ナーサリーライム

広く高級感のある会議室で、七人分の席のある円卓を六人の老若男女が孰れも神妙な面持ちをしつつ囲んでいる。
部屋の入り口と対局に位置する席には白髪で髭の生えた歳のある和装の男が座り、円卓の中央にホログラムで映された白衣の男に対し鋭い眼光を向けている。白衣の男は腰を折り頭を下げた後に小脇に抱えているタブレットを操作し、白衣の男はホログラムから消失した。
円卓の者共は皆一様に視線を落とし思案している様子である。最初に口を開いたのはスーツを来た外見三十半ばの青年だった。
「以上が、医療部門からの説明であるそうだ……"彼女"については厳しい、と……」
議場は動かず、再び静寂に包まれるが、先程より重々しい雰囲気が漂う。数分が経過し、漸く和装の男がガベルを鳴らした。一同が顔を向けると、男は咳払いをした後に口を開く。
「……本件について本部医療部門との提携及び数点の有用なオブジェクトの使用を認める、という事で宜しいか」
若干の間の後、全員口々に『意義なし』と唱える。それを確認し男は再び口を開いた。
「では、議案は承認されたとする……他に何かあるか」
今度は一様に首を振った。
「という事で、今回の議会は解散とする……以上」
そして皆が部屋から出て行くのを確認した後、男は椅子に倒れ込みぼんやりと天井を見上げる。徐に片腕を上げると、男の斜め後方の壁がスライドしその奥から秘書が現れた。若く聡明そうな女性である。
「お疲れの様ですね、理事長様」
「あぁ、大変な事になってしまった」
溜息を吐くと、秘書の女が軽く背を揺すった。
「『彼女』についてですか」
秘書が訊ねると男は小さく頷いた。
「その通りよ、どうしたものかのぅ……」
秘書から杖を受け取り、椅子から立ち上がると男は退出した。


──日本支部サイト-8135医療部門棟第一会議室
「二日前未明に日本支部内某サイトにてある少女が死亡した、死因は転落死、サイト屋上からだ」
会議室の壇上で白衣を着た男がホワイトボードを叩きながら大声で読み上げた。首からぶら下がった職員証には『サイト-8135医療部門副部門長』と書かれており、これはサイト-8135内での医療部門のナンバー2を指している。
「この件について上から『少女を蘇生するように』と命令が下っている、『その為には多少の規定違反も構わない』ともだ」
発言を受けて、一人の少し肥えた初老の男が訊ねた。
「その『多少の規定違反も構わない』とは、そのまま受け取って良いのかね」
通常、上部からの『多少の規定違反を許す』とは『レベルⅣまでの秘匿技術の使用を黙認する』という意味の一種の隠語である。要は今回もそう解釈して良いのかと訊ねたのだ。しかし、その返答は多くの会議参加者にとって予想に反する物だった。
「いや、昨日封書がサイト宛てに届いたが、そこにはこう書かれている」
男は一呼吸挟むと、言葉を続けた。
「『禁忌指定技術及び異常存在の使用を許可する』……と」
『禁忌指定技術』とは大まかに言うと、財団で作られた大きな異常要素を有する技術の事である。収容先は物理的な物であれば専用地下隔離サイトで、情報的な物であればある程度の機密情報と同様の管理をされる。そんな代物に加えオブジェクトまでもが正式に使用を許可された事になる。
そして会議室は大きく響めいた。これら制限の解除は普通は本部の上層か、日本支部のサイト管理官議会かそのさらに上部からしか出す事が出来ない為であり、前例も日本支部内では片手で足りる程しかない。つまり事態はおよそ重大という事になるが、起きた事はただ『少女が死んだ』だけである。男はホワイトボードを裏手で殴りつつ叫んだ。
「静粛に……これは上部からの命令だ、我々は確実に遂行せねばならぬ」
すると今度は会議室左手側の中年女性の医師が叫んだ。
「ならば副部門長、その命令はどこからなのですか、管理官達ですか」
男はこれを受けると溜息を吐きつつ下を見て、両手を肘を曲げつつ持ち上げた。
「それは極秘との事だ、私も知らない……ついでに少女が何なのかも」
打って変わり、この返事によって会議室は静寂に包まれる。暴挙とも言える制限解除に加え命令の出所が極秘であるならば、答えは一つに定まる。皆一様に事態をある程度理解したのだ。
その後は通常の医療部門での会議が大規模になっただけの物であった。ただし扱う患者は既に死んでおり、血と肉片と砕けた骨が混ざった物である。会議の最中、当然ながら職員達には数点の疑問が浮かんだ筈だが、この職場柄もう誰一人として一先ず気にはしていなかった。


──日本支部サイト-8100クリアランスⅤエリア
高級そうな革鞄を片手に持ちつつ独特なセンスのスーツの上に白衣を纏った男が六人の専属警備隊に付き纏われながら歩いている。ここが財団施設内でも上位の機密施設である事を知らなければヤクザの若頭とその一団にしか思えない彼らは、ドア一つ通る為に網膜と指紋の認証が必要なエリアにはおおよそ自然な光景では無かった。暫くエリア内を歩き回り漸く目的地に着くと、長椅子に腰掛けた白髪の老人とその横に立つ秘書らしき女性が出迎えた。着いた場所は窓のない小綺麗な数百メートル程の廊下の終点で、最奥の壁には鉄製の金庫扉が付いておりその上部には『特別遺体保管室』と書かれた重厚なプレートが埋め込まれている。
老人は若頭らしい男の姿を認めると、少々思案した後に言葉を発した。
「……んむ、待っておったぞ」
「えぇ」
男は一呼吸置いて言葉を続けた。
「……お待たせ致しました、理事長様」
この遣り取りを周囲の人間は固唾を飲んで見守っていた。老人が立ち上がり、金庫扉横のモニターに手の平を押し付け「少し待っておれ」と言う。数秒後扉が数センチ程奥へスライドした、秘書が扉についたダイアルを回し扉を開き、中に入るよう促した。
「どうぞ、此方になります」
扉の中は純白な部屋であった。部屋の中央には白い台が設置され、その上には黒色の桐箱が置いてある。桐箱の上面には『クラスⅤ厳重取り扱い物』と書かれた小さなラベルが付いている。老人は桐箱の前に歩み寄るとその角に手を置いた。
「これが例の少女ですね?」
老人は桐箱を撫でた、その目つきは何処か哀愁を感じさせる。
「左様、この中には少女入りの瓶と保存用に箱の内部を固定する装置が入っておる。保存環境が整う迄開封は避ける様に」
「承知しました」
男が手を叩くと専属警備隊の内四人が桐箱の四方に別れ持ち上げた。専属警備隊の隊長が桐箱の様子を確認した。
「異常は有りません。それでは、これよりサイト-8135へと対象の移送を開始します」
「うむ、くれぐれも気をつける様に」
この返答を受け隊長は困惑した様子を一寸見せた。
「……貴方は?」
「私はもう少し此処に用がある、先にサイトへ向かってくれ」
「承知しました、警備隊の補充員に警護に当たらせます」
そう言うと専属警備隊一行は桐箱を抱えたまま退出し、部屋には老人とその秘書と男だけが残った。男は左手に付けた腕時計を見ると老人に顔を向けた。
「そうだ、一つお話があるのですが宜しいですか?」
「良かろう、しかし何用か」
男は自身の鞄から黒いボードを取り出し、そこに貼られた紙を指し示した。
「通常蘇生を含む治療であればサイト-8100のチームが行うでしょう、しかし何故だって今回はウチらなんですか?」
「彼女のご要望だ」
そう言うと老人は身体を少し振るわせた。それを見た秘書が何処からか年季の入った相応の雰囲気のあるちゃんちゃんこを取り出し手渡した。老人はちゃんちゃんこを羽織りながら言葉を続けた。
「ほれ、生前彼女が世話になった場所じゃて、『私に何かあれば治療場はサイト-8135とする様に』と書いておった」
「しかし、受け取った資料に載っていた写真の顔に見覚えはありませんよ。私は自身の記憶力には自信が有る方なのですが」
老人はケタケタと笑った、そしてわざとらしく左手の平を右手で叩いた。
「あぁ、そうじゃった、そうじゃった、実はの……」


答えを聞いた男は「あぁ!」と言いつつ笑っている。秘書だけが黙って首をコクコクと縦に降っている。
「成程!その施術なら此方で行いましたな!その後は此処に引き継いで貰いましたが、すっかり忘れていた!」
「じゃろうて、もう三年余り経つからの。どうじゃ?子供の成長とは早い物じゃろう?」
これを聞いた男は更にひと笑いした。自身の冗談めいた発言が壺に入ったのが嬉しかったのか老人も頬を緩ませた。秘書もクスリとしている。
「えぇ、えぇ、本当に、"子供"の成長とは誠早い物ですな!」
「あの固い頭はどうにかなって欲しかったがの」
「いやぁ、あれは治りませんな、何にしろ年季が入っていますからな」
遂に秘書も声を出して笑っている、保管室に男たちと一人の女の笑い声が響いた。


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  1. portal:6498310 ( 28 May 2020 06:58 )
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