親子とは 終末

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これは数年後に聞いた話である。



「あぁ、食った、食った。いやー楽しかったな」

もう思い遺すことはない、と先輩が言った。
朝日はまだ差し込まず、黒雲が渦巻く夜天を見上げた。私の実家“雨野本殿“の正面。先輩は携帯電話を取り出し、耳に押し当て悠然と──誰かと通話する。

「任せたぜ、そっちは。──まぁ、適当にやればいい」

家族に向ける、穏やかな声で。

「泣くなって、全部終われば一件落着、ハッピーエンドだ。…はい、はい。分かっているよ、私だって死ぬつもりはないぜ。…あぁ、そうだな一緒に温泉行こうぜ、皆でさ?とうちゃんによろしくな、狭霧」

ちいさく囁き、通話を終えて携帯電話をそっとしまった。ポッケから煙草とライターを取り出し、点火、紫煙を吹き出した。
最後の晩餐のように、味淡いながら──。

「さてと、行って来るぜ」

誰かに告げると、いつの間にか握りしめている彼女の武器──名刀長曽祢虎徹と呼ぶ刀を己の肩に担いだ。かつて新撰組近藤勲が使用したとされる名刀。
先輩が刃を引き抜くと、その刀身は神々しさを帯びて月光を弾いていた。先輩は剣を乱暴に振り回して、満足したのか刀袋に収刀した。そんな先輩を、見送る人たちがいた。
先輩の同期──雲雀さん、彦名さん。
そしてお兄ちゃんと、お兄ちゃんの同期ー巴さん
最後に、私の自宅の玄関口を開いて、私のお母さんが出てきた。
少し寂しさを浮かべ。

「….皆、寝静まったようじゃ」

他のものたちと交じり、先輩を送迎する。

「今宵は疲れていたんじゃなーこの様子だと朝までぐっすりじゃな。深雪の友『姫城』という奴は勘がよいのか何かを感じたのだろう。ずっと起きていようとしたから、無理やり睡眠薬を施して寝かした」

少し心苦しそうに言うお母さんに、先輩は労った。

「お疲れ様。ま、今日だけは辛抱してもらおうぜ─深雪たちは明日からは何の不安もなく暮らせるはず。だから、私たちが頑張る」

笑みを浮かべ、先輩は他のみんなを見回した。

「最後に、一応聞くが」

神妙な表情をして、特にお兄ちゃんとお母さんに問いかける。

「いいのか、これで?」

「今さらですよ、先輩。それに、こっちの台詞でもありますよ」

いつもなら情けない様子をしているお兄ちゃんだけど、覚悟を決めたかのように凛然と立つ。それはお母さんも同じだった。

「先輩はいいんですか?恐らく一番危険なのはー先輩ですよ?」

「いや、いいんだ。むしろこんな大一番に私がでて、あいつらのために活躍できるなんてありがたいかぎりだよ」

どこか遠い目をして、満足そうに。

「“財団の異端者“、“愚者“と呼ばれた私がーだいぶ幸せに、楽しく生きていけた。思いのこすことはなにもない。ありがたいよ」

目を閉じて、過去の出来事を反芻しているみたいだ。私たちは当たり前じゃない日常を、大騒ぎしながら暮らした。喧嘩することもあったけど、今は、そう、今は私に親しく、愛しい大切な人だ。
過去の宝物を抱え、先輩は絶望に立ち向かう。
その姿はどこか悲愴で、優麗で、破滅的であるけど希望は捨ててはいなかった。財団の権威者は、その残滓はー覚悟を決め、終焉に臨む。

「ひっくっ、先輩~…」

そんな先輩の歩みを止めるために、巴さんが抱きついた。
嫌だ、行かないでと泣きべそを書いて、引き留める。

「先輩、死なないで!行かないで!ーもう会えないなんてそんなの、そんなの嫌です!」

「おおっと」

泣き顔を胸元当たりに擦りつけられて、先輩は困ったように頭を掻いた。

「えぇっと、こういうのは私苦手なんだよなー巴、せっかく格好つけたのにさ。未練ができちまうだろ、だから泣かないでくれ」

愛しい後輩の背中を、優しく撫でながら。

「もうこれで会えないって、決まったわけじゃないだろ?悪いやつをぶっ倒して、解決する。それで元通りだーいつもどおりだろ、それが私たちだろ?」

巴さんをあやしている先輩に、近づくものがいた。
先輩の同期ー雲雀さんだ。
彼女は少し迷うように立ち尽くしていたが、辛抱できなかったのか駆け寄り、先輩の服の袖をつまんだ。
俯き、歯を噛み締め、涙を流すことを我慢するように。

「おい、おい、おまえもか、雲雀…。まったく今日は甘えん坊記念日か?」

彼女たちにまとわりつかれて、先輩は動かない。
窮している彼女の肩に、飛び乗るものがいた。
鳥ーではない、明らかに足が三本あるのだ。
この鳥は偵察の為に飛ばした──神『八咫烏』である。彼の帰還とその報告により時が動いた。
世界を破壊しつくさんとするアベルに対して対策を練り、万全を期して、『彼ら』は悲惨な戦争へと挑む。
私たちはなにも知らない。

「時間だ」

先輩は八咫烏の頭を撫で、静かに語った。

「終末のカウントダウンは、もう止めることも、押し留めることもできない。現実は待ったなし。けど、楽しかったなぁ、もうやりのこすことはねぇ、だろう?」

愛する同期、後輩の顔を寄せ、頬擦りする。
諭すように。
最後の言葉のように。

「財団は何とか誤魔化して先伸ばしにしてきたが、ついにきたんだ。私たちはこういう日のために備えて、作戦を練り、あいつらに嘘までついてーやってきた。けどまぁ、ここまでやって勝てる可能性はごみくずのように小さい。たが、後悔はしないぜ。あいつらを守るために頑張る、全身全霊で。そう皆で決めたことだろ?」

雲雀さんの黒髪をそっと撫でる。

「雲雀には結構、世話をかけたな。おまえが抱えていた大事なことをあいつらに悟らせないよう頑張ったんだよな。ーごめんな」

「███さん、もう言わないで…ください…遺言のように」

雲雀さんは身を揺すり、項垂れ、先輩の暖かみを感じた。
まるで、大事な姉に甘えるかのように。

「私は….███さんがいたからこそ私という存在がいるのです。むしろ私は、███さんに感謝しなければならないのです。恨み、妬み、不満もありません」

真心を込めて。
大事な人に伝えたかったことを…

「そうか…雲雀は、いいや、彦名もーこんな戦争に参加しなくていいだぜ?お前らは若い、まだ先の未来があるんだ、みすみす命を賭けなくていいだぜ」

「いいや、僕も参加しますよ。当然」

彦名さんが首をちいさく振った。

「むしろ馬鹿にしてくれちゃあ困りますよ。僕たちはにまで頼み、『改変』させてもらったその日に、覚悟を決めているんです。今さら弱気になるようなことを言わないでくださいよ。これが僕たちにできる最大で、最善の方法です。他の作戦なんてあってはいけないんですよ」

彦名は感情を込めて、先輩に訴えた。

「僕たちのせいで、その名残惜しさや寂しさでこの作戦が台無しになるのは申し訳がたちません。僕たちは仲間なんです、███さんだけに背負わすわけにはいきません」

「そうだよな、彦名はそうやって理屈をつけて話すけど。いいんだぜ、甘えても、我が儘になっても。やりたいことをやる。世界の運命とか終焉とか気にする必用はないぜ。糞食らえだよ」

吐き捨てながらも、先輩は彦名さんと雲雀さんを擁護する。
この温もりを、忘れないように。

「面倒くさくて、愛おしい、私の仲間。雲雀、彦名。おまえたちと過ごした時間は幸せだった。O5として独り過ごした退屈な時間よりずっと楽しかった。私は、ありがたいよ」

泣きじゃくる2人の頭を優しく、愛おしいそうに撫でていたけど。過去を振り切るように、毅然と立ち上がった。

「さて、さて。こんなところで時間を使っちまったら、夜が明けちゃうな。てか、アベルはこの国に、この場所に来る、リリスの生まれ代わりの深雪の元へと迫ってくるな。呑気に話してる場合じゃないな、ここでお別れだ」

2人の頭をそっと手のひらで遠ざけ、先輩は空を見上げた。

「八咫烏によると、アベルはアメリカ大陸から日本へ向かって直進してくる。制止役のカインまで殺したせいで、あいつを止めるものも、導くものもいない。まるで『獣』だな。瞬間移動なんてものも使わず、ただ、歩いている、確実に」

瞬間移動ができないとはいえ、油断できない。
全てを破壊し、殺戮する、災厄の『神』そのもの。
先輩はその事も、分かっているのだろう、油断なく身構えている。

「進行を阻むものは全て殺す、まるで『災害』そのものだな、まったく。押し止めることはちょっとてごするけど….作戦通り、私が止める。時間を稼ぐから、あとのことは頼むぜ」

誰にともなく言うと、日本刀を担ぎ、戦意を高める。
そして、決戦に挑む。
先輩は、アベルに対する最高戦力。
言わば、切り札だ。

財団雄一の『武力』、そして神と指定されているSCP-343に『改変』させてもらい、力を高めた。
けど、そんなの程度じゃ、アベルに比べたらちっぽけな存在だ。桁が違いすぎる。
迫る災厄は、もう塞き止めることは出来ない。
押し留め、先伸ばす。
命懸けの特攻。己を犠牲にし、時間を稼ぐ。
自殺行為に等しい。
先輩は、無謀な取り組みに臨もうとしている。

「あっ、そうだ。何か最後に言いたいことはあるか?」

何気なく先輩は聞いた。
それが、どれ程の覚悟か、想像することもできない。一歩踏み外せば奈落へと落ちる崖にいながら、鼻歌交じりに。雲雀さんはそんなの姿をみて、誇らしげに、寂しそうに眺めていたが。
こう告げた。

「███さん」

ぎこちながらも、震えながらも、笑顔で。

「明日、呑みにいきませんか?」

彼女にとって日常的な質問を発した。
いつも繰り返し言っているのだろう、ありふれた会話の中で。
ゆえにここで、最後に。

「明日か…」

少し唖然とする先輩。
明日なんて存在するかも分からない。
確実に希望に溢れた1日がくるという保証もない。
世界が滅ぶかもしれない。
けど….酒を呑みに誘うなんて。
けどそれは、雲雀さんにとって覚悟の証なのかもしれない、目の前にある絶望を乗り越え、明日に繋げる。決意表明だ。そんなの同期の気高い質問に、先輩は歯を噛み締め、頷いた。嬉しそうに笑って。

「おまえの奢りなら、大賛成だ♪」

大人なのに、子供のような答えを。
先輩が答えると、すぐにその姿は消えた。
『改変』の現れ、神と同じく瞬間移動した。アベルの下へ向かったのだ。希望、思い、全てを抱えて行ったのだ。

「███さん…」

雲雀さんは、先輩が消えたことにより前のめりに倒れた彦名さんを、慌てて抱き寄せる。

「私たちは、あなたのおかげで、この世界で生きることができました」

雲雀さんは、彦名さんを抱き寄せたまま、独り、寂しく語る。呪われた一家で生まれた、雲雀。
先輩──「財団の切り札」の一部であったが、裏切られ、捨てられ、数多の運命の果てに『禍津』となった彦名さん。そんなの2人を拾い、家族のように慕った先輩は、戦地へ向かってしまった。

「あなたは、私たちに初めて名前を呼んでくれたから、仲間として振る舞っていましたが。私たちを、初めて生み、家族としてのかたちをつくったのはあなたです。だから、一度でいいから███さんではなくお母さんと呼びたかったです」

本人を前に、恥ずかしくなり言えなかったのだろう。これで、お別れなら、一生届かない本音。
だから、雲雀さんは吐き出したのだ。

「そう呼んでしまったら、全てが瓦解してしまう気がしたんです。仲間としての日常が、思い出が…。
でも、呼ぶべきでした。こんな別れをするなら、大事なことを言えないのなら、離れ離れになるくらいなら…」

雲雀さんの頬に、涙が流れる。
財団の職員ではなく、家族の一員として。
愛する者に求め泣いた。

「だから、帰ってきてください。私はまだいっぱい言いたいことがあるのですから。お願いだから私たちを……もう1人にしないでください、死なないでください。███さん、私たちの愛するお母さん….」

酷く空虚な夜空の下で、2人の家族が泣き叫ぶ声だけが響く。直後、この地球を揺るがす程の轟音が響く。遥か彼方で、戦争が始まったのだ。
この地球の命運をかけた財団の最終決戦が。







親子とは決戦に続きます


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