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尽き果てていく大地。
奈落の底に、地響きがあった。
今も崩壊が続いているだろう、高度な文明が引き起こす騒音と衝撃の余波が、この星を震撼させている。
星の崩壊が続いている。
「うわぁ」
おっかなそうに顔をあげ、一人の兵士──ソウワがそんな星の大地で、相変わらずの挙動不審さでうろうろとしている。
大地は完全な地獄だ。
赤黒く燃える炎が、辺りを燃やしつくしていた。
そのなかを、ソウワは彷徨っていた。
地獄の風景に似合わぬ軍服で、困ったように肩をすくめていた。
「今ごろ、ナイラはあの手紙を見つけて読んでいることかな──きっと怒っているだろうな。怖い怖い、仲間は『大丈夫だ』と言っていたが、まさかあの船の壁を素手で壊して僕を殴りに来ないよね?」
小心者であるソウワは、ふと気づいて腕に巻いていた勲章を呆気なく放り捨てた。
「捨て駒としか、この世界に存在している価値がなかった──だから恐怖し、ただ他人の手助けをする黒子のような存在として生きていた。僕は何者でもなかった。でも、最期ぐらいは兵士としてではなく、僕自身として、ソウワとしてこの星にいましょうか。それが『罪人』にできること」
ソウワの周りには誰もいない。
だから誰にも見られないから、兵士の勲章を捨てようが関係ないのだが──決意の表れであろう。
ソウワは清々しそうに、背伸びをした。
「ナイラ──僕は、ここで…」
呟いていると、それに応える声があった。
「あら、こんなところにいていいのかしら?」
奇妙な抑揚の、雄々しい声であった。
聞く限り男性の声なのに、何故か女性の口調だ。
聞いているだけで不安になる、その声は──。
「こっち、こっち」
驚いて周囲を見渡していたソウワの近くに、それはいた。
無造作に、ゴミのように。
けど見つけてしまえば無視できない、圧倒的な存在感がある。
それは男の半身であった。
鋭利に切断された腰の断面が晒され、至るところに何本もの不気味なナイフに貫かれている。
明らかに生きているわけのない代物だが。
その半身は片目を瞑って、自己主張する。
「あれ──」
ソウワは気軽に、その半身に声をかける。
そして、問うた。
「あなた、なんでそんな身体をしているんですか。不便ではないですか?」
「まぁ、そうね。でも会話することはできるでしょう──そんなに優しくしないでよ!これでも私は軍人よ~?」
「安心してください、軍人はやめたので」
どこか噛み合わない会話をしながら、二人は笑いあった。
不思議なぐらい気があっている、様子だった。
しばらくして。
「さて──」
ソウワはその辺に座り、半身を隣に置いた。
「あなたはこんな結末までも、予測していたのですか──総領さん?」
「あら」
半身──総領は、目をぱちくりとした。
「あなたは何も知らないような顔をしてさ──いろいろと理解していたのね?」
「まぁ、そんな人が敵軍にいると噂で聞いたので、そんな人他にいたのかなぁって…。何も知らないふりをしていたほうが都合がよかったのですよ」
話しているソウワの懐から、突然、何かが飛びだしてきた。
それは深紅の色をしている小さな球体だ。
それは総領のもとにゆき、とろりと溶解してとけこんだ。
同一化して、混じった。
または──もともとひとつであったものが、元に戻ったのか。
これで少しは不自由がなくなったわね、と嬉しそうにして。
いまだ半身のまま、ソウワを見据える。
「あなたは、もしかして──」
ソウワは何かを察したように、目を丸くした。
総領は親近感あるように、ソウワを好ましそうに見上げる。
「遠く離れた星の話で、『忌み神』と呼ばれる神がいることを知っているかしら?」
試すように──嘲弄するかのように。
総領はどこか懐かしそうに。
「その神は場合によっては省略されてしまうぐらい、存在感がない神、あなたの次に生み出されたけど、失敗作として捨てられてしまう。そして人々の記憶から消されてしまう。話の中にも一切の記述がない、その話には関わらなくなってしまった」
どこか羨ましそうに。
「あなたは里親に拾われ、存在価値を与えられ、この世界に名を刻んだあなたはまだいいほうよ?その神は──己を顧みず他の神達を酷く恨んだわ」
自分のことのように、総領は話した。
だが、もしそうだとしたら──。
「子供のように、その神は己を捨てた神達を否定することしかできなかった。他の神達を恨み、すべてを否定するために、神は己が持つ名を捨てて『部族』をつくりあげ──同胞を集め、己を捨てた神という神達、すべての存在に対して、宣戦した」
どうかしら?と総領はどこか茶化すように言った。
もし。
『部族』の総領=『忌み神』であれば。
巻き起こった事実のそこかしこが、様相に変えてしまう。
『忌み神』は、ナイラが眠っている──無防備な間だけ、その肉体に浮かびあがって守護する存在だった。
特別な、ナイラの保護者だった。
──保護者。
もしも総領が、彼女の父親がその役目を果たしていたならば…。
ナイラと総領は実の親子だ、彼女のなかに総領の血が流れている。
受け継いだ遺伝子から、浮かびあがってきたのが『忌み神』──。
……で、あるならば。
『忌み神』は決して真の姿を見せなかったのか。
見せたかったのではなく、見せられなかったのだとしたら。
総領はすでに戦争──他の文明との戦いで死んでいた。
だが娘の身体のなかに、受け継がれていた血肉が、残っていた。
それが自我を表出していた、とすれば。
それが『忌み神』だ、とすれば。
ナイラは父親にすごく愛されていたのだ。
「なんて、ね?」
総領は気恥ずかしそうにして、瞑目した。
「冗談、冗談よ。私は世紀の大悪党、今さらいい人でした──なんて無駄な解釈はしないでよ?」
「あなたは」
ソウワは飄然とした発言を無視して、頷いた。
「あなたは──僕なんですね。仲間に拾われなかった、ナイラとは出会わなかった、僕なんですね。僕は仲間やナイラに見いだされ、役目を与えられ、存在する価値を得た。でも、そうじゃなかったら……。あなたのようになっていたのかもしれなかった。すべてを憎み、否定していたのかもしれなかった」
「だから全部嘘よ──真面目に反応しないでよ、どうすればいいかわからないから?困ってしまうわ!」
無駄なお話は終わり、とばかりに総領は話を切りあげる。
そして、真上を見上げる。
「ほら、あなたが想う人が──恋人が遠く離れてしまうわよ。あなたには、言うべきことがあるんじゃないの?ねぇ、お兄ちゃん?」
ソウワは立ち上がる。
どこかの神話的に、もしも総領=『忌み神』なら──もう一人の『忌み神』の次に生まれた神である。お兄ちゃんと呼ばれるのも普通である。
奇妙な因縁の果てに滅びゆく星で巡りあった、己の弟かもしれない半身の肩に手をのせながら。
ソウワは宙を見上げる。
その真上、暗闇に一筋の光がはしる。
それを送りゆくように、ソウワは立ったまま。
すべての苦痛を故郷に残し、新たな世界へといこうとする小さな彗星に──。
かつて己を拾いあげてくれた、彼女に。
一生の哀しみを背負いながら生きてきたナイラ──それでも己を救ってくれて、役目を与えてくれた、恩人に。
かつては、言えなかったことを。
今こそ伝えてみよう──と。
ソウワは、呼びかけた。
「僕は──」
何百回も繰りかえしてきた、言葉を。
心を込めて。
「あなたのことをずっと愛しています」
滅びゆく星で、想いを。
笑顔で、ソウワは言ったのだ。
- portal:6546777 ( 02 Jul 2020 10:48 )

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置き手紙と並行してお読みください。
こちらはソウワ視点です。
脚注