共著

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目を瞑っているのか開いているのか分からなくなる。裏返された札がめくられる時、それはそこにいる全員に無限の恐怖と無限の希望を配っている。どこかで聞いたこの例が、今の彼に走馬灯のように唐突に過る。友人がそこにいることを心の底から祈りつつも、この時になって願わくばこのまますべてが止まってくれればとも感じていた。

そこには果たして思い描いた通りの友人が、あの日、帰らぬ人となった日、大学の解剖場所を通されてあの静かな顔を見るまで数時間かかった夏の昼、あの時着ていた服を着たままで私の目の前に立っていた。いや、正確には少し違う。あの日の服は無地だと思っていたが胸に刺繍があったし、髪もなんだか少し短い気がする。だがそんなことは男に奇跡をより確信させるのみだった。人間、激情に包まれた記憶には得てして細かいところに齟齬が生まれるものだ。それに死者と出会う儀式を探す日々の中で知り合った人々は口々にこのような忠告を遺していた。「完璧な似姿ほど疑うべきものはない」と。祈祷者の記憶を糧に死者の形を真似るもの、即ち悪魔や怨霊。それに酒や薬を使った儀式の果てのトランスじみた幻覚などといったものは自らの記憶に、願望に忠実だ。だからこそ今感じている違和感はこの儀式の真性を確固たるものにしている。

「久しぶりだな。」
彼の知っているままの声で友人は男に言う。

「ああ、あぁぁぁ….」
初めて廃墟を探索した時、大学の張り出し板に番号があった時、山奥のトンネルまで来て帰ると言い出した仲間と喧嘩した時、そして友人が死んだ時。今までのどれとも違う涙があることを彼は知った。

男が感動していることを、そしてその感動が何が故にもたらされているかを友人も即座に悟ったが、再開の挨拶といったものは全て省いて男に話し始める。
「いいか、時間がないんだ、よく聞いてくれ。」

友人の目を見て男は無言の合意を感じた。なぜ友人が生き返ったか、つまりなぜ男が友人をよみがえらせたか、その全てがそこに集約されている。

「なぁ、教えてくれ。一体お前は何に──」
「そんなことはどうでもいい!」
提示されるべき完全なる問いは友人の叫びによってすぐさま遮断された。

「時間が限られてる、順序良く優先すべきことから話すぞ。まずだ、俺の復讐なんて企てるな。俺が何で死んだかなんて考えようとするな。そして、お前がその情報まで行きついていたらの話だが、『財団』について探ろうとするな。」

まくし立てる、と形容してもいいほど矢継ぎ早に友人は話し続ける。今までにない剣幕で話を制止させられたことさえ咀嚼しきれていない男にとっては彼のこの警告の裏に潜む意味を探ることはあまりにも困難だった。男が反応できたのは真実を探るうちにインターネットの裏フォーラムや神秘主義者の集いで何度も目にした一単語、あまりにも壮大で眉唾ながらもその存在の辻褄だけは合っていた一種の都市伝説だ。

「財団?あの新世界秩序みたいな噂が本当だって?」

「そう思ってるならそれでいい。ともかく財団について知ろうとするな、探ろうとするな。忠告を無視して俺の背中を追ってるうちに財団の影が見えたとしても、それは決して俺の仇じゃない。むしろあいつらはお前の命の恩人で、そして俺の教誨師だった。」
やはりまったく意の汲めない警告だったが、おそらく要約するならばこういうことなのだろう。「手を引け」と。友人はこんな奴じゃなかったはずだ。

偽物か?という考えは即座に却下された。偽物はこんなあからさまなことはしない。精神でもいじくられたか?模倣子効果だかなんだか、財団は思考を操る薬物を持っているという話も聞いたことがある。だがそれでは俺が正気でいることに辻褄が合わない。

つまり、俺と帰ってから死ぬまでの間に友人は財団にまつわる何かを知った。それがいいことなのか悪いことなのかは知らないが、ともかく俺を財団から遠ざけようとしている。

時計を見やる。話によればこの面会の時間は約20分、まだあと13分ほどある。まだ真実を問い詰める時間はあるだろう。



ガガッ、
と、自らの存在を強く主張するように時代遅れにも無線を合わせるような音がその小屋の中に響く。しかし中にいる女はそれに一切反応しない。三本矢印のロゴ付きの白衣には茶色い跡が付いているが、残念ながらその中にあるカフェインの奮闘も虚しく女は自らの意識を夢界に送ってしまっているようだ。女の座る粗末なパイプ椅子があるべき配置にあったならば、或いは単に女の目が開いていたならばその正面に12つのモニターがあるのが見えただろう。その中の1つには踏切越しに対話する2人の男の姿も見えた。この監視小屋から300mとない場所だ。オブジェクトの異常性発現を妨げないためにカメラは2時から30秒ほどは一度機能を停止する。しかし、その間は彼女による遠方からの直接監視で補われていたため、無許可の侵入者は女自身が拘束する、或いはあえて活性化を看過する手筈となっていた。

『姉色?おい?起きろ!』
小屋のスピーカーから最大音量で上司の怒号が飛んでくる。

「んう…ノー・リスタート・フォー・ユーで外からの引力を発動…」

『夢の中で遊んでる場合じゃない!起きろバカ野郎!』

「はぁ?え?ハイ!私はここに!」
ようやく目を覚ました女はその拍子にコーヒーがこぼれたことに気づくがそんなことを気にしている暇はない。居眠りしていたというだけでもまたとない大失敗だ、もしこれでもしも──

『ああクソ、お前なんぞの仕事はもうじきAIに取って代わられるだろうな。財団内の監視カメラ映像を巡回していたアレクサンドラが警告サインを送ってきた。お前の休眠中の網膜と違ってあいつは確かに現在進入中の未特定人物を捉えていた。分かるか?お前の失態のせいでオブジェクトが活性化されたんだ。活・性・化。これが都市伝説をあてにしたパンピーであれ情報の黄泉還りを目論んだPoIであれこの収拾にはひどい手間がかかるだろうよ。』

なんてことがあったらもうキャリアは終わったと言っていい。つまり彼女のキャリアは現に今デッド・エンドに達したということだ。

『分かったら今すぐ次善の策を立ててこい。やり方次第ではまだどうにかなるかもしれん、早く行け!』

「りょおぉぉーかい!!! です!」
寝起きの勢いで威勢よく飛び出したはいいものの、その心とは裏腹にどう対処すべきかがまだ一切浮かんでないことに気づいた。

どう事態を収拾させるか?ああ、もしも人の記憶を改竄したり消し去ったりできるような薬が存在していたらどんなにいいことか!いやたらればは… たられば?現実改変能力者を連れてきて全部なかったことにするか?いや、彼女の持つ地位もリソースも、そして口実もタイプグリーン一匹を駆り出すには遠く及ばない。ならいっそのこと侵入者を殺すか?「財団は冷酷だが残酷ではない」。彼女は詭弁をこねくり回すことは得意だと自負しているが、今の状況が自分の失態だと上司に認知されている状況から殺人を正当化するのは無理があるだろう。ならどうにも…

待て。一つ、まだ縋れる一束の藁が、とある噂話がある。ウォータース仮説はあまりにも突飛な話だったが、あれ以来財団はその仮説を意図的に実現 ──ウォータース・プロトコルの実行をしようと本気で注力している。特に「窃視者」、パラウォッチや霧の探究者のような連中に対しては既にEクラスを4,5桁単位で用意することに成功したらしい。その話が事実ならば。

彼女は人事部門の知り合いに電話をかけた。数分 ──彼女の体感時間では数時間にも及んだかもしれない── の交渉の後、幾十のセキュリティとクリアランスの問題を突破させた上で正に自らの望む答えを返させることに成功した。まさしく完璧だった。ならばやるべきことはもうあと1つ。注射器を持ち、夜の踏切で対談中の不法侵入者の元へと駆け出した。



「それが真相ってことなのか」
確かめるようにというよりは吐き出すように、男は友人の前でそういった。

「あぁ、そういうことだ。どうやらお迎えまではまだ5分以上あるらしい。何か言いたいことがあるなら言ってくれ。」
友人はあくまでも落ち着いてそう返す。

吐きそうになる。喉に来ているものが吐瀉でも熱でもなく言葉だということに長い数秒をかけて気付く。
「あぁ、教えてくれよ。それが真実なら、じゃあ俺の努力はなんだったんだ?俺たちの探求は何だったんだ?なんでお前は俺を生贄にして生き残らなかった?」

「見捨てられるわけないだろう?何回君に助けられたと思ってるんだ、何回君に救われたと思っているんだ。財団に決断を迫られた時は即答したよ。君が生きるか、僕が生きるか。いつ聞かれたって最初から決まり切っていた。」
微笑み男を見つめるその顔は変わらない。本当に、何の疑いもなくその選択が妥当かつ当然であったと思っているのだ。

「ああ、ああ、分かったよ。お前の選択が間違ってなかったことを、お前の決断に意味があったことを証明して見せる。都市伝説が一から十まで本当だったことはないが、噂じゃこの話の後には天使さんがやってきて直にお前を天国に送ってくれるらしい。見ていてくれよ、お前は俺を生かしたことを誇りに思うはずだ。そして後悔するはずだ、もしあの日自分が生きることを選んでいたら俺ほど高い地位に上り詰めることができたのかもしれない、ってな。」
自分の身勝手な嘆きと贖罪に何の意味もなかったのだと気づくまでに5ヵ月と13分がかかった。ならばもう友人が旅立つ背中を押す以外にできることはなかった。

そして、だが、それとは別に、どうしても譲れない一点だけは伝えなくてはならない。
「ただしどうしても、財団だけは駄目だ。お前の話じゃ奇跡の魔術だかで本来共倒れの俺たちの1人を救うことができる、なんて言ってたらしいが、なんでそれが信用できる?世界を霧で覆い隠し、あの寺みたいな剥き出しの地雷に何の警告も出さない。俺はあらゆる怪談を追い続ける。俺は隠された秘密を探求し続ける。『財団』の目的と善悪を問い続ける。お前が自分の選択を信じ続けるように、俺もこの目的だけは絶対に曲げない。それをお前に誓わせてもらう。」

友人はしばし黙っていたが、やがて口を開いた。後ろからは赤子たちが彼を迎えにやってきていた。
「…そうか、分かった。お前の誓いは受け取った。もう迎えの時間だ、『やめておけ』と言うことはしない。それに言っても無駄だろうということが分かったからな。だがどうか気を付けてくれ、もしも俺の会った彼らの話が誇張でないのなら、財団はあらゆる全──」
言葉は唐突に流されるのをやめた。チク、タク、グシャ。友人の焦点は男より数十m後ろに合わせられた。対話の中に静寂を生み出し自らの足でその静寂を破らせた存在を、今や自分の後ろ数mに迫っているだろう人間を男は背中で認知した。

「財団だ。」
白衣の胸に着いた徽章を見て友人は言う。

男は振り向く。白衣の華奢な体つきの女だ。想像との差異に面食らったが、すぐに素人なりの思考で対策を始めた。男は0か1かと聞かれたら1だが、1か100かと聞かれても1と答えねばならない程度の実力。それでも明らかな敵意を持った相手に抵抗しない理由はないだろう。女は徒手空拳ではあったが、マジシャンのように長い袖の白衣は無限の可能性について考えることを男に強いた。

女が左に逸れる。
「何か俺に用があるのか?」
男は聞くが、返答は来ない。その代わりにかがんだ態勢の女から右手が男に向けて放たれた。もとより体格差からそれが当然ではあったが、目標はあからさまに急所、首だった。男はなんとか右手で肩に触れることに成功したが、突きをいくらか正中線からズラす程度の役割しか果たさなかった。自らの意に反して男の喉は吸気を起こすが、両者ともその隙に意味を見いだせるほどの玄人ではない。次いで女は大した膨らみもない胸のポケットに手を入れ、文房具のように見える何かを取り出した。

男にはそれに見覚えがあった、『メン・イン・ブラック』の中に。クソ、最悪だ。チュイ、と起動音がなる。男は即座に目を閉じ、両手で更に目を保護した。見なければ問題ないはずだ。ニューラライザーが光を放たんとするその時、女はそれを乱雑に投げ捨てバカみたいに目を覆う男になんの苦もなく麻酔を打ち込んだ。結局、この素人同士の戯れは「Amazonで5000円の単なるオモチャでも意外と役に立つのね。」という女の台詞で終わった。

友人はそれを見届けようと、あわよくばそれを助けようと足掻いたが、刻に厳格な天使がそれを許すことはなくあえなく途中退出となった。

数分後、外見的そして法的に救急車と呼ばれる車両が驚くべき速度でそこに到着し、救急隊員ではないことを隠そうともしないやはり財団徽章付きの白衣を着た人々が男を救急車に載せて何処かへと消えていった。

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