死人に口無し

「あっつ」

 ビニール製の防護服を脱ぎ、露になった艶やかな肌と共に汗だくになった彼女の姿が立ち上がる湯気と共に視界に入る。今更興奮するとか、性的な感情を抱くとかは無く、ただ傍観者としてああいう姿は人前に見せるものではないなという冷めた考えが浮かぶ。

「お疲れ」

「うん。でも、大したことないね」

 特殊清掃、という今まで財団内ではスポットライトどころか存在すらさして話題に上がらなかった業務に関わりのない人物から見れば、自分たちの発言は少々常道を外れているのだろう。確かに、死体だの、血痕だの、体液だの、排泄物だの……そういった生理的な嫌悪感を駆り立てるものと平然と付き合っているのだ。

 それが日常となっている側からすれば、今回の仕事は実に容易い。実験用の部屋の中、上下左右に満遍なく飛び散った大量の血痕と、少々のミンチになった肉片、それと仄かに感じる死臭。場合によってはろくな交通手段もない山中だの、異常性にガンガン晒された危険地帯で作業することもあるのだ。欠伸が出るのも仕方がない。

「楽だとしても、仕事は仕事」

「年下の癖して生意気だぞ広坂ー」

 それほど広くない実験室に、業務用の強力な脱臭装置の音が響く。臭いが漏れ出ないようにしっかり対策を施した、僅かな死肉が入った袋を荷台に移す。雑音もなく、小一時間程前まで赤と白の歪なコントラストが特徴だった室内も無地のキャンバスのように真っ白に戻っていた。

「なあ、金沢。お前が大切にしているものって何だ?」

 奇妙な間。轟々と機械音が響いているにも関わらず、その場が静まり返ったような、どこか冷たさを感じる静寂が支配した。

「藪から棒に、変な質問。何かあった?」

「いや、今日の仕事の関連物の内容見たらさ」

「……もしかして、2085に手突っ込みたくなった?」

 不躾に踏み込んでくるような、間合いなど知ったことでは無いと言わんばかりに距離を詰め、掛け合いを省いて本質を即座に突く。素っ頓狂とも無礼とも取れるその手練手管は、それとなく気心の知れた間でなければ見せびらかしてこないように、自分は感じる。

「するわけないだろ」

 あたかも貼り付けたような気味が悪く、演じているようにしか見えない笑みを浮かべた金沢に返す刀でバッサリ言い返す。この程度で動じるような人間でないと分かっているし、金沢も自分がこのくらいはやってくると分かってやっている。要するに、八百長のような見え透いたやり取り。

「でもさ、あの箱に手を突っ込んで何が出てくるのか気になるよね。お互いに」

「……でも、自分の命を懸けてまで見たくはねえよ」

「死んでしまったら、文句も言えないから?」

 
「死んだやつからの文句なんて聞く気も無いからだよ」
 

 その言葉を待ってたと言わんばかりに先ほどの上っ面だけの笑みとは違う、感情のこもった笑顔と共に体を寄せてくる。火照った体と言葉に尽くしがたい何とも言えぬ臭いが鼻孔にこびり付いて離れない。その笑みには、純粋ではあるが邪な黒い感情が見て取れた。

「近づくな汗臭い」

「お互い様だよ。いや、むしろそっちの方が臭い」

「無礼千万だな、おい」

「それで、さっきのどういう意味?」

 やはり、金沢は余計な段取りというのを無意識に嫌っているのだろう。茶々を入れるとか、お茶を濁すとか、それ自体を楽しむ目的が無ければ可能な限り排しているきらいがある。その割には道化のような立ち振る舞いを意識的にやっているのだから、一体何が何だか。

「別に、報告書の実験記録を見てそう感じただけだよ」

「私はあの記録を見て、命の選別をしているように感じたなあ」

 そう真面目ぶった言い草でさり気なく汗が混じった筆舌に尽くしがたい匂いを纏わせてすり寄ってくる金沢を引き離しつつ、言葉を続ける。

 しかし、本当に匂いがキツイ。

「……手を突っ込んで出てきたやつ、喪失した腕はともかくとして、大凡そういうことだろ。遺物を介して雄弁に物語る風、"博士"の悪意と言ってしまえばそれまでだが」

「全てを知る神にしては、随分と悪趣味が極まってるねえ。ところで、露骨に顔に出てるし鼻押さえてるし、それっとマジで臭」

「お、トラック来たな」

「ねえ聞いてる!?」

 付きまとう金沢の文句を一蹴しながら業務を再開する。しばらくは愚痴り続けながら作業していたが、無駄だと思ったからか仕事に集中し始めた。何も変なことをしなければ、それなりに映えるのだから勿体ないと思うのは傲慢だろう。

「……どっちも傲慢だよな」

「ん、どうかした?」

「いや、何も。ただまあ、そうだな。──」


死人に口無し


「──ってことだよなあ、と思っただけ」

「……ああ、なるほど。D-13536は聡い、と」

「そこまで読み取れるならわざわざ言うまでもないか」

 遺物は雄弁に語る、意図を読み取る聡い者が居れば。そうこの思案に結論を付けて、死者の痕跡を今日も消す。生者の歩む道に、死者が介在する余地は無い。路傍のどこかにある程度で十分だ。



ページコンソール

批評ステータス

カテゴリ

SCP-JP

本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

GoIF-JP

本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

Tale-JP

本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

翻訳

翻訳作品の下書きが該当します。

その他

他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。

コンテンツマーカー

ジョーク

本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。

アダルト

本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。

既存記事改稿

本投稿済みの下書きが該当します。

イベント

イベント参加予定の下書きが該当します。

フィーチャー

短編

構文を除き数千字以下の短編・掌編の下書きが該当します。

中編

短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。

長編

構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。

事前知識不要

特定の事前知識を求めない下書きが該当します。

フォーマットスクリュー

SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。


シリーズ-JP所属

JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。

シリーズ-Other所属

JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。

世界観用語-JP登場

JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

世界観用語-Other登場

JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

ジャンル

アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史

任意

任意A任意B任意C

ERROR

The sbjt_coffeemilk's portal does not exist.


エラー: sbjt_coffeemilkのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:6360224 (22 Apr 2020 03:01)
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License