散る桜 残る桜も 散る桜 ─良寛
近所にこの辺りでは知られた奇妙な桜がある。花を咲かすことも無ければ枯れることもまた無い、年中春を待っているかのように蕾を付けた江戸彼岸だ。
自分はこの桜が好きだ。幼いころからこの桜は知っていたし、ちょっとした話の種にもなっていた。しかし、蕾こそあるが花が咲くことはなく地味だったためにこの桜を好きだと言う者を生まれてこのかた見たことがなく、老人の中には気味が悪いと忌避する人すらいる始末だ。
だが、桜の周りを見るとどうだ。年中春であるかのように多様な生物がその生命を謳歌している。足元のほんの僅かな部分であれど、そこの美しさは格別だ。だからこそ中央の咲かない桜に趣を感じるのだ。
花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の とがにはありける ─西行
ある日、珍しいことに一人の老人が桜を眺めていた。背は曲がり、眼鏡を掛け、杖を突き、皮膚は皴だらけ、だがその眼には強い力を思わせた。
思い出に浸るように見えた。過去に懺悔するようにも見えた。
ただ、その声色は芯の通ったまっすぐなものに聞こえた。
少し前まで老人はある研究チームでそれなりに高位な役職を得ていたのだという。しかし、不本意な形でその研究は決着を付けさせられ、それに伴うチームの"再構築"の際に依願退職したらしい。仕事や地位、賞与には不平不満こそ無かったが何より不本意な形で終わってしまったことを悔やんでいた。
何故かその老人は語っている時、悔しさだけでなく満足気な表情をも浮かべていた。
当の本人が亡くなった今では、知る術を持たない謎になってしまったが。
暫くした頃、あの老人の遺灰が江戸彼岸の側に埋められたということを聞き、再び足を運んだ。小さいながら墓のような石が置かれており、そこにはこう刻まれていた。
『常盤に続く江戸彼岸、狂い咲け白き箱庭にて』
かの老人が何を思っていたのか、唯一遺していったこの文章は何を訴えているのか。その真意とは──。一方で変わらぬ温もりが包むこの場に鎮座する江戸彼岸は、初めて見せる満開の桜を描いていた。永久に続くかのような美しさを振り撒くその桜は、雌伏の期間を経てその蕾を開いたのだ。
『──次のニュースです。南アフリカでの年平均気温が10℃を……』
イヤホンから聞こえてくる報道の音声をBGM代わりに、その桜を味わう。
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし ─在原業平
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任意A任意B任意C- portal:6360224 (22 Apr 2020 03:01)
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