鏡に映るはあなたと

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私が学園に辿り着いたとき、すべては終わっていた




我ながら呑気なものだが、自分に辿りついた結論に自信が持てず、まさか──なんて疑ってしまい、私は事と次第を親友に尋ねることにした。
携帯電話は通話もメールも音信不通で、仕方なく親友の家に出向いたが、もう真っ暗な時刻だというのに帰宅していないらしい。
結論は、でている。
私の考えが間違いじゃなかったら、親友は学園にいる。
『友達なのは、学校だけ』という話だったよね。

「うっ……」

誰もいない夜の学校は見た目ちょっとしたお化け屋敷だが、こっそりと敷地内に侵入した途端、そんな生やさしいものではないことを理解した。
噎せるような血の臭い。
何らかの『改変』がはたらいたのか、私の進路を妨害するものはなく、校門も昇降口のガラス扉も施錠されておらず、すんなりと入れた。
自分の名前が入っている下駄箱で上履きになり、静かな廊下を歩いていく。
目眩がする。
これは、私が一人のとき──財団に引き取られる前に感じた違和感。
『オブジェクト』が好き放題に現実を改変し、混沌とした世界に作りかえていて、私はそれに耐えきれず吐き気をもよおした。
度の合っていない眼鏡をかけ、激しく揺れ動く船の上を歩くようなものだ。
目に見えるもの、肌に触れるもの、耳に聞こえるもの。
すべてを把握できず、敵意をもって渦巻き、私を苛んでくる。

ちがう。

こんなのちがう。

何もかもがちがう。
落ち着かない気持ちが悪い目の前がちかちかする。

「うっええ、おええぅ……」

思わず近くのトイレに駆けこみ、洋式便所で盛大に吐いた。

「ぅえ、おええ、ええ……」

胃のなかにあるものを全部吐き出し、しばしば嘔吐してから、私は立ち上がる。
洗面台で口元を濯ぎ、頬を叩き、気合いを入れた。
そうだ……。
頑張らなきゃ……。
頑張らないと……。

「ふぅ……」

嘔吐したことにより、体力と気力をごっそり奪われたが、問題はない。
トイレからでて、あちこちを歩いて、私はすべてが終わっていることを理解する。
平凡な学校に相応しくない、異形の怪物が、ごろごろと転がっていた。
動物や昆虫、人間の形をした化け物が多いが、身体中から乳房を無数に生やしている肉塊やら、眼球を生やした木に似た何かなど、統一感はない。
収容違反した『オブジェクト』だろう。
なかにはまだ動けるものがいた。
私のことをまるで『餌』のように見ているのか、涎を垂らしてこちらを見ているものもいる。
馬鹿馬鹿しい。
私が誰だか分からないのか。

「私に……」

怒らないように気をつけた。
どんなにちっぽけな感情でも、私のそれはあらゆるものより優先されてしまう。
世界を歪ませてしまう。
怒ったり、悲しんだり、笑ったり。
それらの感情や思考をすべて支配下におき、管理してなくてはならない。
それが私に課せられた義務。
けど。

「私に…近づかないで…」

精一杯我慢して、けど口にしてしまった一言。
たったそれだけで、この場にいた『オブジェクト』はすべて消え失せた。
否、逃げてしまったのだ。
『神』の逆鱗に触れるのを畏れるかのように。

「思えば、すごく簡単な話だったんだ」

私は語りながら歩いていく。
どこに、親友がいるか分からない。
もう帰ってしまったかもしれない。
会いたいけど、どの面を下げて会えばいいか分からない。
けど、この気持ちを出さずにはいられない。
謝りたい──せめて言葉を紡ぎ。
不器用な親友に。

「……あらゆる『臣下』が『神』に気にいられようと、媚を売ってくる。感情があるか分からないけど、『神』からの寵愛が、評価が、そのまま世界での『立ち場』になるから」

すべての国々は、王に従う。
『王』は神話的に『最高神』である。
王からの寵愛を受ければ、出世できる。
人間や神にとってそのルールは絶対的であり、彼らの出世欲は、媚は、顕著であろう。
だが、今の『王』は、馬鹿な私である。
私は『王』であることを忘れ、友達が欲しいと願ってしまった。
そして、私は親友を作ってしまう。
それに、臣下達は嫉妬したのだ。
一人だけが王の寵愛を受けることは、惨劇の引き金にしかならない。
それは私達の歴史でも同じである。
周りのもの達からのいじめ、妨害──そのすべてが、たった一人の、『王』に選ばれた哀しみの親友に注がれた。
私が見えていないところで、親友は打ちのめされていたんだ。
私が気づけなかっただけで。
何もないところで転び、牛丼を床にぶちまけた親友。
あれが始まりだった。
あれがすべてであった。
同様の不幸が、それ以上の災厄が、親友を襲ったのだ。
相手はただの人間ではなく、この世界を混沌とする『怪物』である。
道を歩けば、犬や猫に襲われ、工事現場の側を通れば鉄骨が落ちてくる。
そして、最悪この惨劇が起きる。
あらゆる混沌要素が親友を狙う。
『王』の友達、という立ち場から引きずり落とすために。
否、命すら危なかったかもしれない。
血まみれで倒れていた親友を思い出す。
彼女は戦っていたのだ。
『普通』という肩書きが名付けられた日常の裏側で戦いながら、何もなかったかのような顔をして、私の友達をしていてくれたのだ。
友達は学校だけ、というのも当たり前である。
それが、親友の限界なのだ。
最大限の譲歩──外まで私が身勝手に彼女を『親友』として見ていれば、世界から攻撃される。
学校だけ平和を保つのが、親友には限界だったのだ。
私が嫌いとか、そんなことではなかった。
不器用な彼女は、何も知らない馬鹿な私に事柄を話して、罪悪感を抱かせることを避けて、あえて憎まれ役を買ったのだろう。
面倒くさそうに、それでも頑張って、精一杯に。



「深雪……」

足の向くまま、辿りついた。
あと一週間で卒業する、私の日常の中にある、三年一組の教室。
その真ん中──自分自身の席で、彼女は座っていた。
窓から差しこむ淡い月光は、優麗な彼女を浮かびあがらせる。
血まみれであった。
今日も、ぼろぼろだ。
毎日、彼女は傷ついているだろう。
白い息を吐き、苦しそうに目を瞑っている彼女に、私は呼びかけた。

「深雪!」

親友は、うっすらと目を開いた。
そして驚いたように私を見て──可愛くない態度で告げてきた。

「なぜあなたがここに?登校には早い時間帯ですよ?」

「そっちこそ、居残りには遅すぎる時間じゃない?」

つい憎まれ口がでてしまう、まだ絆を紡いだばかりの、私の…友達。

「今日は、早く帰るんじゃなかったの?」

ゆっくりと彼女に近づき、真っ正面に立った。
泣きそうになったけど、必死に怖い顔をした。

「こ、任務だって──なかったじゃん?誰かと一緒に歩いていたじゃん。あの子は深雪の友達?」

「友達ではありませんよ」

彼女は鼻で笑い、こう呟いた。
憎たらしい口調と態度たが、声は弱々しく掠れていて、怒る気などなかった。

「ちょっと『オブジェクト』の影響を受けていたので、まとめて追い散らしたのですよ。どうも普通の人間の肉体に寄生し、あなたの友達となり、能力をあげようとしたのでしょう──まったく、油断も隙もない」

自棄になったのか、彼女は吐き捨てる。

「無理矢理、寄生した人間の脳やら精神をいじくり、あなたの都合のいい友達をつくってくれたのでしょうね。あなたはまだ人生経験といのが足りない子供ですから、大喜びだったのでしょうね」

嫌みったらしいなぁ。

「偽物の友達でもあなたはいいのでしょうが、財団はあなたがくだらない『オブジェクト』に唆されて、世界が混沌としたものに『改変』でもされたら大問題ですから」

「心配してくれてんだね」

「人の話を聞いていますか?あなたは」

「ありがとう、深雪」

全部、分かっている。
あなたの言うとおりだったよ。
私は本当に、馬鹿だったよ。
自分の立ち場を忘れ、友達が欲しいとか、平和な学校生活が送りたいとか愚かな願いを抱いて。
それで周りがどう反応するか、ちっとも考えないで。
深雪を巻き込んで──気を遣わせて、大怪我をさせて。

「ごめん、ごめんね……」

あれ、前が見えない。
おかしいな。

「何で泣いているんですか?子供ですか?」

深雪が、慌てたような声を出す。

「心配しなくても、すべて終わりましたよ。学校内にいた『オブジェクト』は、すべて無力化して、知能あるやつは調教して、それでも反抗するものはぶん殴ってやりましたから。もう、ここで『オブジェクト』が余計なことをすることはないと思いますから」

偉そうに、澄ました顔をして。

「これから先、あなたに友達ができたとしても、それは『オブジェクト』が人間の精神を『改変』して無理矢理に歪ませているのではありません。それはあなた自信の力です。だから安心して、明るく楽しく学校生活を送ればよいのです」

どうでもよさそうに。

「これで、私の役目は終わりましたね。あぁ、面倒だった。ようやく楽になれますよ。まったく、あなたのせいで寝不足なのですよ。無駄な苦労をかけないで……聞いていますか?」

「み、ゆ、きいいぃっ」

「いやぁぁぁあ!?」

抱きついて押し倒した。
弱りきっている彼女をあっさりと転倒させて、冷たい校内の床に仰向けになる。
私はそんな彼女の胸元の辺りで、すんすん泣いた。
小さい子供のように。
もうだめだぁ、涙を流さずにはいられない。
彼女は真っ赤になって、私を遠ざけようとする。

「何なんですか、あなたは──私はそういう趣味はありませんよ?ちょっと鼻水をつけないでください!汚いですから!ていうか私は怪我人ですよ、もう少し丁重に扱いなさい!」

「みぃゆぃきいい……」

人の話をまったく聞かないのが、私だ。

「ごめんね!私が馬鹿だったから……!これからは苦労させないから!もう怪我もさせたりしないないから!だから、深雪……これからも──」

「あぁもう、うざいですよ、この雌豚!」

深雪が、私が聞いたなかで一番酷い言葉を言ってきた。
でも怯むわけがない。
彼女を抱きしめたまま、しゃくりあげる。

「本当にごめんね……大好きだよぅ……」

「えぇい、キモいですよ!しね!」

きっと、彼女も不安だったのだ。
私は愚かしくも、場繋ぎの友達とか、練習台とか、酷いことを言ってしまったのだ。
本当の友達ではなく、そこに至るまでの踏み台として。
彼女は、それを真っ当に受け取ったのだ。
だからこそ、必用以上に私に負担や、罪悪感を与えることなく、私が『友達』を得るための土台を整えることを、自分の役目としてくれたのだ。
私が『改変』を意識的、無意識的に不正をして、自分の実力以外のところで友達をつくらせないように。
このような結末になっても、私が喜ばないことを察して。
だけど。
そんな風に、私を理解して、痛みも傷も引き受けて──。
そんなの、ひとつの言葉でしか表せないよ。

「深雪」

私はちゃんと言った。

「私の、本当の友達になって」

暴れていた彼女は、停止する。
壊れたおもちゃのように。
生まれたての、赤ん坊のように。
そんな彼女が愛おしい。
他人からの好意に慣れなくて、回り道をして、いつでも誤解され、他人を一切拒絶するように見える彼女。
だけど、本当は友達思いで、寂しがり屋で、不器用な──。
あなたが大好き。
いや、もっと好きになれると思うの。

「私は……」

独り言のように、彼女は小さく呟いた。

「私は、意思の人形のようでした。完璧に調教され、望むべき結果を忠実に、最善の手段で達成する、完璧な人形」

美しい声色で。

「だけど、私の心は満たされなかった。機械のように凍てつき、涙さえ流せない、それでも私は『友達』や『日常』という存在に憧れていました。殺し殺され、役目を完璧に果たす機械より、一緒に泣いたり笑ったりする、どこにでもいる女の子になりたかった」

彼女の指先が、私の背中に触れる。

「もし、この世界に神様がいるならば、私は『本当』の人間になりたかった」

私は神様とかじゃないけど。
彼女の願いを──親友の願いを叶えてあげたい。

「弱いけど、温かい、人間になりたかったよ」

私は馬鹿で無能だから、できることは少なかった。
だけど。

「もう、温かいよ」

親友を優しく抱きしめた。
血まみれの親友を。
淡い月光の下で、崩壊した教室で。
静寂と暗闇と、温かさが──私達を優しく包みこむ。

「そう…ですか…」

親友は瞬きをすると、小さく微笑んだ。
それが、驚くほどに綺麗だった。

「私は…あなたの友達に…なれるのでしょうか…?」

「なれるよ。ううん、──もうなれたよ…」

昔、機械だった親友は、本当に疲れていたのだろう──大きな吐息を漏らして、私にしがみついたまま瞑目した。
静かな寝息が聞こえてきた。

「おやすみなさい…私の親友」

私も少し、眠ろうかな…。


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