アイテム番号 | オブジェクトクラス |
SCP-XXXX-JP | EUCLID |

SCP-XXXX-JPと、SCP-XXXX-JP-A(中心)。
特別収容プロトコル
SCP-XXXX-JPは正常社会に対する影響に乏しく、その必要性の薄さから収容は保留中です。ただし、SCP財団の組織やアイデンティティに深く関与している事から、異常社会部門がこれを研究する事となっています。
説明 - SCP-XXXX-JP
SCP-XXXX-JPは『財団街』と呼称される、幅10mの石畳の道路に隣接する形で様々な建造物が並ぶストリートです。各建物には電力や水道などが備わっていますが、住民らはそれがどこから通っているかを知りません。また、各店舗が営業するための材料なども定期的にその店舗の望ましい場所に出現します。住民らはこれに疑念を抱いていますが、詳しく調査しようとはしません。
SCP-XXXX-JPの住民は、いずれも一貫性のない時期に行方不明となった財団職員です。何らかの要因でSCP-XXXX-JPに転移したものと思われますが、どのような経緯で自分がそこにいるのかについては曖昧な回答しか得られていません。なお、住民らの「疑念を持ちながらも詳しく知ろうとはしない」という性格は、財団職員の一般的な性格と真逆であり、この性格が生産的な活動や変化を抑制させています。
補足 - 性質と景観構造
SCP-XXXX-JPはワープ航法によってのみ辿り着ける余剰次元という有限空間であり、現実世界には存在しません。初期調査では4人編成のチームが組まれ、ワープ装置によるアクセスが試みられました。しかし、パルヴァ研究員がワープした後、予期せぬ事態により装置が故障したため、氏のみがSCP-XXXX-JPに取り残される事となりました。
以下は派遣から3日後、パルヴァ研究員から現実世界に送信された音声記録の書き起こしです。
こちらリン・パルヴァ、報告します。
ここは現実世界とそう違ってはいません。昼になればカフェや服屋が開き、人々は動き回ります。夜は店が閉まり光が消え……はい。ここはヨーロッパの歩行者空間のような街並みで、とても開放的な空間です。
ただ、とても窮屈に感じますね。人は少ないですし、道幅も広いのですが。建物と建物の間に隙間がほとんど無いのです。ただ一直線に続く道の沿いに建物がミッチリ詰まっています。
大事なことを言い忘れていました。ここにある建物は、我々の組織そのものがモチーフになっているようです。店名もそうですね。"財団服飾店"、"SC Pasta Shop"などなど。どうやらここの住民は皆、かつて財団職員であったようですよ。これについては後日調査します。
後はですね……そう、この空間は開放的だと言いましたが、本質的には"閉じ込められている"と言っても過言ではありません。その理由は、一続きになっている道路の両端にある暗闇です。人々はそこに近付こうとしません。これが何なのか ― とにかく、両端は異質な暗闇で行き止まりになっています。
ただここだけは、この場所で唯一明らかに異常なものだと感じます。
説明 - SCP-XXXX-JP-A
SCP-XXXX-JP-Aは、SCP-XXXX-JPの両端に位置する空間異常です。光や赤外線を吸収しており、トンネル状の暗闇として認識できます。SCP-XXXX-JP-Aに壁や地面はあるのか、どの程度続いているのかは判明していません。
住民らはSCP-XXXX-JP-Aを"トンネル"と呼んでおり、接近を避けています。これは暗闇に対する正常な回避情動であるとも考えられますが、住民らに対する調査により、接近を避ける理由がその情動以外にも存在する可能性が高いと結論付けられました。
現在まで、SCP-XXXX-JP-Aに進入した人物は確認されていません。
補遺1 - 住民へのインタビュー
パルヴァ研究員は一週間を雑談など緊張のない会話に費やす事でコミュニティに受け入れられた後、SCP-XXXX-JPに関する本格的なインタビューに取り組みました。
インタビュアー: リン・パルヴァ
インタビュイー: ルース・アラン
(2人はバー"Founders JP"で雑談している。)
アラン: "六"を注文するとは、イイ趣味をしている。飲み慣れてるのかな?
パルヴァ: ええ。残業続きでしたが、給料だけは良かったので。スッキリ酔いたい時によく飲んだものです。
アラン: そりゃあ大変だったな。
パルヴァ: (咳払い) そういえば、貴方は昔どんな職務に就いていたんですか?ああいえ、センシティブな話題でしたらすみません。
アラン: 別に話してもいいんだが。ここの人達は自分の過去について語りたがらないよな。何となく分かるだろう、そういう雰囲気が。
パルヴァ: はい、みんな今日は何をしたのか、どこへ行くとか、そんな話ばかりです。
アラン: みんな過去について話したくないんだ。俺も昔は「俺が若い頃は」つって飲みながら話してたんだが……なぜだか、過去を話すことを躊躇うようになった。まぁそうだな ― マスター、"残波"を水割りで。これを奢ってくれるなら、話してやらん事もない。
パルヴァ: 幾らでもどうぞ。
(アランは笑みを浮かべる。)
アラン: 俺は昔、量子超力学の研究者だった。レインデルズ博士が設立した学問分野だよ。自分が初めて関わったのは、反時間性空間の中に収容された、人の頭くらいの黒い球体だった。時空間の中に収容された球が本当に収容されているかの定期点検、これが初めての仕事だったよ。基底時間軸に±0.0005terのズレが生じていて、放置していると時空間が勝手に綻ぶからな。
パルヴァ: 専門的ですね。私にはさっぱりです、分野がどうやら真逆のようで。
アラン: おっと。君はどんな業務に就いていたんだ?
パルヴァ: 私?えー、私は……小さなサイトの経営課に居ました。元々はフロント企業のインターン生だったのですが、抜擢されまして。
アラン: へぇ。そうそう、話してなかったが ― 俺は後年、実地調査やインタビューにも携わっていた。つまり、隠し事なんかはよく分かる。今の君のようにね。君、ここにいる人とは違うな?
パルヴァ: 人は誰しも何かを隠しています。早計だと思いますが。
アラン: いいや、私の予想を言おうか?まず、君は私や他の人のように、受動的にここに来たわけではない。自ら来ている ― その目的は調査だろう。初期調査か?経営課にいたという話は嘘じゃないだろうが、今は別の部署にいるな。そして今君は私から情報を引き出すために、雑談と対話を交えようとしている。録音もしているな。違うかな?
(沈黙。)
パルヴァ: (ため息)マスター、"黒霧"を水割りで。全く、そこまで見透かされては元も子もないですね。そうです、経営課にいたのはほんの数年で、今は新しく設立された部門にいます。
アラン: フーム、興味が湧くね。昔はインタビューに正式な場が用意されてたし、そこで行われる応対はとても堅苦しかった。だが今の君の行動は違う。財団もかなり変わったみたいだな。
パルヴァ: それが私の所属する部門の重視するところです。インタビューの在り方も変わりました。緊張感と距離がある応対を、私達はもはや「対話」と呼びません。情報がロクに得られませんから。だからこのようにしているのです。ま、バレてしまっては意味がないのですが。
アラン: ハハ、これはすまなかった。それにしても ― 何だろうな、この感じは。部門の名を教えてくれないか?あとは、部門のスローガンみたいなのも。
パルヴァ: 異常社会部門。スローガンはありませんが、部門内でよく反芻される言葉がありますよ ― 「SCPは新しいステージに踏み込むべきだ」。
(黒霧島の水割りが入ったカップが提供され、口をつける。)
パルヴァ: この部門では、これまでの「単一の異常」という考えとは異なるアプローチで異常に向き合います。ある異常が社会に与えた影響、生じた文化に重きを置く。社会学的な部門と言って良いで……聞いてます?
アラン: あっ、すまない、なんだか良いなと思って放心していたよ。あー、ってのもな、この場所には成長がない。停滞している。カフェが経営するためのコーヒー豆とかはその店に勝手に現れる。このバーもそう。だから変化に乏しい。毎日を繰り返しているような感じでな。ハハ……社会を調べる部門なのに無個性な社会に突き当たってしまうとは、君も大変だな。
パルヴァ: 類似する社会こそあれど、無個性な社会などありません。我々にとってはとても興味深いですよ。それに成長は必ずしも良い結果を招く訳ではありません。私は異常社会部門に関わる上で、大切なものを幾つも犠牲にしてきました。例えば……家族とか。
アラン: なるほど。(沈黙)すまない、しばらく1人にさせてくれ。タバコを吸ってくる ― なんとなく良い気分だ。
パルヴァ: お好きにどうぞ。あっ、1つだけ質問しても?
アラン: ああ。
パルヴァ: "トンネル"について教えてください。両端にあるアレは一体なんですか?
アラン: 分からない。誰も入ったことがないからな。みんなこう言う ― あの場所には確実な「死」と、俺達が共通して恐れる何かが存在するって。それと同時に、誰もあの先にあるものを知りたくないと思っている。憶測に過ぎないが ― その「共通して恐れる何か」ってのは何なんだろうな?俺1人が恐れるものなら反時間衝突現象とかあるんだが、共通して恐れる何かとなると……ウム。(笑い)あの先にあるのはミノタウロスの住処だったりするのかもな?
パルヴァ研究員によって作成された当ファイルは現実世界へと送付され、財団によって調査されました。その結果、ルース・アランという人物が確かに超量子力学部門に属していた事が確認されました。ルース氏の発言は当時同僚であった複数人に対する対話によってその確実性が保証されています。
ルース氏は2005年に行方不明になっており、その証拠は何も残されていなかったと記録されています。パルヴァ研究員に当件について詳しく調査するよう求めると、数日後に以下の音声記録が送付されました。
結論から言えば、何も分かりませんでした。どうやってこの場所に来たのかを尋ねても、全く覚えていない、と。確かに彼がここに来て20年以上経つようですが、別世界に行くという一大イベントを全く覚えていないなどあり得るのでしょうか?
怪しいでしょう。そう思って調べたのですが、彼らは一部の記憶が欠落しているようです。これは私なりの考察ですが、彼らの曖昧な態度を見る限り、彼らは何かを忘れていて、そしてそれを思い出そうとする事ができないのかもしれません。思考したくないのです。
問題は、その「思考したくない何か」とは?という点についてです。私が思うに、これはトンネルの中の「共通して恐れる何か」と同じなのではないかと考えています。収容違反のトラウマとかでしょうか?それなら「共通して恐れ、思考したくない何か」という2つの条件を満たせますが。ともかく、トンネルの中にはそれがあるのかもしれません。
その後パルヴァ研究員は更なる調査を行い、その結果としてSCP-XXXX-JPの社会構造について以下のような事実が明らかになっています。
行動パターン: 住民らの社会的役割は「生産者」と「消費者」の2つに分けられる。「生産者」は日中、自分の所属する店で相応しい業務を行う。夜間に営業する店もあるが、少ない。「消費者」は一日を通して自由に活動しており、その内容はスポーツや芸術活動など様々である。なお、毎日を通した行動パターンはループ的であり、特筆するような違いはない。
行動原理: SCP-XXXX-JPでは本質的に労働を必要としない。これは各々の店に、その店が営業をするための材料や商品が現れるためである。理論的には、任意のリーダーがその出現した材料や商品を各住民に分配すればよい。しかしなぜ一部の住民らが積極的に労働を行うのかについては、「材料や商品がその店に現れる」という性質上、分配せずその店で加工して販売するのが良いのではないかという意味付けの心理が働くこと、またSCP-XXXX-JP内で可能な行動が限られているために労働を趣味とするケースの2つが関係する。
コミュニティ: 政治は行われておらず、リーダーもいない。複数の小規模コミュニティが集まって形成された社会である。コミュニティ1つあたり3~5人で構成され、そのコミュニティで集まってカフェに赴く、スポーツをする、料理店で働くといった活動に勤しむ様子が確認される。2つ以上のコミュニティ同士の衝突や融合は滅多に起こりえない。
補遺2 - 興味深い実例
調査開始から1ヶ月半が経過し、パルヴァ研究員がカフェ"財団珈琲店"で食事を摂っていた最中、偶然にもパルヴァ研究員の知り合いである日高優香氏と遭遇しました。なお、日高氏は財団に雇用されていたDクラス職員であり、これは当初考えられていた「長く働いていたCクラス以上の財団職員のみがSCP-XXXX-JPにいる」という説を打ち破るものでした。パルヴァ研究員は日高氏と接触し、情報を引き出しました。
インタビュアー: リン・パルヴァ
インタビュイー: 日高優香
パルヴァ: (レジにて)60ドルね ― ええと、時間かかってすみません ― ここでの文化にまだ慣れていないもので。
(日高が入店し、パルヴァの姿を見て驚いた表情をする。彼はパルヴァの肩を軽く叩く。)
日高: 失礼。人違いだったら申し訳ないのですが、もしかして、パルヴァさん?
パルヴァ: 貴方は……
(沈黙。)
パルヴァ: (店員に)ウィンナーコーヒーを2つ。
(パルヴァは自身が元いた席に座り、日高にも対面に座るよう誘導する。)
パルヴァ: 5年ぶり?まさか貴方がここに居るなんて。
日高: お久しぶりです、リン。私も同じ気持ちです。
パルヴァ: それにしても、どういう事なの?てっきり……Dクラスはここにいないと思ってた。
日高: (笑い)Dクラスは財団職員じゃないと?いえ冗談ですよ、確かにここにいる人達は私とは風格から違う。私の方がここでは異質に見えます。
パルヴァ: フーム、そうね。ちょっと考えさせて……私、私は ― 仮説を立ててる。「忠誠心の高いCクラス以上の職員のみがここにいる」って。"Cクラス以上"って部分が今オシャカになったけど。そう、でも忠誠心、そっちはどうなの?
日高: 忠誠心?ある方だとは思います。というより、今のDクラスって奴隷のように扱われてはいませんから、私のように忠誠心の高い人はいなくもないでしょう。
パルヴァ: まぁそうね。Dクラスのクローン化と意識移植技術を活用した半永久的活動が許可されたのが何年前だっけ?あの頃からDクラスの死の件数はまぁ少なくなったわよね。金はかかるし当初は反対も多かったけど、人材不足問題も軽くなったし。貴方はもう25年くらい財団で働いてるから、その歴史を知ってるわよね。
日高: 私はDクラスに死刑囚を採用していた時代から働いてます。あの頃、彼らの扱いは酷いものでしたね。死亡率も高くて、私も明日を生きれるか不安な夜を過ごしていました。それに加えて、人格矯正プログラムを受けたとはいえ元死刑囚である彼らの宿を供にするのも不安でした。
パルヴァ: あの時代はブラックだったね。その頃はまだ私と出会ってないか。私に会ったのは……13年くらい前?
日高: はい、私はオブジェクトの初期探査で右目と左脚を失って ― 探査の役目が果たせなくなった私は、研究助手として貴方のもとに。貴方には迷惑をかけたものです。
パルヴァ: ええ、本当に!ま、体を欠損して鬱にならない方がおかしいからね。その頃は今の私みたいにDクラスと親密な関係を築くのは珍しかったようだけど、ほら……私は冷たく接するのが苦手だったし。
店員: 失礼します。ウィンナーコーヒーです、ごゆっくり。
パルヴァ: (カップを眺めて)これも貴方とよく飲んだのを覚えている。甘ったるいコーヒーは疲れた頭を癒してくれるからね。たくさんの探査に携わってきた貴方のノウハウは私に刺激を与えてくれた。ま、クローン化ができたらまた離れ離れになったけど。
日高: クローン……私にとって複雑ですね。私のクローンが作られて意識が移植された結果、私は十数年ぶりに右の視界が明るくなり、走れるようになった。ただ、その結果としてまた探査任務に戻されましたからね。でも、私はこの仕事に誇りを持ってるんですよ?
パルヴァ: へぇ、貴方は意識移植手術を確か3回は受けていたはず。それはつまり、少なくとも3回、業務中に体が著しく欠損したって事よ。命を落としかねない恐ろしい業務で、貴方はそれを誇りに思ってるって?
日高: リン、命を落としかねない業務なら、電気施工業だって食肉加工業だってそうです。命は仕事に誇りを持つ理由とは関係ありません。ああ、業務と言えば今貴方は何をされてるんですか?
パルヴァ: 私?異常社会部門という所で働いてるわ。いい所だし、誇りも持ってる。ただ……うん、そうね。ちょっとしたトラウマが無い訳じゃない。この部門の名を聞くと思い出すわ。
日高: 差し支えなければ、聞いても?
パルヴァ: (沈黙)私にはオランダ人の夫と子がいた。彼は別の部門に属していてね、中々時間が取れなかった。時間に左右される業務だったからね。ある日、子供が6歳になる1ヶ月ほど前、彼から「仕事をやめないか」と提案された。記憶処理を受けて、一般社会で暮らしたい、と。理由は分かるでしょ?
日高: ええ。所帯を持てば、誰だってそうなります。
パルヴァ: そうよ。この時、物凄く悩んでね。当時私には、異常社会部門から抜擢のメッセージが届いていたの。それは私にとって、喉から手が出るほど待ち望んでいたものだった。仮に1億円とこのメッセージのどちらを取るか選べって言われたら、間違いなくメッセージを選んでただろう、って程にね。でも ― 家族の重さは、金では測れない。
(沈黙。)
パルヴァ: 家族を取るか、異常社会部門での職務を取るか?答えは今この通りよ。夫は子を連れて仕事をやめた ― そういう風に合意した。最後まで優しくてね、「新天地での活躍を祈ってる」って。この選択が正しかったのか自分でも分からないけど、とにかく今、私はこの部門で仕事をしてる。それだけが事実ね。以上よ。
日高: 離れ離れになってる時にそんな事があったとは。また今度詳しく聞かせてください、貴方の活躍について。
パルヴァ: 分かった。……そうそう、聞きたい事があるの。「異常」に最も間近で関わってきた貴方にこそ聞きたい事が。
日高: もったいぶらずに。
パルヴァ: ええ。この街の「異常」って何だと思う?
(沈黙。)
パルヴァ: 難しい質問かも。ただ私は、この街において真に何が異常なのかが分からなくなってるの。材料や商品が勝手に出現するって現象には問題なく適応した社会になっている。それが当たり前で気付かなかったけど ― 私達は皆、財団職員なのよ?なぜそれを調査しない?なぜさも当たり前のように順応しているの?これは「異常」じゃないの?
日高: なるほど、貴方の言いたい事が何となく分かります。「異常」の調査をアイデンティティとする私達が、その異常に疑念を抱きながらも調査しようとしない。停滞している。それは確かにおかしい。でもすみません ― 私にも出来ません。
パルヴァ: なぜ?
日高: 何かを解き明かすことが途方もなく恐ろしいのです。それは停滞ではなく、進展ですから。その進展が、何か恐ろしい真実を露わにするかもしれない。そう強く感じます。だから我々は進むでもなく退くでもなく、ただ止まっています。
パルヴァ: じゃあ、ここにある異常な現象やら場所の中で、最も「解き明かしたくない場所」ってどれ?
日高: それは……やはり、あのトンネルですかね?私達は材料や商品が勝手に出現する現象をもはや自然法則のように扱っており、異常として扱っていません。ただあの暗闇だけは、「異常」と言えるでしょう ― それに順応できていませんから。ただ遠ざけている。(笑う)
パルヴァ: 何がおかしいの?
日高: いえ、"管理者"の言葉を思い出しまして。覚えてます?『人類が正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない』 ― 何かあるたびに持ち出される言葉ですよ。私達は今、暗闇と光の混じった空間で暮らし、文字通り光の入る余地がない暗闇を遠ざけている。
パルヴァ: でもだとしたら、あの暗闇の先には何があるのでしょうね?我々が戦わなければならないもの?封じこめなければならないもの?(笑い)どんな怪物かしら。
以上のファイルが転送された後、パルヴァ研究員は再び調査活動を開始しました。その結果、以下の事実が判明しています。
人口と多様性: SCP-XXXX-JPの総人口は1500人程度である。ジェンダーや国籍・趣味嗜好には規則性がなく、無作為に抽出されている。組織的観点から見ても、ある特定の支部に属していた人物が明らかに多いなどといった逸脱は無く、その他の面でもこれは同じである。
生死: 住民らが死亡すると、一般に火葬となり、遺灰は壺に入れて集団墓所に埋葬される。SCP-XXXX-JP内には家族という概念や価値観の違いといったものを欠くため、無宗教葬である。SCP-XXXX-JP内で所帯を持った実例はなく、そのため子を育む事もない。
補遺3 - 重大な変化
調査開始から2か月後、補遺1で示されたルース氏が行方不明になった事が判明しました。これに関しパルヴァ研究員がルース氏の自宅を調査した結果、パルヴァ研究員に宛てられた1つの手紙が発見されました。内容は以下の通りです。
リン。突然だが、俺はここを去る事にした。すまない。なぜ君にこの手紙をしたためているかと言えば、俺がここを去る最も原初の要因が君にあると思ったからだ。もちろん、これは悪い意味じゃない。
君が異常社会部門について話した時、俺は強く心の変化を感じた。その時はそれが良い影響なのか否かが分からなかったから、一度タバコを吸って冷静に考えてみたんだ。やがて俺は、その心の変化が若かりし頃の自分の熱に似ていると、そう判断した。
異常を調査し、解明すること。それらは"変容"を意味する。俺はここに来てから変容することが怖くなっていた。だから異常なものを見ても、それに順応する事を選択したのだと思う。毎日を変化のないルーティンで過ごし、変化のない仲間内で話し、そして夜を越える。
これは、財団職員の1日とは程遠いものだ。俺が若い頃は常に異常に追われ、似たような毎日など無かった。ここに来てそれが薄れ、平凡な毎日を過ごす上でやがては忘れてしまった。だがそれは今、君によってほとんど取り戻された。しかし完全にではない。最後のピースはトンネルの中だ。そして今の俺はトンネルに対する恐れよりも、それを調査して先を知りたいという気持ちが勝っている。
夜。街灯の光だけになった暗い時間なら、トンネルとの境界線なんて分かりやしない。だから今夜、トンネルへ向かう。知らぬ間にトンネルに入り、そしてそこに何があるかを知るだろう。そこにはきっと、思い出したくない何かがある。それがミノタウロスや収容違反よりも面白い"何か"である事を、心底願っている。
更新 - SCP-XXXX-JP-Aへの進入
ルース氏の失踪から2週間後、現実世界から定期的に送信される安否確認のためのメールに、パルヴァ研究員は返信しませんでした。折り返し連絡が試みられましたが返答はなく、音信不通と見做されました。ワープ装置の修復後にすぐさま調査隊が派遣されましたが、パルヴァ研究員は発見されませんでした。
一方、パルヴァ研究員が住処としていた家屋からは、テキストファイルと調査ファイルが発見されました。そこには行方をくらました理由やSCP-XXXX-JP-Aへの進入などが記録されていました。以下はその抜粋です。
最初は音声記録を送ろうと思ったのですが、不安と緊張で上手く声が出せないので、文章にして保管しておきます。
私はこれからトンネルへ行きます。勝手な行動をお許しください、私にはもう時間がないのです。この地に住む彼らは皆、異常を調査する気概を無くしており、何かを知る事、明かす事に強い恐怖を抱いている。時間切れです。私はもう、彼らと同じになりつつあります。これは、この地が持つ性質でしょう。
その恐怖は、大量出血のように素早く襲い掛かってきました。今や、これを書きながらも、私はトンネルに行くのが途方もなく怖いのです。あと数時間かそこらで、私は何も調査できなくなる。もちろん、そうなれば私は彼らの一員となって、日々をのどかに過ごすでしょう。それも悪くないですが、私はそれでも財団職員です。価値が無くなる前に、価値あるものを何か残す必要があると思いました。
私がトンネルに入る理由はもう1つあります。ルースさんの事です。彼はこの前トンネルに入り、そして戻ってきませんでした。負い目を感じていますし、もし先にいるなら連れ帰りたいと思います。変化に乏しい社会で平凡に暮らしていた彼を、これまで通りならずっと平和に暮らせたであろう彼を、私がトンネルに引き摺りこんでしまった。私が彼を変化させてしまった。私にとってそれはあまりにも重い。
そして最悪な事に、彼だけでは終わりません。私は日高さんとも何回も話しました。もしかしたら、大きく変化させてしまったかもしれない。このまま私がずっとあの街にいれば、彼女は私に触発され、最後はトンネルへ入ってしまうでしょう。
今はまだ日があります。本当は境界の見えない夜に入りたいですが、日が落ちるまで私が持つか分からない。なのでもう、気が変わらないうちに。暗闇の先に何があるのか、私はそれを知りに行きます。
その後、パルヴァ研究員はSCP-XXXX-JP-Aに進入したようです。なお進入を記録するあたり、パルヴァ研究員は主観描述形式を採用したようです; 主観描述形式とは、脳波を含む様々な生体信号とバイタルサインから、本人の思考や状態を抽出して自動で文章に転写する形式です。試験的な形式であり、実践的な現場でこの形式を採用した例はこれが初でした。
パルヴァ研究員は当形式で記録するための専用ヘルメットとパソコンをペアリングさせ、抽出された思考と身体状況をリアルタイムでパソコンの調査ファイルに同期させる形で状況を記録しました。以下はその調査ファイルの抜粋です。主観描述のため、不確実で主観的な表現となっている点に留意してください。
[描述開始]
(トンネルの中に入る。懐中電灯が効かない。足音が響かない。)
[バイタルサイン: 正常。]
(私の呼吸音と心拍、服の擦れる音だけが聞こえる。)
[続く15分間、パルヴァ研究員は歩き続ける。省略。]
[⚠警告: 周辺酸素量が正常時の80%に低下。]
(ここは限りない虚無がある。奥へと進むにつれ、この空間は完全な"無"に近付くのだろう。)
(だが、それだけなのだろうか?この先にあるのはただの無、ただの死なのだろうか?)
(何も見えない。)
(熱と独特な匂いを感じる。この匂いは ― 炎?ロウソクの匂いもする。)
(ミノタウロスの巣にあるロウソクと言われれば、納得はできる。だがこれはそうじゃない。何だ?)
(何かおかしい。)
(私のすぐ近くに火のついたロウソクがある。)
(火が何か風で吹き消された。何かがいる。)
(私は尋ねる。)
(何も見えない。)
(何も応答が無い。)
[⚠警告: 周辺酸素量が正常時の65%に低下。]
(ロウソクの火の匂いが消え、より繊細な匂いが分かるようになる。イチゴの匂いだ。)
(手を伸ばすと、ベタベタとした感触が伝わってきた。これは ― 誕生日ケーキ?)
(私の誕生日はまだ3か月も先だ。)
(いつの間にか、私の両手に何かが握られている事に気付く。よく触ってみると、それはぬいぐるみである。)
(これは誰かの誕生日だ。)
(これは ― クマのぬいぐるみ。娘の6歳の誕生日プレゼント。)
(家族を捨てたゆえにあげる事の出来なかったプレゼントだ。)
[⚠警告: 周辺酸素量が正常時の50%に低下。]
[⚠警告: 心拍数の増加、過呼吸。]
(分かってしまった。ここにあるのは、私達が暗闇の中に立つために犠牲にしてきた未来だ。)
(暗闇の奥底は、私達が捨ててきた光だ。)
(意地汚い光景だ。私達が覚悟をもって捨てた幸福を見せつけてくるなんて。)
(私が迎えられなかった娘の誕生日が。あの日渡せなかったプレゼントが。今、ここにある。)
[⚠重大警告: 周辺酸素量が正常時の35%に低下。]
(意識が遠のいてきた。アランはここで何を見たのだろうか。)
(彼も見たのだろう。思考したくない、"捨てた光"を。)
(私だって考えたくなかった、"こんな未来があるかも"なんて。)
(そこにいるの?)
[パルヴァ研究員は歩き続ける。]
[⚠重大警告: 周辺酸素量が正常時の20%に低下。]
[⚠重大警告: 意識の混濁。]
(これは幻覚なのだろう。ここにあの子がいるはずなどない。それでも、この光景の最果てにあるものを私は知りたい。)
[パルヴァ研究員は歩き続ける。]
(気配を感じる。)
[パルヴァ研究員は歩き続ける。]
(温かみを感じる。)
[パルヴァ研究員は歩き続ける。]
(呼吸を感じる。)
(もう幻覚でもいい。あの日私が見られなかった光が、ずっと見たかった光が、今ここにあるのだから。)
[⚠重大警告: 周辺酸素量が正常時の10%に低下。]
[⚠重大警告: 意識の混濁、身体機能の停止。]
(目の前にいる。)
(ぬいぐるみを差し出す。)
(ただいま、セシリア。)
[描述途絶]
ページコンソール
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ジャンル
アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:6637840 (11 Jul 2020 10:56)
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