「猫を吸っても?」
受付は福祉部門と保安部門のどちらに連絡を入れるべきか逡巡した。「はい?」結局、彼女は素っ頓狂な声を返すしかできなかった。「あなたは── すみません、もう一度言ってください。何をお吸いになられたいとおっしゃいました?」
ジェシカ・ペンフォード博士は極めて真剣な眼をして答えた。「猫よ。あなたは猫を知ってる?」受付はミーム部門と内部保安部門へ連絡を入れ、外部刺激に対する反応から引き籠ることに決めた。
それを見たペンフォードは数秒ほど悩み込んだ。その後一見茫然としている受付から踵を返し、近くにいた低クリアランス職員にまた猫のことを尋ねた。ようやく返事があった3人目のひけらかしたがり屋のインテリ職員が猫の学名その他を早口でまくし立てたところで、彼女の表情は安堵、気付き、困惑、思案、絶望の順番に目まぐるしく変化していった。
ペンフォードが狂人ムーヴをしている間に内部保安部門は救難信号を受け取っていたが、そのシグナルはO5の命令で軽く握り潰された。哀れな受付の誤解は終ぞ解けることがなかったが、彼女が家に帰って飼い猫を撫でる頃にはペンフォードのことを例え覚えようと意識していようとも忘れているだろう。40分後、奥のドアから会議をしていた高位職員たちがぞろぞろと出てくる時にも彼女は呆けていたため、来月のペットフードは数段質の落ちたものを振舞わざるを得なくなるだろうが。
彼らが行ってすぐ、O5専属の保安部隊がペンフォードを連れて行った。周囲の人々は彼女がどんな拷問を受けるのか思いを馳せていたが、ペンフォードはこれがO5との面会のための単なる予防処置であることを知っていた。いや、もしかすると精神状態の検査の部分は平時よりかなり熱の入ったものだったかもしれない。ともかく、ペンフォードはO5との面会を許可された。
さて、彼女の思考を少し覗いてみよう。
まず事の発端は4日前だ。2016年3月18日、現在はSCP-3557のナンバーが振られている異常現象が発生した。簡単に言えば、現実改変や過去改変による世界の再構築を観測するあらゆる装置が最大限のレッドシグナルを発したのにもかかわらず、どれほど調べても世界には一毛の変化も見られなかった。結果、今から彼女が会うO5-8を含め、このことを知っている上位陣は水掛け論と終末論に塗れた阿鼻叫喚の騒ぎを起こしていた。
次に彼女の経歴のことだ。ベンフォード博士は反ミーム部門の中の極めて小規模でマイナーな数人しか在籍していない下位部門の職員であった。端的に言えば彼女は通常の反ミーム ──即ち、自らの存在を他人の注意から逸らさせ、その記憶を異常な速度で消させる異常性── とは違うアプローチでの自己隠匿オブジェクトの研究に携わっていた。その種の異常は、自らの存在を人の注意から逸らすのではなく、誤解させる。彼女らはこれを認識影響特性と呼び、そのようなオブジェクトの研究、及びそれを正しく認知できる薬の開発が主な目的だった。事実を言えば薬の開発にはさほど時間がかからず、数年ほどで完了した。だが問題は、世界中のどこを探しても認識影響特性を持つオブジェクトなど存在しなかったということだ。仕方なく彼女は異常性を捜索ではなく創作して「クラスΩ知覚免疫薬の投与をしない限りトマトにしか見えないビリヤード玉」を作ったが、極めて限定的な反ミーム部門内の設備の強化に寄与したのみだった。
これが今までの話。では彼女は受付で何をあんなに狂っていたか?
端的に言えば、SCP-3557が何を改変したのか見つけた。別の言い方をすれば、認識影響特性を持つ初めてのオブジェクトを見つけた。それは何か?ネコだ。世界中ほぼ全ての猫がその改変の影響を受けていた。即ち、ほぼ全ての猫が「ネコではないのにネコだと誤解される存在」に改変されていた。このことは愛猫家であったペンフォードをこれ以上ない絶望の谷の中へ叩き込んだ。彼女が無意味だと思いながらクラスΩを注射して愛猫に抱き着いた時、目を開くと何が映りこんでいたか。
ダニだ。ダニ、ダニ、ダニ、ダニ、ダニ。それに自分が抱き着いている。顔のない、猫の輪郭をぼんやりと象った、この上なく生理的嫌悪を催す集合体。嘔吐、逃避、落ち着き、困惑、考え直し、助手を読んでの再確認、助手の猫への銃乱射、現状の受け入れ。なんにせよ全く喜ばしくはないがこれがSCP-3557の改変対象だと確信できたため、彼女はコネや懇願や文字通り「一生に一度」の権限を行使し、O5-8、反ミーム部門長との面会を取り付けることに成功した。しかしながら錯乱したまま受付に来る時まで彼女は一般人の猫に対する認識が改変されていないかどうか確認することを忘れていたため、彼女は急遽あのような突撃取材を申し込んだわけだ。
*
無駄を省いて会議の結果だけ書けば、彼女の考えていることは概ね正しかった。認識影響特性の看破が組み込まれるようにAICや検知器は改良され、彼女の出世街道も知らず知らずのうちに広がっていた。不運、それもひどい不運があるとすれば、O5-8もまたこの上ない愛猫家だったということだ。錯乱は伝染し、彼らは無関係のアノマリー、異常性どころか存在さえ知らない物語的で御伽噺的なラスボスのようなオブジェクトを極めて不足している証拠から勝手に見出し、それにこの非常事態の責任を転嫁した。数百年分の徳を使い果たすような幸運としてそのようなオブジェクトは実在していたが、
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