遺影(仮)
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その夜、僕は耳障りな「それ」に起こされた。
外からは、大阪では聞いたことのない虫や鳥、蛙の鳴き声が聞こえてくる。川が流れ、たまに何かがボチャンと落ちる音が聞こえる。風が木々を揺らして葉が擦れ合う音も聞こえる。そしてそんな自然の雑音よりも更に近く、僕が寝てるこの部屋の中で、誰かが小さな声で何かを喋っていた。
最初は村人──あのプライバシーの欠片もない爺さん婆さんだと思った。昼間だけでなく、寝てる間もお構いなしに入ってきて好き勝手しているのだと。しかし、しわだらけの服が擦れる音も、咳混じりの呼吸も、全身にまとわりつくような視線もないことに違和感を感じた僕は目を開け周りを見渡した。

縁側の障子から月明かりが差し込んできている。その光は部屋全体を薄暗く照らし、部屋の中に僕と家族、めぐみちゃん以外誰もいない。皆気持ちよさそうに寝息を立てている。
障子も襖も隙間なく閉められている。昼間僕とめぐみちゃんを見ていた目は一つもない。障子が誰かの影で黒塗りされているわけでもない。
そうやって部屋の中を見渡している間も、誰かの感情の籠っていない声は聞こえ続けている。
僕は、額縁が飾られている長押に目を向けた。

かろうじて月明かりでうっすらと照らされた額縁の中、その顔の口が動いていた。
月明かりは口より上を照らしておらず、表情をうかがい知ることはできない。ただ、皺だらけの口元と色のない唇が、大きく開いたり閉じたり、横に広がったりしていた。
額縁に入っているからか、その声は少しくぐもっていた。しかし、何を言っているのかはぼんやりと聞き取れた。


「お母さん、お父さん、先立つふこうをおゆるしくだ……これ以上めいわくを……」


抑揚のなく淡々と何かを読み上げる、おじいさんの声がおばあさんの声が子どもの声が、部屋中に飾られた額縁全てから発せられている。


「……生きていくのがとてもつらくなり……いなくなっても、こまらないしかなしまな……だから……」


そんな目も耳も塞ぎたくなる光景の中、僕は2つの額縁に目が吸い寄せられた。
昼に見た、何も入ってないはずの額縁。その内の横長の額縁に賞状、そしてもう片方の縦長の額縁に他の遺影と同じ白黒の顔が入れられている。その顔の口も建てに横に動いている。しかし、その口周りは他の遺影より若く見える。
誰がいつの間に入れたんだろうか。誰の遺影が入っているんだろうか。そしてなんの賞状が入っているんだろうか。
そんな考えに思考を巡らせていると、聞き覚えのある、いや、見覚えのある文章が、部屋中の遺影に読み上げられた。


「お母さん。いつもおいしいりょうりを作ってくれてありがとうございました。とくに、毎年たんじょう日に作ってくれたグラタンが大好きでした。」


それを聞いた瞬間に、僕は部屋の重苦しい空気がのしかかった布団を押しのけて起き上がり、長押の上に飾られた2つの額縁に手をかけた。
身長が足らず、壁にかけられた紐が外れない。それを思い切り体重をかけて引きちぎる。勢い余って倒れそうになるのをこらえ、そのまま障子を開けて縁側に出た。

月明かりに照らされた横長の額縁の中には、めぐみちゃんが書かされていた手紙が──いや、内容としては遺書が──入っていた。そして縦長の額縁の中で、白黒のめぐみちゃんが口を動かして、手紙と同じことをしゃべっていた。


「さいごにお兄ちゃん。いつもいっしょにあそんでくれてありがとうございました。今日もえ本をよんでくれてうれしかったです。」


気付いた時には、靴も履かずに川まで一心不乱に走り出していた。その間も、耳元で囁かれているようにずっと遺影に写った老人たちとめぐみちゃんの声が聞こえ続けていた。


「あの世で、みんなといっしょに良い子にしてまっています。」


途中、他家の少し開いた窓から覗く目が光っているのが見えた。

少し開いた扉から覗く目が光っているのが見えた。

塀の上から。

車の中から。

電柱の横から。

木々の間から。

昼に感じた視線とはまた異質なものが、川に着いてからもずっと絡みついてきた。

僕は2つの額縁を地面に叩きつけた後、手頃な石を掴んで額縁をひたすら殴りつけた。その度にめぐみちゃんの声が一時停止したように呻って止まって、そしてまたしゃべり出す。僕はただめぐみちゃんに謝りながら、がむしゃらに殴り続けた。


「あらためて、今までみんなありがとうございました。そしてごめんなさい。さような」


どのくらい殴っていただろうか。額縁がひしゃげてガラスがヒビだらけになった頃、全ての声が止まった。めぐみちゃんの顔は土とガラスのヒビと僕の手から滲んだ血で歪んでいた。

冷静になった僕は、痛みで痺れる手で額縁を外して、めぐみちゃんの顔写真と遺書を取り出してビリビリに引き裂いた。川に行き、何が書かれていたかも分からなくなった紙片をばらまいた。紙片たちは、それらより大きい葉と一緒に真っ暗な川下へ流れていった。

それが見えなくなったのを確認し、手に付いた血を川で洗い流して我が家に戻った。
今まで全身に絡みついていた視線は一切感じなかった。

家に着いて布団に潜った僕は、隣で寝ているめぐみちゃんを抱き寄せた。腕の中で、めぐみちゃんは気持ち良さそうに寝息を立てている。安心感と、川の水で冷えきった僕の手にめぐみちゃんの温もりが染み渡っていくのを感じながら、僕は眠りについた。




「お兄ちゃん!お兄ちゃん、おきて!あさだよ!」
「うーん……めぐみちゃん、おはよう……」

めぐみちゃんに起こされたときにはもう陽が昇っていて、叔母さんとお母さんが朝ご飯を作っていた。
起き上がろうとするが、全身が筋肉痛で、更に手の平と足裏は傷だらけで痛くて身体を起こすのも精一杯だった。
僕は、長押の上に目を向けた。
昨日僕が殴って壊した額縁が、同じ位置にそのまま飾られていた。
横長の額縁の中には新しく手紙が入っていた。
手紙にどんな内容が書かれていたのか、確認する気にはならなかった。僕にとってどうでも良い人たちのことだったから、何が書かれていても関係無いと思った。
縦長の額縁には、僕とめぐみちゃんの家族以外の村人たちの集合写真が入っていた。ただ普通の集合写真のように横並びに写っているのではなく、1つの箱に全員の顔をギュウギュウに押し込まれて撮ったような、そんな写真だった。
写真の村人たちは、ガラスに入ったヒビのせいで、どんな表情をしてるか分からなかった。でもきっと、良い表情ではないだろうな、と察した。
朝ご飯を食べ終え、僕たちは再び挨拶回りして帰路につこうとした。しかし、村人たちは家どころか川にも公園のような広場にもどこにもいなかった。不思議だったが、そのおかげで僕たちは早く帰ることができた。


これで、僕の知っていることは全て書いた。その後のことは何も分からない。村人たちの身に何が起きたのか。村人たちはどこに消えたのか。あの額縁がどう関係しているのか。知らないし知りたいとも思わない。


興味もない。










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執筆者: CAT EYES
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最終更新: 06 Nov 2022 10:03
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