真昼間から、どうして惰眠を貪っているのか。俺は一時間前から考えている。しかしその考えている途中に何度も微睡んでいるのである。否、わざわざまとめなくとも、どうしてかなど事実として理解しているのだ。だから自分なりの考えなどまとまるはずもない。結局、カウンセリングの10分前になったので、眠い頭を奮い起こし、上半身だけでもワイシャツを着、ネクタイを締める。
「さて、最近、変わったことはあるかな?」
画面の中で、初老のカウンセラーがキーボードを叩きながらこちらに訊く。さすがの財団も、あの流行り病の影響は逃れ得なかったらしい。
正直こちらとしては、リモートで完結するのは便利でいい。不謹慎かもしれないが、俺と同じ考えの奴はそう少なくはないはずだ。
「そうっすね…まぁ、特にはないんすけど…強いていうなら昨日のことなんですけど、少しは自炊でも、なんて思ってオムレツなんか作ろうと思ったんです。ああ、そう難しい奴やつじゃなくて。そう、材料を適当に入れて、ただ卵を固めるだけのやつですよ。オープンオムレツ。それがどうもアレ───あのどろどろグズグズの人体に似てて」
その、どろどろグズグズの人体とやらが、俺に思わぬ休暇をもたらしてくれたものだった。
フィールドエージェントは普通、アノマリーとやらとは直接的な接触はしない。
ただ潜入し、何か変わったことがないかを毎日報告するのが大部分なのだが、その大部分ではない事例に、俺を含むあるチームは遭遇してしまった。
細部は省くが、アノマリー製造の現場を抑えた時であった。
結論から言えば、新たな異常存在がこの世の空気を吸うことはなかった。最悪の事態には至らなかったのだが、その親となるはずだった人々、そしてチームにとっては、必ずしもそうではなかった。
建造物に染み込んだ死体はそれこそ卵液のようであったし、それが埃と混じる様子は、胡椒のかかったオムレツを彷彿とさせた。
「で、食べれなかったのかい?」
「いや、美味しくなかったです。思い出しちゃうとどうも」
「…そう。やっぱり強いね、鴉江くんは」
そして、あの中でここまでダメージが少なかったのは俺だけだと言う。
皆、心にヒビが入っているらしい。PTSDやら、摂食障害やら。自宅待機で終わっているだけでもマシな方で、女性の部下は施設で療養しているのだという。
そも、経験の浅い面々だったのだ。こうなるのは仕方ない面もあるだろう。ゆっくりと休んでほしいものだ。
しかし、ダメージの少ない俺はどうしろと言うのだ。ろくな療養も必要がないしこれといった趣味もない。旅行なんかも流行り病のせいで憚られる。クソ、ここで流行り病が俺の敵に回るとは。
悶々としている様子が伝わったのか、あちらがハハハ、と笑いながら口を開いた
「鴉原くん、暇かい?」
「暇です。とっても」
「ならひとつ、頼まれてくれないかな?」
頼み事。カウンセラーが患者にそれをするなんてアリなのか。いや、ここまで異常がないと患者と名乗るのもどうかと思うが。
「知り合いからね、ちょっとした手伝いを頼まれてるんだけど今はなかなか時間が作れなくて」
『で、俺に行けと』すんでのところでその言葉が口から出るところであった。
しかし、悪くないとも思う。やることがあるということに感謝しかけた頃だ。今なら何でも屋になれるかもしれない。
「いいですよ、行きます」
「ありがと。綺麗なところだからね。リフレッシュになると思ってさ。野外だしね」
綺麗なところ、と聞いて普通何を思い浮かべるだろうか。農業?ある意味近い。海の家でのバイト?残念、今は早春だ。
正解は
「ようこそ、第15共同墓地へ。いやァ、君が笠原から紹介のあった子だね?どうも、ここの管理人の羽村っていうんだ。よろしく」
よりにもよって墓地だった。しかしそれよりも俺の興味を引いたのは、目の前の、羽村という男だった。笠原というのは件のカウンセラーなのだが、彼から聞いた話では管理人は50過ぎの男だったはずである。
「その、息子、さんですか?」思わず聞いてしまった。
「息子じゃないよ。よく聞かれるんだけどね」
髪は確かに真っ白だ。しかしそのフェイスガード越しに見える端正な顔は、高く見積もっても30半ば程度にしか見えない。よほど若造りなのか、それとも天性のものなのか。
「さて、じゃあ早速始めたいんだけど、君、肉体労働は得意かい?」
「まぁ、職業が職業というか、一応トレーニングは欠かしてないですけど」
なら話は早い、少し待ってて、と彼は事務所に引っ込んでしまう。残された俺はどうしようもなく、近くのベンチに座った。
それにしても───綺麗なところだ。
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