晩餐

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1人の女の子が、月明かりに照らされている。
どこかの異国の教会である。
否、その残骸だろう。
かつて人々の拠りどころであった瀟洒な教会は無惨にも破壊され、まるで巨大な獣に齧りとられたかのように壁や天井が崩落している。
柱がへし折れ、積み重なった瓦礫が神々の墓標そのものとなり、その随所から十字架が突きだしている。
色とりどりの花弁が散らばっている。
夜空にかかる満月が、空虚な光景を暗闇のなかに浮かびあがらせている。

「あはは……♪」

満月を掴みとろうというように、女の子は笑い声をあげながら、両手を大空へと掲げる。
華奢──というより、痩せすぎた体躯。
ふわふわな髪の毛は、三つ編みに結わえられている。
硝子のような双眸は、月明かりに反射しながらも、その色は澱んでいる。ゆったりとした修道服を身にまとい、首からは戒律違反的な逆十字架をぶらさげている。乱暴された直後の少女のように着衣は乱れ、裸足であった。
吹きっさらしの屋外で1人、満月を見上げている。
両手で星々をとらえようとしている、その口元から涎が一粒、また1粒と垂れた。

「あ…う──」

不明瞭な声をあげる少女の真下には、瓦礫に混じり、大量の屍が積まれていた。
屍体であった。
馬や牛などの家畜、野良犬や小鳥などの獣──そのなかに人らしき肉塊が混じっていた。
苦悶の表情を浮かべ…。
区別なく、全てを蹂躙され、その残骸でなった山に少女は座っている。
噎せかるような血臭。
飛び散りこびりついた何かの肉片。
もはや地獄絵図──否、世界の終末を描いた悲惨で残酷な絵画のようだ。
少女は哀れな血肉に尻をのせて、王のようにふんぞり反っている。
時折、思い出したかのように手近な屍肉を掴み、難なく引きちぎり、口に運んだ。

「ぐちゅ、ぐ、ちゅ」

溢れた血や肉が跳ね、少女の修道服を汚す。
血まみれの、聖女。
神々しくも残酷な晩餐は、ゆったりと終わりなく続いた。

「あぁ──」

口元を拭わず、鮮血に染めあげ。
満足そうに、お腹を撫でて。
でもそれも──ほんの、ひとときのように。
返り血が涙のように、少女の頬を伝う。
少女は、夜空を見上げる。
全てを照らす、満月のような貪婪な眼孔で。

「お腹がすいたなぁ……」

決して満たされぬ幸福を、悲しみのない欲望のままに求め歩き始めようとしている。


満月に、末期癌のように黒い染みができる。
それは──ゆっくりと大きく広がっていく。
否、それは1人の男だった。
純白の白衣をまとった怪しげな男が、徐々に落ちっていっていく。
複数の人間を繋ぎ合わせたような、不自然な体躯。
乱れきっている黒髪。
ぎざぎざに尖った歯並び。
異形──異貌である。
それは古代の人間の容姿であったかもしれない。
様々な神話で語られている英雄のように逞しい肉体に、未知の素材で出来た衣服をまとっている。
右手の親指に、深紅の色をした宝石が埋め込まれた宝石を嵌めている。
そのうえから羽織った純白の白衣が、天使の翼のように羽ばたいている。

「……?」

少女は無警戒にその男を見上げ、首を傾げた。
その口からは、唾液と血肉が溢れて零れた。
2人の視線が──交差する。
直後、男は轟音をあげながら着地した。
瓦礫が衝撃で跳ねあがり、屍体の玉座がぬるりと崩壊しかけ少女を揺り動かした。
慌ててバランスを保つ姿勢をとり、少女はぼんやりと男を見据える。
男は散らばっている数多の屍体には目をくれず、傅いた。

「遅れて申し訳ありません──」

最上級の敬意を払い、少女を呼びかける。
神に祈るかのように。
英雄は少女に騎士のごとく跪き、拝謁する。

「如何でしょうか、我らが神よ」

問いかると、口が裂けたように笑い、屍体の玉座にして、少女は男を睥睨する。

「あなた、だあれ?」

そして、無垢に問いかけたのだ。
決して人間に慣れることのない獣のように、その態度は傲慢で、親密さの欠片がなかった。
注意深く男を見据え、少女は舌なめずりをした。

「あなた、美味しそうね──ねぇ、食べてもいい?」

可愛いと言えなくもない、飢えを示す行動とともに、そう言った。
男は溜め息をつくと、荒々しく立ちあがり腕組をする。
獣が不快を示すように身を揺すり、結論した。

「また記憶を喪ったのですね、我らがマザー?」

定期的に記憶を喪失する。
否、心の形成を妨害し──満たされぬ飢えのまま貪るだけの卑しい獣として、誰かが少女を弄くったような感じだ。
親愛、心、そういった感情──少女が芽生えかけた心を、記憶をひとつの鼓動ごとに、剥離させていく。
決して誰にも愛されることなく、愛することなく、破滅そのものとして振る舞う。
今の少女がそれだ。
その自我がなく、最も親密に接しているだろうこの男のことすらも、少女は忘却する。
生きていないのと同じだ。
誰とも絆を紡がず、破壊の限りを尽くすその姿は、まさに天災であった。
だが男は己が忘れることは十分分かっているかのように「またか」みたいな顔をするだけで、不満を漏らす顔をしない。
慣れた調子で、少女を謁見したまま自己紹介をする。

「私は、あなたの忠実な下僕です──我らがマザー。あなたを煩わせるあらゆる雑事を付け、あなたが望むすべてを献上するため、あなたに生存を許された。あなたの不自由ない健やかな生活を守るため、この身を使い潰すことを悦びとして受ける信徒です」

両腕を広げ、己の身をすべて差し出すかのように。
男は、尖った歯並びを見せつけるように笑った。
己を卑下しているのではない──。
心から、少女に仕えることを悦びと思う、狂信者の考えであり、表情であった。

「この度は、世界情勢に探りあてらこそこそと隠れ潜んでいる『裏切者』どもを狩りだし、食べやすいように加工して手土産に持ち帰った次第です。我らが神はとてもお喜びするものと、期待しております」

語りながら、男はコートの懐から何かを取り出す。
それは狂暴そうな彼には合わない、多種多様な色をした飴が入った瓶だった。
子供が嬉しがるお菓子──ではない。
いま彼が手にしているものは、おそらく『裏切者』と言った人達を殺し、何らかの方法で飴玉に変えたものだろう。食べやすくするため、哀れな形に変えられた元『人間』だ。

「へぇ」

僅かに血が赤く発光する飴玉を、少女は眺める。
血肉の山に座したまま、それに手を伸ばした。

「くれるの?だったら、ちょうだい──お腹すいたから、食べ物なんでしょ?」

「分かりました。今すぐ献上しましょう、我らが神よ」

いそいそと男は駆け寄ったが、それよりも早く少女は動いた。
待ちきれない、というように屍肉の山を「ばんっ」と叩いた。
瞬間、多種多様な半分腐った血肉の山が崩れた。
屍体が消えたことにより、自由落下する少女。
ふわりと着地し、散らばった血肉や瓦礫の真ん中で仁王立ちする。
衝撃で着衣が乱れ、露になったその肩は美しく白かった。
動くのが面倒なのか、少女は瓦礫から飛びでていた大きな十字架に背を向け、男を手招きする。

「こんなんじゃお腹いっぱいにならないよ──足りないよ。あなたの言っていたお土産だって、胃袋の足しになるの?」

不満げに、少女は唸る。

「お腹空いたなぁぁぁ──」

どこか艶然と、自信の幸福──欲望だけが爛々と輝いている双眸で、男を見据えた。
自分の大切なものを探すみたいに、忙しく眼球だけが動いている。
けして満足をしない、与えられた幸福すべてを飲み干したとしても、少女は幸せだと感じない。災厄そのものである。
その欲望を抑制する理性も、心が芽生えぬ少女には存在しない。
ただみじめったらしいだけであった。

「あぁ、保存食だったのに──今ので全て失くなりましたね」

男は消え去った血肉の山を一瞥する。
そして、弱りきった溜め息を漏らす。

「このご時世では、『裏切者』を発見するのも大変なのですよ」

地団駄を踏んでいる少女に、ゆっくりと歩み寄る。

「世界中に逃げたあらゆる『裏切者』はある組織と結託し、『対抗兵器』を最後の希望として造りあげている。しかし──その『対抗兵器』も我らがマザーが補食してしまった」

あの瓦礫や血肉は『裏切者』と呼ぶ人達が何とかして造りあげた、少女に対する最終兵器だったのだ。

「この世界に残っているのはもうありませんね。あるいは『対抗兵器』を造らずまだ逃げている弱者ぐらいか──見つけだすのも一苦労ならば、かき集めても我らが神にはその空っぽの幸福を埋めることは無理でしょう、というのが現状です」

語っている男の言葉を聞いているのかいないのか、少女は相当飢えているらしく、奪い取るように飴玉の詰まった瓶を掴む。
何かの中毒者のように、震えながら瓶の蓋をこじ開け、一気に己の口の中に流し込んだ。

「がり、がり、ぼり、ぼり」

咀嚼音を響かせ、少女は飴玉を──『人間』を補食する。意地汚く瓶に顔を押しつけ、その透明な硝子の中で少女の舌がちろちろと動いていた。
獣か零落した幼児のように見えた。

「お気に召されましたか?」

男は主の行儀悪さに頓着せず、それを見守っていた。

「もはやこれまでですね。限界が近い──この世界に残る『餌』も限りがあります。近代文明から零落した集村にまで分け入り、蒐集したのがこれだけですからね」

「足りないよ…」

少女は、ギョロりと男を睨みつける。
食べたらますます空腹になったのか、荒々しく叫んだ。

「足りない、足りない、全然足りない!」

癇癪を起こし、少女は瓶を投げつけた。
派手に散らばった硝子片の中で、その瞳は苛立ちに燃えていた。
欲望の渦、決して満たされぬ不満の坩堝──地獄である。
あらゆるものを破壊し、幸福を奪い、死をばらまく災厄。
頭を掻きむしり、少女は喚いた。
その怒号は崩れていた教会を、さらに崩壊させ、すべてが砕けていく。

「落ち着いてください、我らがマザーよ」

男は己に飛来する瓦礫を軽く避け、何とか主の機嫌をとろうと平身低頭で呼びかけた。

「どうしても満足いかないのでしたら、あなた様の戯れに最後に残したデザートを食えば宜しいかと」

「デザート?私が残した、あったけ?」

少女はきょとんとする。
すべて、忘却されてしまったのだ。
どうやら少女はデザート──運良く補食されなかった人類を遊び半分に、最後の楽しみとして残していたらしいが。
その時の少女が何を考えていようと、今はすっかり記憶を喪っている。
欲望にとらわれた少女は、容易く以前に決めたことを完全に忘れ、我が物顔でこの世界を食い尽くさんとするかも知れなかった。
そんな暴君の気まぐれが、世界の運命を決める。
男は「はい」と頷くと、律儀に説明した。

「あなた様が補食しなかった数少ない『人類』はあなた様にとって危険要素を含んでいます。無論、我らの神はそんなことを気にしないと思いますが、喉に異物が引っ掛かっていては不愉快でしょう?だから残した、ようですが?」

忠臣さながらに、跪いたままで。

「彼らは我らが指導者の悲願である世界転生1──あなた様のディナーの邪魔になるのです。故に私が先行して排除しておこうと、じゃなくても弱体化させようと動いている段階です。いまだ料理を運ぶための準備が整っていませんので、もう少しお待ちいただければ幸いです」

大乱の英雄の風格で。

「危険因子が残っている状態では、動くのは愚策かと。あなた様は唯我独尊に、すべてを喰らえばよろしいのでしょう。お膳立ては、私が行います」

「分からない!分からない!」

少女に理屈は通用しなかった。
獣に人間の言葉を投げかけても意味がないのだ。
髪の毛を掻きむしり、大事な部分が欠けたような表情で、少女は唸った。
男は察したように、押し黙ったが──。

「おぉ、我らがマザー。どうか辛抱を」

彼が、主を宥める言葉を言う前に。
少女は涙を流して、絶叫した。

「うるさい!分からない!」

望んだものを買ってくれない母親に、駄々をこねるみたいに。
少女は目にも留まらない速度で、動いた。
だらりと十字架に背を向けていたのが、急激に起き上がって突進。
地に伏せた肉食獣が、獲物に食らいつくみたいに。
呆然とし、男は己の肉体を見下ろす。
その背後に、少女は立っていた。
返り血を浴びたその姿は、壮絶だ。
振り向き、牙を見せ唸る。
物欲しげに男を見据えていた。

「あなた、けっこう溜めているわね──自分だけ幸せで、ずるいわ!それで私にはパンクズだけで生きろと言うの!」

本能が叫んだ。
それは少女の在りかた──人々を貪欲に喰らいながら成長する、生存理由であった。

「お腹空いたって言っているのに!あぁぁぁぁ!」

そのまま癇癪を起こした。
貪欲な食欲が、自然法則を無視して彼の身体を抉った。
身体の大半を粉砕され、喰われ、男はよろめいた。
彼の頭が半分、消失した。
何故こんな身体で生きているのか不思議なぐらいだ。

「やれ、やれ」

本人は飛びこんでくる少女をただ待ち受ける。
そして、優艶な少女を受けいれ、抱きよせた。
本来、普通の人間ならば致命傷な部分を喪いながらも、誇るべき愛娘を抱きしめる父親のように。

「もう、時間はないようですね」

男は、これを想定していた事態なのか。
ついにか、という面差しで──少女の頭を優しく撫でた。
己の肉体を、飢えた子に与える獣の親のように。

「では、私も役目を果たしましょう」

肉体を喪われる痛みに耐えながら、歯を見せて笑った。

「私を補食した時、我らが主に託され、仕込まれた最終プログラムが流れます──それは世界転生を実行するため、あなた様を本当の災厄の化身にさせるでしょう。神話で言う『唯一神』となる」

首を噛まれ、鮮血を溢れさせながら。

「あなたは世界のありとあらゆるものを喰らうまで、止まることはないでしょう。その道筋を整えておこうと思いましたが。余計なことでしたね。我らがマザーよ。私をも喰らい、新たな世界を創るための養分となさい。私はそれが本望なのです」

男は未練なく、末期の言葉を言った。
少女の満たされぬ幸福の餌として、貪り喰われながら。

「この傲慢で怠惰な世界を終わらせてください。神すらも浮かれた失敗の象徴を、葬ってください」

僅かに、昔の思い出を浮かびあがらせ。

「私はかつて魂を捧げた国を守るために戦い、戦争の英雄と呼ばれました。何度も神に祈った。助けを請うた。だけど、反応はもありませんでした。彼らは当時の権力者に味方し、私を撃ち殺そうとした。復讐──では、ないですね。未練かもしれません。私はただの元軍人です。これは小さな願いです」

歓喜の歌を、口ずさみ。

「神と人類の逢瀬は終わる、そして新たな世界が生誕する。あなたはそれを生み出す──胚子の器となる。養分をよく吸ってください、我らがマザーよ」

満足したかのように。

「澱んだ世界の救世主よ、破壊の化身よ──厄災よ。我らが、マザー。どうかご息災に」

男は、そっと少女を抱きしめる。
すべてを託したのだ。
少女は一瞬、『……?」と何か反応したように、男を見つめるが、やがて貪欲な食欲に支配され、その肉体を喰らう作業に戻った。
最後に見せた生きざまも、ぬくもりも。
己の虚空な幸福を満たす糧として。
やがて男は喰われ、少女だけが残った。

「……あぁ」

満たされない。

何度喰っても。

何度飲み干しても。

何度取りこんでも。

幸福を感じない。

貪婪な眼孔は、月光に照らされ美しく残酷に光る。
少女は餌を求む。


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