我々が暗闇の中を照らすが故に彼らは光の中で死ななければならないのか?
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1999年2月3日

午後11時22分

酩酊街

酒場「ないと」


「最近じゃあこのあたりに来るモンもすっかり減っちまったな。」
男が3本の手で3つの口に酒を注ぐ。

「でも大将のせいじゃないわよぉ。最近の子がねぇ、この街に全然来てくれないのが悪いのよぉ。」
眼と鼻のない女性は揺らしたおちょこを眺め、何かを諦めるような笑顔を作る。彼女の顔は真っ白で、唯一顔についている歯は真っ黒だ。
厨房では「大将」が数少ない常連客への食事を作っている。

「この前のオヒ…オチャ…なんだったか、あの小さいうわばみ様が数か月前に来てから新顔は誰もいやしねえ。『ビール』がなんとかで酩酊街も廃れるだろうって言ってなかったか?」

ヴェールよぉ。なんでも最近じゃあ、私らみたいなのが街中を歩いててもなぁんも言われなくなったってぇ。だぁから誰も忘れられない。酩酊街に来るのは忘れ去られたのがほとんどだからねぇ。夜道で人を怖がらせずとも、昼間に酒場に行ったり小間使いバイトをやったりすればいいんだもの。私みたいなお歯黒なんて、目をつけるより先におしろいを落とせって言われるらしいわよぉ?」

「そりゃいいや、俺みたいに海の向こうの奴に騙されて、五つ目の星に食われかけるなんてこともないんだからな。」
男が胸の刀傷を指し示す。そこはかつて彼の眼の一つがあった場所だ。

「もぉ、その話何回目?そのヒトデの話をされるたびに頭が…」彼女の話は不意のドアベルに遮られた。

「いらっしゃい!」この時間に来る常連さんは彼ら2人以外にはいない。威勢よく叫んだ大将自身もかなり驚いていた。この酩酊の末の酒場に、いったい誰が?

ドアを開けたのは足の生えた扇風機の幽霊だった。「すみません、気が付いたらこのお店の前の雪道に倒れていたのですが、ここはどこなのでしょうか?明日の昼に新宿の劇場で仕事があるのですが、どうやって帰ればよろしいのでしょう?」

「…流れ着いたばっかの人か?このご時世に珍しい。まぁ座って待ってな、あんたはもう仕事に行く必要はねぇんだ。金はいらねぇよ、閑古鳥が鳴いてるこの店にお客さんが来てくれるだけで嬉しいからな。」あたしたちはお客さんじゃないのぉ?という野次。大将はお通しを取りに厨房に戻り、男女は再び酒に手を付け始める。

しかしここからしばらく、酒場「ないと」は一見の客だけで毎夜の席が埋まっていた。常連の2人が次に酒を飲み交わすのは数カ月後の増築工事を待つことになる。


1999年9月1日

午後9時43分

日本国

京都府某市、妙麗寺

バイトを終えた20代の男が、きまぐれからいつもと違うルートで夜道を歩いていた。
「俺のおおぉぉぉぉ尻を見ろおおおおおお!!」
そう叫びながら尻に目を持つ存在が、これ以上なく滑稽な妖怪が恐怖の夜闇から駆け出してきた。男はそれを一笑に付し、逃げも叫びもせず写真を撮って立ち去った。数日後、男は酒の席でその写真を友人に見せびらかし、43秒間の話の種となって終わった。


恋昏崎新聞社

スポーツ

消えゆく妖 超常の日常化は怪異の存在削ぐ

2000/1/23
 妖怪の消失件数が日に日に増加している。妖怪、妖または怪異と様々な呼び名があり定義も曖昧だが、今問題になっているのは他者からの認知により存在を保っている存在たちだ。日本各地の妖怪互助会への取材によれば、1999年には1955年から97年までの年間平均消失件数の実に4倍もの消失が起きたと推定されている。

[より詳細なデータ]

妖怪たちの苦難の歴史

超常バブルとその崩壊

残された生き方と支援の手

1990年代のオカルトブームと1998年のヴェール崩壊はあらゆる分野で超常バブルを創出し、妖怪もその例に漏れなかった。ツチノコ狩りの予約は数か月待ちとなり各地の寺社や石碑で「珍奇」な出会いを期待する人々であふれていた。しかしバブルは呆気なく弾け、野には従来のやり方では立ちいかなくなった百の鬼と八百万の零細神格が残された。

関係者は元の木阿弥だと落胆していたが、状況はそれ以上に悪くなっている。今までどうにか存在を繋いでいた妖怪たちが次々に消え始めているのだ。「うちらは毎月交流会をしてるんですがね、この参加者が昔にもましてどんどん減っていってるんです。」千葉県中小怪異互助会の会長を務めている印旛氏は言う。

妖怪の消失は正常性維持機関が幅を利かせるにつれて減少していく傾向にあり、日本では明治政府の近代化政策や九十九機関との協力により大衆からの妖怪の認知は著しく減少した。第二次世界大戦の総動員体制は人々から「架空」の存在に思いを馳せる余裕を奪い、戦後日本には最も冷酷かつ残酷な正常性維持機関である財団が降り立った。このような斜陽の情勢において認知を糧とする妖怪たちは知られざる消失と知られることによる収容、破壊に怯えながらも必死に抗っていた

「ヴェールが捲れてすぐはみんな天下人になったみたいに勇ましかったんですよ。実際、世間でのうちらの認知度も拡大してました。ただ、他の存在たちもそうだったことに気づかなかったんです。天下人が無数に出てくれば、もはや平安な世ではなく大衆の認知を奪い合う乱世です。」印旛氏は、その過激な言葉とは裏腹にいくらか懐かしげな様子で語っていた。ヴェール崩壊による超常バブルでは熾烈な競争が繰り広げられていたが、人々が超常存在に割く思考量が大幅に増えた分だけ妖怪の存続にも余裕があったのだ。

だが数か月もすると、世界にとって異常は日常になってしまった。認知のパイは大幅に縮小し、かといって以前の状態に回帰することもできなかった。誰もが積極的に表舞台に出ていたため、妖怪たちは一度退いたらもう消えるのみの蟲毒の壺で生き延びざるを得なくされていた。「河童さん方みたいに広く存在が共有されてたり、私みたいに地域に強く根差してるなら問題はないんです。顔を見せなくなったのはもっと小さかったり、一般の人や動物に近い怪異の方々でした。」実名報道はしないという条件で数人の名前を挙げてもらったが、いずれも古い文献やいわゆる妖怪大図鑑にのみ記載が残っている妖怪であった。

生存を模索する妖怪たちは大きく分けて2つのやり方に分かれている。社会の一員として「人間生活」を始めるか、土地やコミュニティに属して存在を安定させるかだ。前者の中でも、特に芸能に進む妖怪は多い。近頃テレビでよく見るくだん・バンシーコンビはその最たる例だろう。ヴェール崩壊以前から幻術によってマジシャンや曲芸師と偽り生計を立てていた人々もいる。京都を中心に1972年から活動を続ける劇団『零面相』の主宰者であるのっぺらぼうの野箆 太郎氏は「ようやくこれが自分の素顔だと認めてもらえましたね」と冗談交じりに述べてくれた。

しかし妖怪を雇用する劇団やサーカス団の座長の中には

一方で彼らを支援する団体も多く声を挙げている。岩手県にある遠野妖怪保護区はその最たる例であろう。帝国異常事例調査局による強制徴兵から逃れ正常性維持機関の暴力的干渉に抵抗して自治独立を主張したことに起源を発する遠野妖怪保護区は長らく外部の妖怪への存続支援や保護区への誘致を行っており、特にヴェール崩壊後はちいさいおじさんネットワークと呼ばれる通信網を用いて各地の妖怪互助会との交流を拡大している。

当新聞社の本社がある恋昏崎においても暫定連邦政府が誘致を行っているが、窓口が少ないこと、移住のために

2000年2月23日

午後7時00分

日本国

財団サイト814X

出席者
木水 繁博士
かれ
これ


木水: 7時になった、これより会議を始めよう。全員、事前資料は読んであるな?

[各出席者が肯定する。]

木水: よろしい。ならこれより数分暇になるだろうが、記録に残すために今一度説明させてもらおう。アノマリーのなかには人間や特定の集団に属する存在からの認知を受ける存在がおおくいて、その種類だけでも神格からそこらの幽霊まで数多ある。我々は落ちぶれた神々が財団に比喩抜きで保護されるのを幾度か見たことがあるし、98年の春に神奈川で大量発生したマダツボミ1の正体もこれだと断定されている。

そしてヴェール崩壊からおよそ10カ月くらいでこいつらの挙動がさらにおかしくなった。減ったり、バグったり、精神的に不安定になったりといった様子でだ。いまだに分類部門が名前をつけてないからこいつらに総称は存在しないが、今回は日本の妖怪に焦点を絞って話すから妖怪と呼称させてもらう。財団の監視、いまだ実存している妖怪への聞き取り、そして最新鋭のサイコスフィア・マッピングのいずれも彼らが今までにない速度で消失していることを示している。我々はこれに対処しなければならない。

職員A: 確保、収容、保護。我々はもはや正常制を確保できず、知性体を持つアノマリーの収容も時代の波に呑まれて解除を避け得ないだろう。せめて、せめて異常の保護だけでもやり通せなければ、我々になんの意義がある?

[]

職員B: 失礼ですが、1998年以降の情勢を表す財団用語をご存知ですか?LK-クラスシナリオです。我々はすでに極限の難局の中にいるのですよ。


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