拡散、収束

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2000/00/00 00:00 プロトコル・ヴェルダンディ 承認
 
誰が選ばれるか、薄々は気がついていたさ。
しかし、それで口を挟めるほどに俺は偉くはないからな。
 
2000/00/00 00:00 担当職員 決定

名誉なことだ。生涯の友が世界という家を成り立たせるための人柱になるのだから。

会議の嫌な汗を吸い込んだ白衣を闇に投げて、暗いエメラルド色の画面を立ち上げる。
空白の通知欄の点滅が鼓動と同期するまで、一人、男はつぶやく。

なぁ、佐々木よ。
お前は、今どの感情を高ぶらせその赤紙を受け取っている?

…興奮か?恐怖か?卑屈か?それとも至上の悦びか?

まぁ、どれでもいいさ。
あの若かりし頃から、二人で何十里、供に人生という道を歩いてきたことか。
お前は、エージェントとして、私は、研究者として。

人工物の軋む独特な音が、雨音と一緒に流れていく。男の焦点は定まらず、ただ虚空の闇を迎えている。
通知欄は未だ空白のまま。

地位を重ねていく私に対して、お前はいつまでも従順に、敬虔に、寡黙に。
それを何十年と続けてきた。

そんな変わることのなかったお前の立場が、今宵ついに動き出したのだ!

男は跳ね起き、両手を広げる。ただ、緑色の光が彼の腕の中に籠もる。

この私を置き去りにして、私では、もう二度と追いつくことの出来ないだろうところまで。

ああ友よ、頼むから行かないでくれ!そんな言葉が胃の奥から溢れ出して、感情に溺れそうになる。
私は、お前と飲んだあの酒の味を覚えている。
お前はどうだ?
最後に話したのはいつだ?
私たちの絆をもう一度証明するにはどうすればいい?

男の声は大きくなり、瞳孔が開かれる。見えもしない神に向かって縋るように、彼はただ問う。

その時は来ない。もう二度と、永遠に。

男はかぶりを振った。

当たり前だ。なぜ私はこんなことを無様に嘆く?
分かっていたことじゃないか。

なぁ、"海原"

暗い、夜の雨を吸いきって、重くなった闇の中に、高笑いする声が、ほんの少し響く。
誰もいない廊下が、反響で答えるのをやめるまで、彼は笑っていた。

そもそも、私はお前との絆を育んでいたわけじゃないんだよ佐々木。
いや違った、海原。

まだ彼は嗤う。空白の通知欄を眺めながら。

私は、お前が妬ましい。顔を見るたびに、自分の目を抉ってしまいたくなる。
その寡黙な姿、達成した任務の数々、お前はどれだけの信用を積み上げた?
今お前が対峙している事実までだよな。

なぁ海原。俺の生き写しの海原。

お前は、ここに入るときの事は覚えているか?

男は机の上の写真立てを手に取り、二人映る顔写真に、赤いボールペンを突き立てた。

覚えているよな。
俺がエージェント、お前が研究者として入ったよな。

割れたガラスが男の指を切り裂いた。男はまだ笑っている。

適性が半々だったから、同期で入った私たちが振り分けられた。
でも、お前はフィールドワークを望み、私は研究職を望んだ。

だから、入れ替わったんだ。

よくばれなかったと思うよ。この年まで。おそらく永遠に気がつかれないだろう。

だって

お前は死ぬから。

写真立てが放り投げられ、闇の奥に飲み込まれた。
指から溢れた鮮血が、掲げた手の先から滴り落ちる。
緑の点滅だけが映るスクリーンだった男の眼鏡に赤が広がる。
男はまた笑う。

それで良いじゃないかって?
良いわけないだろう。

言ったじゃないか、私はお前が恨めしい。

私の名で、私の経歴で。
私の得ることの出来ない名誉を得ていくお前が私は。急に憎くなったんだ。

なぜお前が私で、私が私でないのか。

慰めを聞くことのない嗚咽の声が、男からあふれ出す。
拭えどあふれる涙と、擦りつけられた血が彼の顔を汚していく。

おかしいじゃないか、なあ。

だって。

お前はそんな事全く思っていないじゃないか。

なぜお前は私を憎まない?
なぜお前は私の昇進を喜べる?
なぜお前は、私の前で笑って酔っていられる?

私は、私はそんなお前の優しさが憎い。

なぜ私はお前を憎んでいる?
なぜ私はこんな馬鹿馬鹿しいことを続けている?

分からない。

分からない。

分からない。分からない。分からない。

頭が壊れそうだった。死んでしまいたかった。自分が怖かった。

だから。

俺はお前を殺すことにしたんだ。

お前を殺して、私が私でいられるように。
私を殺して、私が私だけであるように。

お前が引き受けた、その最も美しき仕事の最後で、私がお前を殺すんだ。
 
安堵の中で、私に殺された事実をしらないまま死んでいけ。
無様に、口から、目から、血を吐き出して死ぬといい。
美しい死に様を用意したら、またお前という私が逃げてしまう。

だから、最後だけは、私が殺す。

せいぜい華々しく散ってくれ、世界の英雄、そして私の悪魔よ。

男は狂人の様に笑う。丸で恋する乙女の様に頬を上気させ、殺人鬼の様に血の跡を貼り付けて。
エメラルド色の点滅は続く。声は闇の奥に飛んでいく。血潮は流れ続ける。

そして、時間は止まる。


 

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指定機器にてミーム殺害エージェントが起動しました。対象を確認してください。

ああ、死んでくれたんだな。

ありがとう、ありがとう。

これで私も。

安心して逝ける。

ありがとう。生涯最も愛すべき友人よ。

そう言って、男は首に、青いボールペンを突き立てた。


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