親子とは 死前

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とあるSCP収容計画の終わりに母を見つけた。
収容計画は思っていたより簡単だったために私と仲間1人の計2人で行っていた。
財団施設内では研究員や職員が多くいるのだか、母は目立つ服装をしていたので、一目で分かった。
白と朱色の巫女服だ。
常に閉じられた目、片方は昔事故で失ったとかだったがよく分からない。研究員と職員は目立つ服装をしている母を見ても、まったく騒がない。むしろあの人はあの服装なのだと認知しているかのよう。

「久しいな、深雪」

私の名前を呼ぶと、いつものように無表情で尋ねてきた。

「収容計画の帰りか?」

「うん、そうだよ」

私は母と話すと、いつも萎縮してしまう。
無理もない。母はとある機動部隊をまとめる部隊長であり、その強さは歴代の部隊長の中で至上の力を持っている。
部隊の隊員はその強さを認めているし、私も昔、母がいる部隊にいた時はよく母を目標にしていた。
お母さんみたいになりたかった。

「この後、用事はあるか?話がしたい」

古風な口調で、母は問いかけてくる。

「うん、いいよ。せっかくだからあそこのカフェで話そうよ」

私はそう言って母の腕を掴み、こっち、こっちとひぱった。母は時々、“これ、あまり急かすな。“とか言っていたのを私は笑っていた。


財団施設内にあるカフェ“シナモン“についた。(命名はお菓子好きの女博士がつけたとか…)
中はいくつもの円卓と椅子が並べられていて、あちこちで職員同士が話に花を咲かせている。
甘いケーキの匂いや、煎れたてのコーヒーの香ばしさが私を刺激する。

「お母さん、何か食べたいものはある。私買ってくるよ?」

「いや、不要じゃ。深雪よ、神妙に座るがよい」

腰を浮かした私を、母は座るよう止めた。
話とは何だろうと思ったが、母の吐息があるだけだ。

「深雪よ、わしはおまえが“楽しい“と思えることが出来たのであろうか?思えば、このようにごく普通の親子のように、会話をし、食し、同じ時を過ごすことができなかった」

母の表情は、微かに悲しみが混じっていた。

「すまなかった、深雪よ」

「そんな、気にしないでよ」

私はお母さんが好きだ。憧れでもあった。だから私はそれぽっちも気にしていない。

「お母さん、私嬉しかったよ。久しぶりにお母さんとこうして話し合ったりするの、望んでいたから」

「すまない、深雪」

「私はむしろ感謝しているよ。だけど…お母さん、私はお母さんに言わなければいけないことがあるの」

そうだ、言わなければならない。
言ったらこの幸せな時は終わる。
瓦解する。
それでも、言わなきゃ。

「お母さんは、5年前にもう死んでいるの….」


5年前、私の母“吉佐美“は夫である“國久“と共にあるSCPの収容作戦にでた。当時の母と夫は数々の修羅場をくぐり抜けた歴戦の戦士であり、財団上層部が選抜した特殊部隊をもわずか20分で壊滅に追い込む程の強さだ。その2人がいれば怖いものなしだと誰もがそう思った。
だが、現実は違った。
そのSCPは財団が予測していた脅威より遥かに上回った。作戦に参加した者はほとんど死に絶えた。父もその1人だという。
母は奇跡的に生き延びたものの、大量に出血したため、長くはもたず、死んだ。
私は覚えている。
痩せ衰え、片方の眼球が消失した顔。
流麗だった髪はほつれ、触れれば折れてしまいそうな腐りきった腕。
死とはこういうことか。
人はどんなに美しかろうと最後は醜くなり、一生を終える。
突然に…
荒い呼吸がだんだんと小さくなり、動かなくなった。
心臓の鼓動がなくなって、その体の体温は失っていった。
死んだ母の体を抱きつき、泣きじゃくった当時11歳の私。それを知っている。
お母さんは死んだ。
だけど…

「わしが死んだ…と?」

理解不能。
母は死んだのだ。
まぎれもない事実だ。
けど、帰り際に、当たり前のように、話しかけてきた。
私は驚くというより、呆然とした。
予測もできない事態だった。
無視することは出来ず、一緒に行動したけど。
やっぱり、お母さんだ。
偽物じゃない。
私の目の前にいる人物は。
肉を、命を、心を持った生きている人間だ。
理屈は分からない。だけど、事実だ。

「深雪よ」

母はぼやいた。まるであきれたように。

「わしが、それを気づいていないとでも…思ったか?」

「…えっ?」

「当然、わしは死者である」

母は目を開き、静かに語る。

「見た目は普通のように見えるが、この体も死体である。少しづつ腐敗しているのだ。深雪以外の周りの者はそれを感知できていない、いや感知できないだけである。深雪よ、おまえも理解したくないだけであり、認識はしているのだ。….このように」

その瞬間、どこからか取り出した錫杖のような杖を母は高鳴らせた。
金輪が高い音をたてる。

「….うっ….」

同時に私の鼻は異臭を感じた。
母が変貌している姿を瞠目した。
巫女服は破れ、ぼろぼろの布地は返り血で汚れ、美しかった面影は残ってない。
肌はところどころ崩れて血管や骨が晒している。
優麗な髪は大半抜け落ち、片方の眼窩には蛆がたかる。母の口から腐汁が零れ落ちている。

「うっ、うああっ!?」

思わず椅子から転がり落ち、私は尻餅をついた。
嫌だ。あんなの。
見たくない、あの姿。
理解したくない。
両目を手で隠し、震える私に、母は優しい声で話す。

「人は必ず死ぬ。死者は黄泉比良坂を通り、地獄や根の国という場所へ向かう。この国ではそういう理であり、仕組みである。輪廻は無い。黄泉がえりも無い。これは決まりじゃ。誰1人例外なく」

はっきりと聞こえない。

「じゃが、甘い部分もある」

母は語った。

「黄泉比良坂を通った者はそこで“ヨモツヘグリ“を食うことになっておる。食うことは完全に死者の世界の住民となる証じゃ。しかし、わしは食わなかった。食う前にわしは死者の国の王と名乗る者と交渉した。彼とわしの利害は一致し、わしの身体が完全に腐りきる前まで、という制約を付けこの世に蘇らせてくれたのだ」

母が言っていることは無茶苦茶な内容だ。
簡単に言ってしまえば、この世界のルールをねじ曲げたのだ。強引に….
異常だ。
馬鹿げている。

「どうして….」

目を恐る恐る開けると、元通りの母の姿が見えた。
否、私が理解していないだけであり、今でもあのおぞましい姿のままだろう。

「どうして、そんな….黄泉がえりなんてことを、神ですら失敗している、忌まわしいことを?お母さんはただの人間だよ。SCPのような異常な性質も持たない人だよ。そんな恐ろしいことを….?」

母がしたことはルール違反も甚だしいことだ。
日本神話に登場する伊弉諾と伊弉冉の夫婦ですら失敗しているのだ。
禁止されている行為を母は平気な顔をしてやり遂げのだ。人が許された行いではない。
私は恐ろしかった。
母と再会できた喜びが、一瞬の内に瓦解した。

「“どうしてか“と問うか、深雪よ」

怯え震える私を、母は変わらず態度で話を続ける。

「本来、わしも満足して黄泉へと逝けたのである。たとえ、病苦に苦しもうが、仲間が殺されようが、わしは財団に忠誠心を誓い、役目を果たした。この世界のため、“財団の1人として“確保・収容・保護を貫いた」

母の口癖だ。“財団の1人として“

「じゃが、わしは死んではいられなくなった。“ヨモツヘグリ“を食う前に、娘のことを思いだし、心配になった。わしは現世を覗き、見てしまった。
おまえが部隊を壊滅においあった挙げ句、逃げたし財団の役目を放棄し、忘れ、暮らしているおまえの姿を」

母の声に怒りはなかった。
だからこそ恐ろしかった。
母が大好きだった。
憧れだった。
けど、私は…

「わしは死の間際に、おまえに言い残したはずだ。
“おまえが部隊を引き継げ“と。おまえは了承した。言ったはずだ、“分かったよ、お母さん“と。だか、おまえは約束を破り、忘却した。しかし、わしはそれを責めるつもりはない。おまえが罪を犯したわけではない」

母は立ち上がり、私を見た。
奴隷のように見下すかのように。

「おまえの努力や、修行が実らぬうちに、死んでしまった、後継者としておまえに教えを与えなかった、これはわしの罪だ。逃げたおまえが悪いわけではない、異常存在に臆してしまう弱いおまえを育てる前に、この世を去った母が悪いのだ」

母は黄泉がえった。
私を再教育するために。
この世の理をぶち壊し、醜い姿で、地獄とも思える苦痛を味わいながらも、堪えながら。

「さぁ、わしと共に来い、深雪よ。教えを説いてやる」

「嫌だって言ったら?」

私は床についた尻を擦るようにして、後退りした。

「嫌だとは言わせぬ。行くぞ、遊びの時間は終わりだ」

「い、嫌だ」

手を伸ばしてくる母が恐ろしく、私は抵抗した。
椅子やら机を倒しながら、私は母から逃げようとする。

「嫌だよ!血を吐き、涙を流して“確保・収容・保護“を貫きたくない。お母さんを死なせた、悲しみしかない財団なんて嫌なの!私はもう“財団の1人“なんかじゃない!」

「思い上がるな!わしはおまえの意見を聞いていないのだ」

母が口にする言葉に、苛立ちが混じってきた。

「この世界のためだ。おまえの安楽が、幸せがこの世界の未来より価値があるのか?おまえの命は1人だけではないのだ。偉大で、祟高なものがかかっているのだ!」

死してなお、“財団の1人“である母は、私の気持ちを妄言だと思っているのだ。
何もかも違う。
倫理が、価値観が。

「甘えるでない!何故分からぬのだ。やはり甘やかして育てたのが原因か。くそ!」

涙がでてくる。
走馬灯のように昔の思い出が浮かんでくる。
優しく撫でてくれたお母さんの手。
背中を押してくれたお兄ちゃん。
優しくしてくれた先輩。
私は、私は…

「イヤ、イヤ。やり過ぎですよ。お母さん」

不意に声がした。
いつも聞いている優しい声。
私の心に安堵をくれる、お兄ちゃんの声を。

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