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クレジット
タイトル: 古木に手を掛くる
著者: CAT EYES
作成年: 2025
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「休憩中のところすみません、このあと葬式の準備をお願いしたいのですが」
職員もまばらになった昼下がりの食堂。コーヒーを啜りながら新しく買った本を読んでいた鏡宮納棺師の元に、葬祭部門の同僚が話しかけてきた。その口調に緊急の用事ではないことを感じ取り、落ち着いた様子で顔を上げる。
「分かりました。それで遺族と被害者の方は?確か今日は葬祭の予定もインシデントの発生報告もなかったはずですが」
「ええ。ただついさっき、あるエージェントの一人から同僚の葬式を行ってほしいとお願いがありまして。被害者の方は既にエンバーミング1をしたうえで遺体安置室のほうに移送済みで、エージェントの方は相談室で待っていただいています」
「ありがとうございます。被害者の方のカルテはありますか?」
「はい、こちらに」
栞を挟んで閉じた本を傍らに置きながらカルテを受け取り、それに目を通す。その瞬間に気付いた違和感を同僚に問いかけた。
「えっと……顔写真のところが空白なんですけど」
「実は、その……今回の被害者は"左手"で……」
「……"左手"?」
相談室で座って待っていたエージェント、柊 朋義は、鏡宮納棺師が入室すると立ち上がり会釈した。
「初めまして。私、エージェントの柊といいます」
「納棺師の鏡宮です。それで同僚の方のことですが……」
そこで柊はカバンの中から数枚の写真を取り出した。一見、いずれの写真も柊しか映っていないか誰も映っていない風景の写真のように見えたが僅かな違和感が漂っていた。その内の一枚、柊がUSJのモニュメントをバックに笑顔で写っている写真を手に取りよく見て初めてその違和感の正体に気が付いた。
「これって心霊写真、ではないですよね」
柊の右手には確かに、上腕の途中ですっぱり切られた左手が握られていた。他の写真にも、ピースの形で宙に浮かぶ左手や、クリームがたっぷり盛られたクレープを持つ左手などが映っている。
「その左手は弓倉 紫月のものです。私の同僚で……そして彼女でした。今日、ある住宅に調査に行ったきり連絡がつかなくなったので機動部隊が派遣されて、そこでアノマリーと一緒に紫月の左手が残されていたそうです。収容は無事できたとのことですが、紫月の身体は多分そいつに……」
そこまで言うと柊は少し俯き、目にうっすら溜まった涙を手で拭う。鏡宮は「おつらかったですね」と慰めながら、離れた所に置いてあったティッシュを差し出した。
「ありがとうございます。確かに悲しいですが、まあ、エージェントでも死ぬことなんてざらにありますし、これまでも同僚の葬式に何回か出席してきました。私も紫月もいつかそうなることを覚悟してましたから。そこは仕方ないかなって」
口調は少し明るくなったものの、その目にはまだ涙を浮かべている。そしてまた暗い口調に戻り、今度は怒りも含みながら言葉を続けた。
「それよりも許せないのは、紫月との思い出も壊されたことです。この写真のように、私の記憶の中の紫月も左手のままなんです。どんな声で私を話しかけて、どんな顔でクレープを食べて、どんな風に笑っていたのか、何も覚えていないんです。あんなに長い時間一緒にいたのに」
「つかぬことをお聞きしますが、お二人はいつ頃からお付き合いを?」
「3年ほど前からです。その前から紫月とよくペアでエージェント活動してて、たくさん話してる内に惹かれ合って。お互い忙しくて2人きりの時間は中々作れませんでしたけど、上司とか同僚に恵まれたおかげもあって、たくさんの思い出を作れました。作れた、はずなんですどね」
その後も柊は様々な思い出を語っては、彼女の左手の記憶しか浮かばないことに嘆いている。それを鏡宮は静かに、時に相槌を打ち宥めながら話を聞く。時には遺族のメンタルケアを行うのも葬祭部門の業務の一つである。
だんだんと落ち着いてきたところを見計らって、30分ほどかけて必要事項の説明や書類への記入などを行い始める。最終的に、翌日葬式を行うこととなった。
「これで手続きと説明は以上となります。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。それではまた明日、よろしくお願いします」
柊を相談室の外で見送った鏡宮は、その足で記録・情報保安管理局デジタル化部門の知り合い、奈良部の元を訪れた。
「やあ久しぶりだね、鏡宮。だいたい4ヶ月ぶりくらい?もっと顔を見せに来てくれたって良いのに」
「お互い暇になったらもっと会いに来ますよ。それよりも──」
「今朝収容されたやつのことでしょ、分かるよ。1人死んだって聞いてるし、その人のことを聞きに来たってとこかな」
「話が早くて助かります」
「でしょ。でも良い知らせはできないなあ。彼女に関する記憶や過去が改変されてるっていうのはもう知ってるよね?こっちでも彼女の情報を精査して修正している最中なんだけどアノマリーの異常性が厄介でね、こっちではどうしようもないと思うよ。残念だったね」
「まあ、ある程度予想はしてましたから。ちなみにどんなアノマリーなんですか?」
「ちょっと待ってね……ああ、あったあった。そいつはワニに酷似したアノマリーで、食べたやつの記憶や過去を改変して抹消する異常性が有り。発見されたのは市内のある住宅で、悪魔召喚に用いたと見られる奇跡論紋様図形や資料類も発見済み。住宅の所有者は"不明"──まあ十中八九食べられてるね。被害者は弓倉紫月1人とされているけど、他にも誰か食べられてるかも。まあそうだとしても、弓倉さん以外は全身食べられて何も残っていないんだろうね。たまたま左手だけ食べ残されたから弓倉さんの記憶と過去が残された──柊さんにとっては幸運だったと思うよ」
「そうですね……今回も色々教えてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。それよりさ、どうすんの葬式。やっぱり直葬2にすんの」
「最初はそのつもりだったんですけど、ってあなたには関係ないでしょう」
「良いじゃんか、知ってること教えてあげたんだし、それに私とあんたの仲じゃん」
「……一日葬3で執り行ってほしいと要望があったので、そのように手配します」
「ふうん、告別式もやるんだ。それじゃあ色々と準備しないとね」
「ええ、それではこれからその準備があるので、これで」
「はーい。また一緒にご飯食べに行こうねー」
踵を返して彼女の職場を後にする。背後で上司と彼女がせわしなく会話する声を聞きながら、鏡宮は葬儀を執り行う第3式場へ向かった。
「鏡宮さん、椅子の配置終わりました」
「ありがとうございます。これで設営は終了ですね、お疲れ様でした。あとの仕上げは私がやるので皆さんは休んでいただいて構いませんよ」
翌日に行われる葬儀の設営が終わると、鏡宮を残して他の職員は退室する。一人残された部屋の中、祭壇の前に置かれた棺へ向かうとその蓋をゆっくり開けた。中にはドライアイス、ほぼ全身を包帯で巻かれたマネキン、胸の上に置かれた弓倉の左手、そしてそれを取り囲むように白菊やカーネーションが納められている。腐敗を防ぐため防腐剤を注入されたうえにドライアイスで冷え切った左手を持ち上げると、作業机の上にそっと置く。そしてその横に置かれていた箱を開け、死化粧道具を取り出した。
死化粧は多くの場合は顔に施し、生前の姿により近づけ、個人の尊厳を守るためのものである。手に施すことはほとんどなく、鏡宮にとっても初めてのことだった。生きている人に施す化粧とはただでさえ勝手が違う死化粧を、これから手に施すことを意識し緊張が身体中を支配する。しかし、同僚たちが故人に心置きなく別れを告げるためには必要なことだと奮い立たせ、死化粧を施し始めた。
最初にエンバーミングしたときに綺麗な状態にしていたため、今は皮膚を傷つけないように濡れた布で優しく拭う。爪と皮膚の間に挟まっている異物を取り出したあと、ネイルファイルで詰めの形を整える。その後丁寧に手洗いするように保湿クリームを指と指の間にも馴染ませファンデーションを塗ると、生きている人の手と見間違えるくらい生気を取り戻した。
次にネイルオイルを爪にしみこませ、マニキュアを塗り始める。柊が見せてくれた写真に写っていた彼女の手には、どれも綺麗なピンク色のマニキュアが塗られていた。その写真を思い出しながら、できるだけ彼女のお気に入りの色に近づけていく。
納得のいく仕上がりになった頃には、既に夜の8時を過ぎていた。立ち上がり軽く背伸びしたあと、左手を再び棺の中に納めて蓋を閉める。明日は朝の8時から告別式が始まる予定だ。鏡宮は最後に不備がないか室内を確認すると、部屋の電気を消し退室した。
「鏡宮さん、今回はありがとうございました。私のわがままも聞き入れてくださってご迷惑もおかけして……」
告別式と火葬を終え、参列者が散り散りに退室していく中、鏡宮の元に骨壺を持った柊が近寄りお礼を告げる。
「いいえ、遺族の望む葬祭を用意するのも私たちの仕事ですから」
「鏡宮さんのおかげで、しっかりと別れをつげることができました。私の中では、ピースをする手も、クレープを持つ手も、ハンドルを握る手も、全て彼女との大切な思い出でした。最後に握った手は、私が愛した彼女の手そのもので、その思い出が全部溢れてきて……本当に、鏡宮さんにはどれだけ感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」
「柊さんは、これからまたお仕事ですか」
「ええ。葬式の後に仕事できるか正直不安だったんですが、鏡宮さんのおかげでなんとかできそうです」
そう話す柊の背後から上司が彼を呼ぶ声がする。柊はまた感謝の言葉を述べ、やや小走り気味に上司の元へ向かっていった。
参列者が全員退室したあとの式場を片付けながら、鏡宮は同僚と今回の葬祭を振り返る。
「左手だけの葬祭って、なかなか珍しい案件でしたね」
「これから先何年仕事をしてもこんなことは無いかしれません。今回はあまりにも厄介なアノマリーの仕業でしたから」
「全身が戻ってこなくても、データがあれば復元できますものね。できれば、今回みたいに過去も記憶もなくなるみたいなことはやめてほしいものです」
「そうですね」
祭壇に飾られた花々を箱にしまいながら、鏡宮は言葉を続けた。
「過去も記憶もなくなれば、心から別れを告げることはできませんから」
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- portal:6568589 (20 Jun 2020 11:11)



