ディストピア
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「D-432145、部屋から出ろ。」

今日もまたこの日が始まる。放送室のような部屋の、無機質なマイクの前で、大空 令おおそら れいは目の前の紙を読み上げていく。
目の前のモニターには、オレンジ色のつなぎを着た人々Dクラス職員が詰め込まれた部屋が映し出されている。彼らは一様に怯えた表情をしていた。
番号を読み上げられたDクラス職員は、震えた足取りで部屋のドアを開け、外へ出る。
隣のモニターには、不定形の怪物と先ほどのDクラス職員が映っている。不定形の怪物はDクラス職員に近づいた後、即座に彼を取り込んだ。

「……可哀そうに。」

誰にも聞こえないような声で、令は呟く。哀れむような目でモニターを数秒見つめ、Dクラス職員の叫び声が聞こえなくなった後。

「D-432146、部屋から出ろ。」

再び紙を読み上げた。読み上げられたDクラス職員は金髪の女性だった。
読み上げて数秒ほどしても、彼女は動く気配がない。令はため息を吐いた。こういうことは珍しくない。

「D-432147、D-432148。本日の実験給餌は免除する。D-432146を部屋から出せ。」

即座に黒人であるD-432147と白人であるD-432148は動きだし、二人掛りで彼女を押さえつけた。彼女は抵抗するものの、男2人の力には叶わず、部屋から追い出される。
彼女の断末魔と骨を折る音が響く中、2人は血走った目で生を得られたことを喜んでいた。
数秒して、断末魔は消える。

「D-432149、部屋から出ろ。」

「D-432150、部屋から出ろ。」

「D-432151、部屋から出ろ。」

ただひたすらに手元の紙に書かれたものを読み上げる。他のDクラス職員に強引に追い出される者、泣きながら部屋を出る者、別の者を道連れにする者もモニターには映るが、令は淡々と手元の紙を読み上げていく。

数十分ほどして、部屋にブザーが響く。

「これにて実験給餌を終了する。」

一瞬聞こえたDクラス職員の歓喜の声は、モニターの電源が落とされたことにより即座に聞こえなくなった。
はぁ、と令はため息を尽きながら、背後の棚からファイルとノートパソコンを取り出す。
ノートパソコンを立ち上げ、ソフトを開き、実験給餌に使われたDクラス職員の番号や情報、反応を書き込む。20以上のそれを終えると、今度は業務報告を書き上げる。書き込めそうな内容もないのを必死にでっち上げ、ようやく終わったそれを印刷し、ファイルへと挟みこんだ。
後は時折送られてくる業務をこなし、19時になるのを待つだけだ。
大規模な計算、グラフの作成、資料の統括などを卒なくこなしていると、部屋にブザーが鳴り響く。
部屋に置かれた24時間時計は、すでに19時を指していた。
はぁ、と令は息を吐く。立ち上がると、背骨やひざが音を立てた。ファイルやノートパソコンを片付け、自身の住むアパートへと向かう。顔には作られた笑みを浮かべながら。
道中すれ違う職員たちも、全員が笑みを浮かべていた。しかし、その笑みは作られたものではなく、自然な笑みだ。
古びたコーヒーの匂いと有機溶剤の匂いが混ざった、不快な異臭を放つ廊下を通り、タバコの臭いが染み付いたエントランスを抜ける。
外は下水と腐ったパンが混ざったような臭いが僅かにするものの、財団施設よりはマシな臭いだった。

真っ黒に塗装された道路を歩いていると、ようやっと彼が住むアパートに到達した。
アパートの側面には財団のシンボルの中央にリアルな目が置かれた絵がでかでかと描かれ、「SECURE CONTAIN PROTECT」とすぐその下に書かた巨大なポスターが貼られている。錯覚を利用しているのだろう、常にその目に見つめられているような感覚に襲われ、得も言われぬ不快感を感じる。この感覚には未だに慣れない。
いくつもの自動感知型監視カメラと、壁に貼られたポスターに見つめられながら、令は階段を上る。彼の部屋は4階にある為、あと2回はこのカメラ群とポスターに見つめられなければならない。一刻も早くこの空間を通り抜けたいという思いからか、僅かに早歩きになっていた。

部屋に入れば、今度は音楽が聞こえる。部屋の壁一面を占めるように置かれた巨大なテレビは、財団交響楽団の演奏風景を映していた。楽器は全て白と黒に塗られ、財団を即座に連想させた。
この巨大なテレビはカメラスクリーンと言い、財団職員の自室には必ず備え付けられているものだ。これ自体が巨大な監視カメラとしても機能し、全ての行動は監視される。
令は、まるでテレスクリーンの様だとずっと思っていた。テレスクリーンとは、ジョージ・オーウェル執筆の「1984年」に登場する、テレビと監視カメラの両方の機能を兼ね備えた装置だ。
以前から令は、この普段の日常がどこか「1984年」の作中世界と似ているように感じていた。
壁に貼られたポスター。テレビと監視カメラの機能を兼ね備えた装置。少数独裁。財団が「1984年」を参考にしたのかとさえ思える。

硬いソファに腰かけ、カメラスクリーンの映像を見る。音楽は監視社会になってもあまり変わってない。
変わらずベートーヴェンの交響曲第5番が演奏され、その後にホルストの組曲「惑星」が通しで演奏されていく。
財団が世界を掌握してから、近代の音楽のいくつかは作曲家らとともに抹消された。
しかし、古典音楽は抹消されず、こうして残っている。最も、O5評議会のメンバーの何人かが古典音楽を好んで聞いていたからという理由ではあるが。
令にとって、娯楽と呼べるものはこの音楽鑑賞だけだった。音楽を聴きながら、食事が出るまでソファの上で横になる。そんな生活を毎日送っている。
数時間ほどして、ソファの前にあるテーブルの上に、ステンレスプレートとコップ、スプーンが現れた。
いくつかの塊が浮かびドロッとした真っ白なスープ、茶色で身の詰まったパン、灰色の不透明なゼリー、砂糖をスティック状に固めたもの、蛍光色のジュース。お世辞にも美味しそうには見えないそれを、令は掻き込んでいく。
ぼそぼそとしたパンを酸味のあるスープで流し込み、味がせず妙に弾力があるゼリーをかみ砕く。合間合間にケミカルなメロンの味がするジュースを飲み、辛く感じるほど甘いスティックをかじる。
お世辞にも美味しいとは言えない食事を完食すると同時に、それらはどこかへと消えていった。
これらは全て財団の自動食事配給システムにより、テレポートで送られてくる。完食が義務付けられており、完食するまでは食器がテレポートすることはない。財団の上層部はこれよりもはるかに良い食事__牛のステーキや新鮮な野菜のサラダなど__が送られてくるとの噂だ。

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