死の商人

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いらっしゃいませ。何をお探しですか?

この世界は死が巡る。生と死を人間が意のままに操れるようになった成れの果て。生命の倫理などはとうに存在しない。その尊厳は地に堕ち、踏み抜かれ、新たな常識が君臨する。たった一つの溶媒で人の運命は左右できる。化学の発展を見れば逃れることのできない定めであったのかも知れないだろう。全ての事象は大衆に認められ因果の渦に適応される。消費社会は生命にまで根を伸ばし始めていた。
 
当店ではあらゆる死を扱っておりますので、お客様の御要望に合う品がきっと見つかると思います。

全てはそこに存在していた。死の抽出、事象の具現化、目に見えない不確定なものを今に固定する。今やこの世界の中心に君臨している物はただ一つ、死の薬品タナトマ、それである。死を除き、齎し、生と死の境界に番人のように存在している。かつて人は追い求めた、朽ちること無き身体を、老いること無き精神を、そして永遠の時を。東洋では始皇帝が渇望しかえってその死期を早め、西洋では数多の化学者が錬金術師となり霊薬エリクサーとして。だが、今や全ての人々の夢であった死を操る術は掌の上に存在するのだ。

…なるほど、不死をお求めですか。

だが、ただでさえこの世の理を捻じ曲げ新たな道理を突き刺しているのだから障壁が存在しない訳が無い。人間の技術がいくら高度になろうとも、次元や真理の違う世界に住む存在に追いつこうなど荒唐無稽で反吐がでる。死の抽出には高度な技術を要する。人間という実体から死という概念、つまり非実体を取り出すのだから当たり前である。素人などがしようものなら粗悪な死しか取り出せないだろう。人間に死を齎すものなどはいくらでもある。病気や事故などと一括りに言う事はもはや不可能である。死が事象化された事により全てが違うものとなった。工場で作られる製品に番号があるように、人間一人一人に名前があるように。そうして死の分類学が生まれたのだ。

不躾ですが、何故に不死をお望みになるのでしょうか?

死を売り不死を手に入れ、飽きたら死を買い眠りにつく。世界の日常は然程変わらない。結局の所人は死にゆくものである。それでも人間の欲望とは止まりがないものであって、不死を求める人間が増えたのも事実である。無論死を買う者も少なからずいる。大切な者が二度と醒めない眠りに着いてしまった時や、逃れられぬ苦しみの中にいる時に死を送り込み楽にしてやるといった善意からくるもの、そして要人暗殺や復讐といった悪意からくるものだ。死を操れる世界になったからこそ死には死が必要になったのだ。

お客様は健康体に見えますし、抜き出せるとしたら寿命の死のみだと思うのですが…

かつての世界で不死の定義は様々であった。死の三徴候と呼ばれるもの、すなわち呼吸停止、心臓停止、脳停止の永続回避や継続することによる老衰死の回避。また、宇宙空間などの極限環境でも生命活動が停止しない状態、脳などの重要器官が外的損傷や切断された後からの回復が可能な状態、肉体が消滅してもその瞬間と完全に同じ状態を再現した肉体に精神を移植させることなどと表現されてきた。だが、それらは妄想に過ぎなかった。タナトマが発見され、構造を解明された時にそれは姿を現したのだ。
 
「ここで不死を取り扱ってると聞いた」ですか…分かりました。ですが、返品は受け付けませんのでご了承を。

かつてガレノスが脳、心臓、肝臓にそれぞれ精気が存在し、それが血液の流動により混ざり合うことで生命活動を維持するという理論を打ち立てたように、タナトマは人間の身体に巡る精気を媒介として死の事象を具現化し、具現化された死を事象化する。現代科学の中に霊的存在が導入された事も、なんら可笑しくは無かった訳である。

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執筆者: R_IIV
文字数: 1796
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批評コメント: 0

最終更新: 12 Sep 2020 12:04
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