貝殻
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超常とそれ以外の区別は、すでに無くなっていた。

浜辺に、潮の香りが漂う。

ヴェール体制が崩壊した。財団は一人で懐中電灯を持ち闇夜を探索する役目を終えた。全ての者が叡智という一つの灯台の下に暮らし、そこから漆黒の空と大海を見つめる時代が到来した。

私はその世界に魅入られた子供のように砂浜で美しい貝殻を探していた。美しい貝殻があれば、持ち帰って仲間に見せてみたりもした。

$\boldsymbol E _{iK} \circeq \bigotimes _{i \ne j}^\circlearrowleft {\rm flu} \boldsymbol J_{jK}$
$\boldsymbol J _{iK} \circeq \bigotimes _{i \ne j}^\circlearrowright {\rm flu} \boldsymbol E_{jK}$

虹色に輝くその貝殻は、私という子供の目には十分すぎるほど美しく感じられた。現実と非現実と呼ばれていたものを統合するこの式は、彼らの鏡写しの双子のような親密な関係を私の目の前に浮かび上がらせてきた。

大人たちはその貝殻を使って部屋を飾り立てることに興味を持つかも知れない。でも私はその美しく光る貝殻そのものが愛おしかったのだ。

私はその独特な光に世界の美しさを見ていたのかも知れない。

結局のところ、頭の中にある幻想であれ現実なのだ。

古き神々の復活は、信仰によって引き起こされ、古き信仰の復活は、古き神々によって引き起こされた。

消えていった者もいた。昔の誰にも知られずに消えていった存在に想いをはせ、その冷酷とも言える世界の物理法則を憎むこともできる。

新しく来た者もいる。それがもたらした豊かさや害に対しての思いを抱き、それを産んだ世界の物理法則に対してどんな感情も抱くことができる。

事前検閲のために財団宛にある一つの論文を送った次の日、まだ太陽も登らない頃に、玄関を叩く者が現れた。物々しい警護部隊らしき人々を引き連れた老執事のような男が扉の前に立っていた。

あなたは森野雄太郎教授で間違いありませんね。

朝、起きたばかりの理性が十分に働いていない素直な頭では、首をただ縦に振ることしかできなかった。

財団からの出頭要請があります。すぐに用意して出頭するように。こちらは持参すべき書類のリストです。

何か不味いことをしてしまったのだろうか。私は急いで支度をして、すぐにわけもわからないままに外の見えない車に乗せられた。

では、失礼します。

丁寧な男の声と、首に感じる違和感とともに、私の意識は眠気とともに深くへと沈められた。目が覚めるとそこは、病院のような部屋だった。先程の男がいる。

ご機嫌はいかがでしょうか。先程は失礼いたしました。機密保護のためこのような処置を取らせていただいております。

私は嫌な顔でもしていたのだろうか。乾と名乗ったその男は、私に今後の便宜についての説明をした。

ようこそ。財団日本支部へ。

乾の説明は、手早く行われた。

あなたの論文は、財団日本支部に対し、相当量の影響を与えるであろう事実を示唆しておりましたので、説明及び今後の対応のためにこちらにお呼びすることになりました。

相当量、とはなんだろうか。財団に対してかなり大きい影響を与える論文であるとは夢にも思わなかった。大袈裟なようにも思えたが、乾の深刻な顔は、この事態の大きさを語っているようだった。

これからあなたは、異常や危険性がないかを確認する検査を受けます。

乾に連れられ、様々な検査を受けた。血液検査から現実性検査、意識レベルや指向性検査。どれも精度の高い機器を使用しているようだ。このような入念な調査を行う必要のあるものだというのか。乾は、また別の処置のためにとなりの部屋に移動するように言った。やけにシンプルな部屋だ。

保安用情報災害対抗ミーム“ENIGMA”を摂取していただきます。

用意された対抗ミームは、特殊な効果を持つタイプで、しかもかなり高度なものだった。いくら動作原理を把握しているとはいえ、このような軍事にも応用できる種類のものの影響下に入ることはないと思っていた。

こちらの印に目線を合わせ待機してください。三、二、一……はい。

違和感が走る。私の知らないところで私の認知が弄られているような感覚は、気持ちの良いものではない。

意識活動……チェック完了。
脳波、心拍数……正常範囲内を確認。

電子音声が、接種の成功を告げる。乾はそれを確認すると、口を開いた。

摂取が完了しました。これからあなたは責任者とお話ししていただきます。

私は長く曲がりくねった白い廊下を連れられ、仰々しい黒い扉の前まで連れられた。乾が告げる。

この先での敵対的行動は即時殺害処分の対象となります。くれぐれもお気をつけください。

 
 
 
 
 
 
 
 

扉を開けるとそこには、ディスプレイの光で照らされた、広く静かな空間が広がっていた。生物の反応が感じられないようなその部屋の中央に、一人の少女と言っていい着物を着た人間が佇んでいた。私たちに気付くと、その鋭い目を私にむけ、口を開いた。

こんにちは。森野雄太郎さん、私は81管区七号理事、通称「日本支部理事“鵺”」です。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

あなたはすでに神格理論を発表されていますね。

はい。その通りです。

今回その理論を支持する実験事実として挙げられていたSCP-1111-JP、つまり『三種の神器』に関する研究は、現在の財団の知見と異なります。

今日あなたをお呼びしたのは、あなたの把握しているアノマリーに関する事実及び理論が財団の把握する範囲を超えていたためです。また、それらが与えるであろう影響の確認も行います。

えー、それはどのように異なるのですか。何かしらの資料があれば判断できるのですが、ご返答に時間がかかるかもしれません。

その点は問題ありません。お勤め先にも説明はつけてあります。

ひとまず、重大であると思われる事柄について説明していきます。

財団、いや、私が把握している情報をお見せしましょう。対抗ミームは摂取していますね?

ええ。既に摂取済みです。

では、こちらに表示します。警告がありませんのでご注意ください。

意識活動……チェック完了。
脳波、心拍数……正常範囲内を確認。

SCP-1111-JPの本質
特異性に対する信仰そのもの
SCP-1111-JP-0

SCP-1111-JP-0の影響下にある日本出身の人間を、我々はSCP-1111-JP-Bと呼称しています。彼らははこの文章に記載された範囲においてSCP-1111-JP-0の内容を無自覚に発揮しています。

SCP-1111-JP-0に関して疑念を持った場合、能力を失います。

SCP-1111-JP-0がミーム的情報であるという事実を認識した場合にも、能力を失います。

この失活現象は不可逆的なものであって、記憶処理を施しても能力が回復することはありませんでした。

SCP-1111-JPの物品そのものには特異性がありませんでした。これらは財団が実験により確認しています。

以前の超常科学には問題があった。ヒューム理論による現実性力学とEVE理論による奇跡論。

この間に生じた矛盾とも言える難点は、科学者や教科書からは無視されてきた。社会情勢がそれを解決する余裕を奪っていたのかもしれない。

ヴェールが捲られ、新たな難点となる観測結果が続々と報告された。実験屋が悲鳴を上げるようになると、最早放っておけなくなった。

様々な理論が提唱された。しかし、その中で私の理論は、世界を柔らかく包み込んでいた。

この世界は構造を何重にも繰り返し、自己相似の美を映し出す。世界はごくきめ細かな頂点から成り、自己相似的な構造を持ち、ゆらゆら蠢く。

少ない頂点と繋がる弱い頂点は我々には見えない。多くと繋がる強い頂点は我々に素粒子として観測され、それらは繋がりプロトンや原子、分子、タンパク質、細胞、組織、器官、臓器となり、さらに我々となる。

それらは蠢く。美しい対称性とともに。

我々は繋がり、頂点はハブとなり、実体となる。それらのさらにマクロな繋がりも存在し、我々を乗せてグラフの海を漂う。

グラフの海を漂う。

多くとつながるハブはさらに強くなる。

実在とは何か。この世にヒューム値など存在するのだろうか。EVEは?ピスティファージ実体は?信仰グラフは?

ヒューム値やEVEは実体グラフの相互作用を異なる基準で観測した物に過ぎないとも説明できる。

理論の根拠は灯りの礎である。闇夜に孤独に光を投じ、さらに遠くを照らし、闇に沈んだ者の目印となる。

その存在を仮定することにより、より遠くを見渡せるから、より広くを照らせるから、多くのものを得ることができるから、我々はそれを仮定するのではないか。

ある存在を仮定すれば全てが説明できる。そんなものを見つけたい。しかしそれは風車に挑むドン・キホーテである。

我々は、日が光り輝き全てが照らされる昼に人生の住処をおいているわけではない。我々は生まれてからこの方、その

闇夜は、全てを吸い込む暗さを持っている。いかなる灯りを持ってしても、その闇夜を消し去ってやることはできない。

しかし、我々は小さな灯りを持っている。闇夜に比べれば小さい灯りだ。気になったガラクタを持ってきて照らしてやって、詳しく調べることができる。

光は小さい。全てを照らすことはできない。しかし、何も見ずに想像するよりも、その姿を我々に伝える。

大いなる未知と卑小な既知、されど我々は既知を無力と結論しない。
どのようにしても。

叶わぬ望みを持ち続ける。

神が見える時代だ。

彼女は一人の日本支部理事として、未だに数千個、数万個、数十万個の悩み事を抱えているのだろうか。

彼女の顔からは何を考えているのかわからないが、彼女は、歩みを止めるつもりはないようだ。

人類の住処を明るく保とうと努力する努力を続けようとしている。

私もまた一歩進む。

遥か広がる闇夜に一人、綺麗な貝殻を求め砂浜を歩く。

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