モッツァレラチーズに殺意を込めて

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「御機嫌よう、アッシュール!」

その日、クイン研究員は自分の胸の内を全く透かさないほどの、普段以上に快活な笑顔で彼に話しかけた。

「こんにちは、第二の壊れざる者キャルメ!ちょうど今お前の美貌について、ラントと話してたとこだよ!些か失礼になるかもしれないが、こいつも中々いい男だぜ?何しろ、数日前にあのマルセウスの暗黒たる虚無が訪れた時にだなぁ、精霊の奇跡を再び起こしたんだ!ただの守衛だと思ってたが、俺の予測じゃあ、空間を廻す者ダンスビーに匹敵するほどの力があると思うね。」

その神は、先日の停電のことを騒ぎながら、クインに近づく。彼女は ──若干演技臭かったかもしれないが、それは彼の前では何の問題もないことだった── 表情を曇らせ、それでもある程度偽りの明るさを見せながら、アッシュールへ語り掛ける。

「そうですか、アッシュール。ところでですが、実は今、とても重要な話があるのです。最大の戦勝者にして揺るぎなき主、神々しきアッシュール、あなたにしか頼めないことです。」

「なんだ、言ってみたまえ!ウルマ―と共にアディトゥムへの遠征に行く準備はいつでもできているぞ!」

「いいえ、より深刻なことです、アッシュール。未だかつてないほどの地獄の軍勢が、この地に這いあがってきています。もちろん、私の力でもどうにかは出来ると思うのですが、何分数が多くってですね。そこで、この地の覇者たるあなたに援助を求めに来たのです。」

彼女は、彼の心を最も効果的に動かす顔で、アッシュールにそう言う。女の武器というものを最大限に駆使している。マウント・オリンポスの成果だろう。

「喜んで!して、その軍勢らはどこにいるんだ?空なら私の大得意な戦場だ、一匹残らず土の中まで叩き込んでやろうぞ!」

「いえ、奴らは土の上、そして神々や人間に紛れています。と言っても、このアンゴリアンの館の周りにほとんど人はいません、あなたに見覚えがないのは全て敵と言っていいでしょう。そ…そして、これが最も悲しいことなのですが……」

彼女は眼球から涙を絞り出す。

「おお大丈夫か、壊れざる者キャルメ。君が望むなら、私はいつでも君を慰めるぞ。」

「大丈夫……でも、本当に慰められるべきはあなたなのかもしれません。私たちの戦友、驚異の女魔術師エレアノーラが……奴らに乗っ取られました。」

アッシュールは絶句する。彼の神話譚でも、これほどのショックを受けたことは数えるほどしかなかった。彼のビールの入っていた"聖杯"が、金属音を立て地面に落ちる。

「彼女は偉大でした。エレアノーラの足下には何百もの屍が倒れ、軍勢に大きな痛手を与えて、その代償に彼女の足はもう動かせないほどでした。ですが、それでもなお彼女は戦い続けました…その力が潰えることになっても。そ…そして彼女は、最期の術を放った後、奴らに頭を貫かれれ…そして…」

「ああ、ああもういいんだキャルメ。語ってくれてありがとう。彼女の仇は、彼女の脳に巣食う屑共の魂は、必ずこのアッシュールが取る。」

「お願いします、アッシュール。どうか、彼女の体に悪行を為させないためにも…」

「分かった。ただ、彼女の魂が地獄に堕ちる心配はないさ。お前が以前に語ってくれただろ?翼の多い肉の天使たちを蹴散らしたって。奴らの鼻に中指を突き刺すつもりで脅せば、エレアノーラも文字通り天国へ行けるだろう。あいつに天門をくぐらせる役目はお前に任せるぜ。」

「ええ、アッシュール。」

彼女はアッシュールの言葉にクスリと笑ったが、彼はそれが自分のアホさのおかげだとは夢にも思わなかった。


今まで荒れ野と聞かされていたサイトの外に、彼は足を踏み出す。

「ここはなんだ?地獄には見えないところだが、話に聞いているものとも違う。」

「館の外は時の流れが違うのです。私たちが饗宴に浸っていた間、外では数千年が経過しました。今では、あなたがここに来る前酒を飲んでいたといっていた時代…2020年まで達しています。」

「そうか。なら、俺たちが殲滅すべき敵はあそこに見える人型の軍勢か?」

「その人々です、アッシュール。奴らは巧妙に人類に擬態しています。あいつらが何を言おうと、決して騙されないでください!」

「この最強の神、風と空の王者、アッシュールに任せておけ!こいつらは一匹たりとも逃がさん!」

2分後には、神敵は形も残らず、サイトの半径2kmは話通りの荒蕪地となっていた。アッシュールは、敵が何なのかなどという無駄なことは一切考えずに、只友人の仇を取るため空気を振り回した。しかし、暴風に見舞われた死体の中に、彼の亡き友人は一つも見えなかった。

彼は文字通りに風に乗り、さらに数キロ先まで飛ぶ。そして、神の定めか彼の第六感か、その眼はかつてエレアノーラだったものを捉える。邪悪な悪魔を屠ろうと、女体の喉元に気体の刃をかける。

対する彼女は、驚き、泣き崩れ、信じられないといった眼で神を見つめる。

「や…止めて!何をしているの、アッシュール!殺戮をやめて!あな…あなたが殺してるのはただの民間人よ!」

「嘘をやめろ、悪鬼め。お前はこの偉大なる女魔術師の力溢れる体を乗っ取り、その尊厳をファックし続けている。これ以上話すな、動くな、彼女を汚すな。」

「違う!あなたは騙されているのよ!やめて、アッシュール!そもそもあなたはただ──」

「止めろと言っているんだ!これを教えてくれたのはキャルメだ。お前は知らないだろうが、その脳に聞いてみろ。彼女がどれほど信頼に値する女かわかるだろう。」

彼は覚悟を決め、そして──


「悪いけど彼女の付き添いは無理だわ。いくらこの私、壊れざる者でも、最後の審判には介入できないもの。まあ、命の先に何かがあるだなんて、ありえない仮定の話だけれど。」

クインは独り言を呟きながら、数分前まで同僚だったものの上を歩く。いつの間にか彼女の腹に刺さっていた金属片は、彼女に何も目に見える反応を示させない。


そして、リーズ博士、聳え立つ雲の女魔術師エレアノーラの命の灯は吹き消された。彼女の最期の「どうして?」の言葉は、吹き荒れる暴風に身体ごとかき消された。


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