(仮題)虹が写すフォトグラフ

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彼女が生まれた時すでに、彼女の両親の姿は無かった。どんな父で、母であったのか。困った顔、怒った顔、嬉しそうな顔、悲しそうな顔、どんな顔を彼女に見せる人達だったのかは確かめる術は無かった。
彼女は、自身の親という存在を知覚したことのない、親の愛を知ることのない少女の一人だった。
 
そんな彼女を育てたのはただ一人の姉だった。親代わりとして彼女を社会に送り出すまで、若い身一つで彼女を育て上げたところを見れば、指導者としてはかなり優秀であったのだろう。彼女はそんな姉の元で大きくなっていった。
しかし、それと同時に彼女の中に、ある別の小さな塊が生まれ始めた。
 
生まれ持った才覚と姉の教育が良かったからだろうか、小さな頃から彼女は優秀だった。
表彰台、コンクール、テスト、スポーツ。彼女を示す全ては上から二つ三つ指を折り数えるほうが早かった。たとえそれがどんなに困難なものであったとしても、彼女の才覚と的確な努力によって難なく乗り越える事が出来た。
 
しかし、どうしても彼女は1番という存在に辿りつかなかった。
無論何回かはそこに立ったことはあるだろう。しかし、その道に秀でた者らと戦うときには必ず一歩甘んじていた。彼女と周りに超えられない壁があるように、その道の天才達と彼女との間には明確な壁が存在した。彼女がいくら万能であろうと、一つに突出した者にその分野で勝つことは出来なかった。
 
つまり、彼女は秀才であった。それと同時に、天才では無かった。
 
姉の厳しい教育により、結果を求められた彼女は常にトップを目指してきた。そして、それを達成できない日々か続いた。そのうち心の中の塊は日に日に大きさを増して行った。
彼女がその存在を知覚したときには彼女にも、そして姉にも制御できるものではなかった。姉がそれを想定外としていたのか、それとも計算の内としていたのかは分からない。だが、地雷は確実に仕掛けられた。
 
自身には才能があり、それに応じた成績を残し、他の人とは違う優れた存在である。それと同時に、一部に秀でた者には勝つことが出来ない弱者である。自身が頂点であり周りはその下にいるべき筈なのに、何人もが彼女の頭上を通り越してゆく。
 
彼女の中に育った塊、その自尊心と自虐心に板挟みにされながら日常を送ってゆくのは、優秀な彼女には拷問に等しかっただろう。
 
周りから見れば彼女は常に尊敬の対象であり、憧れの的であった。その裏にはそんな彼女をよく思わない者達の中傷もあったのだが、彼女はそれを気に止めなかった。自身に見下される人間の戯言に付き合う必要性はなかったのだ。
表面上は上手く仮面を被り、人当たりのいい彼女を演じ、仮面の下では周りの人達は私より劣っている、そんな人達からどう思われようと構わない、という心積りだったのだろう。
彼女はそれを自身の意思で行っていながら、制御することをしなかったが為に自尊心はどんどん膨らんでいった。
 
そんな自尊心も結局、定期的に発表される順位の前では簡単に打ち砕かれた。
彼女の成績は総合で見れば常に首位だったと言っても遜色はないだろう。しかし、一つの教科、一つの種目、一つの作品において、彼女を凌駕する者は少なからずいた。彼女の努力が少なかったわけではないが、才能というのは簡単に努力の隙間を埋めることができる。ちょうど、彼女が持つ優秀さ、なんでもすぐに常人以上に出来てしまう能力のように。
 
そして、結果が出れば表には出さずに彼らを称賛しながらも、彼女は打ちのめされた。彼女の名前の上に存在する名前を苦虫を噛み潰すような心持ちで眺めていた。
 
自身は秀才の域を出ることが出来ないという自虐心は消えなかった。
それどころか自尊心と同じように、彼女の心を占めて行った。
 
失意の学園生活を終え、財団に雇用された後も、それは変わらなかった。いや、今まで以上に大きくなったのかもしれない。
 


 
射撃場に一発の発砲音が木霊する。音速で飛ぶ銃弾が音もなく的を通り過ぎる。弾が全く見当外れの方向に飛んで行った。的には傷一つ無い。
 
「あれ?外れですか、どうも上手くいきませんね……」
 
落ち着いた声が一人ぼやく。先程別の的の中心を的確に射抜いたもう一人がそれに答える。
 
「まあまあ、どれだけ練習しても合わない人はいますから、そう落ち込む必要はありませんよ。それに、我々エージェントと違って、博士がそれを使う機会はそう多くないでしょう」
 
そんな慰めを聴きながら、的を外した当人はもう一度銃の照準を的に合わせ、静かに引き金を引く。乾いた音と共に、また的の上部3,40cm辺りを弾が通過していった。
彼女はもう一度深くため息を吐く。その隣でもう一人が新しい的の中心を造作もなく射抜いた。
 
彼女がその美しい手際を見つめていると、その彼と目が合う。彼は彼女に対してどこか謙遜するように、照れくさそうに笑った。
彼を素直に褒めて、予定があるので、と彼女は射撃場を後にする。
ドアを閉じた後、そのドアにもたれかかりながら彼女はまた、大きく溜息を吐いた。
 
 
次の予定に遅れないように早足で廊下を抜ける。すれ違う研究員全員が彼女に対して律儀に会釈、もしくは挨拶をする。
適宜に返答をこなしながら研究室へ戻ると、すでに彼女に仕事を依頼した研究員が待っていた。
彼女は焦ることなく、すでに纏められていた机の上の資料を手渡す。
 
「すみませんお待たせして、先程の資料はこちらに」
 
「ありがとうございます。いつも仕事が速くて助かります」
 
そんな言葉が返ってくる。「そんなことはないですよ」と謙遜の言葉を述べながらも、彼女は表情一つ変えずに机に向き直った。
研究員が資料を持ってドアを出ようとした時、その研究員は自身の手から滑り落ちた資料を踏みつけ、足を滑らせて派手に転んだ。
 
彼の持っていた資料が宙に舞う。常人には理解できそうもない文章の羅列と図解が所狭しと並んだレポートが床に広がった。専門分野の中でも更に難解であり、職場内でも理解できるのはほんの少しであるように見えた。
無論彼女にもそれを理解する知識と能力はあるが、現場の最善線でそれらがどのような実験の基盤になり、裏付けになるのかは彼女には見当がついていない。
転んだ当人はあたふたしながら大事な〇〇の論文が、などと言いながらそれを掻き集めながら恥ずかしそうに彼女を見上げる。
彼女は手を貸そうと立ち上がったところだったが、その研究員と目が合った時に動きが止まった。
そんな彼女を置き、彼は忙しなく資料を拾い集めると逃げるように扉を閉めて去っていった。
 
彼女は扉が閉まった後もしばらく立ち尽くし、我に帰った時にまた大きく溜息を吐いた。
 


 
端的に言えば優秀な者が集められる職場においても、彼女が総合的に優秀であることは変わらなかった。
そんな彼女を尊敬する者も多くいた。しかし、そんな者達もどこか秀でた才能を持っており、それを生かした仕事についている。
その分野ではきっと勝つことが出来ない。武道であったり、研究であったり、どれも一通りできるが彼らと同時にやって見れば後一歩及ばないことは彼女自身が1番理解していた。
あのレポートの内容を一体どれほど研究に応用できただろうか、あの銃でどれほど精度を上げられただろうか、そんな思考が彼女を覆っていた。
 
実力のかけ離れた結果をいくつも目の当たりにしてきた。そんな人が隣で恥ずかしそうに、彼女に謙遜しながら笑う顔をいくつも眺めてきた。自身より下の存在に見ていた者達に追い抜かれて来た光景が脳裏に焼き付いている。
事実が彼女を的確に蝕んで行った。
 


 
けたたましく響くサイレン、何処かが破壊され崩れ落ちる音、誰かの叫び声。恐怖が辺りを包んで行く。
非日常の世界の、滅多にない非日常が引き起こされた。
 
殆どの研究員の身元は既に分からず、確認出来るのは逃げ回っている者達だけ。その中に、彼女もいた。
普段の冷静さを何処かにおいて来てしまったように、額には汗が滲み、荒い息を吐きながら廊下を走る。後ろで壁が、ガラスが砕ける音が響く。

 


 
その時彼女は「何故この私が」そう思ったに違いない。彼女の自尊心はもはや止めれない事が、記憶処理すらも看破する事で、的確に示されてしまったのだから。
 
彼女は生き残った。たった一人焼け落ちたサイトから助け出された。死ぬことができなかった事は、彼女の自尊心を傷つけたかどうかは分からない。
 
そのインシデント後に彼女には、ある一つのものが手に入った。自身のクローン作成の可能化である。
果たしてそれが彼女の自尊心と自虐心を助けるに至ったかといえばそうではない。
クローンは彼女を模倣しており、いざとなればオリジナルの意識を移しオリジナルとなる事すら可能。つまりはもう一人の彼女な訳だ。
 
自分自身の複製を見て、彼女が何を思ったのかは分からない。自身の自尊心が、自虐心が死んでなお消える事が無くなった事をどう思ったのかも。
 
彼女の美しい瞳の奥には、彼女の抱え込んだ深淵が見て取れるだろう。
黒は全ての色を混ぜたもの。黒が水に溶け出せば、輝く七色が生まれる。
 
 
彼女の持つたった二つのガラス玉。色を分かち燦然と輝く虹色の宝玉。
極彩色のその瞳に、彼女は全てを映してきた。その宝石は、全てを越えて尚煌めくのだろう。 
 
 
彼女の名前は天宮麗花。虹の瞳の携行者。

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執筆者: R_IIV
文字数: 4052
リビジョン数: 18
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最終更新: 04 Nov 2020 11:00
最終コメント: 14 Oct 2020 09:38 by p51

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