Say goodbye to your friends

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「あぁ、すっかり遅くなっちゃったなぁ──」

ぼやきながら、ひとりの女の子が歩いている。何かと縁のある近所の女の子、暁 萌恵である。
地味だけど、よく見ると驚くほど整った顔立ち。優麗な黒髪を、頭の後ろにちゃんと三つ編みに結わえている。汚れがひとつない子供服を身にまとい、教科書やらがたくさん詰まっているらしい鞄を両手で運んでいる。
曇りがちな空から差しこむ月明かりが、ほんのわずかに照らす夜道だ。先がかろうじて見えるか見えないか、というぐらいの真っ暗闇のなか──整備があまりされていないのか点滅を繰り返している街灯が、ぽつりぽつりと瞬く輝きをつくっている。この街──蝶舞町は、まるで死に絶えたかのように静かだった。通行人の歩く音どころか、車が走る音すらも聞こえない。萌恵の足音のみが、虚ろにこの街に響く。

「……」

怖々と、白い吐息を吐いて萌恵は虚空のような景色の中を歩いている。三つ編みを揺らしながら、スマホを小さな手で弄くっている。
どうやらメールを打っているらしい。
歩きながらスマホを操作するなんて勤勉で真面目の萌恵らしくないが、まるでこの街に──この世界に誰かが生きているか確かめたいかのように、忙しくLineのアドレスをスクロールして──「お母さん」という表示名を見つけ、深く息を吐いた。周囲を不審そうに眺めながら、萌恵はぎこちなく「お母さん」に文字を紡いでいく。

──お母さん。これから帰ります。

──もうすぐ家に着くと思います。

──遅くてすいません。

──何度もメールをもらったみたいですが、塾にいるときは電源を切っていましたので……心配をかけました。

──今日の塾は何だか変でした。欠席する人が多くて、先生が家庭教師のように付きっきりで教えてくれました。自習のような感じで、分からないことを先生に聞いていたら時間がたってしまい……。

などと、言い訳がましい文章を、何度も直してから送信した。娘から母親へのメールにしては堅苦しいような、直接電話することに少し抵抗があるような気がするが──以前のような屈託はなく、萌恵のスマホを触る表情はどこか和やかだ。
この世界が壊れていくなかで。
彼女はほんの少しでも『よかった』ことを大事にしているようだった。

「はぁ──」

暗いなかでスマホの画面を見ていたら疲れたのか、萌恵は目の辺りに指を添えて、もみもみとほぐしていた。
仕草が若干、叔母さんぽい中学生だった。
そのまま、目の疲労を軽くするため──遠くをじっと、眺める。
暗雲がたちこめる、夜空を。
ぱちくりと、瞬きをする。萌恵は少し違和感を覚えたようだった。萌恵は代々、『霊能力に長けている一族』の末裔であり、多少の霊能力があった。訓練や修行などは受けていないのでほんとうに微細だが、それでも普通の人よりかはこういうことに対して敏感だ。

「何か静かだなぁ、この街──」

萌恵が独り言を言うと、周囲を見渡す。静寂に包まれた、夜の街…。少し寒気を感じたのか震えて、萌恵は凪いだ暗黒の世界を足早に進んでいく。今すぐに、暖かい所へ──我が家に帰りたい、そんな風に。たったった、と靴音も次第に高くなっていく。不意に首を傾けると、もと来た道に戻っていった。そして驚嘆する。

「えっ……これって?」

どうして、先程は気づかずに通りすぎてしまったのか。立ち並んでいる住宅を囲んでいる煉瓦塀の──わすがな隙間。小さな隙間から、光が溢れていた。星のように、煌めいていた。明らかに異常な光景に、萌恵は一瞬怯んだ。ごくりと生唾を呑み込み。

「これって……一体?」

これまで彼女はいろんな怪奇現象──『奇怪な生命体』が起こした不条理に、巻き込まれた。真面目な萌恵ちゃんは、これらに関わっても損をするだけ、と知っている。何度も死線を回避してきた。もう学習している。触れるもの、祟りあり。
だけど。
萌恵は奇妙な感覚──まさに『霊感』と呼ぶべき何かに導かれるように、ふらりとその道へと歩んでしまう。
誰かに招かれている、手を引かれる、そんな感覚に。そして、煌めきを放っていた路地のそばに立ち尽くす。そのまま──目元に手を添えて。そっと覗き込んだ。それがきっかけだろう。

「……きゃぁぁぁ!?」

やはり見えない誰かに背中を押されたように、萌恵ちゃんは前のめりにのけぞり。神秘の光を放っている空間に、倒れこんでしまった。悲鳴をあげた瞬間、その姿は消えた。


「いやぁァァァァッ!?」

動転しきった叫び声をあげながら、萌恵は真っ逆さまに落ちていき──。逆さまに停止する。大事に鞄を両手で抱きしめたまま、あられもない姿でううっ、と呻いた。

「……何で私だけこんな酷いことに遭わなきゃいけないの?」

少し涙目になり、どうにか身を起こした。そして──今度こそ、声も出せないくらいに驚嘆した。
景色が変わっていた。
女の子座りの姿勢でへたりこんだ萌恵の周りは、広大な世界が広がっていた。先程までは、平坦な住宅地だったのに。視界に入るのは、宇宙である。漆黒の空間に、煌めきを帯びている星々。すぐ間近で燃えているような、赤黒い太陽。萌恵はそんな空間に浮かぶ、歪な形をしている小惑星の上にいた。小さな子供が描いたような、自然にできたとは考えにくい不思議な形である。重力や空気はどうなっているのか、萌恵は淡泊な色をした小惑星の上でとくに苦しむ様子もなく、ぽかーんとしている。見渡す限りでは何もなく、振り替えってみれば、先程の入口もいつの間にか消えていた。動くものが一切ない、この世の中で最も豪華でつまらないプラネタリウムのなかで、萌恵は呆然するしかなかった。落ちた衝撃で浮かびあがった砂埃が、鼻腔をくすぐり、萌恵は「へっくしゅっ」と小さくくしゃみをした。
どう考えても空気や大気が存在しない空間だが、萌恵ちゃんは無意識の霊能力により己を守っているような、そんな設定の場所のような──彼女の周囲だけに、空気があるようだった。巨石同士がぶつかり合う複雑な地平線。まるで月面に降り立ったようである。茫漠とした世界のなかで、萌恵はあるものを発見する。虚空の世界で唯一、異彩を放っていた、可愛らしい──女の子。
いや、『女の子』なんて呼ぶのもおかしいような、麗しい美女。妖艶の黒髪は小さな風で靡いている。魂までも持っていかれるほどの完璧な肉体。
身にまとう服は漆黒に染められてはいるも、優美な私服と、傍らには無造作に置かれた学生鞄がある。
それを見た萌恵は「やっぱり…」とばかりに溜め息をつき、呼びかける。

「早稀…?」

その声に反応して──早稀は、びっくりした様子で振り向いた。何かを操作している作業を止め、萌恵ちゃんの方へと歩みだした。

「あっ、萌恵じゃん。よっ♪」

などと、無邪気に応えた。
だがその雰囲気は、ほんの少しだけ以前と違っていた。
変わらないわけがないのだ。
早稀は、死と破壊の覚悟を背負っている。
世界は未だに終末から逃れる手段を見いだせぬまま、下り坂を転がっている。終末は待ってくれない。世界はぎりぎりのところで耐えているのだ。この世界のために、大好きな人のために戦うことを決めた早稀の覚悟は、尊いものだ。
もう、この子は立派な大人になったのだ──それを寂しがるように、萌恵は早稀と少し距離をおいたまま、胸元にそっと手を添えた。
その手をぎゅっと握って。
勇敢な萌恵は、前へと踏み出した。
自分の友達のところへと、歩み寄る。それを見た早稀は「ほっ」としたように胸を撫で下ろし、大きく微笑んだ。萌恵がそばにいる時は『普通』でいられるんだというように。それから、今更ながら疑問を抱いたのか「?」と首を傾げた。

「っていうか、何で萌恵がこんなところにいるんだ?」

「何でって……気がついたら、変な穴に落ちちゃったんだけど」

早稀が呼んだのでは?と疑惑の目を早稀におくる。

「っていうか、ここは何処なの?早稀、まさかまた悪いことを企んでじゃないでしょうね?私は勘弁してほしいのよ」

腰に手を当てて、説教モード。
苦虫を噛んだような顔をしているけど、こんないつものやり取りに──どこか安心している早稀。その穏やかな態度に萌恵は口を尖らせる。

「まったく、萌恵はいつもどうりだなぁ…」

お尻をぱんぱんと埃を叩きながら立ち上がると、萌恵ちゃんを見つめる。少しだけ真面目な顔をして。

「萌恵、ここはまだ不安定な場所だ。戻ったほうが懸命だぜ。何が起こるか分からないからな。大切な仕事なんだ──だから、私は萌恵に構っている暇はないんだ」

「何よ、それ」

萌恵は不服そうに、拳を固く握りしめた。

「一体、いつ何処で、私が早稀にお世話を焼いたの?迷惑をかけたっていうのよ?逆じゃないのよ──いつも。またおかしなことを考えているんでしょ、だったら少しは私に相談してよ、友達でしょ?」

言ってから、恥じらうように萌恵は項垂れた。
結わえた髪が垂れさがる。

「…私は普通の人だから──頼りないけど」

「それは違う」

早稀は、それを決然と否定した。

「萌恵は、私より立派な人だ。憧れている、大切な友達だ。それだけは信じてくれ──」

そう言うと、早稀は萌恵の横に座り込んだ。そのまま傾いて、ちょこん、と早稀は大切な友達の肩に自分の頬を寄せた。
そして愛おしそうに、少し吐息を吐いた。
くすぐったそうに、萌恵はちいさく驚いた。

「懐かしいな──」

どこか眠たそうに、もしくは死にゆくもののように。心を奪われるほど優麗に、早稀は笑った。

「はじめて会った時も、早稀はそう言ってくれてたなぁ。──私、馬鹿だからさ、いつも『自分でどうにかしろ』って叱られてばかりだった。誰かに頼ることなんてできなかった」

雄一の友達を支える萌恵を、早稀は愛しむ。

「私は、萌恵のおかげで──昔より楽になった。いつも、ほんの少し重い運命を一緒に背負ってくれた。救われたんだ。だからこれ以上、早稀に残酷な運命を背負わせないって決めたんだ」

名残惜しそうに首を揺すり、早稀は宙を見上げる。早稀の眼下には無限の星たちが煌めいている。

「早稀……?」

目を逸らした途端に消えてしまいそうな早稀を、萌恵は不安そうに見つめる。
彼女が発する言葉を、まるで遺言のように口にする友人を間近で。
早稀は吐息を少し漏らして──決心がついたみたいに、囁いた。

「私はもう、こんな風に喋ることはできないかもしれない……。だからずっと隠していたことを言う。本当は私、萌恵のことが嫌いだった」

偽りの仮面を捨て、早稀は真っ直ぐに萌恵を見つめる。えっ、と同様しても平気なように虚勢を張る萌恵。真剣な彼女に、早稀は気が抜けたように表情を柔らかくする。

「もちろん、今は好き♪」

誤魔化すみたいに、萌恵を抱きしめる。
嫌がられてすぐにやめると、整った歯を見せ、笑った。
そして、話した。
本当の気持ちを──今まで隠していた心を。

「何でか知らないけど──すごく、萌恵に嫉妬していた。だって萌恵は霊能力を持っていて、私の嘘を全部見越すんだも。神話で語られている神様みたいに、私の虚ろな誤魔化しを、見抜いてしまうから。それが、たぶん恐怖して不安だった……」

クスクスと肩を揺らしながら、萌恵に全部打ち明ける。

「一番最初に私を見た時、萌恵が勢いおく立ち上がって『何でボロボロなの?』って笑ったよね。今でも覚えているよ、夢にまででてくるくらいに。酷いなぁ、私身なりとか気にしていたから。ほんと泣きそうになったんだよ?」

「それは…悪かったわよ」

げんなりして、萌恵はされるがまま。
世界でただ一人の、友達の本音を──ただ、受け入れる。

「だって、びっくりしたんだもの。同じ教室のなかに、明らかに場違いな人がいるんだもの。不審者かと思うぐらいボロボロの黒服を着ていたんだもの。それで驚くのは無理もないけど、今思うとごめんなさいって感じだけどね」

肩をすくめ、萌恵もそっと早稀に寄り添う。
ふたり、肩を触れさせ──ふたりでひとつの生物のように。まだ中学生の子供たちは、彼女たちにとって大事な話をした。

「まぁ、実際に付きあってみたら、見た目よりずっと──子供っぽいなんだもの。呆れるよ、早稀」

「ハハハハ、確かに♪」

照れ隠しのような小言に──早稀は、大きく笑った。

「私は、見た目だけじゃなくて心も気にしていたの。私がいたら他の人が危険に合うんじゃないかって。その気持ちが勝手に私の心を誤魔化していった」

うまく言葉にできないのか、口をモゴモゴとしている。

「そんな偽りだらけの毎日を──萌恵は変えてくれた。笑ってくれたおかげで、最初は驚いたし傷ついたけど。だから萌恵のことが嫌いだったけど。笑ってくれて良かったと思う」

綺麗に笑うと、早稀は立ち上がりこの宇宙に手を伸ばした。

「今はもう、私は偽らない。この宇宙のように素朴で真っ暗だけど美しいような心を持つ大人に成長したい」

静寂に満ちたこの世界で、早稀は宣言した。
民草を助けるために立ち上がった、聖者のように。

「そんな風に思うことができたのは、萌恵のおかげなんだ。だから、ありがとう──萌恵。私の友達になってくれて、一緒に笑ってくれて、一緒に見ててくれて……。私は嬉しかった。幸せだった」

「何で」

萌恵は青ざめた顔をして、首を横に「ふる、ふる」と振った。

「幸せ『だった』ってどういうことなの、どうして昔のことのように言うの。まるで、今はそうじゃないように、そうじゃなくなってしまうみたいに──」

そして立ち上がると、真っ正面から早稀を睨んだ。

「それじゃ、もうすぐ死んじゃうみたいじゃない。やめてよ──」

哀しくなったのか、萌恵は早稀の身体に抱きついた。
そして、啜り泣いた。
誇り高く勇敢だけど、まだ子供の彼女。
かしこいから感じやすくて、聡い彼女は、察したのだろう。これから起こる悲しい惨劇を。
雄一の親友との──永遠の別れを。
不安を押し留めるように、萌恵は吼えた。

「私みたいな人でも何となく分かるのよ、もうすぐ世界がめちゃくちゃになることを。テストの点数があまり良くないとかそういう小さい悩みよりもっと大きい、きっと神様みたいな存在でも無理な、酷い事件が起こるんでしょ?」

本心を込めて。

「でも、そんなの関係ないもの!いつだって世界終焉の予言は外れてきた、人は生きてきたのよ!あなたたちに何とかしてもらわなくても──」

息を詰まらせながら、泣き叫んだ。

「何とかなる…のよ」

「うん」

早稀は困ったように、萌恵の頭を優しく撫でた。
むしろ、覚悟ができたようだった。

「確かに人間は強い。だからこそ、これは『けじめ』なの。私の同僚と、上司と、みんなで決めたことなんだ。だからさ、泣かないでよ。私──馬鹿だからさ、こういう時、どうしていいか分からないよ」

神々しい、という形容そのものに。
早稀は微笑んだ。
苦しくても哀しくても、笑うことしかできないから、というように。

「大丈夫だよ」

流れている萌恵の涙を、そっと己の手で拭った。
大切なものを共有するように。

「萌恵は、いや、みんなは──私たちが、守る。絶対に壊させない、死なせない。ここに誓うよ、私は『財団』の責務を果たす。果たすことが、嬉しいよ……」

遺言のように話す早稀に、萌恵は怒鳴った。

「何が責務よ、大人ぶってんじゃないのよ!全部背負わなくてもいいじゃない、もっとできる人に任せても、逃げてもいいじゃない、なんで私の友達なの──なんで?」

泣きっぱなしの萌恵を見て。
やはり、早稀は──決意を固めたようだ。
大事そうに、萌恵を優しく抱きしめる。
萌恵の温もりを、すべてを早稀は尊ぶ。
そして、言った。

「ありがとう、萌恵。私の親友になってくれて」

早稀はちいさく震えていたが、それもやがて止まる。もう迷いも恐れもないかのように、早稀は顔をあげる。

「私、生まれ変わったらまた萌恵の友達になりたいな……。いや、絶対なるよ。だからさ、泣かないで、泣いているとよく前が見えないから。ちゃんと見て。私を見つけてね。多分私、天国で迷子になっているかもしれないから、探して見つけてよ」

1人のエージェントは、無力な人のように──願った。

「それでまたさ、私のことを大きく笑ってよ。そしたら、私は嬉しくなって、萌恵のところにすぐ行くよ。また会えるからさ、友達にもなれるよ」

「……まったく」

萌恵は早稀の物言いに、戸惑った。そしてやっぱり、怒った。曖昧なことが嫌いで、勇敢に立ち向かう、女の子だから。
神話のヴァルキリーのように。

「私は生まれ変わるとかそういうことは信じないの。今を生きているの。何で今じゃなくて未来のことを話すの、まだ分からないじゃない、何で別れの挨拶みたいに言うの──」

「さぁ、何でだろうね。私馬鹿だからさ、今のことは2人の内緒、な?」

早稀は申し訳なさそうにしながらも。

「死んでも、友達たがらね」

親愛を込めて、囁いた。

「ありがとう、萌恵……」

最後まで泣かずに、笑顔で、1人の財団エージェントは雄一の友達との別れを言ったのだ。

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