お運びで御礼を申し上げます。どうぞ一席、お付き合いの程をお願いいたします。
昨年のゴールデンウィーク明けからコロナウイルスが5類引き下げになりまして、マスクも必須ではなくなりました。このマスクってのが私たち落語家にとっては厄介なもので、口の動きも芸の一つなものですから、フェイスシールドっていうね、あの透明なマスクをつけて噺をすることも多かったわけですが、どうもね、アレをつけてると調子がでないんですよ。なんというか、口を塞がれてるような気がしまして。でもそれもつけなくて良いよってなりましてからは、よく口が回るようになりました。回りすぎて余計なことまで言って女房から雷を落とされるなんてことも増えましたが。そういうのも含めて、最近はやっとだんだんコロナ前の生活に戻ってきたなあと感じております。とは言え風邪もインフルもコロナもなりたいもんじゃありませんから、気を付けるに越したこたぁございません。皆さんもね、今日帰ったらちゃんと手洗いうがいしていただきたいと思います。「あいつの噺を聞いたら病にかかった」なんてことになったら商売上がったりですからね。
まぁそんなこんなで、イベントだったり祭りだったりを再開するところも多いようです。私の地元でもコロナが流行ってから中止にしてた祭りを去年の秋口に開くってんで、おぉそうかそうかと思っておりましたら、うちの女房が「あんなん誰が行くんだい」と言う。ほんと失礼しちゃいますよね。ですから「そんなこと言うんじゃないよ」と言い返しましたら「じゃああんたは行くんか」と聞かれたんでね、「あんなん誰が行くんだい」と答えましたよ、えぇ。家でゴロゴロしてるほうがよっぽどマシってもんです。
ただねぇ、最近は家でゴロゴロしてばかりとはいられない。なんでかって言いますと、今年20になる息子が「今年こそは海で彼女見つけるんだ」と息巻いておりまして、炬燵の出てたうちから色んな水着を試着してはこれじゃないあれじゃないと騒いでるんでございます。腹筋が縦に割れてんならまだ良いですがね、うちの息子の腹は見事な鏡餅なもんですから見るに堪えません。仕方がありませんからテレビをつければこっちでは裸の男2人が土俵の上でぶつかり合っている。それを見て息子は「なるほどフンドシも良いなぁ」なんて言い出すもんですから困っております。フンドシ履いたらもうお相撲さんにしか見えませんからね。全く、どこの誰に似てあんなに太ったんだか……何ですかそこのお客さん、私のお腹なんか見て。あなたも大概ですよ?まぁ冗談ですが、ただ最近は長生きするためにもなるだけゴロゴロせずに運動するようにしている訳でございます。
そんな息子ですが怪我をしないかと不安ですから、恋に溺れても海では溺れるな、"土左衛門どざえもん"にはなるなと言っておりまして、そしたら息子に「土左衛門って何?」と言われましてズッコケました。最近の若い人たちは知らないんですかね。皆さんは知ってますか、土左衛門。昔から、溺れて亡くなられた方を土左衛門と呼ぶことがございますが、一説によるとこれは江戸時代に活躍した鳴瀬川土左衛門という力士が元となっているそうでございます。文化元年、つまりは今から220年近く前に書かれた山東 京伝の"近世奇跡考"という書物の中に
「案ずるに江戸の方言に、溺死の者を土左衛門と云うは成瀨川肥大の者ゆえに、水死して渾身暴皮太りたるを土左衛門の如しと戯れ言いしがついに方言となりしと云う」
とありまして、このように"土左衛門"という呼び方にはかなり古い歴史がございます。呼び名の元となった鳴瀬川土左衛門からしたらこれは気持ちの良いものではないでしょうが、それだけ見事な体型と、そして豪快な取り口からとても人気のある力士であったそうです。うちの息子も人気になる分には嬉しい限りですが死なれちゃ困ります、なんせ大事な一人息子ですからね。息子も皆さんも川や海など水場に遊びに行く際には気を付けていただきたいと思いますが、残念なことにいつの世になってもそういった事故はあるものでして──
「おーい新兵衛、新兵衛はいるかー」
「うーん、誰だいこんな朝早くから、せっかく気持ち良く寝てたってのに……なんだ寅屋の四郎じゃねぇか。昨日一緒に呑んだばかりだってのに一体どうした」
「実はな、おめぇに相談があって来たんだ」
「相談?相談なら昨日のうちにしとけば良かったじゃねぇか」
「これがよ、昨日おめぇと別れてから今までの間にできた悩み事でな。まぁ積もる話をここでするのもなんだから、ちょいと場所変えねぇか」
「おぅ別に良いよ。ちょいと待ってな、顔洗ってくらぁ」
「じゃあ先に行っとくからよ、すぐそこの二本柳の小橋まで来てくれ。んじゃな」
「待ってなって、すぐ終わるから……って、もう行っちまいやがった。はぁ、まったく勝手なヤツだよ。家の宿稼業も手伝わねぇで毎日遊び回って、昨日だって急に来たかと思えば飲みに行くぞって3軒も連れ回されて、こっちの都合なんてお構いなしなんだから。まぁ、どうせ暇だし全部あいつの奢りだから良いけどよ……さて、顔も洗い終わったし行くか、二本柳ってぇとあの橋だよな……あぁ居た居た」
「やっと来たな、待ちくたびれたじゃねぇか」
「そんなに待ってねぇだろ。……で、何だその漬物樽は。なんでおめぇはそんなのに座ってんの」
「これは、まぁ、追々話すからよ。今は気にすんなや」
「そうかい、まぁ別に良いけどよ。その話ってのはなんだい」
「えぇとどこから話したもんかな。昨日おめぇと夜四ツ1ぐらいまで呑んでよ、その後あーでもねぇこーでもねぇ話しながら歩いておめぇの家の前で別れたよな。そこから俺の家まで帰ってたら、この橋に差し掛かったところで一人の男が酔い潰れてて座ってやがってよ」
「あぁ、たまにいるよな。俺も先週見かけたよ。それで?」
「何食わぬ顔で横を通り過ぎようとしたらな、そいつが急に立ち上がったかと思うといきなり『はっけよぉぉぉい、のこったぁぁぁぁぁ!』って叫びながら突っ込んできてな。肝っ玉が潰れて一気に酔いが醒めちまって、思わず横にこう、ヒョイって避けたんだ。そしたらそいつ、突っ込んできた勢いのままそこの欄干から水路の中に落ちちまって」
「」
「家に着いてから紙入れ2をどっかに落としたことに気付いて」
「で、その死体ってのはどこにあんだい。見当たらねぇが」
「……こん中だよ」
「こん中って……その、漬物樽の中かい!?なんてとこに入れてんだよ!」
「だってよ、こいつが突っ込んできて勝手に落ちて死んだって言ってもよ、俺が悪いって言われても仕方ねぇじゃねぇか。」
「名を土足左衛門どそくざえもんと改めよ」
「はあ、何故なにゆえに」
「先ほど、足もついた故」
『落とし噺:土左衛門に非ず』
演者:七代目竹葉亭水酉
令和六年四月十八日 池袋演芸場にて
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- portal:6568589 (20 Jun 2020 11:11)



