置き手紙

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この世界が、閉じようとしている。
舞台に幕が降ろされるように、すべてが閉じていく。
高度な文明があけた大穴に向かって折りたたまれるかのように、町並みが山が海がすべてが、呑みこまれていく。
最後に残るはきっと、尽き果てた大地──死んだ星であろう。
だがいずれ、それすらも消えてなくなるはずだ。
地獄はすべてから切り離され、触ることも入ることも、認識すらもかなわない別次元へと隔たれ、切り離される。
そうすれば、この星とは完全にお別れだ。
今は猶予期間──短い、カーテンコールの時だ。
何もかもが無くなる、消え果ててしまうまで…。
そんな終末から引き離された人類は、他の生命体は──。
終末に呑まれまいと引きずりこまれゆくすべてがつくる荒波のなかで、浮き沈みを繰りかえしながら漂う船──のようなものに収納されていた。
それは数多の生命がすべて入ったにしてはさほど大きくない。
とはいえ、エルマ外教に遺された資料なら長さは百二十メートル、幅は三十メートル、高さは十メートル──あるはずだ。
十分立派な、巨体である。
その外観は果実のようであり、表面は深紅だ。
罪の果実──林檎のようである。
罪を対価として奇跡を与える、ユダヤ神話にも記載されている船舶。
大事な生命をのせ、荒波をこえるノアの方舟のようだ。
終わりをこえ、新たな未来へと進む最後の一隻。

「さて」

そんなノアの方舟、と呼ぶべきものの内側から声が響く。
味も素っ気もない綺麗な船内の床を踏みしめ、わずかに設置されている窓から外を眺める、一人の女性がいた。
優麗に着ている純白の修道服をはためかせている。
エルマ外教信徒の一人、ナイラである。
彼女は操作盤のようなものに手を添えて、何やら操作をしている。
瞬間、ノアの方舟は浮遊し──安全圏へと進む。
重力に逆らい。
宇宙へと向かい。
それがナイラにとって最後の仕事だったのか、やり遂げた表情をしている。

「これでOK、と」

額を拭うような仕草をして、外を見据える。

「私も──そろそろ、この船から出なくていけませんね」

どこか名残惜しそうに、背後を眺める。
ナイラがいる操縦席の周囲には、延々と棚が並ぶ。
外観よりも広々とした空間があり、書架のような陳列棚が大量にある。
棚には整然と深紅に輝く球体が置かれており、船はかなり揺れているのに落ちることはなく、存在感を放っている。
その球体にはそれぞれ小世界が収まっており、そこには数多の生命が詰めこまれている。
聖書におけるノアの方舟では、あらゆる生物のつがいだけが後世に残されたが。
この星の終末においては、多くの学者たちが努力し、できるかぎり多くの生命を残せるように取りはからったのだ。
生きとし生けるものが、『罪人』以外のすべてが収まったその球体のなか──安らかな揺り篭のなかで眠っている。
人類を安全な楽園に、天国へ送り届ける。
そして『罪人』は滅びゆく星に残り、そこで命を絶つ。
それが、計画だった。
せめて、驚異を私たちから遠ざける。
それが『罪人』ができる最後の恩返し。
ナイラは微笑み、一度だけ──人々が眠る卵に頭をさげる。
そして、決然と顔をあげる。

「さて、もう行かなくちゃ。元気に、育ってね、モイラ──私の、この世で唯一愛する家族よ。私に何かができるとは思えないけど、せめて『罪人』として最後の勤めを果たさなくては」

戦争でいくつもの生命が消え去るのをみてきた彼女。
今度こそ置き去りにされないため、一人だけ生き延びることなんてないように──いまだ滅びが続く星へと、赴こうとする。
だが、ふと気がついた。
この船には、外に繋がる出入口がない。
窓も完全に閉めきっている。
ナイラは血の気を失い、窓を「ばん、ばん」と強く叩いた。
だが、びくともしない。
人類を新天地へ無事に運ぶためにつくられた船だ、頑丈にできている。
あらゆる災害を受けつけぬ、強固な乗り物だ。

「変だわ。たしかこの船に乗るとき、この辺に──」

ナイラが壁の一部を触る。
そこには、出入口があったのだろう。
しかし今は存在しない。
外との接点はなかった。

「な、何で?どうして?」

ナイラは焦り、少し背後にある球体を気遣うように見てから──。
おもむろに、拳に力をこめた。
そしておもいっきり壁を殴った。
しかし壁はびくともせず、どんな奇跡も起こらなかった。

「ど、どうして?なんで何も起きない?えいっ、えいっ!」

何度やっても、無駄だった。
船はそうしている間にも空高く舞いあがり、地上から離れ──星の輪郭がぼやけていく。
ふと、ナイラのポケットから何かが落ちる。
異音が響き、ナイラは「びくっ」としてそれを見た。
そして、恐る恐る拾いあげる。
それはまるで、この事を予期して、用意されたもののようだった。

「これは──」

ナイラはふらふらと姿勢を乱しながら、拾いあげたものを眺める。
それは一通の手紙であった。
簡単な便箋に、丁寧に鉛筆で書かれている文字列。
宛名は『ナイラ様』で、差出人──記名は『ソウワ』となっていた。
いつもならナイラ、と呼んでいるがこんな時だけナイラ様、と丁寧だ。
本人らしからぬ、真面目な文章がそこに書かれていた。
前置きはない、本文からである。

『色々と考えてみましたが、やはり──あなたはみんなと一緒に新天地へと向かうべきと思いました。未来へと、歩んでいくべきと……。仲間と、あなたの娘さんと共に、生きるべきと』

かなり急いで書いていたのか、所々書き乱れていて、酷く読みづらいのかナイラは目を擦った。
そして、身体を震えさせる。

『展望台でも話しましたが、僕たちが──保護者のすべてがなくなってしまったら、またみんなが無理をして、ここへ戻ってくるかもしれません。だから僕たちを代表として誰かが、子どものもとに残るべきなのです。あの子達はまだ守っていく必要があるのです』


話は遡り二日前。

「む~……」

可愛らしく眉をひそめて、唸っているナイラ。
金色の髪。
きちんと着こなした修道服。
華奢な、まだどこも発育していない幼気な体躯。
スカート部分が風になびかれ「ゆらゆら」と揺らして──何やら不機嫌そうに、遠くから娘のモイラが友人たちと遊んでいるのを眺めていた。

「ああっ、だめ!それは破廉恥よ!」

ナイラは獣が鳴くような声をあげると、忙しなく足をバタバタと揺らしていた。
双眼鏡を装着していた。
あわわわわっ、と両手を動かして、ナイラは歯がゆそうにしていた。
呑気に夜の遊園地で遊んでいるモイラたちを、まるで不足の事態に備えるように、ナイラはじっと眺めていただけだった。

「んんっ…」

悩ましく吐息を漏らして、ナイラは「ぷはっ」と双眼鏡を外した。

「目がちかちかするなあ」

疲れたように、目元を揉んでいる。

「まぁ、この距離なら──目視でも状況は把握できるわね」

「でも、あまり見ているとモイラに気取られてしまうから──近ごろ、あの娘ったら勘がするどいから。フフフ♪成長していることでは、嬉しいことだけど」

いつもは『あの娘』だが、本人のいないときは『モイラ』と母親らしく呼んでいるナイラ。

「けど、隠密行動は私の得意分野──気配を消して」

独りごちながら、必死に自分の存在を隠している。

「さっきから挙動不審すぎるぞ、ナイラ」

不意に、声がかけられた。
ナイラの横になぜか当たり前のようにいる、ソウワである。
スーツ姿で、ナイラが外した双眼鏡を代わりに装着している。
ちなみに、二人は見晴らしのよい展望台の植えこみのなかにそっと隠れている。
モイラたちからは見にくい位置である。

「あぁ、何だかナイラの匂いがする──ぬくもりを感じるよ…うふふ♪」

「へ、変態じゃないのよ!!だいたい、あなたに挙動不審って言われたくないわ!」

失礼するわ、と頬を膨らませるナイラであった。
二人は茂みのなかで背中合わせに、座っていた。
密着しているのが恥ずかしいのか、ナイラは「ドキドキ」として、たまに身震いをする。
あわわ、とナイラは慌ててそれを隠す。
たしかに挙動不審だ。

「落ち着いて、ナイラ」

もじもじしている華奢な美人の頭を「ぽん、ぽん」と叩いた。

「僕たちは、僕たちにできることをせいいっぱいやればいいんだ。せめて、モイラさんたちの最後のお楽しみを邪魔しないように──何かあったときにすぐ動けるように、待機してればいいんだ。今さら、じたばたしても仕方がない」

「それは…そうだけど」

撫でられるごとに身震いを起こしながら、ナイラは真っ赤になってソウワを睨んだ。

「正直遅かったぐらいだけど、もうこの世界の寿命は残されていないのよ。何が起こっても無理はないのよ。警戒は必要だわ」

「あまり気を張りすぎてもいけないと思うが、肝心なときに疲れて動けなくなるぞ?」

ソウワは苦笑しつつも、ナイラの頭を執拗に撫でていた。

「は、はう──」

綺麗に整えた髪の毛をくちゃくちゃと、ナイラは身悶えする。

「気軽に触らないでよね!」

ナイラは悔しそうに唸ってから、ふと真顔になり。
間近から、ソウワを見あげる。

「やる気がないなら、帰ってもいいのよ。あなたにできることは、あまりないのですから。その、あなたもこちら側に身を置く必要はないのよ?ほんの短い時間を、日々を、仲間や家族と過ごしてもいいのよ?」

「それはこっちの台詞だよ」

ソウワは軽薄な態度を崩さず。

「僕は、いいんだ。遠い昔に、ある人から願われたことは、果たせたと思いますから。それにあの娘たちはもう、僕たちがいなくても大丈夫。守って世話して何でもやってあげなくても、あの娘たちは自分の足で歩いて行けます。むしろ、鬱陶しがるだけかもしれない?」

「あなたって、妙に卑屈なところがあるわね」

ナイラは呆れたように、くちびるを尖らせる。

「今回もまた、同じかもしれないわよ。あの娘たちを安全な場所に避難させても、また寂しさと愛しさから、あの娘たちは私たちを求めて戻ってきてしまうかもしれない。親の心、子知らず。あの娘たちを、おしのめとれない赤子とは思わないけど──優しく、温かい子供たちだから」

ナイラは迷いを抱えているのか、しょんぼりと項垂れた。

「ねぇ、ほんとうに他の方法はないのかしら。もう、この星は秒読みの段階に入っている──とれる手段はもう残されていない、だから形振り構わずに私たちは構えている。でも、もっとよく考えてもいいのでは?私は…怖いわ。また、私たちはあの娘たちを寂しがらせるだけではないかと。どうしてもその考えが浮かんでしまう。私は覚悟が足りないのかな?」

そこまで言うと、口をつぐむ。
首を横にふり、ナイラは溢れでる弱気を──どうにか振り払おうとした。

「いや、ただの未練よ」

軍人でもあるナイラ。
彼女は何度も人の命を、文明の崩壊を見てきた。
何もかもが崩れていっては迷い、押しつぶされるだけと熟知しているようだった。
そして、今度こそは──決意をもって。
星の破滅という──終末に、臨むのだ。

「この終わりゆく星から、せめてあの娘たちだけでも逃がす。私が、命をかけても。愛する子たちがくれたこの命を、せめてそのために使う──たとえ哀しませても、死ぬよりはずっといいもの」

そんなナイラを、ソウワはじっと眺めていた。
双眼鏡を外して、月光に帯びた双眸で。
そして何かを決めたかのように、小さく頷き、独自する。

「同じ過ちは繰りかえさない。いや、そうならないためにも──僕が頑張らなきゃいけない。この星の運命と向き合うべきは僕ですから。僕がけじめをつけないと」

「…何か言ったかしら?」

よく聞こえなかったのか、ナイラは戸惑っていた。
不安そうに身じろぎする彼女を、おもむろにソウワが持ち上げた。
そして楽しそうな様子で、歩き始めた。

「見ていても退屈だから、僕らも遊んでいこうよ!ほら、あそこのレストランで食事でもしていってさ?」

「まったく、危機管理が無さすぎるわよ!ってか今、何か誤魔化そうとしたでしょ!ちょっと、何を考えているのっ?答えなさい……!!」

じたばたと暴れるナイラを持ち歩きながら、ソウワは今は何も語らず、本心を隠した。
何も知らず普通の日常のなかにいるナイラたちを、大切そうに眺めながら──。


「なんで?どうして──私なのよ?」

そして現在。
手紙を睨みつけ、ナイラは呻いた。
その両目から流れた涙は、便箋に染みつく。

『僕はこの戦争に──この惨事に関わった人間です。罪人が天国に行くことはできないのです。もちろんノアの方舟に乗ることもかないません』

諭すような──教導するような文だった。
誰にでも分かるように、納得させるために、心を砕いた文体であった。

『でも、あなたは直接戦争に関わっていない。惨事の被害者です。ですからあの子達のそばにいることができる』

「なんで──」

ナイラは首をふり、けどソウワが書いたことは事実なのか、反論する言葉を見つけられず押し黙ってしまった。

『だから、同志に頼んで──僕もあれこれして、このように仕込みました。あなたがノアの方舟に残るように、新天地に辿りつくように……』

「て、展望台で、やたら触ってくると思ったら」

ナイラは憤慨し、顔を真っ赤にした。

「こんなっ、ろくでもないことを!私に手紙を仕込んで──どこまで、私を馬鹿にすればいいわけ!」

金切り声をあけで、ナイラは扉があった壁をばんばんと叩く。
体当たりをする。
だが無意味で、ナイラは壁にもたれかかり、項垂れた。

『僕には、まだ役目があります。罪人ができること、少しでも罪なき人を逃がすこと──。あなたに拾われ、人生をもらった僕が、あなたに幸せを与えてもらう。その恩返しを、まだしてませんから。僕はここに残ります』

「嫌だ、嫌だ!」

ナイラは絶叫し、頭を抱えた。
慟哭、している。

「また、また私はっ──滅びゆく生命のなかで、おめおめと生き延びて!そんなの嫌だ!私も罪人、戦争に加担した犯罪者!みんなと共に朽ちていく、私だけ生きているなんて嫌……!」

『娘さんによろしくと伝えてください』

その文章に気がつき、ナイラは「はっ」と目を見開いた。
ソウワにしかできないことが残っているのと同じ、ナイラにしかできないこともあるはずだ。
それは家族と寄り添い、共に暮らすこと。
大切な仲間と、生きていくこと。
それに気がつき、ナイラは呻いた。
ソウワだって、本当は家族と一緒にいたかったことだろう。
その文面は、どこか羨ましそうであった。
だからナイラは文句が言えず、言葉を失い呆然とした。

『最後に、あなたに伝えたいことがあります。口からこのことを言うには恥ずかしいため、文から失礼します』

ナイラは、しゃっくりをあげながらその文章を目に焼きつけた。
しっかりと、読む。

『僕は、あなたと交わした約束を果たせましたか?』

昔、激しい戦場からともに逃げ延びたあと、罪悪感に苛まれ項垂れる私に、優しく抱きしめ──こう言ってくれた。
それをソウワはずっと覚えていたのだ。
──ナイラが抱える苦痛も、罪悪感も、苦しめるものすべてを、僕に預けろ。
──それが、僕にできることなんだ。
そんなことを言ってくれた。
その言葉通りの結末を、迎えようとしている。
『罪人』とともに、ナイラからあらゆる苦痛を持ち去って──。
奪い、引き受けて遠ざかろうとする。
約束を果たしたと、誇らしげに。

『僕は、ナイラのおかげでここまで生きてこれた。生きる意味を見いだしてくれた。生まれた瞬間に戦争の兵士として、捨て駒として扱われていた僕を──』

命を散らす兵士として駆り出された『罪人』の──ソウワの、真摯な告白だった。

『僕は様々な人達を見てきました。でも、僕の手を引いて一緒に歩んでいこうと言ってくれたのは、あなたしかいませんでした。あなたにあえて本当によかった』

それはありふれた会話のなかで使っている「好き」とかよりも重く、切なくも幸せな言葉であった。

『あなたのことを、ずっと想っています』

その言葉で手紙は終わっていた。
ナイラへ贈る言葉が多い──。
それがソウワだった。

「この──」

ナイラは手紙をぐしゃぐしゃにして、泣きじゃくりながら。
遠く離れた滅びゆく故郷へ、届くように。
精一杯に叫んだ。

「この、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

その声を最後の波紋として、星はゆっくりと青白く爆発した。
その宇宙に静寂のみが残された。


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  1. portal:6546777 ( 02 Jul 2020 10:48 )
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