヒュブリス卿は二度も失望して下さるような人ではない。

ホールの端に影がちらつき、アシュリンは剣を抜く。息を潜めてアビルトへの祈りの言葉を唱えると、指にはめた彼のシンボルの描かれた指輪に手を触れ、その正体へと近づいた。

アシュリンは剣を握る力を強め、ホールの端へと影を落としたものを破壊する準備を行っていた。サイトュには不思議と怪物しかいない、なんて話はアシュリンがもっと若く、素朴な探検家だった頃に学んだ教訓だ。彼女は剣を頭上高くへと掲げて、ホールの角へと忍び寄り、身構えた。

彼女は目をぎらぎらとさせた見覚えのある小さな生き物が、彼女を見つめてきたのを目にしたのみであった。それは彼女の身長の半分程度で、探検をするにはあまりにもふわふわとしすぎているようであった。その生き物は吠えると、彼女へと微笑んだ。アシュリンはどうやってこの生き物は無傷でここまで降りてこられたのだろうなんて考えていると、天井に地表へと通じる穴を見つけた。彼女はうんうんと頷いた。

「アルピン、バカな獣ね。死ぬほど怖かったじゃないの」

アルピンは尻尾を激しく振って答えた。

「ま、これほど忠実な仲間はいない、そうだよね?」アシュリンはアルピンの頭の毛を撫でながら、自身の出てきた廊下を見下ろしていた。薄暗いけれど、アシュリンが前に残しておいた壁の印は確認できた。いくつか未踏破の部屋があり、恐らく、まだまだここには多くの不思議があるということを意味しているのだろう。

アシュリンは普段はもっと用心深く、聞き覚えのない音を聞いたり、少しでも怖いものを見てしまうと、すぐにサイトュを去ってしまうことが多い。しかし、アルピンの唐突な出現は、彼女に新しい自信を与えた。アルピンは水の中を泳ぐように鉄へ穴だって開けられる。

アシュリンの剣の腕前とアルピンの能力の前では、棄てられた地の殆どの生き物達(もちろんサイトュの中のものも)には勝ち目などなかった。

アシュリンは印をつけていないドアへと近付いた。扉の右の壁に掛けられている奇妙な装置は九つの奇妙なシンボルの上で赤い光を放つものであった。そのシンボルは旧世界のものであり、アシュリンは古文書の中で見たことがあった。彼女はそれが何であるのかは知らなかったが、正しい順序でそれを押すと、時々サイトュの扉が開くこともあった。

何十通りもの組み合わせでシンボルを押してみたが、ランプは依然として赤いままだった。サイトュの他の扉の組み合わせも試してみたのだが、ランプは赤いままだ。一度に全てのボタンを押してみても、ランプは赤のままである。

アルピンは吠えた。

「ああ、あなたは天才ね、アルピン!」アシュリンは笑顔になった。彼女はドアを指差し、「やっちゃって」と言った。

傍の獣は再び吠え、体を乾かすためにするようにぶるぶると体を振った。すぐにそのスピードは増して、アルピンの体は回転するぼやけた毛皮になっただけであった。アルピンが一歩前へ踏み出すと、地面が振動する。

彼の鼻は簡単に金属を貫通して見せ、ドアはすぐに開いた。古代の空気のにおいが彼女の鼻をつき、身震いをした。

そして、耳をつんざくような音がホール全体へと響き渡り、彼女はパニックに陥ってしまった。

「この場はガイヤの鍛冶場なり!」

音は止まず、静寂の訪れる気配もない。アルピン天井に向かって唸ったり吠えたりしている。古い言葉で何かを言っている声はしているが、アシュリンにはその内容が理解できなかった。心臓発作でなければ、記憶をたどり解決へと進めたかもしれないが。

しかし、その時アシュリンは、サイトュから少しでも離れることしか頭になかった。

アシュリンは部屋の中にあったものを手に取り、鞄へと詰め込んだ。幸運にも、彼女の発見したものは小さかったのだが、急いでいたためにアシュリンは自分が何を掴んだのか見る事は出来なかった。彼女が知るのは、それが金属の物体であるということだけなのである。彼女はそれがヒュブリス卿に頼まれた不思議である事をアビルトへと祈っていた。

アルピンは外で大声で吠えていた。そのうちに彼女の体は震え出し、どこまで震えれば止まるのかはアビルトのみぞ知る。彼女は部屋を出るとすぐにしゃがみ、アルピンの毛並みを撫でてやった。アルピンは落ち着いていき、吠えていたのが唸り声へ変わっていった。

「私たち、他のところへ行かないと!」彼女はそう叫んだ。

そして、彼らはホールへと走り出した。アシュリンは扉につけていった印を辿っていくと、簡単にサイトュの入り口へと辿り着いた。彼女は廃墟を見ると、西より大きな砂塵の雲が近づいているのに気付いた。砂塵の雲というのはあのように動くものなのだろうか?今までに見たことのないような光景であった。

あれは……人間?


遠くで物音を聞いたのでアンデッドの群れは東へと顔を向けた。彼らの這い出てきた地面の穴から遠く離れていたところを彷徨っていたが、千年も死を忘れていれば、脳への負担は計り知れない。何年も一方的に歩き続けた後、やがて彼らはその場へと留まることを選んだ。

全ての新しき人がそうであったように、彼らもかつては人であった。サイトュは彼らの故郷であり、彼らの多くが滅びる前に見た最後の場所である。旧世界が終わる前に救いを求めて来た者も、旧世界の滅んだ後に移住して来た者もいた。長い時間をかけて旧世界の人達は何かを求めて集っていた。それは希望か?あるいは、贖罪か。

いずれにせよ、彼らは同じ運命を辿ったのだ。

そこには新しき人の全員が立っていた。旧世界の住人達の巨大な集合体として。白とオレンジの大きな集団は、約千年もの間、目的もなく彷徨っていた。多くの常識の持ち主達は彼らを避けるようにしていた。棄てられた地の新しき人達のいる場所の周りの大半の人は、静かに、そして自身へと何も警告しない彼らに対して平静を保った。

しかし、東の方より聞き覚えのある音がしたので、彼らは一人ずつ、東へと移動して調べる事とした。


アシュリンは、砂塵が自身へと向かってくるのを目にし、心臓が口から飛び出しそうになってしまった。最初は、新しき人達の間をこっそりと歩いていくのは造作もないことであったので、特別注意は払っていなかった。しかし今は活動的であり、数も多すぎるので回避する事は出来そうにない。

アルピンはサイトュの中の何かへ向かって吠えた後、赤く染まった闇へと戻っていった。アシュリンは神に誓って彼を追った。あのバカな獣は彼女の棄てられた地における唯一の仲間で、彼に何かが起こるより前に、死後の世界へと送られるのは彼女となるだろう。

「アルピン!」彼女はホール内で獣を追いかけながらそう呼んだ。「方向はそっちじゃないわよ、このバカ獣!」

しかし、アルピンは追いかける姿勢を崩さなかった。アシュリンは暗闇を覗き込んでみたが、目の前のアルピン以外は何も見えなかった。獣は何もせず、ただただ吠えている。アシュリンは彼を落ち着かせようとしたが、それはうまくいかなかった。

アルピンは宙を舞い、壁の方へと投げ出された。アルピンは息を一気に吐き出して、呻き声をあげた。アシュリンの心臓はバクバクと鼓動している。彼女は剣を下ろすと、その先が自分の顎と同じ高さになるようにとした。アルピンが何があったのかは分からないけれど、何もないわけではないのは分かった。

アシュリンはアルピンを追い越すと、剣を振りかぶって悲鳴を上げながら傍の壁へと衝突した。その一撃で火花が散る。刃には振動が伝わり、アシュリンの指を揺さぶる。彼女の腕は震えていたが、それは気に留めるまででもなかった。アルピンは床の上で大きく息をしていた。アシュリンはこの獣が怪我をしていることに気付き、彼の血はすでに古代人の血と混ざっているのに気付いた。

彼女は再び剣を振りかぶる。彼女の刃はもう一度壁とぶつかるのみであった。

不可視の何かが背後から彼女を襲い、彼女は顔から床へと倒れ込んだ。彼女は不安な足取りで立ち上がる。鼻の切り傷から血がぽたぽたと流れ出ている。触れてみると、思わず声を漏らした。その後、脇腹と背中に強烈な一撃を食らった。彼女は何度も剣を振ったが、空を切り続けるだけで、何も起こらなかった。

アルピンの鳴く声がだんだんと静かになっていった。アシュリンは立ち上がると、もう一度剣を振りかぶり、ついに何かに当てた。何に当たったのかは分からないが、自分と同じように悲鳴をあげたという事だけは理解できた。彼女の剣は消え、見えない何かに刺さったようであった。

それは古い言語で何かを言うと、現在使われている言葉で彼女へと悪態をついた。

「ちくしょう!」不可視の何かはそう言った。彼女の剣が何もない所から現れて、カタカタと音を立てて落ちた。

アシュリンは当然の如く混乱しアルピンの痛みを癒す為に走った。出血は殆どが表面的なものであったので、アシュリンはアビルトへ素早く祈りを捧げた。彼女は何もないところへと向き直ると、剣を握って話した。

「や、やぁ?」

艶のない髪に浅黒い肌の男の頭部のみが現れる。顎に太い顎髭があり、左目の上には赤い線がキラキラと輝いている。その顔は彼女を見上げていた。彼女が意味のわからないことを言ったので、彼は眉をひそめた。

「何だ?」

その人物は何か別の言葉を話した。今度は最初に行った言語とは少し違う響きをしていた。アシュリンにはそれでも、理解できなかった。

「何言ってんのか分かんないんだけど!」

その男はため息をつき、「俺はお前らのこのしゃがれた言葉を話さねばならないようだな。新しき人はもうすぐ俺たちの元へと来るぞ。お前にはスーツが必要だ」

「あんたはアルピンを殺そうとしたじゃない!」

「新しき人の侵入のきっかけを作ったのはお前だ」

アシュリンは肩掛けの鞄を後ろにやると、壁に背を向けた。「私はただの探検家よ」

男は二度瞬きをすると、「そのようだな。こっちへ来い、犬は置いて行けよ。足手まといになるだけだからな」

「犬?」アシュリンは犬という言葉を聞いた事はあるが、それは四本の足と毛皮を持っているというものだった。アルピンは毛が多すぎる。それに足の数もだ。

いずれにせよ、アシュリンはアルピンを背負い、頭部だけの男を追った。彼は彼女をサイトュの地下深くへと導いた。そこは床はひび割れ、壁は錆びつき、曲がりくねった廊下には、血痕が飛び散っていた。亡霊の声は、頭上で叫び声を上げる騒音よりも大きく彼女の耳へと入ってきた。その隣で、特定のシンボルがいくつか押されると、扉が開いた。

その中には、アシュリンの今までに見たことがないような黄色い機械の塊があった。それは人間のようにも見えたが、人間よりもはるかに大きく、動くには重そうであった。関節部分にワイヤーやチューブが絡み合っているのを見ると、彼女は恐怖を覚えた。その機械を見つめるだけで、彼女は落ち着きを失っていた。

「入れ」男はそう命令した。

「でも……」

天井が揺れた。新しき人は故郷へと戻って来たのだ。

「スーツの中に入れ」

アシュリンはアルピンを見る。獣は彼女を見つめ返すが、まだ弱っているようであった。彼女はアルピンをもう一度床へと置くと、もう一度落ち着きを取り戻すようにした。彼女はアビルトに祈りを捧げると、その機械の中へ入ろうとする。それは無表情なヘルメットを通して彼女を見つめていた。その事は、彼女にとっては異質であった。また、上からの揺れが起こり、彼女はそれに誘われるかのようにして中へと入った。

機械の中は妙な暖かみを帯びていた。アシュリンはまるで王様へのご馳走を食べたかのような気分になり、疲労が一瞬にして消えた。彼女は不安な足取りで立ち上がると、自身を見下ろす。アルピンは立ち上がり吠えはじめた。

「よし」そう言って、男は再び姿を消した。「あとは、お前らがそこで待っているだけだ」

「どうして助けてくれたの?」彼女はそう尋ねる。

「さぁな」

アシュリンが別の質問をするより前に、新しき人達が前へと現れる。アシュリンは剣を振り上げてそれを迎撃したが、彼らは彼女を無視するだけであった。新しき人達は、部屋の内部の空気を吸い込んではいたが、攻撃してくるものはいなかった。アシュリンは無意識に息を吐き出すと、誰もいないサイトュのホールを歩いた。姿は見えなくなっていたのに、少なくともアルピンはついてきてくれていた。

ヒュブリス卿はこの事について、お喜びにはならないだろう。

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