あるDクラス

コポコポとコーヒーの抽出機から音が聞こえる。座っている椅子はキイキイ悲鳴をあげ、そろそろ椅子の替え時かと考える。
椅子を替えるのは何費で請求するのだか思い出していると頭が回っていない事に気づいた。
「刺激を与えれば頭も起きるだろう」
丁度机に有った手頃なカッターを手に取るとシゲシゲと眺めた。黄色い持ち手に銀色の刃、切れ味は良さそうだ。そして色の薄い己の腕にカッターが触れかけた辺りで我に帰った、多分私は疲れている。こんな時は寝るに限る、そう思いキーボードを枕代わりに寝息を立てる事にした。

「ふぁーあぁぁ……ァ」
眠い目を擦りながら起き上がる。今日は如月の四日、如何にサイトに暖房設備が充実しているとはいえ、どうやら寝冷えを起こしたようだ。鼻がズルズル言うのを聞きながら、昨日淹れたコーヒーの入ったポットを手に取り、注ぎ口から冷めたコーヒーを迎え入れると少し苦味がした。ポットをデスクの左端に放り、デスクトップの電源を点けると青白い窓が現れた。財団の内部ネットワークに接続すると電子の手紙が一つ届いている。
「イッタイなんだい、また厄介事かね」
矢印を動かして手紙を押すと内容が映された。

サイト管理部として手紙を送りつつも「の所へ来い」と言ってくる人物は一人しか知らない、ハラタというサイトの上役さんだ。億劫に感じながらも、一応は服装を正す事にした。シワクチャの白衣を近くの安っぽいソファに投げると自分の細い身体が目に付いた、そういえば昨日は風呂に入ってから服を着るのが面倒に感じ、体を拭くと上に白衣だけ羽織ったのだった。
「サムイサムイ……」
箪笥を開け適当なスーツのセットを取り出して着てみると案外ピッタリだった、つまり以前から体型は変わっていないらしい。少食癖を治さなければと思いつつカバンにアレやコレやと詰め込むと部屋を出て行った。



コォン……コォン……
管理棟内の一室の前に着き、一応扉を叩いて中に入る。確か返事を待ってから入るべきだったとは後から思い出した。
「やぁやぁ、待っていたよ、とりあえず座ってくれたまえ」
聞き覚えのある声がする。短い髪にシッカリしたスーツ、いつものサイトの管理官サマだ。
「エェ、座りますとも……ドッコラショ……」
ソファに腰掛けカバンを下ろすとフゥと一息吐いた。ここに来るのは久方ぶりである。確か前回は何処かのサイトのオブジェクトの収容違反対策とかナントカだった様な気がする。
「それで原田さん、あのDクラスがどうしまして?タカダカDクラス一人が、残念な事にいつも通りお亡くなりになっただけでしょう」
「それだけなら良いのだがね、実はそうじゃないんだよ。サイトの受付前のエントランスで発見されてね」
「ナルホド!では脱走未遂のDクラスが警備システムにやられたのかね」
「どうやらそうでも無さそうでね、こいつを見てくれ」
重厚な机に付いた引き出しから原田さんが分厚い資料の束を取り出してドシンと机の上に置き、束の中から数枚の資料を取り出してコチラに寄越して来た。
「チョット失礼……」
カバンの横ポケットから銀色の小さい筒を取り出した。底面に埋まっているボタンを押すと上部がカパッと開き、小さく薄い丸みを帯びた硝子張のような物が出て来る。目に嵌めると視界が一瞬緑化し、チョット経つと正常に戻った。
「ンッンン……それで、この資料ですな」
その資料の中身には大変面白い点が幾つか有った。まず、件のDクラスの死体には被現実改変の痕跡が認められるらしい。二ツ目に、身体の表面全体から傷口の内部にまで、時間軸間を飛び跳ねる素粒子が付着していた。この素粒子は主に時間遡及時に微量に付着するが、体表面での付着濃度を鑑みるとかなりの長時間時間軸間の非認識的な空間に居たらしい。三ツ目に、死体の細胞の情報から死後五、六十年程経過しているらしい。しかしそれと同時に死体の状態は良好である為、なんらかの措置が取られていた様に思われる。時間軸間の空間でも腐敗は進むが、コイツにはその兆候も見えない。
「確かに!コイツァ面白い!傑作だ!」
全ての資料に目を通しつつ、左右の瞼で交互に3回ずつ瞬きした。先程付けたマシンコンタクトレンズが私のパソコンにPDF化した資料を送っているハズだ、こうすると手間が省ける。
「うむ、それで、どう思う?」
資料を机に置き、トントンと叩きながら答えた。
「ウーム、まだナンとも言い難いね。Dクラスの管理記録とソイツの映る映像をカタッパシから洗うと良いんじゃァないかい」
「そうだな……」
原田サンはソファに大きくもたれると、胸ポケットから取り出した葉巻の先端をナイフで切り落とし火を付けた。
「うん、そうだな、うん」
「ナンでしょう?」
葉巻を咥え、吹かし、口から離した。机の下で足をバタバタしてから姿勢を正し、コチラに向き直る。
「森秦君、この案件を君に任せよう」
サイト管理官サマがマータ無茶苦茶を言い始めた、この人はイツモイツモ変な事を言い始める。
「ハァ……とイイますと?」
「このDクラスの死因とか、諸々について調べて欲しい、おかしな案件だろう?」
「確かにオカシイですがね、ハァ、分かりましたよ、ハイ、やりますともエェ」
「そう言ってくれると思ったよ」
コチラに右手を伸ばして肩をポンポンしてくる、ため息を吐きながら軽く払った。
「調査に必要かも知れないからね、このサイトに限るがセキュリティ関連の透過クリアランスを渡しておこう」
何やら机の脇のタブレットを操作していた、多分クリアランスを弄っているのだろう。机にそのまま置かれているが、原田サンのコンタクトを通さないと画面には財団ロゴ以外何も映らない。マシンコンタクトレンズはワタシも作成に一枚噛んでいるから無理矢理覗けないコトも無いが、さほど興味も無いのでやめておいた。
「ソレじゃあやれるだけやってみますとも、どうぞご期待下さいな」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
「エェ、それではまた」
それだけ聞くとソファから飛び上がり、お辞儀をして部屋から出た。カツカツ言わせながら長い廊下を進んで行き、同じ棟にある第三セキュリティルームに向かった。入り口の前にはガタイの良い警備員二名が並んでおり、職員カードを渡すと何か機械に通していた。網膜検査も通過して部屋の中に入り、その辺の手頃なパソコンを立ち上げセキュリティデータに接続する。自前のUSBを装着して、件のDクラスの映るカメラ映像やら行動記録書やらをコピーした。印刷機がカタカタ言うのを聞きながら足を伸ばす。そろそろ飽きてきたかと思う頃にはコピーも終わった様だ。
「サテ……と」
椅子から腰を上げ立ち上がる。まだ四、五十程なのに腰が痛むとは思ってもいなかった、正直六十マデは保つと踏んでいたのだ。
「アテテテ」
資料を持ち上げ、部屋を出ると先程の警備員に呼び止められもう一度職員カードをスキャンされた。廊下の向かいの窓から差し込む光がかなり眩しい、そろそろ昼過ぎの様だ。



硬い椅子の上で目が覚めた。身体を揺すっても全く動かない、どうやら手足を縛られている様だ。両手はオレンジ色の上着ごと肘置きに針金でぐるぐる巻きにされて、足は椅子の前脚に針金で括り付けられている。紐ならまだしも針金は人力だと切断し辛い、ここの拷問官はよく考えている。首は動くので辺りを見回すと、一面金属か何かで出来ている、簡単に言うなら使われていない物置の様な部屋だ。自分の正面には扉があって、向かって右側には木製の机と金属製の椅子がある。多分椅子は自分が座ってるのと同じやつだ。もっと後ろが見えないかと首を大きく動かしていると、上の方から警告音か何かが鳴り響いた。五月蝿くて顔を顰めながら瞬きしていると、扉が開いて男が入ってきた。痩せ細って、顔には少し髭の生えた男だ。羽織っている白衣の胸元には財団のロゴとその横に森秦啓介博士と書いてある。博士は机の下から椅子を引き出すとゆっくり座って此方に身体を向けた。
「ヤアヤアDクラス君、君のコードはD-8134215でよかったかね?」
「そうだよ、で、博士様が何の用でこんな真似を?」
「いやね、今スコーシ面倒な事をしなきゃならなくてね、君から聞きたい事があるんだよ」
どうやら何か尋問をされる様だ、しかし特に心当たりは無い。最近した悪事といえば、食堂で物々交換禁止の規則を破って隣のやつと蜜柑と鶏肉一切れでの取引をしたぐらいだ。
「何ですか?私は何もしちゃいませんよ」
「マァマァそう硬いこと言わずにサ……そうだな、君と相部屋のDクラスを教えてくれるかな、全員」
同じ部屋のDクラスなら覚えている、部屋には五人居て、皆んな連番だ。だから同じ部屋なのだろうけども。
「んと、D-8134210からD-8134215まで連続ですね」
「……ナルホド、ところで君は何人部屋かね?」
「五人ですね」
「そうかそうか、チョゥット待っててくれよ」
ゆっくり立ち上がるとそのまま背中を向けて部屋から出て行った。数分経つとまた警告音が鳴り響き、博士が入ってきた。またしてもゆっくり椅子に座ってこっちに身体を向けた。
「エェートね、チットコイツの先端を見ててくれたまえよ」
そう言うと白衣の内側から灰色の小筒を取り出した。長細く、先端に硝子張の様な物が埋まった、恐らくは鉄で出来ているであろう物だ。顔に硝子張部分を近づけられ、ぎりぎり焦点を硝子張に合わせれるかどうかというところまで近づけられた時だった。硝子張が青白く光り輝いた。
「……!?」
その直後、一瞬視界がぼやけてから部屋の中に見知った顔の同僚達が壁から現れて駆けて反対の壁に吸い込まれていった。気づけば辺りには蝶が舞い、天井からは雨が降り、博士はDクラスの格好をしている。床が瞬時によく知った寝床のそれになったかと思うと、急に視界が反転して頭から真っ逆さまに海に落ちていった。周囲にはさっきの見知った顔の同僚達がいる、あれはD-8134212、あれはD-8134211、こっちはD-8134213だ。他にもいっぱいいる。今まで同じ部屋にいた仲間達だ。だけど、何か違和感を覚えた。誰かが居ない、思い返せば、D-8134210からD-8134215までなら人必要だ、だけど自分達はそこからそこまでの連番で人部屋。誰が居ないのか、夢中になって考えていたが、ふと意識を呼び起こすと目の前には誰かが居た。一緒に居たような気がする男、だけどさっきまで忘れていた。手を伸ばそうとしたが、手は動かない。じっと見つめていると、急に彼が手を大きく広げて、自分の頬を挟み叩いた。



頬をパシリと叩いてやるとドウヤラ意識が現実に帰ってきた様だった。身体はブルブル震えているが、目はこちらの顔をキッと見つめている。
「大丈夫かね?D-8134215君、感覚は正常かね」
D-8134215は顔を大きく震わせるとハアハアと呼吸をした、ドウヤラ収穫は有りそうだ。
「な……何なんですか、今のは」
「ナーニ、何てこたァ無いただの記憶増強光だよ」
何を言ってるのか分からんといった顔だった。しょうがないので説明をする事とした。
「イヤ、君以外の君と相部屋のDクラス全員に先に聞き込みをしたのだけどね、皆んなオカシな事を言うものでね、念の為に用意しといたんだよ」
「何……が?」
「新しく誰か思い出さなかったかね?」
暫く顔を顰めると、カッと大きく目を見開いた様だ。
「確かに思い出しました、あいつです、D-8134214、さっきまで居たのに居なかった」
確かにD-8134215はあのDクラスの事を思い出したらしい。D-8134215の手足の拘束を解きながら続きの質問をする事とした。
「フム、やはりそうかね。D-8134214についてわかる事を教えてくれないかね」
針金の捻りが思ったより固かったので苦悶しているとD-8134215が口を開いた。
「博士さん、それはいいんですけども、何故拘束を外しているんです?」
「君はさっきまで白昼夢か何かを見ていただろう?あの間に暴れられちゃ困るのでね、あの光を見せる時は必ずアアしているのだよ」
「そういうことですか」
なんとか両腕の針金を外し終えた。グニャグニャの針金を机の上に放り捨ててD-8134215の顔を見つめた。
「それで、何か分かるかね?」

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