妖怪の話

闇と戦い、一つ一つ超常の存在を収容し、その性質を明らかにしようとしていた。効果は絶大であった。

近代、資本主義が発達し、教育が徹底され、科学が広まり、人間は「明るい世界」を思い通りに管理することができるようになった。暮らしの近くにある陰翳、我々を生み出した混沌こそが鬼神の蔓延る世界であった。このような領域は急速に消滅へと向かっていった。

では結局我々が得たものは何であったか?陰翳など本質的な闇ではなかったのだ。暮らしの近くにある闇を照らすと、その向こうに浮かび上がるのは人類の理性を超えた虚空であった。

復権したけど科学のおかげ

「超常」、我々は何度この言葉の曖昧さのために仲間を失っただろう。我々は妖怪や神々にこの言葉を使う一方で、人の作った機械や、行動、現象、情報が引き起こす問題などに対してもこれを使う。これらが同じもので説明できるとは限らないのに、「今は何だかよくわからないものである」というだけで同一のカテゴリーに入れる。思考放棄ではないか。

各々の実感や常識に反するものを超常というのか?違う。もしそうならば「通常の科学」すら超常と呼ばなければならないという不都合なことになる。

本質的に科学では不可知なものを本来の超常とするのであろう。ならば一般には非科学とされるものを科学的に取り扱う超常科学は単なる科学に過ぎないし、超常科学で理解できるものは真の超常ではない。真の超常を科学で理解しようとするのはその定義より不可能だ。

結局のところ、先人たちはわからないことの原因を妖怪や化物、鬼神の類に求め、我々は科学に求めたに過ぎない。もちろん手続きという面においては明確に区別することができるほど両者は互いに異なるものである。しかしながら、どちらも本質はわからないことを説明する仮説に過ぎないのだ。

科学が隆盛を極め、この本質は一般社会から忘れ去られようとしている。


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