──白く眩い光を目に焼き付け、確かな現に一歩を踏み出す。
その足下は覚束ない危なげな一歩。進む道は少々誤れば無事では済まない茨の只中。
一歩ずつ一歩ずつゆっくりと前へ向かっていくその歩み。
それは確約された最良ではない。
望みをただ愚直に満たすものではない。
掛け値なしの純粋な幸福ではない。
長く長く続く苦難が待ち受ける蛇の道。
──その瞼は夢幻の温もりではなく、突き刺すような眩い晴の迸る熱。
……
………
「おや、起きている人がいるとは」
長らく居座った椅子、部屋、区画、建物から抜け出し一人としては随分と長く感じていなかった外の空気、匂い、肌触りを享受しながら足を進めていると火を焚いている女性に遭遇した。何故夢見から目覚めているのかやここで何をしているのか、用心深い問答ならばいくらでも想起できたがそんな無粋な言葉よりも口から出た文言は実に単純なものだった。
「隣、宜しいか」
「ええ、こんなところで良ければ」
彼女の隣に腰を下ろすと長く座っていた椅子からは絶対に感じないような刺激を覚える。舗装されていない地面に座るのだから当然ではある。しかし、自らの来歴から考えればそのような状況にあることが異常であり、異常だった・・・ことである。それが何よりも恋しく感じるのだ。
「……寒いな」
「もう暮れですからね。早朝は冷えますよ」
そう慣れている雰囲気を醸し出しながら語る彼女の傍らには望遠鏡。腕時計を見ると間もなく4時を指す頃だった。普通の観測にしては遅い時間帯ではあるが、この夜明けを迎える頃に待っているとするならば自ずと目的が何なのかは見えてきた。
「明けの明星か」
「はい。好きなんですよ、私。宵の明星も好きですけどね」
古来より人々を魅力してきた金星は時期によって日没前後に見られる宵の明星と、日の出直後に見られる明けの明星が特徴だ。明けの明星には民族において神話内の象徴的な存在の名が与えられていることも多い。財団という組織の中で生きていた者として、何か感じないことも無い惑星である。
「宵の明星は夜の帳が降りる頃に見られて夜闇の訪れを感じますし、明けの明星は日の出を告げるみたいで対照的なところも惹かれるんです。だから、自分自身をどうしても投影してしまって……いい年して恥ずかしいですね」
照れた様子を見せながら所感を伝える彼女に、飾り気や隠し事というものは感じられない。……むしろ、腹を割って話せという無言の圧力も感じる。何にせよ、恐らく私と彼女以外に生き残りと呼べるものはいないのだ。そのお誘いに乗らない程冷血になった覚えもない。
「……ふむ。それで、君が話したいこととは何かな。Ms.扇」
「まぁ……良いですかね。それでもまだ仰々しいですけど」
「女性の機微とは難しいものだな」
「それ以前に人の情感に聡くなるべきかと」
「違いない」
彼女から差し出されたコーヒーを受け取り一口。苦みや酸味、豆の風味が絶妙なバランスで交じり端的に言えば安っぽいという感想が第一の代物だったが、その決して美味いものではないということに感激するのだ。あの夢見の人生においても苦難や困難と遭遇してきたが、どこか充実感のあるものだったのに対して、この味覚で得られるものは単なる充足から離れたものだ。それが、何より██。
人類の歩みと叡智の灯が途絶えたこの世界で、安価で凡庸な黒を熱さを喉で感じながら凍える寒さに耐え、夜明けと共に訪れる旗手の光を待ちわびる。これが如何に厭世的で、無気力で、──であろうか。そのささやかな悦楽を享受することに他人の目を気にすることは、最早無意味であることを思案するまでもない。
"Sheol"and "Abaddon" are before the LORD, how much more the hearts of the children of men?地獄と破壊は主の前にありて、人の子らの心はいかほどか
顔色一つ変えずに口をついて出たその文言に、幾ばくかの平静を置いた。それは今置かれている状況、彼女のこれまでの身上、ここまでのやり取りを勘案し、あくまで理論的に返しの詩を捻り出すことを選んだ。
"Sheol" and "Abaddon" are never full; so the eyes of man are never satisfied.地獄と破壊が満たされることは決して無く、故に人の子の目もまた満たされることは無い。
「Lūcifer……Abaddon……ふむ、随分と回りくどい表現をするものだな」
「どこのどなたか存じませんが、こんな時勢に意識があって財団の関係者であれば……こういった教養にも優れているものだ、と」
「……生憎、私は知識としてでしか聖書には接していないのだがな。……君の解釈に沿って言うならば、あの金星は天使や女神のように光を率いて現れたものか。それとも天津甕星や闇に堕ちた者のような厄災、悪神の類か……」
問答を続けている内に金星の輝きは確かに東の空に浮かび上がり、暗く満ちていた空も落日の光が蘇るのを待ち望むかのように明るさを取り戻していた。日の出の来光と共に憑き物が落ちたような晴れやかな顔と共に最後の答えを口にした。
「──」
──その刹那は紛れもなく偶然の産物であろう。直後の眩しさに顔を顰めそして爽やかな声色と表情を以って朝日を祝福していたのだ。美しさや趣深さという感覚的なものは私には分からない。しかし、その瞬間に心を打たれるものがあったのは事実であると誇れる。もしかしたら、甘い夢から目覚めるという選択を行った自分もまた、同類であるのかもしれない。
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任意A任意B任意C- portal:6360224 (22 Apr 2020 03:01)
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