消えぬものを抱えて

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2011年8月20日

今日、仲間が死んだ。
いや、俺が撃ち殺した。

リビアの首都、トリポリ。その東部のタジューラ地区で発生した銃撃戦。
その戦いで、大勢の仲間が死んだ。
一昨日、一緒に酒を酌み交わした友達が死んだ。
昨日、故郷に残してきた妻の思い出話をしていた先輩が死んだ。

そして今日、仲間の一人が足を撃たれた。もう立てなかった。
そいつは俺に、死なせてくれと言った。
戦場に役立たずはいらないと言った。

俺は目を閉じ、銃も、そしてそいつの顔も見ず、引き金を引いた。
残響も消え、目を開けたとき、そいつの微笑んでいる顔が、もう動かない顔が目に入った。

チクショウ。

そいつの血と硝煙の臭いが、この戦場の日常として消えていった。



2015年9月8日

今日、妻が死んだ。
いや、俺が気付いていれば。

俺が戦争で人を撃っている間に、妻は子宮頸ガンに冒されていた。
手術はした。完治したはずだった。
妻は子どもを産めない身体にはなってしまったが、それでもただ1人の愛娘を、明美を夫婦で育てていくつもりだった。

今年の4月、妻の大腸に転移したガンが見つかった。
発見が遅れ、既に末期まで進行していた。
余命半年だと告げられた。

来週、明美のダンスの発表会なのに。一緒に見に行こうって、約束したのに。
「明美をお願いね。」そう言った妻の手が、握りしめていた私の手から力なく滑り落ちた。

チクショウ。

骨と肉の焼ける匂いと明美の泣き声が、真っ青な空に溶け込んでいった。



2021年3月22日

今日、明美が死んだ。
いや、俺が守れなかった。

家で、明美のダンスを久しぶりに観た。
美しかった。綺麗だった。
今まで観たどのダンスよりも、明美が輝いて見えた。
涙が、止まらなかった。

今の自分には、こうやって、テレビ画面に映る去年の明美を観ることしかできなかった。
明美は今日、高校の屋上から飛び降りた。初めて、明美はいじめられていたと知らされた。
明美が、必死に痣や傷を隠していたなんて知らなかった。

妻によろしくと頼まれたのに。ずっと大切に育てると約束したのに。
俺が不甲斐ないばかりに、友人も、妻も、明美も、誰もいなくなってしまった。

チクショウ。

涙で見えない画面の中で鳴り響いていた拍手が、夕日が差し込む部屋の暗がりに反響し沈んでいった。



気がつくと、ソファで横になって寝ていた。
明美のダンス映像を観たまま眠ってしまっていたらしい。カーテンを閉め損ねた窓の外には星もない黒色が広がっている。

寝支度をしなくちゃな。

テレビを消そうと向けた右手の中には、テレビリモコンの代わりに拳銃が握られていた。


明美がいる。

明美がすぐそこにいる。

──明美を、殺さなくちゃいけない。




明美。
お父さん。
なんで。昨日、死んだはずじゃ。
まだ踊り足りないから。ずっと踊っていたいから。朝が来るまで、私は踊っていられるから。
お前は明美じゃない。明美じゃないんだ。明美じゃないって、分かってるのに。
そう、私はもう誰でもないの。だから。
やめてくれ。それ以上言わないでくれ。
朝が来てほしいなら。
来てほしくない。
ずっと踊っているのが駄目だったら。
駄目じゃない。お前が踊っている所を、ずっと見ていたい。
じゃあ、夜が明けるまで踊らせて。
それは──駄目だ、駄目なんだ。
──そう。
ごめん、明美。
ねえ、今の私、綺麗?。
ああ、今までで一番綺麗だよ、明美。





──チクショウ。








2021年3月23日

今日、明美が死んだ。

いや、俺が撃ち殺した。



誰もいない。何もない。


ただ、誰もいないこの夜だけは、いつまでも残り続ける。


夜を抱えた男を残し、今日も夜が明ける。







tale jp



ページ情報

執筆者: CAT EYES
文字数: 2526
リビジョン数: 17
批評コメント: 2

最終更新: 10 Jun 2022 16:45
最終コメント: 16 Apr 2022 15:16 by CAT EYES

ashimineashimine氏主催の友達のコンテストに参加します。

Dr_rrrr_2919Dr_rrrr_2919氏主催のマックV.S.マクドに参加します。マック派です。



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